5:バラクーダ戦、インターバル

「あっ! 鋤灼スキヤキ、ダイブアウトしてる!」


 小部屋に入ってきた、気の強そうな小柄な少女の手には、コンビニの袋。


「おう、映像空間切れちまって、悪かったな。それより、刀風カタナカゼが登録抹消って、本当かっ!?」


 巨大おはぎを、部屋作り付けのテーブルに乗せる少年。

 ピッ♪

 同時にデータウォッチの表示面が、何かを知らせてくる。

 彼は立ち上がり、学校指定のカーゴパンツのポケットから、一冊の電子文庫本ペーパーブックを取り出した。


「あれ? 何で知ってんのよ?」

 ガタ、ガタン。

 少女は、パイプイスを引き寄せて、少年が座っていたイスの近くへ腰掛けた。

 そして、巨大おはぎを、邪魔と言って、部屋の隅へ放り投げた。

 その下には、全員の鞄がまとめて置いて有るため、巨大VRHMDには、傷一つ付かないが、扱いが雑だ。


「なんか、戦闘用のダミー人形に襲われたんだけどよ、そいつが、刀風カタナカゼのステータスアイコン表示しやがったんだよ」

 虎の子のノベルダイブ可能な、最初期型VRHMDを放り投げられ、少しへそを曲げた少年の口調が荒くなる。

 少年は文庫本の最後の方のページを開き、指先で操作しはじめた。何かを確認しているようだ。


「ダミー人形!? まさか、白黒模様で、その内の一つは、デッサン人形みたいな木製じゃないわよねー?」

 禍璃マガリが、フザケた口調で言いながら、コンビニの袋から、肉まんみたいなのを取り出している。


「あ、そっか! そっち側では、再現された映像空間が見えてたんだったか? 大変だったんだぜ、あの、白黒ども、いきなり殴りかかってきてよー」


 少年の話を聞いて、あごを落とし、眉間にしわを寄せた少女。

 その渋い表情は、ワンピースのすそに付いたネコの刺繍には、似合わなかった。


「―――見えてたら、こんな呑気のんきにしてられなかったわよ! っていうか、アンタそれ・・、伝説のバラクーダっていう、危険な奴よっ!?」


「伝説の、『BARバー・ラクダ』? 何だソレ? 砂漠の異国情緒たっぷりの飲み屋さんか?」

「ぐふっ!?」

 鋤灼スキヤキ少年の返答に、言葉を詰まらせた禍璃マガリは、小さなテーブルに自分のコンビニ袋を乗せた。


鋤灼スキヤキ! 戻ったか!」

 両手にコンビニ袋を下げた長身が、ドタバタと狭い部屋に入ってくる。

 イケメンは、下げていた袋の片方を、持ち上げ、

「こっちが、オムレツ巻きと、プロトたんサイダー。あと、角煮まん」

 次に反対側を持ち上げて、

「で、こっちは、黒豚カレーまんになってる」

 と言った。


「お、じゃぁ、こっち。金は? オマエに払えばいいのか?」

 シルシは、”黒豚カレーまん”の方を指さし、データウォッチを持ち上げる。


歌色カイロさんに、感謝しなさいよ」

 禍璃マガリは、毒々しい色の飲料を開封する。

 蛍光オレンジと、鮮やかなブルー。

 その2色が、分離してマーブル模様になっている。


「笹木……そんな色の飲み物、買ったのか?」

 シルシの声は、心配げだ。彼女には、「酸っぱい」と言って、ジュースをまるまる残した経緯けいいがある。

 少女は、「なによ、これは酸っぱくないから大丈夫よ」などと言いながらグビリ。

 やや、顔をしかめたが、グビグビと飲み込んでいく。


「これは、歌色カイロちゃんのオゴリだゼ。コウベの中ボス試験に、駆り出しちまった礼だとさ」

 刀風カタナカゼから、袋を受け取るシルシ


「そっか、サンキュ! で、オマエ、VRID大丈夫か!?」


「なんだよ。もう話したんか?」

 ガタイの良い少年が、少女の方を振り返る。

 彼女は、弁当をテーブルに乗せ、フタを開けている。

 中には、大きな黄色い春巻きみたいなのが2本並んでいる。


「それなんだけど、鋤灼スキヤキこそ、VRID登録抹消されちゃって、大丈夫なの?」

 少女は哀れみの表情で、シルシ少年を見つめる。

 少年達は、部屋の中央あたりに、イスを並べて陣取った。

 パイプイスを1つ、テーブル替わりに、目の前に置いている。


「は? 登録抹消されたかもしれないのは、刀風カタナカゼだろ?」

 シルシ少年は、プロトたんサイダーを開封し、飲もうとしていた手を止めた。

「おう、残念ながら、俺のIDは登録抹消おしゃかになっちまったゼ」

 刀風かたなかぜ少年は、パキリと割り箸を割り、手のひらで揉むようにゴリゴリしている。


「パキッ。まじか! 何やってんだよ! せっかく”カクトオ_プラグイン”、動いたってのにっ!」

 中肉中背のボサ髪が、箸を2つにしてから、筋骨大柄な短髪に詰め寄る。


「仕方無えってんだゼ! なんか、変なNPCがいきなり俺のこと撃破しやがってよ、しかもVRIDごと!」

 相対的にこじんまりとして見える弁当のふたを、膝の上で開けている。


「何よ、鋤灼スキヤキだって、あの白黒ダミーNPCに会ったんでしょう?」

「おう。会ったぞ? それが、どした?」

 彼も膝の上で弁当を開けた。相対的に、普通サイズの弁当に見える。


「なんだゼ!? ”大深度田舎”にまで、行ったのかよ、アイツ等!」

凄腕・・って話だから、パーティーメンバーの中で、最後まで残ってた鋤灼スキヤキの事を、追っかけて行ったんじゃ無いかしらね」


刀風カタナカゼ抹消BANしやがったのは、許せねーけど、宇宙服ワルコフ並の、神出鬼没しんしゅつきぼつさだな。……その技術力があれば、俺、今すぐ地上に戻れそうだよな?」

 

「そんなこと、言ってる場合じゃ、無いでしょう……」

「どーすんだゼ!? 鋤灼スキヤキの場合はまた1からキャラ作るの、最高に骨が折れるゼ!?」

「あたしに聞かないでよっ。姉さんたちが戻ってきたら、相談するしかないでしょう?」


「何言ってる? 俺のVRIDは無事だぞ?」

 黄色い太巻きのような、モノを嬉嬉として、はしで掴み上げる。


「え? 何言ってんだゼ? 撃破されて、ダイブアウトさせられたんだろ?」

「は? 何言ってんのよ? 撃破されて、ダイブアウトしたんじゃないの?」


「いや、これを見ろ! さっき来た、今月分の請求書だ!」

 シルシ少年ははしを置き、ポケットから再び文庫本を取り出した。

 この電子ペーパーが束になった、電子文庫本ペーパーブックは、旧世代のパソコン以上に高性能な端末に改造することが出来る。

 彼が手にしている、並製本ペーパーバッグにしか見えないモノは、8量子ビットマシン程度のスペックがあるのだ。


 開かれたページには、個人用の、帳簿アプリが表示されていて、その上の方に”NEW”と縁取られた赤い文字。

 少年の懐を寂しくしていく、赤色の数字たち。

 それは仕送りらしい数字から、次々と差し引かれていく。

 そして、最下部に表示された金額は、マイナスだった。


「また、真っ赤じゃないの。この、『遊行費(Vステ)』ての削りなさいよ」

 禍璃マガリが、行儀悪く、箸で収支の下の方を指し示す。


特区ここで、そんなわけ行くか! あ、いや、トグルオーガの筐体は家にあるから、少しは減らせるな……グビリ」

 プロトたんの絵が描かれた、透明な炭酸飲料が入ったボトルを傾けるシルシ


「それ、IDに紐付ひもつけられてる帳簿アプリだよな? そしたら、本当に、鋤灼スキヤキのVRIDは無事だってんだナ!? ……グビリ」

 刀風カタナカゼも、よそ行きの衣装に身を包んだ、可憐なツノ付き美少女ヒロインの描かれたボトルを傾けた。


「そう言ってるだろ?」

「「ふーーーーーっ!」」

 安堵あんどのため息を付いた、刀風カタナカゼ禍璃マガリ


 グビグビグビリ。ぷっはぁーーー!

 グビグビグビリ。ぷっはぁーーー!

 シルシ刀風カタナカゼは、一息にソレを飲み干してしまった。


 チョビリ。ぷう。

 奇抜な味のせいか、禍璃マガリは、ちびちびとしか、飲んでいない。まだ半分以上を残していた。

「アンタ達、食べながら飲みなさいよねー。のどに詰まるわよ?」

 まるで母親のようなことをいう、笹木禍璃マガリ


 いつだったか、項邊コウベ歌色カイロが、彼女を評した台詞は、次のようなものだ。


「妹ちゃんは、……おかんどすな」


 その言葉を発したのは、シルシ少年の記憶の中の成人美少女ではなく、生身の項邊コウベ歌色カイロだった。

 ドアを開け、手には、大きなコンビニ袋。両手に下げられている。


 そしてその背後に、白焚シラタキ女史と、笹木環恩ワオンが続く。


「おや? ちょっと、手狭てぜまですね。広くしましょう」

 女史は、音声コマンドも使わずに、後ろに控えている、赤色の自動機械レッド・ノードを蹴飛ばした。


 シルシ達の荷物と、その上に置かれた巨大おはぎが、遠のいていく。

 部屋の隅が移動していき、床や壁や天井から調度品が、せり出してくる。

 この技術は、コンビニの外に広がる、戦闘フィールドと同じモノだろう。

 6畳程度だった小部屋が、大企業の会議室の様な、広い空間に生まれ変わっていく。


 新しく設置された、大きな会議机に、生徒達が取り付いた。


鋤灼スキヤキ君、よく、ご無事で。彼女相手・・・・に、よくも逃げおおせたものです。私、見直しましたよー」

 白焚シラタキ女史は、鋤灼スキヤキシルシが、一発撃破されなかったことを、知っているようだった。


 ただ、彼女・・とは、どなたのことか・・・・・・・

 事態を把握できていないシルシ少年は、呑気のんきな顔をして、オムレツ巻きに、かじり付いている。

 そして、はしを置き、超高精細ドット・パー・エイムペンスタイラスに、持ちかえた。

 これは、白焚シラタキ女史から貰った高性能なモノで、歌色カイロ以外の全員が持っている。

 シルシは、ペン先を文庫本の白紙のページに走らせていく。


「彼女? 誰のことよ? ……もぐもぐ」 ヒソヒソもぐヒソ。

「俺が、知るかってんだゼ? でも、たぶん、……もぐもぐ……例のバラクーダの事だゼ?」 ヒソヒソもぐもぐヒソ。


「もぐもぐもぐ……だから、それってどこに有んだよ・・・・・・・? ……もぐもぐもぐ」

 シルシは、オムレツ巻きを頬張ほおばりながら、電子文庫本ペーパーブックのページを開いて見せた。


   ◇


 シルシ的に、気になって仕方がないらしい、謎の異国情緒・・・・・・

 砂漠・・を旅するには、必要不可欠な、足となる動物ラクダの描かれた絵。

 さらによく見れば、カールしたヒゲの蝶ネクタイマスターが、ラクダの背に乗り、シェーカーを振っている。

 ラクダは謎のカメラ目線。カールしたまつげ。

 ラクダは、何かを咀嚼モグモグしている。

 ラクダの足下には、スポーツカー。

 ラクダは、以外と高さがある。

 ヒゲのマスターは、スポーツカーのドライバーから注文をうかがい、その場で飲み物を提供しているようだ。

 ラクダのコブには、大量のボトルや、果物が吊り下げられている。

 ヒゲのマスターは、山高帽を頭に乗せていた。

 その帽子に取り付けられた、ネオンサイン。

 それは、『B』『A』『R』の3文字。


   ◇


鋤灼スキヤキ君ー、何ですかぁー、それぇ?」

 不用意に、凝視してしまった、彼女ワオン達の落ち度と言える。


「笹木(妹)が、『BAR・ラクダ・・・ ・・・ってのが、どこにあるのか、教えてくれないんスよー』

 シルシが、禍璃マガリを、小さいサラミみたいな、ペンスタイラスで指さした。


「「「BARバー!? ラクダ!?」」」


 成人女性トリオは、気を抜いていたのだろう。

 手にしていた、自分たちの昼食、そして、山のような女史の差し入れ。

 それら全てを床や、会議机の上に、ぶちまけた。


 一度、その”固有名詞”を耳にしていたはずの、禍璃マガリ嬢までもが、会議机に突っ伏していた。

 シルシの絵の破壊力は、すさまじかった。

 決して下手ではなく、そこそこ描けているところが、よけいに真面目な印象を与え、バカさ加減を飛躍させている。


「俺は嫌いじゃ無えけど、また、くだらねえもん描いたもんだゼ」

 旧友である、刀風カタナカゼ少年には、シルシ絵に対する免疫が出来ている様だった。

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