5:バラクーダ戦、殲滅戦再突入のお知らせ
「じゃー、その肥えた兎のおかげで、……もぐもぐ……助かったって訳なんだゼ?」
彼の目の前には、まだ、湯気の出ている、ハッシュドポテトが、山積みにされている。
「音声入力」「空調:通年設定」「赤外線換気モード:10分」
フゥォォォォォォォォン。
静かな作動音に続いて、広い会議室中に対流が生まれる。
これだけ即座に空気の動きを作り出すには、広面積な通風口が必要になる。
ざっと見渡した範囲に、スリットらしきモノはない。
天井や壁には、うっすらと方眼模様が有るだけだ。
この模様は、戦闘フィールドを形成していたブロック構造そのもの。
部屋の大きさを変えたり、会議机や調度品を押し上げ、支え続ける。
全壁面にあるブロックの一つ一つが、空調専用に調整可能なのだろう。
「おー、涼しーゼ」
天井を見上げ、もう一度、パーカーの首元をパタパタする。
「なんだそれ? オモシれー! 俺も俺も!」
体温を上げる気、満々だ。
「アンタたち、今、そんな場合じゃないでしょう!?」
VRE研のおかん、笹木
そう、笹木
「NPC達が無事だったのは、不幸中の幸いと言えます……もぐもぐ」
右手には、箸で摘まんだオレンジ色。人参を模したスナック菓子。
「はふはふ……そうだ、シラタキさん。……ほぐほぐ……コウベとかトグルオーガの連中とか、……もぐもぐ……守ってくれて有り難うございました」
「いーえ、そもそも、君たち向けに出した
女史は、人参スナックを口に放り込んで、箸を置く。
「お詫びと言っては何ですが、ちょっと面白いモノを、お見せしましょう」
女史は、なにか思いついたようだった。
「音声入力」「
尻に敷いた、
その箱に、見覚えのない
縦長の会議室の、長い壁面。部員達の荷物と巨大
瞬いた後、真っ暗になったその長壁の中央に、大きなプログレスバーが表示された。1秒に付き1%くらいの進み具合で、処理されている。
「なんですか、これ?」
「さっき、格納したNPC達が居る”
倒され、壁へ向けられる、
「……これ結構、時間がかかるんスね?」
電子
処理や通信自体に、時間を取られることは、
「そうですね、……もぐもぐ……このフロア全域に施されている、”
不敵に笑う女史は、新しいスナック菓子に手を伸ばしている。
はぐぅはぐぅはぐぅー!
VRE研顧問の前には、弁当の空容器だけでなく、カップうどんと、ショートケーキの空容器なんかも散乱している。
「ちょっと姉さん。落ち着いてたべて」
「でもぉー、お姉ちゃんわぁー、お腹がー空いてぇー、倒れそうですよぉー?」
現在
ちなみに、この目の前の会議机は、恐ろしく高性能な代物で、
机に内蔵された、アプリの数は膨大で、市販されているすべてが使用可能。
電子文書申請や電子決済などに関する便利機能も満載で、この机が有れば、たった一人でも、大企業相手にも戦えそうである。
だが、ビジネス向けの機能説明は、誰も聞いていなかった。
最初に見せた
机中央に開いたフタの下から現れた、電子レンジ。
ソレには3つの、ユニットがあり、オーブンレンジ機能や、お湯を入れてカップめんやコーヒーなどを作る機能、蛇腹に延びる棚部分に重ねておくだけで、次々と調理法に合わせた行程を自動的に行ってくれる機能などが、備わっていた。
たしかに、これは、ゲーマー垂涎の「便利さ」だろう。
ただし、
「しっかし、毎度毎度、……そないに
「ほんとですね」
女史と、
わずかに確執が残る2人だが、
「え?
天性のイケメンは、意識せずに正解を導き出す。
「そうですよ、先生ほどじゃないけど、
話に乗ったつもりだった
彼は意識した上で、不正解を導き出してしまったようだ。
「「カ、カバですって!?」」
ギシリ。凍り付く空気。
すでに会議室と
「
冷気漂う会議室の中、
「
「あてえと
「
ボソボソと語られたため、又もや
ポーポポポポポッ♪
『100%』
壁に表示されていた、
不意に女史は、親指を”イェーイ♪”と突き出した。
そして、壁へ向けられていた、
ボゥワァン♪
|
シャガッ!
イスの天板が、スライドして持ち上がる。
わずかに跳ね上がる女史。その様子を見れば、女史は標準よりも軽いように見える。
「キュー!」
掛け声とともに、女史は、跳ね上がった尻を勢いをつけて降ろした。
スゥゥゥゥゥゥ―――。
プログレスバーが消え、壁が透明になっていく。
会議室の1壁面が、切り開かれ、その向こうに広い空間が開けた。
草原に、まばらな樹木。遠間に石造りの町並みが見える。
風に流されていく、細切れの雲。
草原をウェーブしていく無数の風。
「わぁ、
ピザを口に詰めたまま、
「初期フロアぽいゼ?」
女史を初め、総勢7名の視差に対応する、”画素”を駆使した、擬似的な立体映像。
彼らの様子から、ここ”
ジジジジジッ!
その空間へ、次々と現れる人型の
スタン。スタン。スタン。スタン。―――ぼとり。
ソコにいるのは、総勢4名。
トグルオーガの3人と、猫耳メイドさん。
「あれ? 一人足り……まへんなあ?」
「コウベが居ないゼ?」
「小鳥も居ないじゃない?」
「小鳥は俺が持ってる。
突かれたアイコンはぷるるるっと震えただけだ。
「ほれ、小鳥。出てこい」
ぽんぽぽぽぽん♪
軽快な
ビッ!?
「起きたか? 小鳥電話、サンキューな。すっげー助かった」
その
「ヘッんだ!」
壁から聞こえてくる、乱暴な少女声。
会議室の全員が壁に注目していると、再び壁の向こうから少女の乱暴な声。
「フッんだ!」
口調はとても乱暴で、まるで、かんしゃくを起こした子供だ。
「居たゼ! 右奥の木の上!」
ピタピタコスチュームに身を包んだ、NPC
「ふがが、もぐもぐ、ふごごが?」
頬を物理的に膨らませた
「姉さん、なに言ってるか分からないわよ?」
「ふむん。……もぐもぐもぐ」
「……たぶん、先生は、……バラークーダはんが、……居なくなるまで、みんなもNPCも……ココに居たらエエのとちゃいます……かて、言いたいのやないどすか?」
「ふんふむん、……もぐもぐもぐ」
頷いている笹木
「ココまでは、
そう
チッ!
ジッジジジジ!
現れた輪郭は、細身の人型だった。
会議室の壁に、再現されたVR空間の中。
デッサン人形ぽい奴が、草原へ降り立った。
「なんでっ!? この空間は、サーバー上には無いのにっ!?」
驚愕の表情で、デッサン人形を見つめる
「音声入力」「こら! @仝〆VAL§ゞ⊇AQU∞DA」「コード入力:いい加減にしなさい」
バラクーダと呼ばれる、凄腕オペレーターのIDを呼ぶ女史。その正式な固有名は外国語のようにも聞こえ、発音は上手く聞き取れなかった。
そして、暴走した、自動機械”ディナーベンダー”をシャットダウンさせた、―――緊急用の発令コードは、デッサン人形に、
取り乱す、
『こちらは、@■■VAL■■■AQU■DAです。
只今から、業務を再開させていただきます。
・サブ防衛システム不正侵入容疑者の
15:00:00
15:01:00
上記の期間内は、当方の作動半径内への進入を、堅く禁じます。
ご用の際は、該当する発令コードか、
スーパーユーザーから、お申し付けください。』
文字列の一部は、潰れた
その横に羅列されていく、シラタキの発令コードを受け付けない、状態異常に関するエラーダイアログ。
壁の向こうの空間が、真っ赤になっていく。
「先生、ごめんなさい! 私の管理者権限では、止められません!」
青い顔をしている、女史。
その先には、
「ど、どうすんのよっ!?」
「こりゃマズいぜ? アイツ、かなり強いゼ!?」
「もぐ、……ごくん……
ぶわわわっ! 特別講師は涙目だった。
「ビビビビビビビビッ♪」
「モノケロス戦の要領で、何とかならねーかってんだゼ!?」
「無理よ、あいつ等、いっぱい居るものっ!」
ジッジジジジ!
ジッジジジジ!
ジッジジジジ!
次々と、涌いてくる、バラクーダの操る、戦闘テスト用のダミーNPC。
「くっそ! あの兎が、居てくれたら、まだ、やりようがあったかもしれないけど……」
慌てた
さっき、おしぼりを拾ったときに、それを見つけたのだろう。
それは、遊技用に置いてあるわけではなかったと思われる。
だが、彼にとっては、唯一のアプローチが可能となる、伝家の宝刀だった。
宝刀の
現時点では、それ以外の方法は無かったと言える。
前回起動させた、指定アプリを即座に再実行させることができるボタンだ。
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