5:バラクーダ戦、格ゲ少年の主張

「ちょっと! @仝〆VAL§ゞ⊇AQU∞DA! ボーナス査定に響きますよ!?」

 特区運営管理者としての発令コードにも、応答しないのだ。

 少しくらい脅かしたところで、言うことを聞くわけもない。


「興味を引かれないことには、……いっさい応答しまへんなあ」


「そもそも、命令系統の上位にいる白焚シラタキさんの言うことを無視できるのって、むちゃくちゃじゃない?」

 小柄な少女、禍璃マガリが、口に手を当て思案する。


 デッサン人形は、カタカタと打鍵音をさせて、次々と複雑なプログラム構文を記述していく。


「量子サーバー自体の保守管理は、彼女みたいな、地下都市住民・・・・・・管轄かんかつなのですよ」


地下都市住民・・・・・・? 何それ?」

 鋤灼スキヤキみたいねと、少女が続けて呟く。

地下都市空間ジオフロントは独立採算制で、量子サーバーの保全目的の独自作戦を最優先させることが出来ます。ちなみに、直接の命令系統は公開されていません」


「彼女? さっきも言ってたけど、女の人なんだゼ?」

 手元の操作へ意識を戻したのか、女史からの返答は無かった。

「なら、刀風カタナカゼのイケメンオーラで何とかなんねえか?」

「ばかか、俺様は努力した上で、見かけだけのイケメン・・・・・・・・・・なんだ! オーラなんて全く無えぜ!」

 自慢か自虐か判らない事を、熱弁するハンサム長身カタナカゼヨウジ


「は? 基本スペックからMAXな野郎が何言ってやがる?」

 歯を剥き出しにして反論する、ボサ髪以外特徴無しスキヤキシルシ

「んだと? ヤケに突っかかってくれるゼ?」

 ガタリ。パイプ椅子を近づける。


「やんのか!?」

 ガタリ。パイプ椅子を近づけ、ひざが触れる。

「覚悟しろってんだゼ!」

 ギシリ。掴みかからんと睨み合う、一触即発の空気。


「ちょっと、なに本気で喧嘩して……!?」

 禍璃マガリがオロオロする中、シルシ少年が、片手を突き出す。


「5先!」

「いーや、10先だ!」

 両手を突き返す、努力派イケメンらしい、刀風カタナカゼ少年。


 ちなみに、”~さき”と言うのは、対戦ゲームの連戦で勝敗を決める、格付け仕様の喧嘩マッチのことだ。


「よし、コレ終わったら、速攻で、うちの下宿のトグルオーガ筐体セットアップするぞ?」

「オッケー! 朝までには終わらせるゼ!?」


「……アンタ達、明日は月曜よ?」

 呆れ顔で、指摘する禍璃マガリ

 なに!? めんどくせえ!

 じゃあ、仕方ねえ、回線周りは俺がやるゼ。

 おう、じゃあ、……水曜!

 了解! 水曜に10先だゼ。

 この、NPC達が撃破されかねない緊迫した状況にも関わらず、ゲーム勝負の心配をしている少年達。


 ビビビビビュイッ♪

 小鳥が、強く鳴きながら急接近トトトトッシルシの小指を突いた。


「いでっ! 悪い悪かった! 真面目にやる!」

 例によって痛くは無いのだが、特区習慣的に反応してしまうのだ。


「そうだな、コウベ達も俺たちの仲間だしな。……あの輪っか、一回転すると、一列分終わりみたいだゼ?」

 ぱりん。割れるような音を立てる、デッサン人形を取り囲む光輪。その最下層の一列が光の粒子になって消えた。


「ほんと、消えたわね」

 禍璃マガリの、視線の先、光の輪は現在、12本ほど積み重なっている。

 最上段は、デッサン人形が何かをプログラム中の、横に長い光の板コンソール

 その入力が済むと即座に実行され、プログラムは視覚化されるようだ。

 デッサン人形を取り囲む輪になって、積み重なっていく。


 新しい光板コンソールへ、入力していた木目調が、両手を降ろした。

 全てのプログラミングコーディングが、済んだのだろう。

 キャラ選択画面の残り時間カウントは、10を切った。


 ぱりんぱりんぱりんぱりんぱりん!

 ぱりんぱりんぱりんぱりんぱりん!


 一気に、処理が進み、舞い上がる光の粒子。

 その煌めきは、デッサン人形の眼の前に収束する。

 その蛍光グリーンの光は、六角形のパネルになった。


『入出力動作チェック用、アドオンプログラム

 ”プレイヤーサイド:チェックサム”』

 ポップアップするダイアログ。


『●◎レギュレーションチェッカー』

 六角形自体に描かれたロゴ。


「こっちにも、何か出たゼ?」

 シルシの目の前の積層モニタを、のぞき込む刀風ハンサム

 その実行中の格ゲー画面。

_プロンプト』が点滅ブリンクしていて、表示の一部が壊れている。

 >Qsh:./regchk◍  TM:Permission denied_


「止まっちまった? ……なんか、先方様謹製の、怪しいプログラムが、実行待ちになってるエラー出してる!?」


「あら、それ、公式ツール・・・・・のロゴ付いてますね。珍しい」

 驚いている、管理運営陣頭指揮者シラタキルウイ


「公式ツールがぁ混ざってるとぉー、実行用のアドレスがぁ必要になりますねぇー」

 笹木顧問の表情が、くもる。

「なら、あてえの……名刺代わりのストレージアドレス……がありますよって……使つことくれやす」

 笹木顧問が大口を開けて、VR設計師の美少女を、見つめている。


「大丈夫ですか? こちらで、ご用意できますが?」

 その口調には、いたわりの音色が含まれていた。

「いいええ、管理者サイドの……ほどこしは要りまへん! ……鋤灼スキヤキはんの儲けにも……関わる様やしな」


歌色カイロさんは、開発者用のVRHMDと言い、装備が一流品ばかりですねー! とても良いことですが、……じゃあ、必要が有れば、便宜を図れますので、何でも言ってください」

 女史の口ぶりから、”実行可能なストレージアドレス”というのは、それなりに高価なモノだと推測できる。


「はい、どうも」

 歌色カイロは素っ気ない返事をして、ストレージアドレスとやらを、腕時計型デバイスから、壁面へ向かって送信した。

「ちょっと、もったいない気もしますがぁー、収益を考えるとぉ……一理ありますねぇー」


「「「あざーす!」」」

 美少女に向かって、礼をする部員トリオ。

 シルシは、データウォッチ上に点滅ブリンクしていた、ボタンを押した。


 再び、マネキンの周囲を取り囲む光の輪。

 それが処理され、反時計回りに一回転。

 光の粒子となった光輪。

 収束し、それは三角形となる。


「アレ、なにしてるの?」

 マネキンが、ロボットダンスを踊る度に、光の輪が現れ、三角形のパネルと化していく。


「プログラムコードの実装仕様の検証と、入力処理の正当性を、可視化しとるようどすな?」

 しゅるしゅるしゅるっ! ぺたぺたぺたり。

 三角形が、回転しながら高速で、六角形にくっついていく。


「つまり、何だゼ?」

「あの、3角形の一つ一つが、実際の行動に対応した、正当性を表しとるようどすなあ」

 六角形のパネルに、角度を付けてくっついた三角形。

 繋がるように、もう一枚の三角形がくっついたことで、完成系がイメージできる。


「それが集まってぇー、球になったらぁ”OK”ってぇ事みたいねぇー」

「コレは、シルシはんが、……作ったものでっしゃろ? ……不正がないかどうか、プレイヤー……サイドからも、確認したろて、……腹積もりのようどすな」

 シルシの眼の前の積層モニタを、指さす項邊歌色コウベカイロ


「おい、鋤灼スキヤキ、これは、願っても無くねえか?」

「遅かれ早かれ、”モノ言い付けたが・・・・・・・・る奴は現れる・・・・・・”って事、だな?」


「―――じゃあ、白焚シラタキさん、コレ公式に、”バラクーダ”さんの手によるチェックプログラムで、公平性・・・が認められてるってログ残しておいてもらえませんか?」

 シルシが、女史へ申請するも、―――。


シルシ君、言われるまでもありませんよ?」

白焚シラタキさん、冷たい……」

 素っ気ない返事に、禍璃マガリが気落ちしたように、うつむいた。


「ああ、違います違います。公式ツールをプログラムの一部に採用して、実行できる、……つまり、動作異常エラーが無いという事は、公式ツール足り得る正当性を認められたという事に同義なので、―――すでに”公式化”、ひいてはチェックプログラム自体の、公平さが保証されている・・・・・・・”と言いたかったのですよ」

 最後に、ぎこちない笑みまで浮かべて居る。


 女史は、禍璃マガリに、コスプレ服をくれたりと、憎からず思っている節がある。小柄な彼女のことが、妹みたいでかわいいのだろう。

 実際、禍璃マガリの妹としてのスペックは高い。

 大虎、笹木環恩ササキワオンをお世話するうちに身につけた、妹としての貫禄(?)も滲み出て居るのかも知れなかった。

「なんだ。よかった」

 禍璃マガリが笑みを取り戻した。


「マジで、願ったり叶ったりだったようだゼ?」

「おう、儲けたな!」

 顔を寄せヒソヒソと、少年達は、悪巧みに忙しい。


「それはそうと、先生? この鋤灼スキヤキ君たちの一戦いっせん、また、ウチで預からせていただくわけにはいきませんか? ―――PVや課金による配当金などが発生しま」


「―――鋤灼スキヤキ君ー? 大丈夫ぅー?」

 即座くいぎみに確認する笹木特別顧問。


「はい、俺はぜんぜんオッケーです。後は、トグルオーガたちとミミコフとコウベが良けりゃ―――」


 ビビビッ♪

 再びの、小指。


「痛って! 小鳥はイヤなのか?」

 壁の向こうから返答が届く。

「小鳥は、自分の出番がなくて、ムカつくってさ!」

 遠くから、イヒヒヒッと下卑ゲビた笑いを寄越す、美少女NPCヨネザワコウベ


 気絶中で確認できないが、ミミコフに至っては、美少女設計師ごしゅじんさま項邊コウベ歌色カイロがオーケーと言うなら異を唱えることはないだろう。


「命がけの勝負に観客が居ないのも、寂しいかもな―――よし、ラージケルタ、どうだ? この勝負、配信してもいいか?」


■エー? ドウ言ウ事ー?_


「簡単に言うと、ゲーム画面を町中のモニタに映して、その分だけインカムが増えるって事だゼ?」


■インカム大事。了承セリ_


「音声入力、赤点號レッド・ノード:モード変更:実行中アドオンプログラム、”カクトオ_プラグイン”からの出力映像、公式イベント即時開催、権限行使:白焚畄外シラタキルウイ画面表示HUDタイプ、PvP:世界大会決勝戦準拠」


「もー、こーなったらぁー、伝説のーバラクーダさんとのぉ勝負に勝ってー、鋤灼スキヤキ君のぉー”カクトオ_プラグイン”の宣伝にさせてもらおうじゃなぁいー!?」

「あてえも、コウベの命がけの宣伝に、賭けますえ」

 ゴツくて白い、開発者用の腕時計型デバイス。

 その表示面から、会議机の上に、指先で摘まれた光を落とす。


 ゴトンゴトンゴトトトン!

 立体音響サラウンドで大きな音を立てる、”特選おやつ”。


「さっき、先生と一緒に……コンビニでうて来た……買い置きヤツ、全部、……優勝商品に付けますえ!」

 AR対応の会議机の上に、ノイズ混じりで出現した、NPC達のおやつ。

 これはフルダイブ中の人間プレイヤーも、食すことが出来る。味は一瞬だし、お腹も膨れないが。


 美少女NPCが壁面奥から、駆け寄ってくる。

「ほんとか!? おやつ食べ放題って!?」

 小振りな額を透明な・・・壁に押し当てて、もう超必死だった。

 設計者に対し、随分な生意気さだが、その、外から見ても分かる”適当なサジ加減”は、微笑ましくもあり、既に人気要素の一つとなっていた。


「コウベ! ……気張って生き残……りなはれやー!」

 設計師だいすけが、制作物コウベに向かってかつを入れている。

 その様子は、鏡を見ているよう・・・・・・・・で、一種異様な雰囲気を醸し出していた。


 赤い自動機械レッド・ノードが表示させた、机上のパネル。

 拳聖:にゃんばるくいなの一定数のファンが同時に拡散したことによって、閲覧者数PVは、うなぎ登りだ。

 既に、NPC米沢首ヨネザワコウベ目当ての、ファンも付いているようだった。コウベは見てくれだけは超かわいかったし、中身も、ここ数日の会話学習だけで、結構色々、余計なことまで覚えるに至っていた。


 壁に面した簡易VR空間そうげん。その最下部に、流れ始まる、閲覧者達による、コメント文。

 天井にも、巨大な文字チャット画面が開かれ、流れたコメントをログしていく。

 盛り上がっていく会議室。


 蛍光グリーンのパネルが組み上がり、球状になった組み込みアドオンプログラム。

 ”プレイヤーサイド:動作確認チェックサムプログラム”。

『●◎レギュレーションチェッカー』が起動した。


 停止していた”カクトオ_プラグイン”が動き出す。

 チャキーン♪

 公式ツールマークが光って消える。


『なんだこれ?』『こんな公式ツールの配信予定無かったわよね?』

 にわかに沸き立つ、観客達のコメント。

『どこから落とすんだよ?』『スタバのオープンソース用ストレージに来てるってよ!』『急げ!』『回線パンクしたら消されかねん』『落とした!』『俺も!』

 シルシ謹製、『カクトオ_プラグイン』は盛況な滑り出しを見せた。


 再開されたキャラ選択画面のカウントダウン。

 刀風カタナカゼは、狛丑コマウシ

 デッサン人形は、足の長い戦闘用ダミーを選択した。


「そういや、鋤灼スキヤキよ、これ、俺とお前が、直接”カクトオ_プラグイン”で戦うとするじゃん? そのときはプレイヤーは、俺たち2人になる訳じゃん?」

「まあ、そうだな?」


「そん時、俺たちの体の扱いってどうなるんだぜ? コントローラーとかアケコンで操作するのは俺たちだろ?」

「まあ、そうだな?」


「じゃ、俺たちに操作されるのは? になるんだゼ?」


「最初が、たまたま、コントロールをとりやすかったコウベが居たから、うまくいったけど、どういう扱いになるかは、実際まだよく……分からねえ」

 シルシは、首をひねりながら、モニタ正面を刀風プレイヤーに譲る。

 弩派手どはでなキャラ選択演出が終了し、積層モニタが暗転した。


「たぶん、項邊コウベの背中に張り付いてた、ちっさい俺が、でっかい俺に張り付いて、……基本的には、俺の体を俺がリアルタイムに操作するはず。操作系統はアケコンで、実際に繰り出されるパンチキックは俺の分身ディープコピー……から?」


「要するに、それって、コミュニケーションツールの役割を果たす訳よね? そしたら、対戦用のパネルを挟んで、VR空間の中で、ふつうにゲームをヤったらいいんじゃないの?」

 禍璃マガリの突っ込みに、少年達の一糸乱れぬ返答が炸裂する。


「そりゃ、一理あるゼ? だけどよ―――ガシーン!」

「そうだな、一理あるな。けど―――ガシーン!」

 少年達は腕をクロスさせ、―――。


「「―――格ゲーはコミュニケーションツールなんかじゃ無えー! 知識と実践と意地のかたまりだ!」」

 少年たちの暑苦しい主張が、会議室に反響した。

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