7:シラタキ対自動屋台

7:シラタキ対自動屋台

 高さが高く、幅も乗用車がれ違える程度はある。内壁が強化コンクリート製の長大な空間。ご丁寧に2メートル間隔で、目盛りが振ってあるので、正確には、幅6メートル、高さ8メートルの車両用地下通路。


 通路の壁側の床面に、白い2重線で長方形が描かれる。床面の目盛りによると、正確には4メートル×8メートルの平面が切り取られた形だ。


 ガチンガチンガチンガッチィン。ズゴゴゴゴッゴ、ガッシイイィイィン!

 白い2重線で指定した空間を埋め尽くすように、”モールド”と呼ばれる油圧サスペンションの固まりのような壁面がり出してきた。

 迫り出した後で、ガシガシガシガシと上下に波打つような挙動を見せる。


 ガチャリ、ピンポォン♪

 モールドと同じ色の両開きのドアが開く。


 薄暗い非常灯に加えて、天井から緑がかったLED光が投射される。

 迫り出したモールド部分が溶けるように壁に吸い込まれていき、アジュール・ブルーの直方体を通路へ取り残した。


 白焚畄外シラタキルウイは、まだ若干薄暗い通路へ向かって命令する。

「音声入力」「飯櫃めしびつ2号」「ライト点灯」「選曲:小粋なBGM:スタート」


 自分の尻の下から、流れ出すBGMを聞きながら、両腕を天井へ向かって突き出す。ブルブルと体を猫のように伸ばし―――

「んぁーーーーっ! 疲っかれたー!」

 その脱力ベクトルに逆らうことなく、後ろへゴロリと寝転がる。


『ゴ命令ヲドウゾ』

 ”自動屋台ディナーベンダー”は表示板に付いたアームを動かし、白焚シラタキ女史へ見せている。


「とりあえず、さっき踏み抜いたパネルハイ・プラスチックの、リペアしとこうかしら」

 寝ころんで仰向あおむけのまま、腹の上で両手を重ねる。鼻で深呼吸を3回。自分たちが出てきた、モールドが点在している壁側とは、逆の方向を首だけ回して見る。


 壁が途切れて向こう側が見えている所の、少し奥の天井が、赤く明滅している。通路と段差もなく続いているので、天井までの高さは、8メートル。奥行きは見渡せないほど広い。

 きざみの付いた鉄柱が、縦横に等間隔で張り巡らされている。

 赤く明滅している周囲に、関節を持った作業ロボットが集結している。


 ”自動屋台ディナーベンダー”は壁が途切れたところにある非常駐車帯のような所へ勝手に歩いていく。


 「音声入力」「おーい、おいでー」

 白焚シラタキ女史は膝から下を、”自動屋台ディナーベンダー”のへりからブラブラさせたままだ。タイトスカートの、脚が開いていて、そちら側から見れば丸見えだろう。もし此処ここに、鋤灼驗スキヤキシルシ少年が居たら「それ……見せてんのか?」と間違いなく溜め気味・・・・に言っただろう。


 ピッ!

 人差し指で、赤く明滅している天井の辺りを指さす。

 ”ひょろ長い”と言うには、寸足らずな、間接を持った作業ロボットの1基が格子の中を多少、遠回りしながら、下りてきた。


 「管理者権限:行使」「緊急修理:10メートル以内」


 ピピプゥン、プピピプゥゥン?

 直径1メートルのサッカーボールが5個くっついて、小さく突き出た手足にはタイヤが花咲くように密集している。形容する要素としてはコレで全部で、コレ以上は無い。


「エリア指定:あの辺」

 と再び天井を指さす。


 ピプィウゥン♪

 サッカーボール5連星は、仕事タスクがうれしいのか、無いはずのサウンド機能で返答した。おそらく、サーボモーター音を超高速で発生させ、音階を奏でているのだろう。


そういうの会話芸なんて、教えてないんだけどな~」

 と言って、自分がヒールで踏み抜いた穴の、修理作業を眺める。


 ギギギギギギッバゴンッ!

 流氷の鳴く音が響いた。

 新しい自己修復型ハイプラスチック製のパネルを下から押し当て、穴の空いた地表パネルと一緒に、切断している音だ。完全ホログラフィー技術で位置決めして、立体印刷ナノプロッタの要領で分子構造を積層変化させる。そして、フラーレン化した垂直面の、強度差で任意に切断する。


「……まあ、モーターを酷使し続けたとしても、筐体カウルの、実質耐用年数の100倍は保つから、構わないけど……」

 白焚シラタキ女史は、誰に聞かせるでもなく、ぶつぶつと一人ごちる。


 新しいパネルを押し上げ、1秒保持。すぐに支えていた手足は離れてしまうが、新しいパネルの繋ぎ目は無く、落ちる様子はない。サッカーボール4個の、さっきよりも短い作業ロボットが、最短経路で、下りてくる。リペア作業が終了したことを伝えに来たらしい。


 ピプゥン♪ ピプゥン♪

「はーい。ご苦労、ご苦労」


 ピピピッ♪

 天井の赤い点滅が消え、半透明の新しいパネル部分の向こう地表を、大型の作業ロボットの影が通っていく。緩衝エリア地表へ展開した片づけ班が、穴の空いたパネルを回収したのだろう。四角い透明窓のようになっていたパネルが、周囲と同じアスファルトの質感テクスチャに変化する。


「そういや、『飯櫃めしびつ2号』、アンタやりすぎよ、いくら相手が規格外の強敵ぞろい・・・・・・・・・だからって、生身の人間相手に、バトルレンダ・・・・・・なんて!」


 ”自動屋台ディナーベンダー”は仕舞っていた表示板の、アームを伸ばして展開する。

彼ラ・・ヲ殲滅スル、千載一遇ノチャンスヲ、逃シタカモシレマセン。』


「そうねー。でも、今後は、ゲーム・・・のレギュレーションに乗っ取って、ケンカする事。いーい?」

 コンと、天板を叩きながら小言を言うように命令している。


「最優先コマンド:レギュレーションヲ順守ジュンシュ。設定シマシタ。」

 ピピピッ♪


「はーい。それで行きましょう。向こうの存在自体が、どんなにレギュレーション違反でも、こっちはあくまで、量子データセンター維持が最大目標だからね」


「了解デス。デハ、対バトルレンダ行動ハ、ドノヨウニ設定シマスカ?」


「え? 変わらないわよ? バトルレンダ検出時には、こっちもバトルレンダ自動承認で迎え撃ちなさい」


「ピィーーーーー♪ 論理エラー・・・・ガ発生シマシタ! 修正シテクダサイ!」

 表示板を真っ赤に点滅させて抗議する”自動屋台ディナーベンダー”。聞こえていた”小粋なBGM”が止まっている。


「え? 何!? どういう事?」

 ガバッと起き上がり、天板の上で胡座あぐらをかくタイトスカートシラタキルウイ。もし此処ここに、鋤灼驗スキヤキシルシ少年が居たら「それ……見せてんのか?」と間違いなく溜め気味・・・・に言っただろう。


   <♪>

  <<♪>>

 <<<♪>>>

 凝視したとたんに、表示板が着信を知らせる。

 ヘッドセットに付いている、小さなパネルにも、着信を示す同じ表示がく。


「音声入力」「通話」


「はい! 白焚シラタキですーー!」

「……あら? 鋤灼すきやきPから掛けてくるなんて、珍しいですね」


「…………」

「えーっ! ダメですよ? 締め切りは守っていただきます。新エリア用の・・・・・・ボスデザイン案2点・・・・・・・・・、本日中でお願いします!」


「…………」

「お約束通りに、シルシ君たちには、私の名刺を渡しておきました」


「…………」

「わかりました。はい、折り詰め持って、スグ帰りますから~。はいー。じゃー」


「音声入力」「通話終了」


 はぁぁぁぁーーー。深く長い溜息ためいきく巻き毛の、一見、優しそうに見える女性。

 その眼に、凍てつくような、色が浮かぶ。


飯櫃めしびつ2号! さっきの”論理エラー”って何!?」

 苛立いらだった口調でまくし立てる。


『該当データは削除されました。』

 表示板の文字色は通常のモノに戻っている。


「ちょっと、どういう事かしらーーーーーーーーー!?」

 天板の上に立ち上がり、ハイ・プラスチックの地面を踏み抜いた時のように、膝を蹴り上げ―――


 ヴォブゥン。ソレまで、見せたことのないノイズが表示板に走る。

 通路天井に付いたLED光までもが、切れかかった、古い電球のように、チカチカと明滅し出す。


「外部からのアクセスを確認シマシタ。→→→→→追跡できません。」


 カタカタカタカタン。ギュピュピプンガタン。

 サーボ切り替えと高速な作動音による音階。寸足らずな、作業ロボット達のように、何らかの意思表示をしているようにも見える。

 カタカタカタカタン。ギュピュピプンガタンガッギギギ。

 それは、恐らく、”恐怖”とか”萎縮”とか呼ぶモノであろう。


 ―――振り上げた脚を、そっと降ろす白焚畄外シラタキルウイ

 チカチカッ……パッ! 明滅していたLED光が点灯状態に戻る。


「……なんか、面倒。とりあえず、現時点の量子状態全部”別名保存ディープコピー”して追従させといて」

 白焚シラタキ女史は”自動屋台ディナーベンダー”の背後の何もない空間を指さし、うなずく。


「ここじゃ何にも出来ないわ。発令所に一旦帰るよ。折り詰めの賞味期限にも間に合わせなくちゃ」

 ストンと、その場天板の上座り込むあぐらをかく白焚シラタキ女史。


 自動屋台ディナーベンダーは、小さなタイヤの付いた6肢を、波打つように動かし、通路側へ歩き出る。

 巻き毛の、一見、優しそうに見えるタイトスカート白焚女史。もし”自動屋台ディナーベンダー”の進行方向に、鋤灼驗スキヤキシルシ少年が居たら「それ……見せてんのか?」と間違いなく溜め気味・・・・に言った事だろう。


「BGM止まってるわよ」「ランダム選曲:アップテンポ:スタート」

 自動屋台ディナーベンダーは、昔、流行ったCMソングを奏でながら、滑るように加速した。

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