たとえばこんな空っぽの世界で

ユウリ

第一章

さあさあ、皆様お立会い。

今宵語り聞かせますは、今や伝説悪魔のお話。

恐ろしき滅びの物語。

悪魔が滅んだ真の理由、気になる方はどうぞ最後までお付き合いください。


遠くから聞こえた鈴の音のような声にレイは目を覚ました。

くわっと大きな欠伸をひとつこぼす。

先程の声はいつの間にやら増え丘の麓で歌を歌っていた。

『カランコロン飴玉ひとつおっこちた

 カランコロン飴玉もひとつおっこちた

 カランコロン飴玉ぜんぶおっこちた

 おちた飴玉ぜんぶ集めて

 カラッポ人形にんまり笑った』

どこにでもあるような古い童話。

しかしその歌は童謡らしからぬ不気味さをはらんでいてそれがレイの表情を曇らせた。

「レーイー、またここにいたの」

ふいに後ろから聞こえたからかい混じりの声にレイはため息をついた。

後ろを見なくても誰なのかわかるほど聞き慣れた声。

「あのさあ、前から言ってるけど俺とつるまない方がいいよー」

面倒なことになるからさとレイは自嘲気味に笑う。

「そんなこと言って本当はうれしいくせに」

「どんだけポジティブなの、アリア」

レイに名前を呼ばれ、声の主もといアリアはうれしそうに顔をほころばせた。

初めて会ってから今に至るまで、レイが名前を呼んだ回数は片手で足りるほどしかない。

ヘラヘラしているくせに変なところで引っ込み思案な彼は未だに名前を呼ぶことをためらっていた。

「悪魔の癖に臆病ね、レイは」

アリアの言葉をかき消すかのようにレイは後ろの草の上に倒れこむ。

そんなレイにアリアは呆れたように笑った。

レイたちの住むこの世界には人間以外に三つの種族が存在していた。

天上に住む天使、森羅万象に宿る妖精、そして人間の嘘から生まれる悪魔。

レイはその悪魔の部類にアリアは妖精の部類に属していた。

本来なら交わることなどない二人だが、アリアが丘で寝ているレイを見つけてから二人はかれこれ十年以上一緒にいた。

「物好きだねー。そういうとこ嫌いじゃないけど時々すごく苛つく」

「私もレイの自分の気持ちをすぐ隠すとこ、苛々するからおあいこね」

「…ほんと、いい性格してるよお前」

寝転んだまま乾いた笑いを零すレイにアリアは思い出したように言葉をかけた。

「そうだ。天使の知り合いから聞いたんだけど、また見回りが厳しくなるんだって」

「ふーん。天使様たちもずいぶんお暇だねー」

「暇って言うかあんたたちが悪さするからでしょ。いい加減懲りなさいよ」

「一応人間からのご指名なんだけど」

悪魔は他の二種族と違い唯一人間と契約する力を持っていた。

人間の魂と引き換えに人間の望みをひとつ叶えるというその契約はその人間が二度と輪廻転生しないということを意味し、それは死後の魂を管理している天使にとって穢れた行為に他ならない。

天使の意に反することばかり行う悪魔と天使が仲良くできるはずもなく天使にとって悪魔は天敵であった。

「いろいろ難しいねー、世間ってのは」

レイは意にも介さないようにけらけらと笑う。

そのときレイの頭に声が響いた。

それは悪魔の召喚をするとき特有の呪文。

「ふーん、物好きって案外いっぱいいるんだなぁ」

「どうしたの、レイ」

「んーちょっと呼び出し。じゃあな」

アリアの言葉を待たずにレイは機嫌よさ気に飛び立った。

見慣れた町をきょろきょろと見回し、声の出所を探す。

まだ昼間ということもあり、通りは人の笑い声で溢れかえっていた。

決して綺麗なものだけではないその風景はひどく人間らしさが滲み出ていてレイのお気に入りだ。

くるくると辺りを巡回するように飛び回るレイの目に豪勢な一軒家が飛び込んできた。

傍から見れば幸せそのものであるはずのその家の二階の部屋から忌まわしい呪文は発せられているようだ。

レイはいつものヘラヘラした笑みをいかにも悪魔といったニンマリとした笑みにかえ、壁など無いかのようにスーッと部屋に入っていった。

レイが入った部屋には様々な調度品や豪華な衣服が所狭しと並べられていた。

対して中央で一心に呪文を唱える男の服装や身体つきはとてもじゃないが金持ちに見えるものではない。

訳有りのようだなとレイは大きなため息をつき、少し間をおいてから男に声をかけた。

「おにーさんが俺を呼んだってことで間違いないんだよね?」

「ひっ!!」

聞こえるはずの無い声に驚いたのか、男は短い悲鳴を上げ慌てて後ろを振り返った。

「あれ?違うの?でも今唱えてんの悪魔召喚の呪文だよね」

「い、いや確かに悪魔を呼んだのは俺だが、本当にお前が悪魔なのか?」

男は訝しげにレイを見つめる。

「見たところ伝承にあるような角や翼もなさそうだが・・・」

「おにーさん随分昔の文献読んだんだね。悪魔だって町に出たりするし四六時中翼とか出してるわけないじゃん」

悪魔を呼ぶなんて大胆なことしといて変に細かい男だなとレイはいつものヘラヘラした笑みを浮かべた。

「それで?おにーさんの望みは何?」

「・・・俺の、望み・・・」

「そ、望み。まさか何の望みも無いわけじゃないよね」

近くにあった椅子に勝手に腰掛けるとレイは先程とは逆に不思議そうに男を眺めた。

「いや、無いわけじゃないんだが・・・」

「ほら、早く言いなよ。もったいぶったってしょうがないじゃん」

レイの冷たい物言いに男は一瞬顔を歪めそれから大きく息を吐いた。

「・・・しい」

「ん?なに?」

「俺を、殺して欲しい」

さっきまでの弱々しい表情から一変、覚悟を決めた顔で男はそう告げた。

「は?そんなことのために俺を呼んだわけ?」

対してレイは呆れたようにため息をついた。

「そんなのそこらへんにいる普通の人間でもできるし、なんだったら自殺もできるだろ。何でまた教会連中に喧嘩売るようなこと・・・」

「・・・」

自分の質問に俯く男がレイには妙な生き物に見えて何度目か分からないため息を零した。

「・・・まぁ、いいや。呼び出すほどの覚悟もあったんだろうし付き合ってやるよ」

頭をかきながらレイは眼下にある男の黒々とした髪に向って声を投げかけた。

「そうか、良かった。これで俺は死ねるんだな」

「今すぐって訳にはいかないけどね」

「へ?」

「俺ら悪魔との契約には二段階あんだよ。今俺とおにーさんはその一段階目。仮契約ってとこかな。こっから一週間行動を共にして契約対象者に本当に魂を渡す覚悟があるのか調べる。で覚悟があるとみなされれば晴れて契約完了。おにーさんの望みが叶えられるってわけ」

レイの言葉に男は愕然とし、顔面蒼白となった。

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