2:サーキットガール

 コトリ。

 鋤灼驗スキヤキシルシの机の上に置かれたくつ


 濃いクリーム色を基調とした、ハイカット・スニーカー。

 よく見ると、爪先とかかと部分に、衝撃吸収機構が組み込まれていて、ソレをやや厚めのソールが繋いでいる。


 特区立学園βベータ本校舎、1階スタンダード通常教室。1年X組の教室。

 隣にY、Z組の教室が続いている。

 一階1年、二階2年、三階3年と、それぞれ、学年に対応した階に教室がある。

 ここは校舎西側の比較的通常の学校施設が揃っている区画。

 東側のVR・AR専門教室区画との間には、読書から体力作りまで、自由に使える多目的スペースが、解放されている。教室3個分の幅があり、全校生徒が押し寄せても、窮屈になることはない。

 ちなみに、”X、Y、Z教室”というのは、”空間”を表すときに、お馴染みの、横縦奥行きの軸を由来としている。決して、成績最低の生徒達が集められた訳ではない。そもそも、AからWまでのクラスなど無い……いや、”R、G、B教室”は有るがそちらも、成績には一切関係ない。


 ガヤガヤガヤ。朝のHR前。

 本日は、土曜日で、HR後、即放課となる。

 部活動など、授業以外の目的で校舎設備を利用する者が、その使用申請代わりに出席の返答をするだけという意味合いが強い。

 連絡事項がなければ5分と掛からず終了する。


 パタパタパタン。騒々しく接近する上履きの足音。


「何、この靴? どしたのよ」

 笹木禍璃ササキマガリは、透明のビニール袋に入った、スニーカーを持ち上げた。

「あら? 重……くも……ない?」

 首を傾げ机から、持ち上げたり置いたりを、繰り返している。


「―――これ、慣性制御付きの、”パワーブーツ TM”だろ? どうしたんだよ?」

 禍璃マガリから、ひったくった靴を、空中へ放り投げる、刀風カタナカゼ

 袋入りの、スニーカーは、頂点で一瞬滞空して、不自然なふらつきを見せながら刀風カタナカゼの手に落ちてくる。

 この重心の偏りは、ソールが重いわけではない。力学的にはとても複雑な、”慣性に遅延ディレイが掛かっった”状態なのだが、それを理解しなくても問題はない。ただ、このスニーカーが、とても高価・・・・・な事と、盗難防止のため、使用者以外が触ると・・・・・・・・・、動的なセキュリティーを発揮する事を知っていれば良いのだ。袋の上からスニーカーに、手を突っ込む刀風カタナカゼ。今は作動していない・・・・・・・から良いが、本来なら、危険きわまりない所だ。


 がらがらがら。ガキシュキシュ、ウィウィ、プピッ♪

「先生、来たぞー」


 連絡事項と、出欠確認だけなので、土曜のHRはロボット先生が勤めることが多い。ロボットとはいえ、顔の部分にカメラモニタ内蔵で、基本的には、担当教員が遠隔操作することになる。


「じゃ、俺は戻るぜ、VR教室で待ってるからな」

 刀風カタナカゼは、スニーカーを机に置いて、教室を飛び出していく。

「あたしも、戻らなきゃ、先行ってるわよ」

 禍璃マガリも、先行した長身を蹴り飛ばしながら教室を出ていった。

 先に行っているというのは、刀風カタナカゼ禍璃マガリの教室の並びが、シルシの現在位置よりも、2階への階段により近いからだ。


「出欠をとります」

 今日の教師ロボには、やや太めの化学教師の顔が張り付いてる。

 顔は、オットリとしたものだが、体は、あちこち肉抜きされたシャーシが、ギラリと光っていて、最高にサイバーだ。


「おう。じゃな」

 シルシは、前も後ろも開けっ放しの扉の、後ろへ顔を向けて居たため、刀風カタナカゼ達と入れ違いに、教師ロボの後に付いて入ってきた人物を見ていなかった。


「わ」

 バチッ、ゴツ、ギョォン!

 スニーカーは、軽い放電を放った後、天井に届きそうなほど、飛び跳ねた。


 シルシは、飛び上がった靴を見て、大口を開けた。

 この靴は、ひょっとしたらと思っ・・・・・・・・・・、持ってきたモノだった。

 今朝、白焚シラタキ女史に借りたアシスト付き自転車に乗って、緩衝エリアを軽快にすっ飛ばしてたら、ソレ・・を発見したのだ。アスファルトハイプラ風テクスチャスチックの地面の上に揃えて置かれていて、中には靴下も丸めて入っていた。シルシは、1分ほど思案に暮れた後、鞄からビニール袋を取り出した。


 シルシの予感は的中した。


 チキ♪

「作動半径内デ、登録者以外ノ装着ヲ検知シタタメ、盗難防止装置ヲ作動イタシマシタ」

 真っ白な細腕にはデカすぎる、腕時計型デバイスが、応答した。


 だがまさか、校舎内で出くわし・・・・・・・・、返してやる事になるとは思わなかったのだろう。開いた口は、まだ、ふさがらない。


 跳ね上がったスニーカーは、落下し、シルシの斜め前の通路へ落ちた。

 ひっくり返って、見えるソールは明るい赤色・・・・・

 昨日、過充電されたコミューターの、物理電池フライホイールと同じ色だった。


 ソレを拾い上げる、しなやかな手先。

 チキキ♪

「登録者ノ接触ヲ検知シマシタ。通常モードヘ復帰シマス」

 真っ白いデバイスが、応答し、魔術的な意味合いを帯びた赤い色#FF263Eが、白に戻った。


「あー、彼女は、本日付けで、我が1年X組への編入F.A.が決まった―――」

 教師ロボの紹介を引き継ぎ、自己紹介する制服姿。


項邊歌色コウベカイロです。みなさん、よろしくお願いします❤」


 鈴の音のような声。若干のイントネーションの揺らぎが見られるモノの、標準語を喋っている。

 うっわっ、なにあのちっさい顔。

 すっごい、白い。

 声、かーいい、サンプリングしてー。

 足ほっそい。髪長ーい。

 口々に、たたえられていく、制服姿の、リアルコウベ。いや、リアル項邊コウベさん。

 だが、その足下は、ルフトさんが履かせてやった、玄関先に転がっていたサンダルのままだ。


 実は、教室内は、土足のままでも問題はない。禍璃マガリのように上履きを履く者も多いが、その理由は革靴よりは楽だからというものだ。シルシのように、革靴を快適に長持ちさせるため、という運用上の理由の場合もある。

 物質工学、音響学、光学による賜物たまもので、泥の付いた靴で校舎中を走り回っても、6時間換気するだけで、ちり一つなくなる。


「あー、席は、……鋤灼スキヤキ挙手」

 『項』『邊』『歌』と、印刷品質の白文字を書いていた教師ロボが、ちらりとシルシの方を向く。

 名指しで呼ばれ、指を広げたままの手をダラシナく持ち上げるシルシ

「席は彼の後ろが空いてるから、ひとまず、ソコに座って下さい」

 教師ロボへ軽く会釈した、リアル項邊コウベさんが、シルシの眼前へ歩み寄った。


「よろしくね。鋤灼スキヤキくぅん?」

 なによ、美味しそうな名前のくせに、手が早いわね。

 鋤灼スキヤキ、ずるいぞ、お前にはマガリ様が居るじゃねえか。

 勝手な、野次が飛び交う。


 シルシは、リアル項邊コウベの語尾に込められた、好意と悪意の入り交じったニュアンスを感じ取り、よそ行きのとっておきの声で応答した。


「よ、良くお似合いですね……制服」


「あらそうどすか? ……ありがとぉ。2年前まで……現役で着とったから……まだまだ……だいじょおぶ……でっしゃろ?」

 顔を寄せ、声を潜めた、項邊歌色コウベカイロさん、推定20才は、一歩下がってクルリ。大きな円筒状のリュックを背負った背中や、遠心力で舞い上がるプリーツスカートから見える真っ白い太股などを露わにした。


「それ、見せてん……だな。……ほんと、コウベみてぇだ」

 シルシは頭をかいた。

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