1:ワルコフ爆誕! その6

「あっっっ……たたたたぁぁっ! 先生ぇー!? ……何しはりま……すのや?」

「むぎゅるぅーーーっ!」

 項邊コウベ歌色カイロは、笹木環恩ササキワオンを受け止めた。背中のバッグが、背後への転倒を防いだため、タンコブ一つ無い。

 それでも、かなり大きめのバッグなので、姿勢的には、あまりよくない。

 折れ曲がる体をひねり、目を回し上に乗ったままの、特別講師ワオンを横へ転がすごろり


 バッグと環恩ワオンの板挟み状態から、何とか抜け出した歌色カイロは、足下のボール・・・を見た。

「これ……さっきのくす玉……みてえな―――!?」

 美少女の瞳孔どうこうが、一瞬開いた。


「大丈夫かよ。笹ちゃん先生も、歌色カイロちゃんも」

 長い足の一歩で駆け寄る、刀風カタナカゼ


「―――ケタケタケタケタッ! 何コレ、ボールやのうて、意地悪いけず宇宙服ワルコフやないの!」

 宿敵ワルコフの、ツタンカーメンなぞのオープン状態を目撃し、手を叩いて、狂喜する項邊コウベ歌色カイロ

「どないしは……りましたんかいな? ……プークスクスッ!……こんなワヤ・・に……なってもうて、……プププーッ!」


 したたたっ。

 だが、そこへ駆け寄る、中身・・


「ご主人! 何なりと、ご命令するコフ」

 うやうやしく、こうべを垂れる、小さな猫耳メイド。


「はぁ? な、なんやの? この ちっこいのは? 宇宙服いけずから……飛び出して……きたっぽく……見えはりましたけど……まさか、―――」


 ちっこいのミミコフ双手もろてをあげて輪を作り、ひざも曲げた。全身を使って『8』の字を描く、フザケたポーズだが、そこには確かな敬意・・が感じられる。この、小さくも真っ直ぐな眼差まなざしは、ドコから来るものなのだろう。


 歌色カイロのすぐ横、上体を起こして座る環恩ワオン

 猫耳は、そちらを一瞥いちべつし、鬼の形相ぎょうそうで、舌を出した。この、憎悪に満ちた敵意・・が、ドコから来るものかは一目瞭然いちもくりょうぜんだ。スタイルのよろしい美人が、ワァールゥーにゃぁあーーんとささやきながら、にじり寄って来るからに、決まっている。


「コレ! ……宇宙服いけずの……本体・・やないのっ!?」


「―――ケタケタケタッ、……ケェータケタケタ……ケタケタッーーー!」

 妖怪のような奇声を発した後、体を曲げて、そのまましゃがみ込む、歌色カイロ

 泣き崩れたようにも見えたが、ヒーヒーと声が、漏れている。シルシ顔長猫舞わしダンス芸を見たときよりも、ヒートアップしている。

 ダンス芸に禁止令を出した、環恩ゲラも、笑顔を見せてはいるが、ソレは割れた宇宙服ワルコフにではなく、小さなメイドさんに、注がれて居るもので―――。

 ミミコフにつかみかかる環恩ワオン。すり抜け、ぎにゃぁー! と逃げる、猫耳ミミコフ

 ヒーヒーヒー……ヒーヒーッ! か、堪忍ど……すえー……!

 とうとう、床に倒れ込み、体を痙攣ピクピクさせる歌色カイロ


阿鼻叫喚あびきょうかん」「……死屍累々ししるいるい

 ちょっとー、”片思い”って、四字熟語無いじゃないのっ!

 迷った禍璃マガリは、「轗軻数奇かんかすうき?」と、付け足した。

 意味は『うまくいかず不運なこと』である。

 未成年トリオは熟語辞典アプリを起動し、口々に好き勝手な四字熟語でソレを表現した。


 チッ♪

『08:30:02UST+9』

「マジ、時間無ぇー! もう、出るぞ!」


 シルシ少年は、床で折れ曲がる歌色カイロに近寄り、データグラブでミミコフを猫掴ネコづかみみした。


「ワルコフ、さっきからこんな感じで、すぐ、コレに化けちゃうんですよ」

 にゃにゃっ!?

 ジタバタともがく様を見て、スタイル抜群のお出かけ美人が、デレデレと締まりの無い顔で、少年シルシにすがりつくが、即座に小柄な少女によって、引きはがされる。


「おやつの食べ過ぎで、手羽先2個しか残ってねえし」


「マジか。あれだけの栄養は・・・・・・・・どこ行っちまったんだ・・・・・・・・・・?」

 パーカーのポケットに両手を突っ込み、膝を曲げて、猫耳ミミコフを間近で見つめる大柄な少年。


 ビクリと肩を震わせ、ウエスト周りを手で隠す、笹木特別講師ササキワオン

 決して、太く・・はない、モデル体型の彼女だが、この面子めんつの中で、一番の大食漢たいしょくかんで有ることは事実だ。


「試験キャンセル料ってのが……」

 少年は本日、何度目かの、赤地に白の注釈文字を表示させた。


 ざっと、目を走らせ即座に応答する、美少女。

「―――よごさんす。……その試験キャン……セル料は、あてえ……が持ちまひょ」

 おおお。と湧く全員。環恩ワオンに至っては、豪気な教え子を尊敬の眼差しで見つめている。


「でも、そうすると、……試験受けられのうて、……試作コード65ことり68コウベの……公式NPC登用の件……自体無くなってのうなって……しまいそうで、どのみち……かなわんのやけど」


 彼女にしてみれば、これがVR設計師としての、第一歩。うまく行くなら行くに、越したことは無い。


「”特選おやつ”は、コツコツ貯めるか、広域にわたって、かき集めないと……一遍いっぺんには無理だぜ」


「姉さんなら作れるし、複製も出来るけど、作成量は制限されてるって言ってたわよ」

「余剰リソースに……類するもの、……ての、どなたさんか、……用意してくれへん……もんかいなあ」

 愚痴でも無い、単なる願望を口にした歌色カイロ。そんな物に返答が有るはずも無い。


「―――了解コフ。ちょっと待つコフ」

 有った。ミミコフが、シルシに襟をもたれて吊り上げられたまま、ゴソゴソとエプロンドレスピナフォアに付いたポケットを探り出した。


 なんだどした? どうちたのかちらぁ?

 寄る生徒組&再び破顔はがんする環恩ワオン


「うぉぉおぉるぅにゃぁ!」

 パシャコン ピポォォォォォン♪

 ミミコフは、小さな、小さな『◯』を提示した撃った

 フォォォォォン!

 何かが天井から落ちてくる。

 それは、AR物体アイテムだった。

 それは、真っ赤な海老・・で、部屋一杯を埋め尽くした。個数は一個、つまり超でっかかった!


「「「うおおっ!?」」」

 飛び退く、未成年トリオ。

 特に行動に変化のない動じない成人コンビ。


 ドズズズズゥンン!

 海老が着地する。凄まじい振動でヨロケる一同。コレには環恩ワオンも、たまらず床にしがみついた。


 だが、シルシの部屋の、窓の外。格子状のちょっと平たい手すりを、野良猫が平然と歩いていく。

 この大きく感じた振動は、部屋内蔵の立体音響システムによって生成され、視覚情報にシンクロされ、最大の効果を発揮したたまものだ。音波による振動の届かない、外にいるネコや、映像の迫力の・・・影響を受けにくい1/6ルフトは平然としている。


 そして、項邊コウベ歌色カイロも平然としている。

「何か、出しはりましたんかいな?」

 室内をキョロキョロと見渡している。ミミコフが取りだした物、の大きさすら把握出来ていないようだ。


 部屋の中央を空けるように、散る面々。

「それ、◯✕シューターじゃんか!」

「ロブスター?」

「赤いから、茹でたボイルした伊勢海老だな。たぶん」

「海老、……エビチリ、お寿司、海老餃子、チャーハン……良いわねぇー、海老」

「だから、ハサミ有るから、ロブスターじゃないの!?」

禍璃マガリちゃんわぁ、ハサミのトコおー大ぁい好きだぁものねぇー」

「伊勢エビ料理は、この間食ったばっかだしな。当分要らねえかもだぜ」


 なんや、豪勢な話してますなぁー、と言いながら歌色カイロはバッグから丸っこい機械を取りだした。

鋤灼スキヤキはん、……取りあえず……この子ぉ……返しときますえ」

 美少女は、差し出した手を、半透明の海老に突っ込ませる。


おそうなって、……堪忍なぁ」


「それ、コミューターを、自動操縦オートパイロットさせた、個体ヤツだぜ」

 背の高い少年が、AR眼鏡を上へ持ち上げ、目視確認ビジュアルチェックしている。

「そうどす、……駅前のあたり……を通ったときに、……この子が、鋤灼スキヤキはん……達は、まだ『The下宿』に……るて言う……もんやさかい、……様子見がてら、……コミューターごと、……返しにきましたんえ」


「そりゃどうも」

 シルシは、歌色カイロには見えていない半透明の海老に、めり込みながら受け取る。そして、子ルフトを床に放す。

 すると、元々部屋にいた、子ルフトと、何やら眼で可視光通信かいわし出す。

 元々部屋にいた方が、シルシに手を挙げて挨拶し、きびすを返して廊下の奥へ去っていく。


 環恩ワオンが、眼の前の猫耳と去っていく子ルフトを見比べている。


 白いコートにデニムのショートパンツ半ズボン。すらりと伸びた足を惜しげもなく見せている美少女カイロ円筒形バッグから、金色に輝くわりに、ベコベコと凹みまくった物を取りだした。

 ソレは開発者用で高性能のVRHMDだ。VRーSTATI◎Nの奥で、環恩ワオンが欲しがり、諦めたものと同型機。

 その頭が入るための、空洞になっている部分から、瓶状のみなれた装置を取り出し、コートのポケットに入れる。


 少しの間、歌色カイロの足下で、敬礼していたミミコフが、廊下へ駆けて行った。環恩ワオンの動向を探っているようだ。


 美少女は、愛用の開発者用VRヘッド・マウント・ディスプレイを、パシャコンと頭に装着した。


「ビューリンク・システム、スタート。使用者認証チェックOK。索敵スカウティングモードで起動します」

 大人っぽい声の、合成音声マシンボイス


 ピ・ポ・ポ・ポ・ポ・ポ・ポ・ポ・ポッ♪


 ヴワン♪ ―――わっひゃぁ!

 HMDのシステム起動音に重なるように、歌色カイロが後ろへ飛び退いた。

 今まさに、廊下に這い出て、子ルフトを追跡中の、環恩ワオンとぶつかりそうになる。


「これは、……一体、何やのん? ……えっらい、……美味しそうじゃ……ないの」

 今、歌色カイロの眼には、小さめの軽自動車サイズの真っ赤な海老が、見えていることだろう。


「どうすんのコレ? 見えるだけとはいえ、邪魔なんだけど」

 海老をよけて壁際に避難してた、禍璃マガリが、文句を言いながら、簡易AR眼鏡を外した。


「さしあたって、……コレにでも……入れとき……まひょか」

 コートから取りだしたのは、四角いガラスの入れ物に薄い機械のフタが付いたものだ。”VOIDチャージャー”と呼ばれ、中に、5センチくらいの大きさのパーソナル・ブレイン・キューブ装填セットされている。PBCはフルダイブVRに欠かせない記憶装置の一種で、蛍光グリーンのの絵がデザインされた、正立方体キューブ状で、少し気持ち悪い。本日のために用意してきたのだろう、量子的な比重は満タンだ。


「おう、ミミコフ? っつったか? おまえ、ワルコフなんかよ?」

 飛び退いた歌色カイロに踏まれそうになっていた、猫耳メイドの耳を指先で突く男前。


 刀風カタナカゼは、データグローブ未装着な上、VRHMDも装着していない。簡易AR眼鏡では、指先が散らしたノイズを見られるだけだ。


 ふにゃうっ!?

 ミミコフは、しゃがみ込んで尚、大岩のような筋肉を見上げ、驚き、警戒するが、おどおどと、前へ踏み出した。


「と、当方には、『ワルワラ=ミミコフ』という、立派な固有名詞が有るコフフ!」

「ほ、捕虜としての待遇を要求するもので有るコフフ!」


 ビシッ!


 しっぽは内巻き、毛先の長い耳は、しおれたようにふさがっているが、惑星ラスク宇宙軍正式敬礼に乱れはない。


「お、今度は漢字読めたじゃねーか。えらいえらい」

 指先で、頭を撫でるようにつついてやる。


「何してんだ? ホント時間ねえぞ。諦めるか?」

 刀風カタナカゼの隣へ屈み込むシルシ


「どーも、ワルコフか・・・・・? って聞くと、ミミコフだ・・・・・って答えるんだよな」

 刀風カタナカゼは頭を掻きながら、シルシへ報告する。


 中肉中背の、面白長袖は、静かに問いただした。

「―――お前は、ミミコフか?」

「そうコフ」


「じゃ、コレは何だ?」

 真っ黒HMDあたまは、割れた宇宙服を指さす。

 物理的な解像度で、実体の影を床に落としている割れた宇宙服ワルコフ。見方によっては最高に薄気味悪く、禍璃マガリは未だに距離を取っている。

 同じく実体のある映像の猫耳は、よくできた人形が動き回っているようにしか見えない。

「知らないコフ」


「じゃ、コレは?」

 次に半透明で、ノイズ混じりに部屋を埋め尽くしている、赤い海老を指さした。


「教えないコフ」

「お? ”知らない”じゃなくて、”教えない”って言ったぜ今」


「……さっき、歌色カイロさんのこと”ご主人”って言ってたじゃない?」

 一斉に視線が集まる先、項邊コウベ歌色カイロ兼、VR設計師:たこ焼き大介兼、金ぴかポンコツ開発者仕様のVRHMDを装備した、成人女子高生。

 ゴツい腕時計型デバイスからAR平面操作メニューを引っ張り出している彼女は、え? 何の話? いややなあ、あんまり見つめんといてと照れた。


歌色カイロさんに懐いてるみたいだから、歌色さんから聞いてみて貰えます」

 真っ黒頭シルシが、金ぴか頭カイロに、ものもうした。

「え? この海老どすか? ―――ミミコフはん、……これ、何でっしゃろな?」


「これは、ミミコフの、戦闘糧食せんとうりょうしょくコフ」

 ビシッ!

 正式敬礼はちのじに乱れは無い。

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