6:電子戦講座その1

「「打ち下ろしネッコブロウ! ……からのヒジ暗器コンボ!」」

 やや、電子的な合成音声。

 ガシャコン、ドドドドッ!


「……からの忍び足」

 そのかわいらしい音声ライブラリによる発音。

 猫耳ヒューマノイドたちが、打ち下ろしたヒジから弾丸を発射している。

 水平ではなく、打ち下ろす形で繰り出された、銃撃締めのコンボ。

 半透明の防壁を打ち壊しても、足下を狙うならばミミコフへの被弾はないと、判断しての行動と思われる。


 ガキュン、ガガキュン、チィィン!

 半透明な境界を跳弾する、攻撃判定だんがん


「射撃属性でも効かないわね……もぐもぐ」

 環恩ワオンの隣に座り、ひったくるように半分取り返した、スナックバー425キロカロリーにかじり付いている禍璃マガリ

 もちろん、どうしてもそれを食べたかったわけではなく、環恩あねのウエストをおもんばかっての行動だ。小柄な少女にとって、212・5kcalキロカロリーがどれほどの影響を及ぼすのかは、定かではないが、半分ですむならばと、判断しての行動と思われる。


 ぱくっ、もぐごくん。

 かりっ、もぐもぐん。

 環恩ワオンは一口で、禍璃マガリは小リスのように少しずつかじっている。


   ◇


「バーストショット!」

「バーストショット!……からの猫走り」

 指先が分かれ、ガシャリと開いた手のひらから噴出するフレア。

 その直視できないほどの閃光しょういだんは、”設置予告表示バリアー”を黒こげにしたが、虹色の色彩REPAIRに一瞬でかき消された。



「おい、思ったんだけどよ」

「なんだゼ?」

拳聖・・って割には、”にゃんばる”の技つかキャラ外装、飛道具ばっかりじゃね?」

「笹ちゃん言ってなかったか? 射撃タイプの外装で近接戦闘型を目指したとか何とか。あと、この拳聖ジョブっての、”格闘”って表示が、勝利数で変化してっただけなんじゃねー?」

「そういや、たまに見るな”格闘コロン”って付けてるプレイヤー」

 やることがなくなったシルシたちは、壁に目を向けたまま、たわいもない会話に興じている。

 少年たちの前に飛び出たままの積層パネルには、大会形式で映像配信していた時の、文字チャットが全画面最大サイズで表示されている。


『ねーこれどうなってんの?』

『猫耳メイドさんに、猫耳ロボ娘が攻撃しとる』

『全然効いてなくね?』

『手に持ってるデカい手でガードしてんじゃね?』

『ウケる』『草』『w』


   ◇


「「ネッコ……―――フェイント、からのキャッチ」」

 ”設置予告表示バリアー”は微動゛にしない。

 掴んだ状態から投げる動作に入った”にゃんばる3”の体が、地面から浮いてしまう。

「……からの蹴り足」

 飛び退いた”にゃんばる4”が放った、蹴りの先端がバリアーに当たる。

 効果は全くなかったが、戻すモーションのカカトが、偶然、”自動機械赤い花”を蹴飛ばした。


 かすかにブレる、”設置予告表示バリアー”。


「有効ぉー! 技ありー!」

 環恩ワオンが、腕時計型デバイスに向かって、試合中の審判のような声をかけた。


   ◇


 壁向こうの草原サンドボックスでは、猫耳なヒューマノイドたちが、左右対称シンメトリー(正確には点対称)な動きを続けていたが、次第に攻撃タイミングを変化させてきていた。

 特に連続攻撃の最後、決め技フニッシュ後の行動に差異が見られるようだ。

 会議室から見て、向かって左側の猫耳ノイドさんが、やたらと自動機械あかいはなを蹴り回している。


 攻撃と攻撃の合間に何度も、赤い花と化した”自動機械”に攻撃を仕掛けていたが、小刻みにふるえるだけで、効果はなさそうだった。

 ”設置予告表示バリアー”も、大きくブレることはない。


 それを見ていた環恩ワオンが、判定。

「無効ぉー! 両者取り直しー!」


 ”にゃんばる4”は背後に飛び退き、周囲を見回している。

 ”赤いじどうきかい”は、時折、黒い電球を光らせるだけで元から動きはない。


 ”にゃんばる4”の索敵さくてき行動に反応した、残りの”自動機械じゅうばこ”が、”にゃんばる4”へ殺到する。

 バラクーダを撃退した『殲滅せんめつ』という文字が流れている”自動機械じゅうばこ”も遅れて戦列へ合流する。

 『殲滅せんめつ』と書かれているが、ほかの『捕縛』『消去』『物理』との機能的な違いはないように見える。


 「有効ぉ!」「無効ぉ!」「保留ぅ!」「禍璃マガリちゃぁん、紅茶!」

 口頭で、指示のようなものを出していく環恩ワオン

 その目は壁から離れない。


   ◇


「姉さん、化け猫は、大丈夫なの? はい、紅茶」

 手渡された紙コップを受け取り、紅茶をすする美女ワオン


 猫耳メイドさんミミコフは必死の抵抗を試みていた。


 カチカチカチカチカチッ!

 トリガー音はずっと続いている。

「(ニャユ? ニュニャニュニュユッ!?)」

 食いしばる歯に力がはいるせいか、顔を強烈にひきつらせている。


 壁が見やすいように、シルシに、折り畳まれ角度を変えられた”積層モニタ”。表示面パネルは天井を向いてしまっている、その中―――。

『変顔キタ!』『顔芸始まった』

『この子もか!』『いいね』

『カワイイ』『かわええ』『あれ何持ってんの?』

『さっきあの手が伸びてマネキンぶん殴ってた』

『ウソ、ウケる』

『あんなのクラフトできたっけ?』『見たことない』

『ない』『ない』『ない』『ないね』『いいね』

 誰も見ていない文字チャットが、終了される事なく盛り上がっていく。


   ◇


「ふぅー。あのぉー、半透明のぉー設置予告表示バリアーみたいなのぉ?自体にわぁー、にゃんばるのぉー攻撃がぁひとつもぉー効きませぇんでぇしたぁがぁー」

 紅茶を飲み、一息つきつつも、真剣な眼を壁から離さずに、返答する環恩ワオン


「あの電子戦仕様のぉー自動機械マシンOS本体わぁー、地面に根を下ろしたお花みたいな状態でなければぁー、持ち上げることがぁー出来るみたいですねぇー。ひっくり返してしまえば、起きあがる動作を強制できるみたいですよぉー?」


 かいがいしく紙コップを受け取り、こぼさないように離れたところに置く少女。


「あら、ほんとね、いつのまにかひっくり返ってる」

 小さな顔、大きな瞳。その眼マガリが見ているのは、壁の向こう。



 らわれの猫耳メイドさんをかこんでいる、設置予告表示バリアー。それに執拗な攻撃を続けている”にゃんばる3”。

 その少し離れたところに、2つならべた黒い重箱。まだ、展開して咲いていない”自動機械”が上下逆さまにされて置いてある。


 そのうちの一体が足の一本を伸ばし、起きあがる。

 それをつかんで、ひっくり戻す”にゃんばる4”


「なんか、にゃんばるの行動が、急にバラバラになったゼ!?」

「姉さん、いま、あの”にゃんばる”たちは、自分たちで考えて行動し―――?」


 禍璃マガリが質問したとき、遅れてきた『殲滅せんめつ』と書かれている”自動機械マシンOS”が立ち止まった。

 位置は、”にゃんばる4”のすぐ後ろ。


 環恩ワオンが手のひらを掲げ、禍璃マガリの質問をさえぎる。

 ”自動機械”の頭頂部が4つに割れ―――た直後。

 ”にゃんばる4”が背後も見ずに上体をひねって飛びついた。

 その動作は一人レスリングの様相。


 開きかけていた箱を力任せに閉じ、ほかの2箱と同じようにひっくり返してしまう。”殲滅”の文字が消え、ジタバタと動いていた足が、停止する。


 展開し、根を下ろしてしまう前に、ひっくり返された重箱は、”まず起きあがる”しか選択肢がなくなるようだった。


 文字チャットの様子から、大会形式の映像配信終了後も自動機械以外の映像は見えているようである。

『メカ猫耳4号さん、なんかに飛びついた』

『何してんのこの子?』『プロレス?』

『あ』『ああ』『あー』

『ひっくり返し始めたw』



 ―――ふむん。

 鼻から息を吐き、画面かべに集中してしまう環恩ワオン


「……姉さん、”にゃんばる”たちの―――」

 再び質問してみたが、返答はなく、その目は壁から離れない。

 禍璃マガリの質問は、耳に届いていないのかしれない。


「……姉さん、はい、麩菓子ふがし

 ありがとうと言って、手探りでブヨブヨとした棒を受け取る美女。

 食べ物に関する情報は、ちゃんと届いているようである。


「くすくす。先生、集中していますねー。……いい機会ですので、このヘンのことを、僭越せんえつながら、私がレクチャーいたしましょうか?」


 仮にも、現在、唯一稼働中の”フルダイブVRMMORPG”の管理運営サイドのトップから直々にそういわれては、断れるはずもない。

「「「おねがいしゃーす」」」

 禍璃マガリが部屋の隅に駆けていき、自分の電子ノートを手にして戻ってくる。


   ◇


 会議室のドアの横、真っ白い壁の前に立つ白焚シラタキ畄外ルウイ

 その手には高精細ドットパーインチスタイラスペン電子ペン

 女史が普段使っている、”小型の伸縮タイプ”ではない。鋤灼スキヤキキザシから奪った、彼がデザイン仕事で使っていたらしい本格的なヤツだ。


『フルダイブVR環境における電子戦まとめ』

 キュキュッキューーーッ。壁に直接、講義タイトルが書かれる。

 実際には無音だが、会議室の立体音響システムを経由して、臨場感が自動的に付与されているようだ。

 手書きの文字が自動的に見やすいフォントで、清書されていく。

 但し、手書き文字の印象が残っている所を見ると、清書されるのは文字の滑らかさだけで、実際にフォント文字と入れ替えられているわけでは無いようだ。


「手書きの文字が補正されてる? いいわね、アレ欲しい」

 と言いながら、以前女史に貰った、サラミみたいなスタイラスペンを取り出す。


「―――基本的に電子戦用途には、”別名で保存”された複製状態のNPCを使用します。殲滅戦せんめつせんが目的のため、使い捨てが前提となる為です」

 四角い図形が描かれ、中に『消去』と書かれる。

 ”自動機械マシンOS”型の電子戦用NPCを表しているようだ。


 禍璃マガリが、板書を書き写していく。

 それを、眺める少年たち。少女が移し終わると、少女にならって女史を見上げる。


「プレイヤー外装は”別名で保存ディープコピー”すると、そのまま、会話型アブダクションマシンのピクトファイルフォーマットになります」


 四角い図形から矢印が伸びていき、別の四角に到達する。

 矢印の上に、筆記体で『DeepCopy』と書く女史。


 ふたたび、禍璃マガリが書き写している様子を、少年たちが眺める。

 10分程度続けられた、”女史の話”を要約すれば、次のようになる。

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