5:バラクーダ戦、殲滅戦再突入のお知らせ

「じゃー、その肥えた兎のおかげで、……もぐもぐ……助かったって訳なんだゼ?」

 刀風カタナカゼは、パーカーの襟を引っ張ってパタパタしている。

 彼の目の前には、まだ、湯気の出ている、ハッシュドポテトが、山積みにされている。


「音声入力」「空調:通年設定」「赤外線換気モード:10分」

 白焚シラタキ女史が、箸を割りながら、音声入力。


 フゥォォォォォォォォン。

 静かな作動音に続いて、広い会議室中に対流が生まれる。

 これだけ即座に空気の動きを作り出すには、広面積な通風口が必要になる。

 ざっと見渡した範囲に、スリットらしきモノはない。

 天井や壁には、うっすらと方眼模様が有るだけだ。

 この模様は、戦闘フィールドを形成していたブロック構造そのもの。

 部屋の大きさを変えたり、会議机や調度品を押し上げ、支え続ける。


 刀風カタナカゼの頭頂部。いくらか長めになっている髪がなびいている。部屋全体を換気する風の流れとは、別の、彼専用の空調が使用されていると考えられる。

 全壁面にあるブロックの一つ一つが、空調専用に調整可能なのだろう。


「おー、涼しーゼ」

 天井を見上げ、もう一度、パーカーの首元をパタパタする。


「なんだそれ? オモシれー! 俺も俺も!」

 鋤灼スキヤキ少年も、横から、手を伸ばし、ハッシュドポテトを手に取った。

 体温を上げる気、満々だ。


「アンタたち、今、そんな場合じゃないでしょう!?」

 VRE研のおかん、笹木禍璃マガリが、遊んでいる男子生徒達をたしなめる。

 そう、笹木環恩ワオンと、”サバの水煮缶”を、取り合っている自分のことは、どうでも良いのだ。


「NPC達が無事だったのは、不幸中の幸いと言えます……もぐもぐ」

 白焚シラタキ女史は、ヘッドセットを左耳に装着した。

 右手には、箸で摘まんだオレンジ色。人参を模したスナック菓子。


「はふはふ……そうだ、シラタキさん。……ほぐほぐ……コウベとかトグルオーガの連中とか、……もぐもぐ……守ってくれて有り難うございました」

 シルシは、手にしたハッシュドポテトを、口に詰め込んでいく。


「いーえ、そもそも、君たち向けに出した案内アナウンスだったとは言え、あんな者を呼び寄せて動員してしまったのは、こちらの落ち度ですし……そうですねー」

 女史は、人参スナックを口に放り込んで、箸を置く。

「お詫びと言っては何ですが、ちょっと面白いモノを、お見せしましょう」

 女史は、なにか思いついたようだった。


「音声入力」「赤点號レッドノード:モード変更:画素平面指ダイレクト定モードドリブン、権限行使:白焚畄外シラタキルウイ、コンテナ34を実行接続」

 尻に敷いた、赤い自動機械レッド・ノードに、何か命令してから、取り出した、小さな箱。

 環恩ワオン禍璃マガリ刀風カタナカゼは、その箱を凝視した。

 その箱に、見覚えのないシルシ歌色カイロは、首をかしげる。


 縦長の会議室の、長い壁面。部員達の荷物と巨大VRHMDおはぎが、寄せてある奥の壁。

 瞬いた後、真っ暗になったその長壁の中央に、大きなプログレスバーが表示された。1秒に付き1%くらいの進み具合で、処理されている。


「なんですか、これ?」

 シルシは、ハッシュドポテトを食べ終えたギトギトの手で、壁の表示を指さした。

 禍璃マガリが、机の下からおしぼりを取り出して、シルシへ投げてよこす。


「さっき、格納したNPC達が居る”疑似VR空間サンドボックス”と、そこの壁面を繋げました」

 白焚シラタキ女史が取り出した箱は、貨物輸送用のコンテナ……にしては縦横比率が寸足らずなキーホルダーだった。

 倒され、壁へ向けられる、立方体のコンテナ底面。その画素の明滅は、壁面に表示されているプログレスバーと同期していた。


「……これ結構、時間がかかるんスね?」

 シルシが、23%となったプログレスバーに、文句を言う。

 電子文庫本ペーパーブックが、旧タイプのスパコン並みの処理能力を持てる時代なのだ。

 処理や通信自体に、時間を取られることは、普通・・は無いのだ。


「そうですね、……もぐもぐ……このフロア全域に施されている、”仮想現実感AR”最大対応可能な、”戦闘フィールド”との調整に時間がかかりますね。……もぐもぐ……でも、その分、見せ物アトラクションとしては、優秀ですよ?」

 不敵に笑う女史は、新しいスナック菓子に手を伸ばしている。


 はぐぅはぐぅはぐぅー!

 VRE研顧問の前には、弁当の空容器だけでなく、カップうどんと、ショートケーキの空容器なんかも散乱している。


「ちょっと姉さん。落ち着いてたべて」

「でもぉー、お姉ちゃんわぁー、お腹がー空いてぇー、倒れそうですよぉー?」

 現在環恩ワオンは、白焚シラタキ女史の差し入れ、冷凍ピザにかじり付いている。

 ちなみに、この目の前の会議机は、恐ろしく高性能な代物で、刀風カタナカゼ項邊コウベ歌色カイロ以外の全員が「これ、いくら?」と、値段を問いただしたほどだった。


 机に内蔵された、アプリの数は膨大で、市販されているすべてが使用可能。

 電子文書申請や電子決済などに関する便利機能も満載で、この机が有れば、たった一人でも、大企業相手にも戦えそうである。

 だが、ビジネス向けの機能説明は、誰も聞いていなかった。

 最初に見せた自動調理機能・・・・・・だけで、すでにコノ机の虜になっていたからである。


 机中央に開いたフタの下から現れた、電子レンジ。

 ソレには3つの、ユニットがあり、オーブンレンジ機能や、お湯を入れてカップめんやコーヒーなどを作る機能、蛇腹に延びる棚部分に重ねておくだけで、次々と調理法に合わせた行程を自動的に行ってくれる機能などが、備わっていた。

 たしかに、これは、ゲーマー垂涎の「便利さ」だろう。


 ただし、白焚シラタキが、提示した金額は、ずぼら生活・・・・・のためだけに、おいそれと払える金額ではなかった。

 歌色カイロは、計算アプリを立ち上げて、何かを計算している。

 環恩ワオンは、まだ諦められないらしく、ピザを囓りながら机を撫でている。


「しっかし、毎度毎度、……そないに仰山ぎょうさん食べて良くもまあ、……その体型スタイルを維持でき……るもんやなあ」

「ほんとですね」

 女史と、歌色カイロの眼が、冷ややかさを帯びる。

 わずかに確執が残る2人だが、環恩ワオンのウエストを目の前にして、意見を一致させている。


「え? 歌色カイロちゃんも、白焚シラタキさんも、っそいゼ?」

 天性のイケメンは、意識せずに正解を導き出す。


「そうですよ、先生ほどじゃないけど、歌色カイロさんも、白焚シラタキ……さんも、カバみたいに・・・・・・食べるじゃないスか。ソレ考えたら、……」

 話に乗ったつもりだったシルシを、全員が注目する。

 彼は意識した上で、不正解を導き出してしまったようだ。


「「カ、カバですって!?」」

 ギシリ。凍り付く空気。

 すでに会議室としている休憩室が、さらに、氷穴のような冷気漂う空間へと変貌した。


鋤灼スキヤキは、……バカなの?」

 冷気漂う会議室の中、禍璃マガリは、ため息を付いた。吐く息が目に見えるようだ。

禍璃マガリちゃあん、違いますよおう! 今、鋤灼スキヤキ君わぁ、先生のことを、バカ・・じゃなくって、カバ・・よりも大食いだって言ったんですよぉう?」

「あてえと白焚シラタキはん……のことはカバ、みたいて、……言わはりましたなあ?」

鋤灼スキヤキ君、キミは、本当にお兄さん……げふげふん……、そっくりですねー」

 ボソボソと語られたため、又もやシルシの耳には届かなかったようだ。シルシの兄にして、スターバラッド統括デザイナー『鋤灼スキヤキP』に付いて、具体的な言及は無かった。


 ポーポポポポポッ♪

『100%』

 壁に表示されていた、案内表示プログレスバーが終了する。

 不意に女史は、親指を”イェーイ♪”と突き出した。

 そして、壁へ向けられていた、キーホルダー立方体底面へ、押し当てた。


 ボゥワァン♪

 |白焚シラタキ女史が座っている赤いイススツールが、効果音おとを立てた。

 シャガッ!

 イスの天板が、スライドして持ち上がる。

 わずかに跳ね上がる女史。その様子を見れば、女史は標準よりも軽いように見える。


「キュー!」

 掛け声とともに、女史は、跳ね上がった尻を勢いをつけて降ろした。

 スゥゥゥゥゥゥ―――。

 プログレスバーが消え、壁が透明になっていく。

 会議室の1壁面が、切り開かれ、その向こうに広い空間が開けた。

 草原に、まばらな樹木。遠間に石造りの町並みが見える。

 風に流されていく、細切れの雲。

 草原をウェーブしていく無数の風。


「わぁ、綺麗ぃひれいぃ

 ピザを口に詰めたまま、環恩ワオンが感嘆の声を上げた。

「初期フロアぽいゼ?」

 刀風カタナカゼが言っているのは、初期フロアを舞う花びらや、木漏れ日のような演出から受ける、暖かなイメージのことだろう。

 女史を初め、総勢7名の視差に対応する、”画素”を駆使した、擬似的な立体映像。

 彼らの様子から、ここ”VR拡張遊技試験開発ゲーマー特区〟でも、稀有けうな立体映像形式であると、推測される。

 シルシ少年も、手にしていたおしぼりを落としてしまうほどに、度肝を抜かれている。


 ジジジジジッ!

 その空間へ、次々と現れる人型の放電りんかく

 スタン。スタン。スタン。スタン。―――ぼとり。


 ソコにいるのは、総勢4名。

 トグルオーガの3人と、猫耳メイドさん。


「あれ? 一人足り……まへんなあ?」

「コウベが居ないゼ?」

「小鳥も居ないじゃない?」

「小鳥は俺が持ってる。脇腹・・に入れっぱだった」

 シルシは、おしぼりを拾ってから、データウォッチを操作する。開かれた、サイン†オーガの持ち物金庫インベントリの中で、抹茶色のアイコンと化している小鳥。

 突かれたアイコンはぷるるるっと震えただけだ。


「ほれ、小鳥。出てこい」

 シルシは、腕時計を机の上で、軽く降った。


 ぽんぽぽぽぽん♪

 軽快な効果音SEを共に、会議机の上に出現した、実寸大サイズフルスケールの小鳥。


 ビッ!?

「起きたか? 小鳥電話、サンキューな。すっげー助かった」

 そのねぎらいの言葉に、抹茶色ことりは、眼を細めてウットリする。


「ヘッんだ!」

 壁から聞こえてくる、乱暴な少女声。

 会議室の全員が壁に注目していると、再び壁の向こうから少女の乱暴な声。

「フッんだ!」

 口調はとても乱暴で、まるで、かんしゃくを起こした子供だ。


「居たゼ! 右奥の木の上!」

 刀風カタナカゼのその指摘に、卓上小鳥も含めた一同は右側を見た。

 ピタピタコスチュームに身を包んだ、NPC米沢首ヨネザワコウベが木の上に引っかかっている。


「ふがが、もぐもぐ、ふごごが?」

 頬を物理的に膨らませた特別講師ワオンが、その様子を見て眼を細めた・・・。だが、……胃袋はまだまだ細まらない・・・・・ようだった。

「姉さん、なに言ってるか分からないわよ?」

「ふむん。……もぐもぐもぐ」

 環恩ワオンは会話を諦め、新しく獲得した獲物、”鯖の水煮缶”に手を伸ばした。


「……たぶん、先生は、……バラークーダはんが、……居なくなるまで、みんなもNPCも……ココに居たらエエのとちゃいます……かて、言いたいのやないどすか?」


「ふんふむん、……もぐもぐもぐ」

 頷いている笹木環恩ワオン


「ココまでは、彼女・・も、入って来られないので、安心してください」

 そう白焚シラタキ女史が太鼓判を押した直後、―――。


 チッ!

 シルシの腕から、日本時間UTC+9で午後1時のアラームが聞こえた。


 ジッジジジジ!

 現れた輪郭は、細身の人型だった。

 会議室の壁に、再現されたVR空間の中。

 デッサン人形ぽい奴が、草原へ降り立った。


「なんでっ!? この空間は、サーバー上には無いのにっ!?」

 驚愕の表情で、デッサン人形を見つめる白焚畄外シラタキルウイ

「音声入力」「こら! @仝〆VAL§ゞ⊇AQU∞DA」「コード入力:いい加減にしなさい」

 バラクーダと呼ばれる、凄腕オペレーターのIDを呼ぶ女史。その正式な固有名は外国語のようにも聞こえ、発音は上手く聞き取れなかった。

 そして、暴走した、自動機械”ディナーベンダー”をシャットダウンさせた、―――緊急用の発令コードは、デッサン人形に、全く通用しなかった・・・・・・・・・


 取り乱す、彼女シラタキの視線を受け、案内文がポップアップ表示される。


『こちらは、@■■VAL■■■AQU■DAです。

 只今から、業務を再開させていただきます。


 ・サブ防衛システム不正侵入容疑者の―――カタカタカタン掃討作戦のお知らせ。

  15:00:00SBスターバラッドタイム/13:00:00UTC+9にほんじかん

  15:01:00SBスターバラッドタイム/13:00:20UTC+9にほんじかん

  上記の期間内は、当方の作動半径内への進入を、堅く禁じます。


 ご用の際は、該当する発令コードか、

 スーパーユーザーから、お申し付けください。』


 文字列の一部は、潰れた落款らっかんのようになっていて、『確保』の2文字が『掃討』に、リアルタイムで再変換された。

 その横に羅列されていく、シラタキの発令コードを受け付けない、状態異常に関するエラーダイアログ。

 壁の向こうの空間が、真っ赤になっていく。


「先生、ごめんなさい! 私の管理者権限では、止められません!」

 青い顔をしている、女史。

 その先には、環恩ワオン歌色カイロの、もっと青い顔。


「ど、どうすんのよっ!?」

「こりゃマズいぜ? アイツ、かなり強いゼ!?」


「もぐ、……ごくん……鋤灼スキヤキ君! コウベちゃん達ー、撃破されたらぁもう2度とぉ、会えなくなってぇしまいますよぉっ!?」

 ぶわわわっ! 特別講師は涙目だった。 


「ビビビビビビビビッ♪」

 抹茶色コトリも、眼を白黒させて、慌てている。


「モノケロス戦の要領で、何とかならねーかってんだゼ!?」

「無理よ、あいつ等、いっぱい居るものっ!」


 ジッジジジジ!

 ジッジジジジ!

 ジッジジジジ!

 次々と、涌いてくる、バラクーダの操る、戦闘テスト用のダミーNPC。


「くっそ! あの兎が、居てくれたら、まだ、やりようがあったかもしれないけど……」

 慌てたシルシは、会議机の手元を探った。

 さっき、おしぼりを拾ったときに、それを見つけたのだろう。

 それは、遊技用に置いてあるわけではなかったと思われる。

 だが、彼にとっては、唯一のアプローチが可能となる、伝家の宝刀だった。

 宝刀の接続名ぶんるいは、ヒューマンIFインターフェースデバイス。

 シルシは、その、旧世代デザインの、小さなコントローラーパッド・・・・・・・・・・を引っ張り出した。


 現時点では、それ以外の方法は無かったと言える。

 鋤灼スキヤキシルシは、データウォッチの再実行ボタンを押した。

 前回起動させた、指定アプリを即座に再実行させることができるボタンだ。


 シルシは、透明な壁の向こうに居る、デッサン人形に向かって、対戦申請をバトルしようぜした。

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