8:小鳥ファイル解凍その5

「じゃあぁ、”SDK開発者キット”譲渡のついでにぃ、”画素”を最大までぇ、移植しまぁすよぉ」


 画面からはみ出ているアイコンの一つを、入部届にも使ったデジタイザペンで、つつく。

 アイコンがさらに空中に、はみ出して、太い紐のような物を伸ばし始める。

「これが終わればぁ、開発者コマンドォ、使えるわよぅ」


「あ、履歴参照してもみてもーいー?」

 待ってる間の暇つぶしか、普段、この端末で、何をしているのかを、知りたがる。


「いいですよ」

 という少年の返答を待って、アイコンの一つを何回か押す、VR専門家。


 ズラーッと落款らっかんのような物が列をなして表示されていく。普通の書道作品の隅に、押されてたりしている、落款とは違い、とてもカラフルだ。

 数字と幾何アイコンと学模様の入言うにはり交じった押し潰れた羅列パレードを、歌うように節を付けて、読み上げていく専門家。


『かぁのぉちぃにぃばぁんーゆーうがぁおーーー♪』

 あらぁ、なぁにぃコレ? と首を傾げている。


「それっ……暗号化してあるのになんで!?」

 焦る様子のシルシ


「んっふっふーぅ! ダテに、専門家・・・を名乗っているわけではないのですよぅ!」

 ピクトシェル画素スクリプトなんてぇ、ソラ・・めますよぉ。

 「流石にー、ファイル名しかぁ読めませんけどねぇー」

 とペロッと舌を出す。


 侮れない。専門家は侮れないぞ、とブツブツと口の中で言いながら、シルシは返答に悩む姿を見せている。どうも、このファイル名、は余り知られたくなかったらしい。

 刀風カタナカゼは、侮れない、美人講師は侮れないぞ、とブツブツと口の中で言いながら、顔を赤らめている。シュッとしたその顔を、だらしなくほころばせ、ペロッと舌を出したマネをした

 背後で、じっとしていた禍璃マガリが、侮れない、刀風カタナカゼは侮れないと声に出しながら駆け寄る。そして、あろう事か、筋骨隆々の少年カタナカゼから飛び出た舌を、”指相撲”の要領でひっつかんだ。


 いでででで、てへぇーはひゃへぇー!

 何言ってるかわかんないわよ!

 などと、聞こえてくるが気にしない様子でシルシは、VR専門家へ返答する。


「それ、……この間出たばっかの、……荒神話スサノワ文庫の新刊です!」

 シルシは、シドロモドロながらも、なんとか弁明ごまかした。

 面と向かっていればウソだと顔に書いてあるので、ばれただろうが、今、専門家は専門的な作業に取りかかっていて、モニタに張り付っきぱなしだ。


 え? 小説? なんか、ゲームのOPオープニングみたいだけど……読みたい読みたーい!

 コレはダメです。えっと……まだ読んでないんです! 読んじゃった奴なら、どれでも、お貸ししますから。

 と、少年は収納壁へ走って、一角を引き出し、中に積み重なってた電子ペーパーブックぶんこぼんを何冊か、テーブルの上に置いた。

 テーブル周りのゴミはすべて、ルフトとルフト1/6が片づけ済みだ。


 そんなやり取りがあってから数分後。


「開発者コンソールの負荷にも耐えられることを、確認しましたぁ」

 作業台の上にジャララと置かれた、薄型シート状のキーボード。隅にある四角い縁取りに、親指を当てる。画面に、『外付けアナログキーボードが接続されました。』と表示され消える。やはり、文字までもが”付けすぎた朱肉で、押し潰れた”ようになっている。


「姉さん、これ、読み辛くない?」

「さすが、禍璃マガリちゃん。良いところに気が付きました」

 ”量子フォント”は個人所有の物を使うんだけど、鋤灼スキヤキ君は、量子フォントを一個も持ってないみたいですね。と補足するが、若者3人の顔を見るに、理解した者は居ない様だ。


「なんですかそれ?」

「来週の授業から勉強するのでぇ、まだ知らなくても良いでぇーす。今日の所は、先生が持ってる、”余ってる奴”をー、鋤灼スキヤキ君にー、進呈しましょぉ」


「え!? 何だよ、鋤灼スキヤキばっかりー!」

 刀風カタナカゼは、ガタイの良さを生かし、シルシの両肩をギュギュギュギュギュと押し下げる。


「いだだだだだっ!」


「こらあぁ! ケンカしないのぉ! 刀風カタナカゼ君がぁ、”開発者コンソール”を作った時にもぉ、ちゃんとあげますからぁ」


 え? ほんと? やりぃー!

 アンタ、ゲームプレイばっかで、開発者コンソールなんて、必要ないでしょうが!

 けほけほっ! 痛ってー! などとじゃれ合い青春を謳歌する、若者達には目もくれず作業を進める笹木講師。

 しばらく、落款らっかんで、和算数の様な事をしていた彼女は、シルシの”空間認識用アダプタドングル”を借り受ける。

 歯車の付いた凝った作りのソレを、空いている差込口スロットへ、差し込む。

「音声入力」「認証コード発行」と全手続きを手早くすませる。


「さぁ、コウベちゃん達を、解凍レスキューしますか」

 両手を組んで、天井へ向けて伸ばし、体をほぐしている。


「おう、鋤灼スキヤキ、これ、俺たちのゲームにも、超便利に使えるんじゃねえ?」

 刀風カタナカゼは、やや、声を潜めて話しかける。

「しっ、ソレ、後で話そうぜ」シルシも声を潜める。


 集中している笹木講師には聞こえていない。


「なによ? 悪巧み?」

 背後に忍び寄ってきてた禍璃マガリが目ざとく、聞き耳を立てていた。


「そういうんじゃねえよ、そういや、おまえ、決着付けなきゃな」


「そうね! でも、姉さん、集中してるから、こっち、一通り終わってからね」

 笹木講師の背もたれを掴みながら、禍璃が言う。


「そうだな」と刀風カタナカゼシルシの背もたれを掴んで、目の前の端末を見る。


 左側に座る笹木講師の前の端末モニタに遅れて、右側の端末モニタにも全く同じ画面が表示されていく。


「あれ? 笹ちゃん先生、こっちも専門家仕様にするんだよね? ……鋤灼スキヤキィ、これ、大会前の審査通んのか?」

 背後霊と化した、刀風カタナカゼの言葉にシルシは慌てた。


「あああっ! 先生! コレ! ”開発者コンソール”って、ゲームのレギュレーション通る?」


公開プレイヤーズ検査チェックサムの精度によるけどぉ、基本的にダメかもぉ、”開発者コンソールこれ”だと普通にぃ、システムファイル開いたまま実行ラン出来るものぉ」


「こっちの、まだ、いろいろインストールしてない方は、レギュレーション通りますか!?」

 いつになく真剣な少年シルシに、気圧けおされながらも、真摯に答える講師、環恩ワオン

「たぶん大丈夫ですがぁ、ちょっとした設定こつが必要なのでぇ、実機ゲーム機を見せてくれませんかぁ?」

 笹木講師を見やり、作業台の引き出しを悩んだ顔で睨む。数拍すうはく躊躇ちゅうちょのち、作業台の引き出しから、携帯ゲーム機を取り出す。


 ジ。


 そのゲーム機は、一目でソレとわかるほど、古いタイプの物で、洗練されておらず、とても巨大だった。

 刀風カタナカゼ禍璃マガリの物とは、違って、やたらと沢山の、ネジ止めがしてある。


 ジジジ。


「これぇ、GMBrゲームブリュー規格のぉ自作組立機コンパチキットねぇ」


 ジジジジィーーーーッ!


 あちこちに、継ぎ目や、色違いかと思う程のヤケが見て取れる。

 不格好に膨らんだ、スケルトンパーツの筐体ガワから内部なかが覗いている。内部には、ケーブルが何本も束ねて押し込められており、基盤などの部品は見えない。数年前まで、主流だった、リング状のシリコンメモリが、わずかに見え隠れしている。専門家、笹木環恩ワオンは、妙に顔をほころばせながら、触らずに、あちこちの角度から、じっくりと見ていく。


 ボッシュッ!


「なによさっきから、うるっさいわね」

 禍璃マガリの声に、全員で”開発者コンソール”を見る。


 薄暗い画面の奥の方から、羽ばたくような音が聞こえてくる。

 音自体は、シルシの部屋に作り付けビルトインの、一般的なサラウンドシステムによるものだ。よく見ると緑色のドットが画面中央に点いている。

 近づいてくる羽根の音。

 緑色の点は、急激に大きくなり、全貌を表す。

 改造にも耐えた、シルシの虎の子のモニタ端末を、そのクチバシで、突き破った!


 バリィィィィーーーーン!


 飛び出たその姿は、まさに抹茶色。首から腹にかけて、朱色から黄緑のグラデーション。

 黒目の周りを縁取っている白は、”自動屋台ディナーベンダー”の飛ばした白丸とびどうぐ彷彿ほうふつとさせる。


「ピチュチュ! ピチュチュ! ピチュチュ!」

 自由を満喫するように大きく旋回している。

 ……つもりらしいが、モニタの前面15センチしか活動範囲がないので、ほぼその場で、ゆっくりと回転しているだけだ。


 呆気あっけにとられ、大口を開けたままでいる若者たち。

 VR専門家は微塵みじんも動じるそぶりを見せず、デジタイザペンそいつ・・・を、つつき―――


「あっぶなぁい! 下回りの改造ぉオーバースペックしてなかったらぁ、ロスト・・・してるとこだったわぁ」

 専門家は、全力で・・・動じていた。しきりにオデコの汗をブラウスの袖で、拭いている。


『たこ焼き大介作成:小鳥Ver:1.0.4_qr2』

 端末とのリンクを確立した小鳥のヘッドアップディスプレイせわしなく点滅しながら飛び出た。


 動じた大人は、その更にちょっと上の辺りも、つつく。


 少し太めの眉毛と、風に揺れる長いまつげ。切れ長の瞳に、切り揃った前髪。両耳の後ろで束ねられた栗色の髪は、小鳥の尾羽根より長く棚引たなびいている。

 禍璃マガリと同じ、白いブレザーに、紺色のセーラー襟が付いたような制服。端的に言って、”清楚系美少女優等生”、以外の何物でも無い。

 セーラー襟と同じ色合いのチェックのプリーツスカートから伸びた足は、小鳥のフサフサした胴体をまたいでいる。


 小鳥騎士メジロナイトは端末とのリンクを確立させ、ギャッハッハッハッハーー! と御満悦の様子。


『たこ焼き大介作成:米沢首ヨネザワコウベVer:2.0.0_qr2』

 とサムネ表示コウベの頭上にも、HUDが出た。


「……自己解凍型のぉ、圧縮プロトコルだったみたぁい……」

 手に、オレンジ色の台形を持つ、推定25歳は、少しの間をあけて―――

 ”てへぺろ”をした。

 ”てへぺろ”とは、猫手で頭を小突き、片目をつむり、舌を出すあれ・・だ。


 イケメンカタナカゼも、今だっ! とばかりに、猫手で頭を小突き、片目を瞑り、舌を出した。そして、又もや禍璃マガリにギュッと摘ままれ、ろれつの回らない雄叫びを上げた。

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