5:バラクーダ戦、終結その2

「ソイツ等は、俺の管理者権限アドミニストレータを譲渡された、自動機械マシンOSだ。理論上最硬の物理保護プロテクトほどこしてある」

 会議机の上にあぐらを掻いた、ふくよかな体型スキヤキキザシが説明を始める。


設置予告表示HUDー新設した『強度設定』を強制的にターゲットしてぇー、自動機械マシンOSが持ってる自己修復リペア機能をーかぁけぇらぁれぇるぅーよおーにーしぃてぇいまぁすぅねぇー」

 ゲーム特区立学園βベータ、特別講座『VRエンジン概論アウトライン』を受け持つ講師、笹木環恩ワオンさんは、疑似VR空間サンドボックスから目を離さずに、キザシの詳しい説明を聞く前から補足した。


「そないな仕組み……やったんかいな? ……器用どすな」

 体型が露わになった統括デザイナーを、値踏みする顔つきでみるVR設計師コウベカイロ


「いや、器用なのは、あなた方だろう。僕はまだ仕様説明もしとらんのだから。シラタキはその、ドヤ顔止めろ、―――あ、いや、止めて下さいませ」

 ぱしぃぃぃん!

 青年の横へ移動した女史が、彼の背中を叩いた。超、いい音。


「あ、あざーす! ……デザイン終わったら見てろこの野郎~……じゃあ、簡単に言う。どんなに強度が弱くても、壊れるそばから最速で、その境界を保持すれば理論上壊れない」

 話がいつまでも進まないからだろう。青年の呪詛を、女史は聞こえないふりをスルーした。


「アタシそれ、知ってる! 右足が沈む前に左足を出せば、太平洋も渡れちゃうヤツでしょう!?」

「うん、そう! 話早くていいね君達」

 こうして、必要そうな情報は揃った。



 小柄な少女は、ドヤ顔気味に、シルシの隣へ割り込んでくる。

 シルシが見ている、”格ゲービュー”の中では、すでに猫耳メイドさんが、タイムアップ負けをしていた。

 少年がゲームパッドのボタンを押す。


 ぼよよよよぉおおおん♪

 ぷるんぷるんとした質感を想起させる効果音。

『カクトオ_プラグインのご利用、まことにありがとうございました。』

 そして、次のキャラ選択画面が出ないまま、”カクトオ_プラグイン”は終了してしまった。


「うるせ! いらねっ!」

 シルシは、ボタンを連打して、プラグイン終了ダイアログを消す。

「けたけたっ……それ、シルシはんが、……プログラムしはったんやないの」


「そうなんですけど、この公式用のダイアログ背景パネル”になんかイラッとして、……大会用パネルどうなってる?」

 公式プラグインアプリと化してしまった、”カクトオ_プラグイン”には、公式キャラたちのイラストが、自動的にインサートされるようだ。

 先ほどの画面には、寝転がり、『ZZZ……』の文字をく公式ヒロインが登場していた。文字チャットの隠しミニゲームイースターエッグのタイトル表示に押しつぶされていた絵柄。とても公式ヒロインとは思えない崩れた絵柄の、PLOTーANプロトたん


「えー? こっちも、PLOTーANプロトたん居るわよ? ……たしかにウザい顔してるわね」


「あてえは、ラクガキみてぇな、……このお顔、結構、……好きどすけどなあ」

 なぜか、シラタキの平手打ちが再会される。

 がしっ!

 真剣白刃取りならぬ、真剣シラタキ取りが炸裂。

 不敵に笑う統括デザイナー!

 真っ赤になった女史が、違う手でキザシの下っ腹をつかんだ。

「おっふっ! やめ、苦しっ! やめて、……シラタキてめー! ……あぁぁ」

 ぐっぐっぐっぐっ!

 まるでこねられる挽き肉のように、指の間からはみ出す腹肉。



 そこまで、きっちりと見てから、顔を”積層モニタ”へ戻す少年たち。

「そんなことよりよ、……もう格ゲー勝負は勝敗が付いたゼ? ってことは、さし当たって、バラクーダの分の脅威きょういは回避できたってことだ……ゼェ?」

 15度小首を傾げる筋骨隆々のイケメン。希にオーガの短髪な方なんて呼ばれたりもする。とうぜん、オーガのだらしない方なんて呼ばれているのはもう片方だ。


「そうどすなー。バラクーダはんは、……撤退の準備始めてますなあ」

 歌色カイロの視線の先を、一同が確認する


 とうとう最後の一体になった、バラクーダが操る、戦闘用ダミー。

 その木目調の等身大デッサン人形そっくりなヤツ。

 その胴体に、いつの間にか描かれていた円グラフ。

 10%程度の少数派だったものが、急激に拡大する。

 30%、50%、70%、90%……100%。


 ピピピ、ビィーーーーーッ♪

 ―――ボガァァン!

 NPC米沢首ヨネザワコウベが使う、ワルコフ謹製の炸裂型ナックルガード。

 その遅延信管と同じようなタイミングで、戦闘用ダミーバラクーダが爆発した!

 円グラフではなく、自爆シーケンス表示HUDだったようだ。


 爆発の瞬間、設置予告表示はんとうめいに包まれたため、爆炎は円筒状に閉じこめられた。背後にいるトグルオーガ達にも被害はない。


 ドガン―――ごんっ、ごろろん。

 なんか落ちたと、禍璃マガリが指さす。

 草原に落ちた木製のタマゴ頭から、案内文がポップアップ表示された。


『こちらは、@■■VAL■■■AQU■DAです。

 誠に勝手ながら、本日の業務を強制終了させていただきます。

  ・本日未完了の業務につきましては、再度お申し付けください。

 本日は、バラクーダのご利用、まことにありがとうございました。

 またのご利用をお待ちしております。』


「「「「「「「もう、いらん!」」」」」」」

 その場の7名全員が声をそろえた。


「「「ふぅー!」」」

 安堵あんどのため息をもらす学生たち。


 その直後、―――。

 大きさ的には、刀風カタナカゼ程度、細さは禍璃マガリ程度のドット絵が―――


   ◇


 ―――疑似VR空間サンドボックスから飛び出してきた!


「「「「「「うっわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」」」

 驚愕の光景に、一名以外後ずさる。


 ―――ガシャガシャ!

 真っ白い壁から飛び出てきた、ボクセルタイプの出力物体プリントアウト


「「「わーーーっ!」」」

 怖っわ! 気色悪っ! ギャァァァァァァァァ!

 

 ―――ガッシャラララーーーッ!

 ギザギザした人型の輪郭は、足下から急激に崩れ落ちていく。

 崩れ落ちながらも、会議机を避け、―――90°回頭かいとう


 ―――ガシャララッ!

 ドット絵は懸命けんめいに走った!

 ガッシャガッシャドガガシャララッ―――、パーーーンッ!

 そして、鋤灼スキヤキキザシが埋まっていた奥の壁に激突して、そのドットを飛び散らせた!


 カランカランコロロロロン!

 床に落ちるドット。


   ◇


「な、何よ!? いまのっ!? バラクーダの呪い・・っ!?」


「あはは、心配しなくていいよ。オカルトじゃないから。この隔絶されているはずの、疑似VR空間サンドボックスに彼女、いやバラクーダが、アクセスできた仕掛けたねだ」


「……そういうことですか。仕掛けは判りました。それにしても、まさか、あんな”芸当”をするとは思いませんでしたが、さすがにバラクーダの名はダテじゃ無いですね」

 何か判ったらしい女史が、キザシ青年の説明を補足する。

「この会議室、―――小型発令所の壁は戦闘フィールドと同じ、”構成ブロック”を使用しています。AR完全対応の”拡張”を実現するために、ブロックは随時補充されます。つまり―――」


「「「つまり?」」」

 と息を呑むシルシ達。


「その補充経路を通って、物理的にアクセスして進入。そして、物理的に逃げていったというわけです」


「「「あー。そういう」」」

「結構、力業って言うか、スマートじゃないのね」

 学生達は、納得したようだった。


「いいえ、禍璃マガリちゃぁん。れっきとしたソーシャル・ハッキングの手口ですよぉう?」

 やはり、壁むこうの草原から、目を離さずに、環恩ワオンが口だけを挟む。



 まーそうですねーと相槌を打ちながら女史が、赤点號レッド・ノードを靴先で小突いた。


 ゴココココン。カシンカシンカシカシン!

 壁が会議室のサイズに戻っていく。

 だが、キザシが出てきた壁面が崩されたように凹んでいる。まるで、爆撃後か、往年のゲームプレイ画面だ。

 キザシの周りと奥の壁付近に、たくさんの”構成ブロック”が落ちている。


「あはは。これ、……なんかおもろいなあ」

 カチャッ。

「けっこう、ハマるわね~」

 ガチャッ。

「よっこらゼ」

 カチャリ。

 一つ一つ拾い上げ、開いた穴に置いていく。


「ここなら、シラタキにも見つからないと思ったのによっ!」

「いいから、……兄貴も手伝えよ」

 スカーン。

 鋤灼兄スキヤキキザシの背中に、白い1ドットを投げつける鋤灼弟スキヤキシルシ

「痛てーな! シルシっ! てめー!」

 振り向く顔の先には、巻き毛を揺らす、鬼神の顔。

 その顔を目撃した少年の顔も、引きつろうというモノだ。


「―――よし、シルシよ。兄に続け、速攻だ!」

「―――おう、兄貴。了解」

 だだだだっ!

 だだだだっ!

 ”構成ブロックドット”が散らばる部屋のカドまで、小走りに駆けていくブラザーズ。

 動作モーションが、そっくりで、失笑を買っているが、二人の息はぴったりで、程なく壁面は修復された。


「これですね。本日補充された”構成ブロック”は一個だけ」

 白焚シラタキ女史が指さす壁の中央。1ドットの欠けが露わになった。


「この隠れ家・・・についても、あとで、きっちりと報告して頂きますので、そのおつもりで!」

「はい。了解。ごめんなさい」

 見るも無惨な兄の、意気消沈した姿。

 シルシ少年は、その肩を優しく叩いてやった。


   ◇


「はい、姉さん。紅茶」

 禍璃マガリちゃぁん、ありがぁとぉう。

 彼女ワオンは壁面から、目を離さない。

 それでも、まだ残っているハッシュドポテトをさがして、手が伸びる。手探りでつかんで、かじったのは『425kcalキロカロリー』。


「っふーーっ。よござんしたな、……泥棒猫―――やのうて、バラクーダはん……を追っ払うことができて」

「っふーーっ。そりゃどうも、っていうか、鋤灼スキヤキPとは、そういうんじゃないですけど」

 VR設計師コウベカイロ管理運営本部長シラタキルウイ

 さしあたっての、肩の荷が降りたと見える。


シルシ、すまんな。……バラクーダの件は、量子データーセンターに正式に抗議しておくから許せ」

「バカ兄貴。そんなのどうでもいいから、アレどうにかしろよ」


 バラクーダが走り去ったあとの、疑似VR空間サンドボックスでは、猫耳ヒューマノイドさんが2体、暴れ続けている。

 まだ脅威きょういとなる”自動機械マシンOS”がいるからだ。


「(ニャッ? ニャュユッ~?)」

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチンッ!

 メイドさんミミコフが、指先を引きまくっているが、巨大な手だんがんは射出されるそぶりをみせない。

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