実務準備
ディトワをひとり森に残しおれは小屋に戻った。
洞窟の異変に備え、留守番役にまわったヒルガーテと交代するためだ。
いくら使命優先とはいえ、実の父親の埋葬に立ち会えないというのはなんとも可哀想だ。
「交代しよう。ディトワは残った」
ヒルガーテは青白い精気のない顔でうなずく。
昨晩、おれの寝床に潜り込んでいた彼女とは別人のようだ。
「ごめんなさい……」
なんに対する謝罪なのか、うつむいたままで小屋を出て行く。
彼女の後ろ姿を見送ったあと、おれはドゥルフェン村から持ってきたドゥーリガンを手に取り、小屋の裏手で素振りをはじめた。
少なくとも懸命に身体を動かしていれば、いろいろな感情の入りこむ隙はなくなる。マコロペネスやノヘゥルメと繰り広げた闘争を記憶から引き出し、身体の動きを考えながら剣を振った。
全体や先端の重さはあまり気にならなくなっていた。
――なるほど……
この剣を扱うために重視すべきなのは膂力そのものではなく、手首の力だということに気づいた。
空中で回転させ、加重のかかった一撃を思い通りの軌道で打ち下ろすためには、手首の力を抜いたり、力を込めたりする加減をうまく調整しなければならない。
どのくらい剣を振り続けただろうか。
おれの手は突然動かなくなった。たぶん痛覚があれば筋肉の疲労や痛みを検知し、そうなる前に休憩を取るはずだったのだろう。
ドゥーリガンを地に突き立て、おれはそれを杖のように持ってしゃがみ込んだ。
心拍は早鐘のようになり、身体全体から汗をふきだしていた。
気づくと、もう日は傾いている。
そのとき、背後に人の気配を感じた。
地表を転がり、気配の主に向き直る。
「ちょっ、ちょっ! 待てよ!」
ドゥーリガンを構えたおれに向かい、ヨツラはあわてたように手を広げ制止の合図をした。
村を出るときにこいつの言っていたセリフを思い出した。
――あとで……って、こいつはすぐおれたちを追っかけてきたのか!
剣を下げ、きつい口調に言う。
「なんの用だ。ここはあんたが来て良い場所じゃない」
「そうでもないさ。政務執行官の許可はもらってる」
ヨツラは微妙に顔を歪める。
笑い顔のつもりらしい。
「おまえにもひとくち噛んでもらいたいと思って。あの怪物どもを活用するために」
「なんだって?」
「あの威力。おまけに不死身と来てる。そんなのが城の地下にゴロゴロいて、それなのに放っておきゃ永遠に寝転がったままなんて、場所と時間の無駄だと思わねえか?」
とんでもない話に、おれは絶句していた。
俺の怒りを悟ったと見え、やつは弁解する。
「まあ聞け。これは俺の発案じゃねえよ。みんな政務執行官の考えさ」
武の国ウーケ出身のゲールトに代わり政務執行官になったシグルトは、おれのふるさと、商人国家ウーラから派遣されているという。
そのせいか、商売っ気もたっぷりあるらしい。
「……あんたはこの仕事の重要性を全くわかってない」
「わかってるって。世界を護ってんだろ? ここで。選ばれた剣士がひとりでさ」
「聞いたのか……」
「ああ。ところで、ここには村にあったのと同じ木箱が五つほど来てるはずだ」
「……そうか。あの中にも」
「気づくのがおせえよマーガル。……ってことはおまえ、あれがなんのために使われるのか分かってねえようだな」
シグルトからうまく聞きだしたのか、ヨツラはおれがここ数日で知ったこと以上に情報を持っているようだった。
「守護剣士の延命用だぜ、あれは」
「延命……?」
「いつもそう都合よく怪物が現れるわけじゃねえだろ? 場合によっちゃ呪いの日数も途切れちまう。その結果が城の地下の連中だ。さすがみなさんご立派な剣士ってことで、昔は潔く最後まで呪いにつきあってたが、いまじゃそうはいかねえ。なにしろひとりだ」
なんてことだ。
すると、ディトワは怪物ばかりか、あの木箱の中の巨怪を斃すことで、呪いの日数を百年も伸ばしてきたのか。
「因果な話だろ。最後は仲間同士で食い合わなきゃなんねえとは。それになんとも哀れじゃねえか。身体張って頑張った結果が、仲間の延命に役立つだけなんてさ」
「同情か。あんたにしちゃ、ずいぶんお優しいな」
おれの皮肉に、ヨツラは口の端だけを上げた。
目は笑っていなかった。
「そういやおまえ、おしゃべりになったな。俺とまともに会話できてるじゃねえか」
たしかに、こいつとこれだけ長く話したのは初めてかも知れない。
だが、共通の話題だからだろう。
別になにが変わったわけでもない。
「で、マーガル。頼みなんだが、ここにある木箱の中身をゆずってくれ」
「ばかな!」
おれの予想を超えた、あまりの図々しい依頼に、声は裏返った。
「全部ってわけじゃない、一、二匹程度でいい」
「なにをするつもりだ」
ヨツラは肩をすくめる。
「いずれシグルトもやってきて、正式にここの責任者と話すらしいが……まあ、要するにあの怪物を剣士や衛士として再利用しようってことだ。他の国に売ったり、貸したりとかな。そうなりゃ当然、またここの護りにも使えるだろ?」
ばかばかしすぎて怒る気にもなれないが、その発想には正直驚いた。
「……彼らを飼い慣らせるものか」
「いや、そうでもないんだな。村でノヘゥルメの頭にはめた輪っかを見たろ? まだ実用途中らしいが、あれでうまくあやつれねえかって、シグルトはそう踏んでるぜ」
巨大な弧円は巨怪の動きを止めるだけでなく、意のままにもできるとすれば、たしかにある意味最強の軍隊を作ることも可能だ。
やつの与太話に引き込まれそうになり、警戒の度合いを強めた。
「ただ、いろいろと試したいこともあるのに、なかなか実験できるのが手にはいらねえ。やつらの持ち出しは各国の定めた守秘義務違反にあたるから、たったひとつの例外を除けば、選王でさえ、地下に手は出せねえらしいんだよ」
唯一の例外は、守護剣士の維持に供される場合、か。
それを知って、どうしてかおれの気分は暗く落ち込んでいった。
「ガリエリどもの不始末で、話も大きくなりかけたが、公には蛮族の急襲ってことにしたらしいぜ。本来ならあそこにあった木箱の数と同じだけ個体が手にはいっていたはずなのに、得たのはたった一匹だ。実験にゃ足りねえ」
「あんた……吟遊詩人がこの国の秘密を知り、いったいなにをするつもりなんだ」
その問いに、やつは意外にも驚いたような表情になる。
「おいおい、吟遊詩人だからこそ、興味をもつんだろうが。巨怪、怪物、呪い……この地域に転がってるネタは、俺たちの歌奏する伝奇そのものじゃねえか」
心中に
「ヨツラ……本当は、あんたのことはずっと嫌いだった。それでも、憎んでいたわけじゃない。でも……いまはこの手にかけてやりたいと思ってるよ」
「できるのか? そんなにふらふらでよ」
ヨツラは挑発的に薄笑いを浮かべた。
「マーガル、やめておけ」
後ずさりを始めた吟遊詩人の背後から声がかかる。
ディトワだ。
「時間稼ぎにつきあうことはない。この男の企みは封じた」
ヨツラがおれの気を引いているその隙に、洞窟から木箱を運びだそうとしていたガリエリたちは、森から帰ってきたディトワとヒルガーテに見つかり、あっという間にたたきのめされていた。
やつらはドゥルフェン村へ逃げ帰っていった。
珍しくも捨てゼリフひとつなかった。
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