18:カクトオ_プラグイン

1:状況確認とゲームクライアント その1

 ぶっらーーーん、ぐぐぐっくっ、だらーん。


 湖畔に生えた、大きな木。

 その分かれた枝の間から、ぶら下がっている簀巻き状物体ヨネザワコウベ

 逆さまの頭が、時々、持ち上がるのは、中ボスが、引っ張っているからだろう。

 その前に勢ぞろいしている、『VRエンジン研究部』の面々。


 一方、大深度田舎ならくのそこに居る、鋤灼スキヤキシルシ

 サイボーグ少年の目の前に広がる、巨大な映像空間。

 NPC小鳥とコウベが繋いでくれた、パーティーメンバー間で行える、リアルタイム立体映像だ。その接続形態を、彼は”小鳥電話”と呼んでいる。


 そして、小鳥電話ほど巨大ではないが、有る程度のサイズの映像空間が、湖畔エリア側にも用意されている。


「これって? 鋤灼スキヤキ君たちが、作ってた奴でしょう?」

 あまり、怒っているようには聞こえない。

 それでも、両眼を吊り上げて、戦う構えを崩さない、猫耳ヒューマノイドにゃんばるくいな


 カーボン製の追加装甲付きのイブニングドレス。猫耳と尻尾はメカっぽいがそれ以外は、コスプレしてる人にしか見えない。

 超近接戦闘タイプの外装。シルシ少年の射撃特化型のサイボーグ外装にも似ているのは、チート紛いの高課金による賜物たまものらしい。

 声質は、やや合成音声気味にエフェクトが掛けられた、萌えキャラ声。


 その中身は、VRE研の顧問にして、希代のVR専門家、笹木ササキ環恩ワオンである。

 猫耳キャラが大好きな以外は、至って普通の成人女性である。

 地声やしゃべり方が、10歳程度にしか聞こえないことを、少し気にしている。

 そのことを、シルシ少年にからかわれたため、現在、怒り状態アングリーである。



「すごいじゃねーか! 俺たち、ゲー特作品第一号だぜ!」

 横から飛び出てきた、小柄な少女。ヒラヒラやフワフワが沢山付いた、支援特化タイプの外装。


 自分の身長よりも長大な、魔法杖を手にしている。

 そのレクティファイアと呼ばれているロッドは”効率化”に長けた一般的な杖である。

 声質は、生意気な感じの、幼い声。


 その中身は、特区立学園1年生、刀風カタナカゼ曜次ヨウジ

 細身の筋肉質マッチョで、短髪のスポーツマンタイプ。鼻が高く、彫りの深い顔。

 学園内で一カ所に止まれば、背後に女子生徒が涌いて渋滞を引き起こすほどのイケメン。そして、シルシ少年曰く、性格なかみの方がもっとイケメン。

 やや、雑な立ち振る舞いにも関わらず、とてもマメで、芯の通った好青年なのだ。



「ちょっと、勝手にゲーム特待生の名前出すんじゃないわよ!?」

 小柄な少女の後ろ襟をつかんで持ち上げる、海賊。


「でも、これ、笹木のケンカキックのモーション入ってるぞ!?」

 わずかに、金属音が混じる声で、シルシが、余計な補足をした。


「ケンカキック!? なにその、人聞きの悪い!」

刀風カタナカゼの、きゃぴきゃぴロッドアクションも入ってるし」

 シルシは、さらに余計な補足を追加する。


「ふざけんな、鋤灼スキヤキ! ―――俺ぁ、―――そんな、―――萌えキャラに、―――媚びたりなんて、しねぇー……ゼッ! きゃはぁ☆」

 勇ましい啖呵とは裏腹に、両足をそろえて、一回転。魔法杖を片手で頭上に掲げ、ウインク。横ピースサインの間から、つぶらな瞳が覗いている。

 カタナカゼ少年は、どこからどう見ても、カワイらしかった。

 男気満載の、彼が、キャハッてしまうのには、訳がある。

 全プレイヤーに言えることだが、フルダイブ中は、アクセルとブレーキが利きやすいのだ。臨場感を増したり、脳や生身の身体に負担をかけすぎない為の、意識拡張ブースト意識閉塞バイアス。それらは、長時間ダイブや連続戦闘に、如実に左右される。

 そう言うものの作用によって、よりプレイヤーとして演じやすい下地が作られているのである。


「どこから見ても、媚び媚びじゃないのっ!」

 魔法少女カタナカゼたんは、軍服の海賊に、パーンと、はり倒されている。

 少女は、木っ端のように吹っ飛んだ。具体的には、巨大映像空間から、一瞬でフレームアウトした。

 大きな手のひらを素振りする、三角帽の大男。背中に背負った、モーターの付いた大剣が、メイン武器のようだ。

 何に使うのかわからないが、袈裟懸けに巻かれた弾帯。作動音を響かせているゴツいブーツ。”パワー”優先の、一貫いっかんしたキャラ設計と言える。

 ただ、中の人の口調・・は、変換されないため、筋骨隆々マッチョな外装は、オネエ気質に仕上がっている。


 その中身は、特区立学園1年生、笹木ササキ禍璃マガリ

 特別講師、笹木環恩ワオンの、実の妹である。

 スタイル抜群な姉と比べると、身長・胸囲・腰回りなどが、心許ない。

 だが、その凛とした眼差し、威風堂々とした立ち振る舞いは、過大評価されている。

 環恩ワオンが妬むほどの、よく通り張りのある美声と相まって、隠れファンも多い。



「先生゛、ゲーム特待生ゲー特……って、何゛どすか?」

 猫耳環恩ワオンの背後から、質問する巨漢。その声はボゴボゴと泡立つようで、あまり聞き心地の良いモノでは無かった。


「今年から出来たぁ、制度なんですがぁ、実質、何もぉガイドラインがぁありませぇん。鋤灼スキヤキ君達のぉ頑張り次第でぇ、特別な報償やぁ権利がぁ与えられるーと聞いていまぁす」


「ええ゛どすな゛、……その制度゛。あ゛てぇの゛時は、……そんな゛ん、有゛らしま゛へ……ん゛でしたからなあ゛」

 と言って、”キャラクタ選択画面”を覗き見る巨漢。

 このB級ホラー映画の代名詞となっている、細身の巨漢クリーチャー。”悪夢のナイトメア・処刑人エクスキューショナー”は、その名の通りに、公開から30年たった今でも、大人気のキャラクタである。


 骸骨型のフェイスガード、ボロボロの作業着ツナギ

 腰に吊した、マチェット。背負われているのが、死神の釜では無い所が、唯一本家と違っている。

 それでも、赤く特大のハンマーは、インパクトも、攻撃力も、引けを取ってはいないだろう。むしろ、ホラーテイストとしてはこっちの方が怖い。


 その中身は、特区立学園1年FA編入組、項邊コウベ歌色カイロ

 推定年齢20歳。米沢首ヨネザワコウベ小鳥コトリの生みの親である、VR設計師たこ焼き大介としての顔も併せ持つ。

 試作コード65コトリ68コウベが、正式にスターバラッドNPCとして登用された実績を持つ。だが、その時、VRE研顧問代理だったシルシに、すべての権利を移管されて、撃沈。

 VRE研へ在籍すれば、コウベ達の管理や改良は出来るだろうともくろんで、学園へ復学FAした。

 嘘雨土きょうと府南部の出身っぽくて、米沢首ヨネザワコウベと同程度には美少女。

 高額なハイテクスニーカーや、環恩ワオンが欲しくても、手が出ない、開発者用のVRHMDデバイスを所持している。



「そ゛れで、そ゛の画面゛……な゛んどす?」

 巨漢カイロは、キャラ設定に合った、濁った声で質問する。

 キャラセレ画面の中央、2桁の数字は、現在79。

 カウントの進みは非常にゆっくりだ。


「これはぁ、鋤灼スキヤキ君たちがぁ、内緒で作ってたぁ、バトル特化型の拡張プラグインアプリですぅ……たぶぅん」


「バトル゛……特化型゛?」


「はい。詳細は、まだ聞いてないのですがぁ、トグルオーガと言うゲーム機筐体まで手に入れて、ヤってたので、結構、―――本格的に展開する、腹積もりみたいですよぉー」

 猫耳ヒューマノイドの、声と眼が細められる。まるで、悪代官のようである。


 細身の巨漢も、眼光を細める。そして、映像空間の外を見た。

「トグルオーガ知゛ってる゛、……歌色゛カイロ゛、……トグルオーガ知゛ってる゛よ?」

 彼女らの、ちょっと上空の辺りを、何かが通り過ぎていく・・・・・・・ような首の動きだ。


 画面外にすっ飛んでいった刀風カタナカゼ少女が、赤く燃える尻尾・・・・・・・の様なモノに投げ飛ばされて、戻ってきた。


 足下に倒れた、魔法少女を蹴り飛ばしてから、海賊が正面を向く。

「ねえ、さっきの白焚シラタキさんの声、聞いたでしょ? こんな事ヤってる場合じゃないんじゃないの?」

 オネエ声は、心配げだった。


「おう、もっともなんだが、例のアレを起動したら、先生が釣れちまったんだから仕方ないだろ」

 と愚痴る、シルシボーグ。


「……えーっと、刀風カタナカゼ、そっちの状況どうなってる?」

 選択画面の、残り秒数は61。


「そうだぜ、聞いてくれよ鋤灼スキヤキ! それがよ、あのあと、スグ、禍璃コイツと合流したんだよ。そしたら、コイツ、走ってきた勢いのまま、中ボスに跳び蹴り入れやがってな!」

 一息で、飛び起きて、土埃を払う。


「だって、あんた達が、用があるのは、ゲームキャラのNPC達だけでしょう?」

「まあな」「おう」


「じゃあ、邪魔者は排除しなくっちゃっ!」

 シュシュシュシュと、何もない足下を、執拗に蹴り出す笹木妹。

 大男が機敏な動きで、ローキックを繰り出す様は、実に格闘ゲーム向きに見える。


「笹木は、実に格ゲー向きな性格してるよな」

 海賊禍璃マガリを盗み見ながら、シルシは、選択画面を押している。


「今、なんて言ったの、鋤灼スキヤキ君? 私のどこがそんなに野蛮だって言うのよっ!?」

 厳つい海賊が、君付けで、シルシの方へ、近寄ってくる。同じVR空間内とは言え、その概念的な距離は約2000メートルも離れている。それでも、気圧されたのか、シルシは、3歩下がった。


 すたたたたたたたたたたたたた!

 海賊の背後を、遅れて、登場フレームインする、実物サイズのミミコフ。

 手には大量の、―――ダイナマイト。

 オウガニャンが、落としていった物と、思われる。導火線の火は消えている。

 メイドさんは、映像空間の中を素通りして、そのまま退場フレームアウト


 最古参NPC、宇宙服姿のワルコフ。その中・・・から飛び出してきた、ワルコフの中身・・と思われる、猫耳メイドさん。

 名前が『warwara=mimikov』という以外、すべてが不明の謎NPC。どう言うわけか、項邊コウベ歌色カイロを、『ご主人』と呼び、付き従っている。『余剰リソース:茹でたロブスター』を出現させることが出来る。


「ん? 今の……化け猫? さっき、途中でなんか拾ってたけど、なにしてんのかしら?」

 背後を振り返り、シルシに尻を向ける海賊禍璃マガリ

「おい、じゃまだ、少しさがれ」

 シルシは、懇願する。おっさんの尻を見てても、楽しくないのだろう。



 ゴゾッ!

 ドガガガッ!

 画面外で暴れるような効果音SE

 ドドン!

 したたたたたたっ!


 猫耳メイドさんが、バック宙で、再登場フレームイン

 クルクルクルッ―――。


「ふにゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 スタンと着地したメイドさん。

 くせっ毛と尻尾が大きく揺れる。


「ミミコフ? 何してんだおまえは?」

 シルシが、海賊マガリをよけるようにして、ミミコフに話しかけている。

 メイドさんは細いひものようなものを、手にしていた。


「にょろろろり?」

 猫耳メイドさんの、遠吠えに答えるように、画面奥から、別のNPCが現れたフレームイン

 赤く燃える、大トカゲ、ラージケルタだ。


 彼は、大人気()アーケード格闘ゲーム『TOGGLEトグル<鬼>人鬼入OGRE’Sオーガ』に登場するキャラクタの一人。

 IQ270を誇る知性派にして、”キャラ性能ダイヤグラム”の、上位に着けているほどの強キャラである。

 灼熱の炎を全身にまとうため、抱きつかれたりすると、相手は燃える。


 今回、スターバラッド運営サイドでも、出どころが確認できない野良NPC・・・・・として出現。中ボス試験を妨害し、そのうえ、地下都市空間ジオフロントのサブ防衛システムを攻撃中らしい。

 運営サイドが放った、実働部隊に先んじて、彼らの身柄を確保することが、現在の”VRE研”の目的である。


 空中を歩いて降りてきた、大トカゲは、燃える尻尾を、伸ばした。

 簀巻きコウベいぶしたのと、同じ炎が、強く燃えさかる。


 ボボボワッ!

 ジッ!

 炎は、ミミコフが手にしていたひもの先端に、火をつけた。

 パッシュウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッーーー!

 一瞬で火花が走り去っていく。

 残された白煙が、ゆっくりと立ち上っていく。

 カッ―――! ミミコフの顔が赤く染まる。


 ズドドドドドドッゴゴゴゴゴゴゴゴゴッワァッ―――バッキャァン!


 白煙は消し飛び、メイドさんは、背後の、悪夢の処刑人ごしゅじんを振り返った。


『YOU SUCCEEDED IN DESTRUCTION OF THE BOSS MONSTER.』

 ピロン♪

 ミミコフの視線の先1メートルくらいの所に、ダイアログが出現した。


『”AMORーFFDS:LV10” WAS DESTROYED.』

 ピロロン♪


「お、小さいフォントだけど、ちゃんと表示してくれるな。有り難い」

 シルシ少年は、現在、最初期型VRHMDの弊害、『ノベルダイブの功罪』によって、各種の補足表示HUDが見られない状態に陥っている。

 『カクトオ_プラグイン』を起動して、初めて、自身や他人のステータス表示や、各種ダイアログが、見えている状態だった。


 パッパパパパパッパパパパパパパッーーー♪

 ファンファーレが、中ボス戦の終結を讃える。


「エリア゛1の゛中ボス、……『結晶植物゛アモ゛ルフィド』、……倒゛してしま゛いま゛したな゛あぁー」

 悪夢の処刑人コウベカイロは、あごに手を当てて、感心していた。

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