1:状況確認とゲームクライアント その2

「中ボスのくせに、やたらとガードするから、倒すのに時間かかってしょうがないはずなのに……やるじゃないの、化け猫」

 

「ご主人ーーーっ!」

 飛びかからんばかりに、歌色カイロに向かって、ヘッドバット!

 ―――いや、違う。

 ピョコピョコと頭を繰り出しているのは、頭を撫でろと、催促しているつもりのようだ。

 『お役に立った、ワタクシめを褒め讃えろ』と。


 ガシリ! わしわしわしっ!

 「よくやりましたねぇー、えらい、えらぁい!」

 ゴロゴロと、喉を鳴らして、『ホメ』を満喫していた、猫耳メイドさんが、眼を開ける。

 目の前には、巨大ハンマーを背負った細身の巨漢が居る。


 では、今、ワタクシめの頭を撫でているのは、―――どなた?

 グリリと、横を向く、warwaraミミmimikovコフ


 そこには、腕を伸ばし自分の頭を撫でている、猫耳タイプのキャラクター。

「ワルにゃぁん! お手柄でぇしたぁねぇーー!」


 満面の笑みの、猫耳ヒューマノイドササキワオン


 フギャァァァッーーー!

 耳を倒し、顔面蒼白の猫耳メイドさんは、脱兎のごとく飛び退いた。

 そのまま、再び退場フェードアウトしていく。


 代わりに歩いて登場の、『狛丑コマウシ』と『オウガニャン』。

 それぞれ、水牛のごとき逆算角形の蒼い巨躯と、小柄な武装ネコミミ姿だ。


「姉さんのは、趣味だとしても、なんか猫耳ばっかりね」

 海賊マガリが、もっともな意見を口にした。


 彼ら2体も、大人気()アーケード格闘ゲーム『TOGGLEトグル<鬼>人鬼入OGRE’Sオーガ』に登場するキャラクタである。


 厳つい逆算角形。頭部の真っ青な水牛風のツノは片方が折れていた。

 肥大した上腕、4つのボルトで締められた巨大ナックルガード。それを支えるために隆起した上半身は、秘めた膂力りょりょくをうかがわせる。


 褐色の髪色で猫耳。クリーム色のチューブトップ。太い皮ベルトに付けられた、輪っかのようなホルスター。下げられているのは根菜形の双剣。正面のあいた花柄スリットスカートに、ポシェットからこぼれる、ダイナマイト。導火線に火は付きっぱなし。もう、見た目が”ミス物騒”。


 やっと、トグルオーガ勢も、一堂に会した。敵が居なくなり、落ち着いたようだった。

 シルシが声を掛けようとしたそのとき、―――。

「よー、ラージケルタ。率直に聞くけど、お前ら、『サブ防衛システム』とか言うのに攻撃した?」

 ハスッパな口調の、魔法少女が、問いつめるように、核心を突いた。

 コチラも、戦闘が終結して、落ち着いたようだ。口調が刀風カタナカゼ本人に戻っている。


 大トカゲは、長いツメの先を、何も無い空中に突き立てている。

 ■アナタ、ダアレ?_

 浮かび上がる文字チャット画面。

 ラージケルタは、文字チャットによる会話が可能だ。


「おれは、刀風カタナカゼだ」

 ■カタナカゼ? ヒョットシテ、@katanakaze?_


「なんで、知ってやがるんだぜ? そういや、鋤灼スキヤキの事も、知ってたって聞いたぜ!?」

 ■スキヤキ? 何ソレ、オイシイノ?


鋤灼スキヤキてのは、@SIGN†ORGEの事だ」

 シルシが、補足する。

 ■@SIGN†ORGE、知ッテルヨ。@katanakazeモ知ッテルヨ_


 カタカタカタン。

 聞こえる打鍵音。


 ■イツモ、アソンデクレル、上オ得意サマ_

 その上に、表示される円グラフ。

 項目は、『T<鬼>O:インカムランキング』となっており、1位と2位でほとんど9割りを占めていた。

 1位は当然、@SIGN†ORGE。

 2位はそれに、付き合わされているのであろう、@katanakazeだ。


「……そういうことか」

 シルシが一人、納得している。

「どういう事よ?」

 首を傾げる海賊、笹木禍璃マガリ


「なるほどな。それで? どうなんだゼ? サブ防衛システム、ヤったのかってんだぜ?」

 カタナカゼも、理解したようだった。


 ■エ? Sub Defense System? 何ソレ? オイシイノ?_

 大トカゲは、知らないらしい。


「じゃあ、そっちはOKだな。実は、あんたら3人に、提案がある。俺はこの世界を、トグルオーガ対戦用のオンステージに―――」


 ■イイヨ。我、了承セリ_


「えぇ? 即決ぅ? いいのぉ詳細聞かぁなぁくぅてぇー?」

 ■@SIGN†ORGE大事。我ラノ、生命線_


「皆で、相談゛せん゛で、ええの゛どすか?」


 ニョロリボッワニョロ?

 フンフンフンーーッ!

 ニャニャーン!

 燃えるトカゲは、他の2体と会話らしき物をして、何もない空中を見た。

 コカカカッコカ、タン♪

 響く打鍵音。

 ■インカム大事。筐体ノ存続ニ関ワル、大事_


 3体のトグルオーガは、シルシ少年の映る方向へ向かって、礼儀正しく、お辞儀をした。


「おし、じゃあ、俺たちに付いてきてくれ。―――先生、パーティーメンバーへの登録とかお願いしても良いスか?」


「ふーーーーんだっ! 鋤灼スキヤキ君はぁ、こう言うときばっかぁりー、先生のぉ事をー頼ってさぁーー!」


「うわ、コウベみてぇー……ボソッ」

「なんですぅかぁー!?」


「いえ、何でもないス! それと、こう言うときばっかりじゃなくて、いつも・・・頼ってます。先生のことは!」

「自慢するんじゃないわよ、そんな事!」

 海賊が息巻いていたが、当の本人ワオンは、満更まんざらでもなかったようだ。


「えぇーーー!? そ、そぉんな事ぉ言ってもぉ、だ、騙されませんかぁらねぇーー!」

 猫耳ヒューマノイドの眼が泳ぐ。


「じゃ、じゃぁー、しょ、しょーがないからぁー、鋤灼スキヤキ君が作ったコレ、付き合ってあげましょうかねー。ひひゅひゅー♪」

 へたくそな口笛つきだ。ますます、コウベに酷似してくる。

 いや、NPC達の、会話型アブダクションマシンとしての性質上、環恩ワオンの語彙要素をコウベが知らぬ間に、獲得したのだ。

 会話型アブダクションマシンというのは、会話によって、自身の人格をも刷新していく自律型AIの事である。


「うす。お願いしまーす」


 トグルオーガ達も、興味津々に、寄ってくる。

 デモンストレーションとしては、完璧なお膳立てだ。


 だが、動作テストとしては、問題があった。

「この、荒縄グル巻きのキャラって、これコウベだろう? プレイヤーは俺じゃ無いのか?」

 少年の前に浮かぶ平面の中。表示されているのは、計4体。

 まず左端、生身の、鋤灼シルシそっくりの、初期ボディー・・・・・・

 ”初期ボディー”と言うのは、本人の造形を直接デジタイズした、スキャンデータそのままのVR外装の事である。学園β生徒の、初期ボディーは、全員、制服着用である。


 その隣には、シルシ少年が、作ったばかりの、サイボーグキャラクタ『SIGN†OGRE』が居る。

 急いでキャラクタネームを入力する必要があったため、格闘ゲームのハイスコア入力名と同じになってしまった経緯がある。


 そのまた隣には、マネキンみたいな、のっぺら人形みたいなの。

 中ボス試験でも活躍していた、テスト用のダミーデータだ。


 そして、最後に、なぜか、荒縄で巻かれてるNPC米沢首ヨネザワコウベが居る。しかも、シルシ本人の初期ボディーを差し置いて、なぜか、すでにカーソルが合わされている。

 シルシは、何度も、平面に手をかざしているが、選択状態カーソルは動かない。簀巻きコウベ以外は表示が薄暗くなっていて、選択できないのだ。


「なんだってんだこりゃ?」

 カシカシと頭を掻く。

 残り秒数は35になった。


 その様子を見ていた、拳聖環恩ワオンが、自分の画面の説明をした。

「先生の方にはぁ、先生が・・・ぁ居まぁすよぉう?」

 巨大映像空間を見れば、にゃんばるの前に平面表示が出現している。その中には、ちゃんと、『にゃんばる』が登場している。

 但し、ソレ一体のみだ。


「どう゛いう゛ことでっしゃろ゛な?」


「おい、鋤灼スキヤキ、コレ本当に、禍祓グリッドシステム使ってんのかだぜ?」

「間違いねえよ。ちゃんと2年前の最新型・・・・・・・、2.0β付属のエディタで組み上げた」

「そっか、じゃあ、問題は無えゼ。でも、完動品には、まだまだ掛かるって言ってたのに、良く一気に出来上がったもんだゼ」


「最初は、暇つぶしがてら、ステータス表示出来るだけの、簡単な補助表示アプリ作ろうと思ってたたんだけどよ。それが、なんだか知らねえけど、悪のりしちまって―――作ってあった分の、対戦システムのパーツを、全部引っこ抜いて、イチから組み直した」

 シルシ少年は、自慢とも、言い訳ともつかない、台詞を吐いた。

 『ノベルダイブの功罪』が明らかになるのは、この戦闘バトル終了後だ。


「曲゛がりなり……にも動゛いたんどす……から゛大したモンどすえ゛」


「なんで、簀巻きコウベしか選べないんだゼ? っていうか、これ、―――どうやって、鋤灼スキヤキの動きをトレースするんだゼ?」


「そうですねー。先生の方もぉ、……にゃんばるしかぁ、選べ無いって事わぁ―――」

 映像空間ごしに会議が始まる。

 その後ろに、青鬼、ミス物騒、燃えトカゲ。戻ってきた化け猫も見える。


「―――3・2・1・TIME UP!」

 合成音声マシンボイスが、時間切れを伝える。


「米沢首―――チャキーン♪」

「にゃんばるくいな―――チャキーン♪」


 ズダッダッダッダドギャゴギャァァァーーン♪

「決まっちまった」

 宣言されたプレイヤーキャラクタは、米沢首コウベなんて呼べる代物ではなく、ぐるぐるの簀巻すまきだ。

 簀巻すまきは、健気にも選択画面の中で、軽快な重心移動を見せている。

 戦う心構えは立派だが、徒手空拳すら無しで、どう戦うというのか。


 シルシの足下の円から、短い太線が飛び出した。


 顔を上げたシルシの真ん前。

 巨大映像空間の中、一斉に振り向く、その視線の先。


 上下逆さに吊り下げられていたはずの、米沢首ヨネザワコウベは、地面に転がって居た。その足先から、白煙が立ち上っている。


「あの荒縄って、中ボスの一部・・でしょう? 何で消えない・・・・のかしらね」

 海賊が張りのある、オネエ言葉で、疑問を口にする。


   ◇


 VRMMORPG、『スターバラッドオンラインユニバース』の、屋台骨。

 トポロジックエンジン上で、実行されている、ゲームクライアント。

 ソレは、多種多様なNPCやプレイヤーから生じる、様々な『創意工夫』に日々対応している。

 それ自体、プレイ人口が増えるだけで、より高性能になっていく、AIのような構造をしている。

 特別講師ササキワオン、率いる特別講座『VRエンジン概論』受講生ならば、全員が理解している事だ。


 その超高性能AIは、一番新しく、一番複雑で、一番用途不明のアプリケーションに、リソースを割いた。

 特別講座テキスト中の、説明を借りるなら、数値化された”愛情”と言い換えても良い。

 中ボス『結晶植物アモルフィド』の動作よりも、鋤灼スキヤキシルシ謹製『カクトオ_プラグイン』の、動作を優先させたのだ。


 そして、『ゲームクライアント』という、実行プログラム名以外の名称を持たない、超高性能AIは熟考した。


   ◇


 簀巻きスマキへ到達する、短い太線。

 簀巻きコウベは器用にも、ヘッドスプリングで、一気に起きあがった。


「おい、コウベ? 無事か?」

 簀巻き女子スマキガールを心配するシルシ少年。応答は無く、彼の眼の前の平面表示が、切り替わる。

 処理中を表す、”円形の回転マークウェイトボール

 その”待ち状態ウェイトボール”は、3秒後、解消された。

 少し、大きく表示された画面の中。簀巻きコウベの上に、半透明のダイアログが飛び出る。


『操作方法を決定してください。

 <スターバラッド・バトルシステム>

  身体フリック入力

  音声入力

  アーケード・コントローラー』


「うを? アケコンは入力用のドライバ作りかけで、まだ設定してないんだが?」

「いいじゃんか。とりあえず、アケコン選べってんだゼ」

「お、おう」


鋤灼スキヤキ君ー、やぁるわぁねぇー! 本格的に動いてるみたいですよぉー」

 笹木環恩ワオン特別講師は、さっきまでの不機嫌さを微塵みじんも残しては居なかった。チョロイと、いえばそうなのだが、教え子達の情熱に触れると、嬉しくなってしまう気質たちなのだ。


 複雑な接続形態を、どうにかこうにか処理した結果なのだろう。

 ソレは一目ヒトメで、理解できるような形となって現れた。

 簀巻きコウベの背中に張り付いた、―――その特殊な操作異常状態・・・・・・・・・を表すHUD。

 その背負子しょいこに座った、60センチ程度の大型のアイコン・・・・・・・

 そのアイコンは、頭の上に小さな抹茶玉まっちゃだまをくっつけている。

 中肉中背、灰色髪で、一見格好良くも見えるサイボーグ・・・・・

 は、膝の上のに、両手を乗せている。


 そのは、今、シルシ少年の頭の上に落ちてきたものと、同一だった。


「痛ってー!」

 少年は地面に尻餅をついた。

鋤灼スキヤキ、ちょっと大丈夫?」

 オネエ声の海賊が、心配する。


 平べったい箱から突き出た、丸レバー。

 平べったい箱に並べられている、丸ボタン。

 少年は、胡座あぐらを掻いて、箱をその上に置いた。


「オッケー、オッケー! こりゃ、思ったより、いい感じだ!」

 ガコガコガコン!

 少年は頭をさすりながら、レバーを動かしてみている。


 その操作にあわせて、背負子しょいこに座った、半透明アイコンも、手元で同じ操作をしている。

 今は、キャラ選択後の、読み込み演出中だが、簀巻きコウベの操作は出来るようだ。

「対応ボタンは、わからんが、キックとか頭突き出るっぽいな」

 少年の口元がほころぶ。

 映像空間の中の少年と、目の前の背負われアイコン。

 そのシンクロぶりを見た、成人女性コンビの、口元も盛大にほころんでいたが、なんとか、飲み込んだようだった。


「どんな感じだゼ!?」

「遅延なし! 悪くない!」


 読み込み演出が終了し、少年の前の、平面表示が更に大きく広がる。

 映し出されている、対戦ステージは、エリア1湖畔。

 映像空間の中の、環恩ワオンの前の平面表示が消える。

 2人以外の全員が、遠巻きに下がる。 

 環恩ワオンと、簀巻きコウベの間には、点線が引かれている。


 ヒュパパパッ。チャキッ♪

 格闘ゲームには付きものの多彩な、ゲージが出現した。

 映像空間には通常のスターバラッド準拠の、バトルシステムが表示されている。

 格闘ゲーム用のHUDは、シルシの前の平面表示にだけ、現れていた。


 体力ゲージが満タンになり、少年は集中する。


彼の血に蛮勇ふがふごふっへんが降り立ちふごごごー―――」

「彼の血に蛮勇が降り立ち―――」


 READY―――FIGHT!

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