9:優等生と小鳥とブラックボックス

9:優等生と小鳥とブラックボックス、その1

「おらぁ! ―――ギガドォーン! 触軸のアウトブレイブ!!」

「なんで!? ―――きゃぁぁっ! カッウンたぁー!!」

「噛めっ! 強く噛めっ! ギャハハハーッ!」

「リサイクルBOXの中に、去年の卒業生が、置いてったPBCヤツ有りました」

「ピチチチッ♪」


 開けっ放しのドアから、入ってくる部屋の主シルシ


 物騒な効果音サウンドの割には、座布団に行儀良く正座し、対峙している2人。

 カバーの付いてないドット絵柄の座布団が、テーブルの横を彷徨うろついてる。

 1/6ルフトが奥の部屋から、人数分の座布団を持ってきたのだ。ぽそりと放り投げるように、禍璃マガリの横に置かれた、2枚重ねの座布団。1/6ルフトは、その上へちょこんと座る。その姿は、笹木講師の心の琴線に触れそうなものだが、彼女はイスに座ったままモニタの辺り小鳥に乗ったコウベをニヤニヤと眺めていた。


「よかったぁ。今から買いに行ってたらぁ、夜になっちゃうところだったぁ」

 ニヤニヤ顔をキリリと引き締め、四角い蛍光グリーンP.B.Cを受け取る笹木VR専門家。


「でも、本当にもらっちゃって良いのかしら?」

「一階の、リサイクルBOXは、”THE下宿”住人なら、中の物を誰がもらっても良い事になってるんで、大丈夫です」


「そうなのー? ……買うと3万5千宇宙ドルくらいするのよぉ?」


『2016年6月16日現在―――YENJPY=8.617S$SPD


 シルシの、手首に巻かれたデータウォッチが、キーワードに反応して、自動的に日本円で算出表示している。彼はチラリと確認した。


「……4千円くらい? 買うと結構するんですねコレ」


「そうねぇ。必要な機材は全部ー、特区から支給されるけどぉ、予備や追加のぉ増設パーツなんかはぁ自分で買わないとダメだからー、鋤灼スキヤキ君もぉ上手にり出来るようにならないとねぇー」


「そうしまーす」

 気のない返事をして、シルシ荷物学生バッグの上に置かれた、ネック・ストラップ付きのヨーグルト瓶を拾って手渡した。


「じゃ、感謝してもらっちゃいましょー」

 笹木講師は、親指で、キューブの底に有る四角い枠を、ペタリとさわる。次に、”瓶の付いた機械”のフタを開け、中にセットされていたPBCモノと手に持ったPBCモノを取り替えた。最後に瓶に突いたスイッチを押す。


 コウベと小鳥メジロナイト一式間に挟んで透かして、ボンヤリと見えるコンソール画面に、回転するアイコンが表示される。

 アイコンの周りを円形同心円に伸びていく、バーの様子からすると、少し時間がかかりそうだ。

「そういえば、これ・・名前、何て言うんですか?」

 少年は”四角い瓶の付いた機械”を指さす。

 笹木講師は、「”V.O.I.Dボイド・チャージャー”って言うのが面倒だから、みんな”瓶”って言ってるわねー」と返答。


 ピコン♪ 新しいPBCが接続されました♪

 流暢りゅうちょうな合成音声で、接続リンケージ確立が知らされる。


 『新しいPBCが接続されました』

 同じ文面が、未来的なイメージのフォントで、くっきり・・・と表示されている。

 笹木講師の手持ちのフォントがインストールされたのだろう。

 落款らっかんの様な潰れアイコン以外は、すべて、表示がクリアになっているが、どのみち、小鳥騎士メジロナイトが邪魔でシルシ達からは見辛い。


 「音声入力」「パーソナル・ブレイン・キューブ:全チャンネル:クリア」「実行承認」


 表示された入力欄に、ゴカカッゴカカカカッダンッ! と、強めの鍵打音で、十数文字打ち込む。

 モニタ端末の真ん前に浮かぶ、小鳥騎士メジロナイトが邪魔になりそうなものだが、全く気にしたようすはない。

 入力したのは音声入力だけでは足りないPWのようなものなのだろう。画面が見えなくても平気らしい。

 「あんた達、かわーいーいーわねー」と又ニヤニヤし出す。

 シルシもコウベ達を見ようと近寄るが、「シルシ! 邪魔! 見えないじゃん! キシャァーーッ!!」と威嚇いかくされる。

 威嚇いかくされた少年は、スゴスゴとその場を離れ、元の椅子へ座った。


 コウベはちょっと離れたテーブル上で、行われている大スペクタクルPVP戦に夢中だった。PVP戦というのは、スタバスターバラッド内で行える、対戦形式の戦闘クエストだ。主にプレイヤー同士が戦い、その内容によりポイントが累計されていく。そして、週に1回、ランキング順位に見合った報酬が、自動的に支払われる。

 ”VR拡張遊技試験開発ゲーマー”特区に置ける、最大の実地試験がコレだ。”ゲーム内仮想通貨宇宙ドル”の、特区内使用決済網に関する全ログを持ってして、”複雑系経済暗号通貨”を可視ビジュアル化しようというこころみ。


『特区内の研究施設付属大学では、金融工学と、量子工学の融合が進んでいます。』

 特区の案内パンフレットには、そう書かれているが、笹木講師の講座中の脱線話しにれば、”非常にグレーで、繊細な案件”らしい。

「気になる人はぁ、図書アーカイブで調べてくださぁーい」

 と言っていたが、シルシを始め、講座受講者のうち”宇宙ドル”に付いて調べた者はおそらく一人も居ないだろう。


 敗北によるランク下降を防ぐために、対戦を避けると、1週間で”ランク電池”が尽き、累計ポイントが減り始める。

 実力伯仲はくちゅうのPVP戦に置いては相対的に、ランクを一気に落とすことになるので、結局、最低でも一週間に一度、ガチで戦闘するしかない。

 そして、今行われているのは、勝てばランク電池が充電される、模擬戦みたいなものだ。携帯ゲーム機でもキャラを操作できるように、操作系は携帯ゲーム機のUIユーザー・インターフェースに準拠している。


 テーブルの上には布製の、フィールドマットが敷かれている。

 シルシにはチカチカ光る、マット上の各種ステータス表示と、その上に浮いた、あまり動かない、チェスの駒のようなキャラクタ同士の小競り合いが見えているはずだ。


「いけ! そこだ! 噛めっ!」

 コウベには、刀風カタナカゼ達の携帯ゲーム機上で行われている、大迫力のバトルが見えているのだろう。

 フワフワの羽毛をソファー代わりに、コウベは手に汗を握り、しきりに噛め! と連呼している。


 足を折りたたみ、腹を空中の接地面地面におろした小鳥は、自分の羽根やコウベの髪の毛を、毛づくろうのグルーミングに忙しそうだ。


「画素充填による、量子的比重の自動更新、……10%終了しました……40%……80%……90%……100%終了しました」

 と合成音声ダイアログ。


「はぁい、励起れいき状態のぉ目視確認ビジュアル・チェック終了O.K.。安全にコウベちゃん達、仕舞しまっちゃえるわよぉ♪」

 腰に手を当て、片目を閉じ、ビシリと、シルシに指を突きつける。コレが刀風カタナカゼだったら、突き出された指をつかんで、離さなかっただろう。


 対戦ゲームにきょうじ、青春を謳歌おうかしている、教え子達に触発されたのか、ご機嫌がとてもうるわしい。

 普段から、講座後にスタバスター・バラッドのパーティ募集してる位なのだ。ゲーム好きの血も騒ぐのかもしれない。


「まずー、コウベちゃんたちの事をー、済ませちゃいましょぉ」

 小鳥騎士メジロナイト一式へ顔を寄せる専門家。

「んぁ? なに? ご飯? 食べられるかなあ」

 自分の身長よりも伸びた、ツインテールをひっつかんでもてあそんでいる。そして、なぜか、飯が入るかどうかの心配をしている清楚系美少女優等生。


「コウベちゃんと小鳥ちゃん。もう一回、この中に入ってくれる?」

 と四角い瓶を持ち上げ、蛍光グリーンの立方体PBCを見せる。キューブ表面に平行投影された脳の意匠が若干不気味だ。


 コウベと小鳥の首が、同期したように左右に振られる。


「ぷっ!」あまりのシンクロぶりに、専門家は吹きだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る