6:コウベ 対 MΘNΘCERΘS その7

 ―――ぐいっ。

 少女コウベは腕で、顔の血を拭うが、左眼は開けられない。

 開いてる右眼側、残った視界の真ん中辺り。

 そこから、投げかけられるシルシの声。


「ザッ―――コウベー? 受けとれー」

 少年は、箸で摘まんだ小さな物を、放って寄越よこした。


 直後、映像空間から10センチくらい・・・・・・・・の大きさの、卵が飛び出し、映像下部に、字幕も出た。


>”戦闘用回路生成プリセット3” WAS THROWN.

>POSSIBLE TO USE A ”戦闘用回路生成プリセット3”.


 半歩近寄り卵を片手でトス。ナックルガードに当たった卵が、効果音と共にパリーンと割れる。からは、光の粒子になって溶け、内容物が姿を現した。


 ソレは、『BPP3』と書かれた、四角い箱・・・・に見える。

 オレンジ色の本体から、突き出た銀色の端子が、きらきらと光を放つ。反対側には、波打つような、出っ張りが付いている。そのポピュラーなタイプ電源スイッチ・・・・・・は、クルクルと回転しながら、コウベの首のあたりの、スロットに吸い込まれた。スロットの表面に、『BPP3』という文字が縦に点滅表示ブリンクされ、その文字をすくい上げながら、電源スイッチの山のような出っ張りが、り出した。

 自動的にオンオフを繰り返し、少女の瞳に、赤い色が明滅めいめつする。やがて、『BPP3』の文字が点灯しっぱなしになると同時に、少女の瞳が元に戻った。


 ドン、ザッ、ドン、ザッ、ドン、ズザザッ。

 背後から、飛び跳ねるように接近してきた鹿を振り返る。


米沢首ヨネザワコウベ__/LV0』

『HP_1/50』

 その頭上には、攻撃の余波よはだけで、撃破必死な状態が表示されている。


 鹿が、少女の頭上に浮かぶ表示を、フムフムとうなづきながら見ていた。


『MΘNΘCERΘS__/LV52』

『HP_909461/6400000』


 次に鹿は、自分の頭の上を見た。フムフムフムとうなづき、フラつく体で、しっかりと地面を踏みしめた。

 血塗れの少女の顔をジッと見据え―――


 ンギャオオオオッ!

 ―――えた。


 青い鹿は、自分の攻撃が確かに届いた・・・事を目の当たりにして、冷静になったのかもしれない。

 荒い呼吸を、深く静かに整えていく。

 青い鹿、いや、青い一角獣モノケロスは、ボスクラス・モンスターとしての、矜持きょうじを取り戻したのだ。

 一歩踏みだし、再びすべての足で、しっかりと地面を踏みしめた。

 ”もうこれ以上、下がる敗走することはない”と言っているようだ。

 瞳に宿る青白い炎。地面をガリガリと削る前足。体表面には放電も復活している。


「ザザッ―――モノケロスの、HPの数字減ってね?」

 観客の一人の声に、広場がざわつく。


『MΘNΘCERΘS__/LV52』

『HP_908402/6400000』

 ビロロロロ。

 残り体力の100の位が約1秒ずつ減っている。それ以下の位は眼にも留まらない。


「ザッ―――逆に”MP”が増えてやがるぜ!?」

 刀風カタナカゼが、魔女っ娘のキャラ外装で、広場の大きな映像空間(ミラー)を指さした。


『MP:■■____』

 グググッ。


「ザザッ―――あら、本当。HPを消費してMPをチャージする、モノケロス固有のボススキルを発動させたみたいですね」

 右前シルシ側の映像空間から、白焚シラタキ女史の声が聞こえて来た。

 ”自動機械レッドノード”に乗ったまま、生徒たちのそばまで移動してきたようだ。左前の映像空間の端に見切れている、刀風カタナカゼ接続の小さな映像空間の入れ子になってる中に、赤い点が写り込んでいる。


 シルシは、慌てた様子で背後を振り返った。

 恐らく、第珊VR教室のドアの方を見て、白焚シラタキが、ソコに居ることを目視確認ビジュアルチェックしたと思われる。

 女史シラタキは、フルダイブ中にも関わらず、同時に生身の体も正確に・・・動かしてみせる規格外・・・の存在だ。

 さっき、内緒話し中に刀風カタナカゼから聞かされた時は、「ウソつけよ」と一蹴いっしゅうしていたシルシだが、”自動屋台ディナーベンダー”の暴走をくい止めた乱暴な手腕を考えれば、不安になるのも無理はないかもしれない。

 引き出しに鍵を掛け、鍵を制服のポケットに入れた。

 小鳥が乗った、”VOIDチャージャー”は、ケーブルやHUBハブが散乱するカートの天板に乗せた。


「ザッ―――これでもう、嬢ちゃんに勝ち目は、無くなったなあ」

「ザッ―――いや、このまま、何分か持ちこたえれば、モノケロス自滅すんじゃね?」

 ガヤガヤガヤ。


 観客一同は、ボスエネミーモノケロス奇行ボススキルに注目して、議論を白熱させている。

 MPはゲージ表示しかされてないため、正確な数値は分からないが、HPの減り具合と比べ、結構な高レートで充填じゅうてんされていく。


「ザザザッ―――今のところは、毛皮を硬質化するシールド魔法と、ソレを利用した機動力UPしか使ってないですわね」

 テーブル周辺を映し出す、左前方に浮かぶ映像空間の中へ写り込んできた、白焚シラタキ女史が解説する。


「ザッ―――あまり、時間掛けてると、MP貯まって、また獣声ハウリング撃たれそうね」

 テーブルに向き直り、新しい”特選おやつ”を手に取る、禍璃マガリ


「ザザッ―――音響レンズ秘密兵器は、壊れちゃったからぁ、衝撃波をー、相殺するー方法なんてぇ、もう無ーいしねぇー」

 ぐぐぐぐっ!

 環恩あねが手にした”特選おやつ”の、つかんでいた禍璃いもうとの手。

 空中で数秒、引っ張り合った後で、環恩ワオンが手を離した。

 ふーんだ。先生はぁーお姉ちゃんですからぁー、禍璃マガリちゃんにー譲ってあげまぁーすよぉー。

 と言って、目ざとく、より大きなおやつを掴んで、禍璃マガリにドヤ顔をした。


 第珊VR教室シルシ接続リンクしている映像空間パーティーチャットを、指3本で掴んで、テーブルに向き直る刀風カタナカゼ。縦に長い”特選おやつ酒瓶”に伸ばした手を禍璃マガリに、はたき落とされている。


「ザザッ―――俺も、”特選おやつ”食いてーなー」

 と、グチるシルシ少年の声は、左右両方からステレオで、満身創痍の少女タイプNPCに届いた。


「えーっ!? おやつー!?」

 接続先の主観ヨネザワコウベが、注視し返答したため、左右の映像空間が存在度を増して、実像化した。

 接続中の各種映像空間は、透明度や位置や解像度などが調整され、ゲームプレイの邪魔にならないようになっている。

 逆に言えば、戦闘中に、実像化した映像空間は、有るだけで対戦への真剣味を疑われる。

 つい先ほど、ボスクラスモンスターとしての矜持きょうじを、取り戻したばかりの、一角獣モノケロスはその実像化映像空間を見て・・、鼻息を荒くした。


 ブシュルルルルッフーーーッ!

 ブシュルルルルッフーーーッ!


 ドドッドカドカドカッ!

 一角獣モノケロスは、その場で、”速駆はやがけ”をする感じで地面を踏みつける。

 四つ足で”その場スキップ”という、奇妙な動き。跳ねる子鹿や、子猫みたいな。

 帯電していく、”ツノ”の表面。


「ザッ―――まだ、なんか、を隠し持ってたのかしら?」

 海賊マガリがテーブルの表面を操作している。再び”攻略サイト”をフレーム検索しているのかもしれない。


 ―――ドドッドカドカドカッ!


 一角獣は、跳ね続ける。まるで、ちからや、速度や、爆発力や、電圧なんかを、その場で足踏みすることで、貯えているかのようだ。


 ヴァリッヴァリ!

 すぐに大きな放電が発生する。


 増していく雷光が、ツノの先から流れ、伸びていく。

 空中を漂い、その場に残されていく、青白い放電。


|ザザザッ―――瞬間移動とかぁ、使ってこられたらぁ、凌ぐ方法が無いわねぇー」


 一角獣は、頭を上下に揺らす。

 そして、前足だけを動かし、首を左右に振り回す。

 続くこと、10回。

 見れば、背後へ反り返るツノからほとばしる青い傍流ぼうりゅう螺旋らせん


 ―――立体的に描かれた渦巻きは、顔を上げた対角線、背後のツノを包み込んでいる。


 ジジジッジジジッ!


 左前足が一歩下がる。左前足に流れ込む環状放電リップルスパーク

 左後ろ足が一歩下がる。左後ろ足に流れ込む環状放電。

 右前足が一歩下がる。右前足に流れ込む環状放電。

 右後ろ足が一歩下がる。右後ろ足に流れ込む環状放電。


「ザッ―――さっき投げた卵、どうなったの先生?」

「ザザッ―――わーかーらーなーいーわーぁー」

 などという声が届いているはずの接続先、少女型NPC”米沢首ヨネザワコウベ”は、両拳ナックルガードを持ち上げ、臨戦態勢ファイティングポーズをとる。


 ガシガシン!

 再装填リロードされる両拳ナックルガード

 少女コウベの瞳に映る、青白い濁流だくりゅうが、スケールを増していく。

 その、荒れ狂う高波の向こう、小さな灯台の明かりにも似た―――


 ―――オレンジ色・・・・・光点ランプいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る