5:バラクーダ戦、第1回戦その2

『YOU WIN!』

 ”格ゲービュー”はきらびやかに勝者を讃えている。


鋤灼スキヤキ君ー! やぁりぃまぁしぃたぁねへぇーっ!」

 シルシ少年を応援する、特別講師笹木環恩ワオンの声が裏返る。

 観戦中のギャラリーたちの文字チャットも凄まじい勢いで流れていく。

『これ午前中やってたなんとか試験だろ?』

『あの変な娘出てないの? 何このNPC』

『トグルオーガじゃん。また懐かしいモノを』

『この画面叩いてるメイドさん、邪魔じゃね?』

『コウベちゃんは、さっき奥の方でシャドーしてたぞ』

 おおむね好評であるようで、閲覧者数PVも増え続けていた。


「いきなり気絶した時は、どうなるかと思ったけど、やるじゃないのっ!」

 禍璃マガリが金貨を、シルシの目の前に積んでいく。

 成功報酬のつもりだろうが、中身は金貨型のチョコだ。

 白焚シラタキ女史が持ってきた、レジ袋の中に大量に入っていたものだ。

 大食いぞろいのVRE研のことを考えて、この量にしたのだろうが、いかんせん多すぎる。


白焚シラタキさぁん、これぇー、多すぎませんかぁー?」

 環恩ワオンが、大きなレジ袋の中を漁りながら言う。


「システム管理者の陣中見舞いとしては、これでも足りませんよ?」

 女史は、袋からこぼれ落ちた、棒状のお菓子スナックバーを手に取る。


「でも”カクトオ_プラグイン”……で、たたこうてるのやから、……ひのふのみ……どんだけこじれはっても、……1時間もかからんのとちゃいますか?」

 歌色カイロは、環恩ワオンの背後から手を伸ばした。


歌色カイロさんもそれにするのぉー?」

 じゃあ私もと、袋の中から爆発しているようなロゴが描かれた長方形バーを取り出した。

 彼女が手にしているのは、オレンジ色に爆発ロゴ。

 そのパッケージ横に書かれた、『425kcalキロカロリー』。


 女史シラタキのは、グリーンにスマートなロゴ。筋肉質な女性がロゴに寄りかかってる。

 歌色カイロのは、ピンク色に白文字で商品名だけが書かれている。

 それぞれ、タンパク質主体プロテインバー穀物主体シリアルバーだと思われる。


「先生、太りまへんか?」

「姉さん、太るわよ?」

「先生それ、食べ盛りの少年たちにと思って、買ってきたんですが……」

 もぐりもぐり。大会用のパネルの一部を操作しながら、女史がスナック菓子にかじり付いた。

『>kill @仝〆VAL§ゞ⊇AQU∞DA』

 【!④】ポーン♪

『>explode <#013>』

 【!⑤】ポポーン♪

 女史の手元では、凄腕オペレーター”バラクーダ”との攻防が、まだ繰り広げられている。

 しかし、赤いエラー表示タブの項目数が増えているだけで、成果は無いようだった。


 かじりかけた長めのキャラメル色から、口を離す環恩ワオン

 普段の大食いを考えれば、数百キロカロリー程度の増減は、大差ないように思える。

 それでも、笹木環恩ササキワオンさんも、れっきとした乙女なのであった。真剣な顔でウエストをつまんでいる。

 

 禍璃マガリが、キャラメル色ヌガーバーを受け取り、少年たちに突き出す。

 伸びてくるガタイの良い腕をよけて、それはシルシ少年の手に収まった。

 シルシ少年は、それを折った半分を、刀風カタナカゼに手渡す。

 一瞬残念そうな顔をしていたが、刀風かれはそれを受け取り、自分の口へ放り込んだ。


『ROUND3』

 READY―――! FIGHT!

 ”格ゲービュー”の中で、ラウンド開始のゴングが鳴る。


「向こうはゲージ温存してる。……ばりもぐぼり……ひゃっぱり、格ゲー慣れしてやがるゼ!?」

 そう、一般的な格闘ゲームは基本的に、2本先取した方が勝ちだ。


「ばりぼりごくん……”世界選手権準拠”てぇの……のせいで2本先取になっ……とるようどすな」

 手元に開いた小さなコンソールを操作していた、項邊コウベ歌色カイロ

 その細い指の先。積層モニタ横の大会用表示画面の一角を指さす。

『世界選手権モード:2本先取ポイント制:団体戦形式

 【0】 VRE研究部:狛丑 VS OP:バラクーダ 【0】』


 狛丑コマウシ#013ながあしの、2本目。

 小さいリプレイ映像の中で、蒼鬼コマウシが、横縞長足#013を地面に串刺しにしている。

 シルシは、ダイヤルゲージをすべて使って、何とかタイムアップ勝ちを手にしたようだった。


 現在、開始したばかりの3ラウンド目。狛丑コマウシのダイヤルゲージはゼロ。ツノは再び折れた状態だ。

 対する#013は、四角い行動用ゲージが、3つとも満タンの状態になっている。


 ラウンド取得数は1対1。次の最終ラウンドを制する制した者が、勝者となる。


「はひ。……パリパリムシャリ……格闘ゲームはふへーの……もぐごくん……世界選手権と同じ設定で、バトルシステムの一部を制御していますよ」

 女史は、壁の向こうに開けている疑似VR空間サンドボックスを見てから、返答した。


「そういや、バラクーダはんとの……一騎打ちってこたぁー、……言ってみれば、特区運営サイド……との勝負・・って事に……な・り・ま・す・なあ?」

 ふくみのある声。


「は?」

 斜め前に座った美少女へ向かって、いぶかしげな視線を向ける、白焚シラタキ女史。


「こら万が一勝って……しもたら、さぞや夢見……がよろしいでっしゃろなあ。――――鋤灼スキヤキはん、……お気張りやす!」


 タタン。打鍵音。項邊コウベ歌色カイロは、イベントタイトルが表示されているパネルの最上段に、余計な一行を付け加えた。


『【公式戦】運営バーサス学園β【官民対決】』


「んなっ!? ――――な、何を勝手な!?」

 驚愕のシラタキ。


「ちょっと、歌色カイロさん、NPCが消されるかもしれない、危険な状況で、――――」

「だから、どすえ。……あちらさんも、これだけの閲覧数PV……の前で、あんまり無体なこと……出来しまへんやろ?」

 歌色カイロの声が禍璃マガリの会話を遮った。


「そうですねえぇー。良い考えかもしれませんねえぇ。私はぁー、鋤灼スキヤキ君にー、特選おやつ5個賭けますよぉー!」

 特選おやつを、腕時計型デバイスから取り出す笹木環恩ワオン

 つまみ上げた光点を、大会用表示パネルの一つに、投げ込む。

 会議机の上に置かれているモノとは、別の特選おやつが、パネル表示の中でBETされた。


「何……したの、姉さん?」

 首を傾げる小柄な少女。

「せっかくだから、この勝負、盛り上げられるだけ盛り上げて、運営サイドのトップを引きずり――――」


「先生、運営サイドの現場主任は私です。恥ずかしながら、現時点で最高責任者ということになるので、意味はないので、――――」

 眼が泳ぐ女史。彼女が、本気で狼狽うろたえているのが、その場の全員に伝わる。


白焚シラタキさん的には、これってマズいの?」

 禍璃マガリが、小さな手をのばし、

『【公式戦】運営バーサス学園β【官民対決】』の文字を、指さした。


「マズくはないです。決してマズくはないのですが、――――」

 歯切れの悪い女史。

 顔を女子へ向けたまま、会議机に突っ伏す項邊コウベ歌色カイロ


白焚シラタキはん? ……どうかされはりましたんかいな? ……顔色悪ぅなってしもて」

 美少女顔カイロが、上目遣いでニタニタと。


「ぐぬぬ……」

 こちらシラタキも、負けず劣らずの眉目秀麗。ただし、つり目がちの眼光に、いつもの切れがなかった。


「おい、鋤灼スキヤキ、”ぐぬぬ”って現実に言う人始めて見たゼ」

「俺も、初めて聞いたよ」


「ぐぬぬぬ……」

 ”ぐぬる”女史。その額をつたう冷たい汗。

鋤灼スキヤキも、たまに”ぐぬぬ”言ってるじゃない」


「え? うそ、マジか!? 気ぃーつけよっ!」

 視線は積層モニタ格ゲービューから離さない。

 狛丑コマウシは、”飛びかかってフライングクきた#013ロスアタック”をバックジャンプ対空こうげきで迎撃している。


「ぐぬぬぬぬぬぬ……」

 ネタにされていても、まだ女史は”ぐぬ”っていた。

 その視線は、壁向こうの”疑似VR空間サンドボックス”を向いている。

 凄腕オペレーター、バラクーダサイド残機NPCを”目視確認ビジュアルチェック”しているようだ。


「そうとう、”ぐぬ”ってるわね」

 禍璃マガリの視線の先。たしかに、女史の口元は相当にひきつっていた。


「もぐもぐ……歌色カイロさぁーん。……もぐもぐごくん……仲ぁよぉーくーしぃーてーくーだぁーさぁーいぃー」

 環恩ワオンは、妹、禍璃マガリが指でつぶした大福にかじり付いている。


「ソコだゼ! 振り向きカウンターから、――――!」

 ゴッツン、ガンガンガンッ!

「わかってるっ! ――――おし、ノーゲージ最大っ!」

 ゴガゴガッ――――ズドダァン!

『8HIT COMBO!』

 狛丑コマウシの連続攻撃が決まり、現在の体力ゲージは、――――。


『狛▼丑【□□■■■】30【■■■□□】#013

 <ーー>               R■■■』

 体力は、7対6と言ったところ。残り時間は30秒。

 わずかに狛丑コマウシ優勢。だがダイヤルゲージを貯めるためのバックパックは、すでに切り離してパージしてしまっている。

 #013てきは、”①、②、③”と、すべてのゲージを温存している。


 このままでは、いつか”小型工作機械③《ロックオン技》”を使われ、逆転されかねない状況だ。

 ”#013てき”との間合いを測る、木の葉のような、ヒラヒラとした動きが続く。


「……双角ふたツノんときって、なんか特殊技なかったっけ?」

「あるゼ。”前から後ろ”の次に、”3”をちょっと溜めてから、”7”と”ボタン全部”――――」

 刀風カタナカゼの声には、にやけた口調が混じっている。


 ”前から後ろ”というのは、前から後ろまで、下を通ってレバーを半回転させる操作。

 ”3”や”7”というのは、方向レバーの操作系を表したものだ。

 テンキーの”5”を”未入力ニュートラル”のレバー状態と見立てて、上下左右斜めの入力方向を、口頭や文面で伝えるための――――。


「――――”ボタン全部”? 押しづれー」

 ぐりぐりぐりん、ぺっちん!

「って、バカ! 冗談だゼ! そんな、死に技・・・入力すんないれんな!」


 狛丑コマウシは、一瞬躊躇ちゅうちょした後で、後ろ受け身を取った。

 そしてそのまま、地面に落ちていた・・・・・・・・バックパックを、拾い上げる。


 金属製のベルトを締め、背中に装着するも、ソコには丸い穴があいていて使い物になりそうもない。


「あれ? 操作コントロールが効かない!?」

 シルシの目の前。狛丑コマウシ丸い穴せなかから、赤い小鬼が飛び出した。

 赤い小鬼が周囲を見渡した。

 その視線は#013の方向で止まり、小さな歩幅コンパスを必死に動かして、#013に駆け寄っていく。


 テッテッテッテッテッ!

 小さな赤鬼は、#013の足払いを喰らい、爆発する。

 その爆発は、来た道を戻っていく。

 赤鬼から伸びていた赤い影は、まるで導火線のようだった。


 火花がバックパックへ到達する。

 グリグリグリン! ペチペチペチペチッ!

 あわてたシルシが、必死にコントローラーパッドを叩く。

 だが、地面にうずくまる蒼鬼コマウシは微動だにしなかった。


 最後の瞬間、狛丑コマウシは親指を立てた。

 画面上を覆う大爆発。

 その爆発力は、#013のHPたいりょくを減らしたが、撃破するにはいらたなかった。


 ”格ゲービュー”は爆炎で埋め尽くされている。

 壁向こうの”疑似VR空間サンドボックス”も、立ち上る爆炎で何も見えない。


 各種表示HUDは爆炎にかき消されること無く、表示されている。

『狛▼丑【□□□□□】14【■□□□□】#013』

 ビロロロロッ。半分以上は残っていた狛丑コマウシの体力ゲージが、一気に消失した。


「青牛さん、……ワヤになってもうた」

「きゃぁーー! 牛さぁぁぁん!」

「あっちゃーっ」

 爆発が収まる。そこには横縞よこしま模様の戦闘用ダミーしかいなかった。


「おい、何だ!? あの自爆技! 狛丑コマウシ~! 悪いー!」

「かーーーっ! だからそう言ったじゃねえか! 狛丑コマウシすまねー!」


『YOU LOSE!』

 ”格ゲービュー”に表示された非情な8文字。


「何、ヤってんの! アンタたちっ!」

 どよどよどよよよよょぉん♪

 残念なBGMが流れるなか、小柄な少女が、少年たちの頭頂部をわしづかみにした。


『【公式戦】運営バーサス学園β【官民対決】

 世界選手権モード:2本先取ポイント制:団体戦形式

 【0】 VRE研究部:狛丑 VS OP:バラクーダ 【1】』

 パァファーーーー♪

『負けてるw』『がんばれー!』『コウベちゃん、はよ』

『いつの間にか公式戦なってるし』『w』『草』『草』

 ファンファーレに涌く、大会専用文字チャット。


 ポイントを先制したのは、バラクーダチームとなった。

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