8:小鳥ファイル解凍その3

 量子コンピュータの特性を利用した、完全ホログラフィー技術、”画素”。

 光分子を投射し半永久的に定着させる事が出来る。

 ”発生原理が解らないまま使い方だけ収斂しゅうれんした”、特区を代表する謎技術ブラックボックスのひとつ。”完全ホログラフィー技術”と言われるのは、やろうと思えば、何もない空中に・・・・・・・物理的な解像度で・・・・・・・表示出来る・・・・・からだ。

 現在、様々な理由から、特区内でも”物理解像度での空中投影”は、禁止されている。


 ”画素”を表示する際に、表示要素以外の情報を入れ込むことで、情報を処理することも出来る。

 しかも、映像解析技術や圧縮プロトコル、ひいては、量子的特性を複合的にリソース化していった結果、飛躍的に処理速度を上げることが出来てしまった・・・・・・・のである。既に、謎技術ブラックボックス以外の部分は、”量子描画プロトコル”として公開されている。


 ”画素”技術が公表された当初、複雑で入り組んだ狭い所へ投影するのに、量子演算を持ってしても、膨大な解析時間を必要としていた。

 だが、投影すればするだけ増す処理速度量子描画プロトコルを獲得したことにより、むしろ、不得手ふえてなほど、効率が良いという、不気味魔術的なポテンシャルを開花させるにいたる。

 特区周辺なら、たとえ密閉された空間内でも、なんの装置もなく物体表面に、印字品質の精細さで、投影できる。


 個人使用ユースとしては、固定映像用の画素面をあらかじめ、物理的に位置決めポジショニングし、精査し整列させ、バックライトを搭載したモノを、モニタ兼量子コンピュータ端末ターミナルとして使用するのが一般的である。

 具体的には、対応モニタや対応平面構造に、空間認識用アダプタドングルを付ければ良い。


 大規模な演算発生中や、映像チャンネル混雑時などに、周辺の固定映像用の画素面が、鏡面化・・・してしまうのは、演算中のデータ保護を優先させるためだ。


 シルシ達が、今しているのは、画素面の、物理的な位置決めポジショニングだけでは不可能な、情報のリフレッシュレート自体の高速化、つまり下回りの補強バスクロックアップだ。

 より物理的にハード上で高速処理させるために、専用・・の回路図を直接・・書き込んでいる。

 VR界隈での呪文、”正式な手順さえ踏めば、あとは機械が全部やってくれる”の、

正式な手順・・・・・”と”機械・・”を繋ぐ部分なので、厳密な作法で一遍いっぺんの誤りも無く行わなければならず、工程は、かなり複雑になる。


 1:高出力で内蔵の”画素・・”を多重点灯させる。

 2:その発熱で転写した光回路図パターンを、”画素”上に永久定着させる焼き付ける

 3:定着した上から、別の反転した様なパターンを転写して重ねる。

 4:分子レベルでの積層化により、数十枚重ねられているパネルの内の、1枚の中に、”機械作動式”の、計算機を作る。


 ―――ざっと説明したVR専門家ワオンに返る言葉は、当然こうなる。

「「「「さっぱり解らない!」ないわ!」ねえぞ!」なぁいぃ!」


 説明したVR専門家ワオンまでもが、声を揃えて”解らない”と宣言するほどの、複雑さだ。

 実際には、既に用意されているプログラム”画素”の1枚目を、VR専門家ワオンの個人用クラウドから、開発者権限で表示し、実行ランするだけで良いので、理解する必要は全くない。


 ちなみに、当然失敗すると壊れる。それと、量子データセンター直通の画素は、どんな表示をしても発熱しない。

 カーネルスーパーバイザーとして、量子ビットの監視をさせるため、積層パネルの一枚を占有する。本来、このTVモニタの持つ、256量子ビットマシンとしての性能ポテンシャルを、多少スペックダウンさせてしまう事になる。

 しかし、下回りの補強ボトルネック解消により、それを補って有り余る性能を引き出せたと、豪語するVR専門家ササキワオン。彼女の言う事が本当ならば、個人で、量子コンピュータへアクセスする環境としては、フルダイブ型VRヘッドセット以外では、最高のモノが出来上がった事になる。


                ◇◇◇


 ココまでが、開発者コンソール化・・・・・・・・・に耐えうる環境ハードづくり。

 ココからは、実際の、開発者コンソール化・・・・・・・・・作業インストールに取りかかるわけですがぁ、モニタに、ヒビが入らないように、ゆっくり冷ましてるぅ間に~、折り詰め、頂きましょぉうかぁー。たぶん、賞味期限ぎりぎりだしぃ。と汗を拭うVR専門家。


 ルフトは、室温が下がるのを見計らって、残りの折り詰めを抱えて持って来てくれる。部屋が暑くなるので、隣の部屋に待避させて置いた分も、1/6ルフトが1個ずつ運んでくれている。


 付箋紙ふせんしが張られた、折り詰めを手に取るシルシ


「ソレハ階下ノ、住人達カラノ伝言デス」

 補足するルフトから、折り詰めをどんどん受け取る、刀風カタナカゼ

 1/6ルフトから1個ずつ、折り詰めを受け取る笹木講師。

 箸や紙皿を出して、テーブルを整える禍璃マガリ

 会食の準備に関しては2回目なので、非常に手際が良くなっている。


『自動屋台のごちそう、こんなに沢山有り難う。遠慮なく頂きます。』

 大きめの付箋紙に、偉く達筆な筆致で書かれており、小さくも、立派な御礼状の様に見える。シルシは付箋紙を外し、テーブルの真ん中へペタリ。


鋤灼スキヤキ君? 1階にも学生さん達いるのぉ?」と笹木講師。

「学生さんは居ないけど、外周のアミューズメント施設で働いてる方達が、何人か」


「連絡シタ所、先ホド、沢山ノ同僚ノ方ヲ引キ連レテ、オ戻リニナラレマシタ」

 気の利くルフトは、開いている窓を閉めながら、言葉を続ける。


「沢山!? そんなに居るなら、足りねーんじゃ無ぇの? 下に置いてある分だけじゃ」

 刀風カタナカゼは折り詰めに付いた、小さな醤油入れ(鯛)のフタを、回して外している。小刻みにピクピクと動くフサフサの猫尻尾を禍璃マガリが鋭く睨み付けている。


「でも、コレ、結構ずっしりと、重いし、ふつうの駅弁とかよりは、量有ると思う」

 と猫手を脱ぎながら禍璃マガリが言う。各人の前に4つずつ置かれているテーブルを見て彼女は顔を少し赤らめているようだ。


 ルフトは、1/6ルフトと見つめ合い静止する。

 チ・チ・チーと、小さな発信音が漏れているので、どこかと通信している様子。

 砕けた感じの男性の声と、明るい声色の女性の声で、

「えぇーー!? 十分十分、美味しく頂いてまーす!」

「ちょうど人数分足りてるよー! シルシっち、サンキュー! ブツッ」

 と1/6ルフトから、返答が帰ってきた。

「ダソウ……デス」

 フルサイズルフトは、流暢りゅうちょうで気弱な合成音声マシンボイスで締めくくる。


 部屋付きの小型端末機ターミナルボット同士は、電話の子機のように通話する事が出来る。恐らく、1階にいる別の小型端末機1/6ルフトと通話したのだろう。

「あらぁー。小さいルフトさん便利ねぇー」

 ムギュリ。胸の谷間で1/6ルフトを抱える、笹木環恩ワオン特別講師の顔には、「コレ欲しい」と書かれている。


 シルシは、引ったくるように1/6ルフトを取り返して、隣にいた刀風カタナカゼへ手渡した。


 ガシーン。刀風カタナカゼは、笹木特別講師と同じポーズで、1/6ルフトを抱えて、ニヘラっとしている。刀風カタナカゼは外見的には、非の打ち所のないイケメンで有る。


 禍璃マガリは、脱いだ猫手袋を、残念なイケメンに投げ付けた。


「痛って! やんのかっ!?」

 筋骨隆々の少年が、血気盛んに立ち上がり、抱えていた1/6ルフトを、フルサイズルフトへ、優しく手渡す。

「良いわねっ! もう姉さんに気安くしないで欲しい所だったしねっ!」

 やや、ミニマム体型の、ロングヘアーをカチューシャでまとめた少女が、威勢の良い振る舞いで、立ち上がる。シルシは、その声を聞いてうなずいている。笹木姉も、やっぱり禍璃マガリちゃん、イイ声~とうなずく。


 2人とも揃って、後ろ手に構える。


「彼の地に万有が降り立ち―――」

 此処ここまで、”簡易給仕ロボラジコン・カート”を操縦してきた、携帯ゲーム機を取り出す。型番は最新型のRRGMDゲームモードー4000ORオレンジ


「彼の地に万有が降り立ち―――」

 まるで聖剣を掲げる女騎士のように、大げさに携帯ゲーム機を取り出す。型番は最新型のSSGMRゲームローズ400ーRDレッド。ほぼ、同形状だが、こっちの方が薄型に見える。


 音声入力ワードによる、高速起動、それぞれのキャラクタが即座にロードされる。ゲーム機の表示パネルから、はみ出る形で、半透明のHUDが幾重にも重なって表示されていく。表示パネルを含め、直径15センチ以内の半透明ホログラフィーは目視可能なので、AR眼鏡をかけていない、シルシ達にも見える。


「ア、アノ……」

 今まさにゲームとはいえ、殴り合いの喧嘩をしようって2人の間に、事もあろうか、気弱なルフトが割って入った。


「おう、ルフ公、止めんなよ! コレはぁ、れっきとした、男と男の勝負だぜぇ!」

 と言いつつ、ルフトを気遣い、横にれようとする男前カタナカゼ


「どわれがぁ! 男かぁあ! 付いとらんわぁ!」

 禍璃マガリは回転し、刀風カタナカゼへ背を向け、飛び上がる。

「なんだ!? 今更止め―――」

 背を向けた相手を、追う形になった刀風カタナカゼの腹を、射貫いぬくように、後ろ足を振り上げる禍璃マガリ

 舞い上がる制服チェックのプリーツスカート。

 回し気味にピンと伸びた足の下で、ルフトは「賞味期限ガ……迫ッテイマ……スヨ」と言葉を続けている。


 刀風カタナカゼはスタイルも抜群である。筋肉多めのモデル体型と言って良い。足なんて半分よりも上から生えてる。

 対する禍璃マガリは、立ち振る舞いこそ、舞台役者だが、如何いかんせん身長タッパが無い。こちらも足は半分よりも上スタイルから生えているが抜群だが


 キィィィィィィィィィィィィィィィィン!

 哀れ、刀風カタナカゼは、足の付け根を、押さえて、崩れ落ちた。


 禍璃マガリは、スカートを、まくり上げながら、若干ガニマタで、ストン。フローリングの床に靴下なので、った回とは逆、30度ほど回転した戻った。着地姿勢のまま、顔を上げる禍璃マガリの真正面には、座るシルシ


 回転ジャンプの瞬間に「それ……見せてんのか?」と溜め気味・・・・に言ったシルシも、スタスタと歩いてきた禍璃マガリのつま先で、オデコを蹴られ、悶絶した。


 その惨劇を目の当たりにした、笹木<姉>特別講師は、

禍璃マガリちゃぁん。モテモテねーっ! 大丈夫、お姉ちゃん、あっち向いてるからねぇー!」

 と、何か勘違いをしながら、3人へ背を向け、「いただきまぁす」と本日2度目の会食を始めた。

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