第3話 植物探偵団
野菜早食い選手権とアート大会から、早くも数日が経とうとしていた。
「……入部希望者が、一人も来ねえ」
試験官やビーカーが乱雑に散らかった園芸部の部室で、
「まあまあ朝菜、元気だしてよ。ほら、前に言ってた『最後尾はこちらです』の
「……それは嫌味か、
「え?」
「天然かよ……」
夕菜とのやり取りの後、再びぐったりと脱力する朝菜。
「ところでさ、朝菜、そろそろ部室の片付けをしてもいいかな?」
夕菜の提案に、朝菜は大儀そうに顔を上げ、部室を見回して怪訝そうな顔をする。
「? きちんと片付いてるじゃねえか」
夕菜の笑顔が少しこわばった。
「いや、その、入部希望者の人が来てもいいように、出しっ放しの実験器具とかをしまったり……」
夕菜が消え入りそうな声で最後まで言い終わる前に、朝菜がばしん、と机を叩いた。
「あたしはこの状態で、何がどこにあるかを把握してんだよ。下手にしまわれたりすっと、何がどこにいったかわからなくなって作業に支障が出るだろ!」
「ごっ、ごめん朝菜、ボクはただ」
「たく、夕菜は余計な心配をし過ぎなんだよ!」
真面目そうな夕菜がいるにも関わらずこの部室が整理整頓されていない理由が、よくわかる光景だった。
「ちょっと貴女達、下らない喧嘩は外でやって頂戴。『名探偵ポアロ』に集中できないじゃないの」
朝菜の機嫌が最悪な中、部室奥のソファに堂々と全身を横たえ、組んだ足を遠慮なく
「お・ま・え・がさっさと外へ出て行け!」
朝菜の怒りが炸裂する。
「うるさいわね。今いいところなのよ」
「むっきー! もう勘弁ならねえ! 入部する気もねえ癖にいつまで我が物顔であたし達の部室に居座るつもりだよ! 園芸部の活動の邪魔だ! 大体、誰がここにいて良いって言った!」
「あら、夕菜がここにいても良いって言ってくれたわよ」
「なんだってぇ、どういうことだ夕菜ぁ!」
夕菜は、ほとんど泣きそうな顔をしてカタカタと震えている。
「おら、眼鏡もこの赤いのの手下なら何か言えよ!」
僕の名前は
「おい桜、いい加減諦めろよ。これ以上ここにいても園芸部の邪魔になるだけだぞ」
まあかくいう僕も、なんだかんだいって桜と一緒にこの部室に上がり込んでしまっていた時点で、偉そうなことを言える立場ではないのだが。
一体どうしたんだろうと自分でも思う。もうこいつと関わるのは終わりにしようと決めたはずなのだが。
「つうかお前、よくそんな子ども向け番組を飽きずに見続けられるな」
ワンセグを覗き込み、二本足でヒトの格好をした猫の探偵が犬の犯人を追い詰めているアニメに半ば呆れてそう言うと、さっきは返事をしなかった桜が、ぴくりと反応した。
「……『名探偵ポアロ』を侮辱することは万死に値するわ」
「は?」
「いいこと
この時間帯に教育テレビでやっている番組が、大人に人気があるとは到底思えないんだが……。
「何より主人公ポアロの観察力と推理力は素晴らしいの。私は尊敬するエルキュール・ポアロのような名探偵になりたくて、探偵部をつくったといっても過言ではないわ!」
とんでもないカミングアウトだった!
「へー、本格的な探偵もの? 探偵が週刊誌にアイドルが男と付き合ってる証拠写真を渡してカネを受け取る様子でも本格的に描いてるのか?」
やめておけばいいものを、ここで朝菜が要らぬ挑発をする。この先輩は相変わらず現代日本のリアルな探偵業者と、物語の世界の名探偵との区別がついていない。
「朝菜……屋上へ行きましょうか。久しぶりにキレてしまったわ」
「望むところだぜ! 屋上といわず今この場で決着をつけてやる!」
「よ、よしなよ二人とも……」
本気で掴み合う桜と朝菜、オロオロしながら割って入ろうとする夕菜のドタバタを放置して、僕は一人外の空気を吸いに廊下に出た。
「糸川さん」
廊下に出たところで、柔らかくそれでいてよく通る声に僕は足を止めた。
振り向くと、花の眼帯で片目を飾ったDOLLが、黒服のSP達を従え廊下の端の階段の踊り場へ降り立ったところだった。ミサキグループ総帥の令嬢にしてこの学園の生徒会長、
「生徒会長、お疲れ様です」
僕は軽く会釈し、そのまま視線を外そうとする。だが、瑠璃は何を思ったかSP達を階段の踊り場に待たせて、こちらに向かって歩いてきた。
何を言われるのかと、僕は思わず身を硬くする。
「……
僕の前で静かに立ち止まった彼女の言葉は、少し予想外なものだった。
「瑠璃と、どうかお呼び下さい」
「え?」
「ちなみに、選挙の投票用紙に書いて頂く時は平仮名で結構です。『瑠璃』という漢字は画数が多くて、人間の皆さんには書くのが煩わしいと聞きました」
遅れてそれが、彼女なりの冗談なのだと気付いた。その証拠に僕が笑みを浮かべてみせると、彼女の表情が微かに和らぐ。
「そういえば、桜さんの新しい活動……探偵部の部員集めは進んでいますか?」
驚いた。生徒会長というのは、正規の部活動ですらない泡沫同好会の存在にまで限りある記憶容量を割かなければいけない職業なのか。
「いえ、全然です」
隠す理由も無いので、正直に首を横に振る。瑠璃は、残念そうに肩を落としてくれた。
「そうですか……私は二年生ですし生物部にしか所属していませんから、兼部して差し上げられないこともないのですが、生徒会の仕事と義父の事業の手伝いもあって多忙を極めておりまして。お役に立てず、申し訳ありません」
「いや、生徒……瑠璃さんがあんな得体の知れない部に入部だなんて、悪いですよ」
生徒会長と言いかけて、つい今しがたの彼女のリクエストを思い出して言い直す。
「桜さんのような新しい部を作りたい方のニーズに応えきれていないことは、生徒の皆さんの負託を受けた者として慚愧の念に堪えません。昨日の学園との折衝でも、本校舎の空き教室を部室として使用させてもらえないかとお願いしたのですが、学園からは逆に増えすぎた自主研究活動の中で内容が重複するものを整理するよう言われてしまいました。学園側の理解が不十分なのは生徒会の責任です。今後も部の新設へのハードルが少しでも低くなるよう、あらゆる努力を続けて参ります」
瑠璃の言っていることは、早くも来年度の再選を視野に入れた生徒会長としての有権者へのリップサービスに決まっているのだが、そこはさすが最高級DOLL、社交辞令とは思えない真摯な
「うーん、僕の目には瑠璃さんは、生徒会長としてもう十分に努力されているように見えますよ」
だからついそんなことを言ってしまう。
瑠璃は喜ぶかと思いきや、逆にきりっと表情を険しくしてみせた。
「いいえ、糸川さん。『ここまででもう十分』と思ってしまうようなら、即座にリーダーを辞めるべきなのです。リーダーには自らと組織の価値を高め続ける責任があります」
可憐な少女の顔を与えられたDOLLには、どこか不似合いな台詞だった。
桜から聞いた話では、将来指導者になるべく徹底的な人格設計がされた瑠璃には、過去の優れた企業経営者や政治家の言動パターンが無数に組み込まれているそうだ。
プログラムされたカリスマ。そんな言葉がふと頭をよぎった。
「ところで、糸川さんは桜さんをどう思います。彼女、私達と比べてユニークでしょう?」
一瞬、考えを読まれたのかと思った。それくらい唐突な、瑠璃の問いかけだった。
「え、ええ……ユニークというか、奔放というか。おかげで振り回されてばかりです」
僕が戸惑いつつそう答えると、瑠璃は我が意を得たりというように頷く。
「イザナミウムから精製されるDOLLの演算素子は、旧来のノイマン型コンピュータとは決定的に異なります。イザナミウムは無生物には有り得ない潜在意識を持つんですよ」
「にしたって、あの傍若無人さはDOLLとしては規格外な気がします。それとも中島技研製第3世代型ってのはみんなああなんでしょうか」
僕が率直な感想を漏らすと、瑠璃は微笑んで首を左右に振った。
「中島技研に第3世代のラインはありません。桜さんは量産機ではなく、研究目的で一体だけつくられたいわば実験機。人格ソフトの設計も、プログラムには最低限しか頼らずイザナミウムが元来持っているネットワーク構築特性を活かした、意欲的な試みがされていると聞きます」
初めて耳にする話だった。イザナミウムは感情を発現させるが、その方向性はDOLLの製造用途に応じて、プログラムによって調整が施される。介護士になるDOLLは介護士らしく、警察官になるDOLLは警察官らしく思考し振る舞うよう律せられるのだ。
それでもイザナミウムが生み出す潜在意識を100%抑えることは不可能であることが最近の研究で徐々にわかってきていて、どんな性格になるかは実際に稼働させ、それもDOLLという人体を模した四肢を与え社会生活を送らせてある程度の時間が経たないとわからないらしい。
こうした不確実性をもつ点において、DOLLは単純な機械と一線を画している。
瑠璃が言っているのは、桜はその不確実な成長の部分に重きが置かれていて、プログラムが普通のDOLLより緩くなっているということだ。道理で型破りなはずだ。
「そんな怪しい実験機が、勝手に街をうろついてて大丈夫なんですかね……」
玄関の扉を破壊され、拉致同然に学園に連れてこられたのが記憶に新しい僕としては、あのジャイアニズムの化身のような存在が新たな犠牲者を生まないか心配でならない。
僕のぼやきに、瑠璃は苦笑を浮かべた。
「糸川さんが学園にいらっしゃる前、最初に私のもとを訪れた時の桜さんは、今の桜さんと別人とまでは申しませんが、あんなに積極的に振る舞う方ではありませんでした。糸川さんが桜さんを変えたのかもしれませんね」
一瞬耳を疑う。桜が今とは違った? 猫を被っていただけじゃないのか。
「信じておられない顔ですね。DOLLにも色々あるのですよ。桜さんの場合、量産機でないが故に感じていた孤独もあったのでしょう。かくいう私も特注品ですから。桜さんが探偵に憧れる理由も、少しわかる気がします」
ラピスラズリの右目が、どこか遠くに向けられる。彼女が何を言いたいのかはっきりとはわからなかったが、量産機と聞いて僕は、朝菜と夕菜の仲睦まじい様子を思い出した。
「おーい瑠璃君、車の仕度ができたぞ」
その時、階段の方から瑠璃を呼ぶハスキーな女性の声が聞こえてきた。
「瑠璃君……おや?」
白衣を
「あ、野菜アート大会の……」
僕が言えたのは途中までだった。白衣のDOLL、
「新入生の糸川実さんですよ、
瑠璃は蛍に僕を紹介し、洗練された身のこなしで再び僕に向き直った。
「蛍先生のことは、もうご存知ですか? 屋久島大学の助教授で屋久島生命工学研究所の首席研究員。この学園には生物の講師として招かれていて、我が生物部の顧問もして下さっています。尊敬する私の先輩であり恩師です」
どこか誇らしげに、瑠璃が説明してくれる。DOLLとして世界で初めて教鞭を執ったとは桜から既に聞いていたが、助教授にまでなっていたとは驚きだった。
「そんな大したものじゃないさ。瑠璃君に比べたら壊れかけのポンコツだよ」
茶目っ気たっぷりに肩をすくめて、蛍は僕に手を差し出した。
「初めましてだな、実君。MD-131蛍だ」
握手をしながら彼女が名乗った型番は、桜が言っていた通りミサキドール社製であることを示すものだった。やはり、僕の知っているあのDOLLとは違うようだ。
「これからお出かけですか?」
次の用事がある様子だったので気を遣ってそう言うと、瑠璃が聞き慣れない言葉を口にした。
「ええ、
「……便利?」
「いえ、弁理士といって、特許や商標などに関して助言や代理をして下さる専門の国家資格をお持ちの方です。特許の出願は無資格でもできますが、スムーズに登録されるためには専門家の力が必要なのです。手数料は高いですが、多少コストをかけてもリスクを極小化するのが良きマネジメントです」
「ははあ……特許をとるんですか? 凄いですね」
「ありがとうございます。生物部で根粒菌とマメ科植物の共生の研究を続けてきたのですが、このたび既存の共生菌と植物の共生関係システムを基に目的に合った共生系をデザイン・構築する新技術を確立しまして」
素人にはさっぱり意味のわからない単語の羅列が右から左へ抜けていったが、僕はふと気になったことを訊ねてみる。
「そういえば、特許の名義はどうするんですか? 蛍先生か瑠璃さんですか」
企業や研究機関ならまだしも、さすがに高校の部活動の名義で特許が取れるわけがないから、顧問の蛍か部長である瑠璃の名義なのだろう。そう思っていたら、蛍が笑って首を振った。
「特許の出願・登録の名義は生物部だよ」
「えっ?」
「本当です。サークルや部活動はかつて『権利能力無き社団』などと呼ばれていましたが、一般法人法の施行により、今日では容易に法人格を取得できるようになっています。誰か独りの力ではなく、生物部の皆の力で得た成果ですから……皆がモチベーションをもって才能や創造力を発揮できるようにするのも、リーダーの務めです」
この日何度目かの瑠璃の帝王学を拝聴しながら、僕は頭の中で何かがひっかかったのを感じていた。
なんだろう、今の瑠璃達との会話の中で、一瞬何かがひらめいた気がする。
『登録の名義』……『法人格の取得』……。
不意に僕の後ろで、園芸部室の扉が開く音がした。僕は我にかえる。まずい、もし出てくるのが朝菜だったら、険悪な関係になっていると思われる瑠璃と鉢合わせだ。
「そこにいたんだ糸川君、その、悪いけど二人の喧嘩を止めるのを手伝ってくれないかな。ボクの手には負えなくて……あ」
幸い、現れたのは夕菜だった。僕のそばにいる瑠璃と蛍に気付いて硬直している。
というか、あの二人の不毛な喧嘩はまだ続いていたのか。この建物は部屋の防音がしっかりしているらしく、廊下には全く聞こえてこないからすっかり忘れていた。
「おや、夕菜君じゃないか。今日も園芸部の活動かね?」
先に声をかけたのは蛍だった。
「は、はい……」
夕菜の眼が宙を泳いだ。瑠璃のことを気にしているようだ。瑠璃はそれを察したのか、無言で一礼すると黒服のSP達が待つ階段の踊り場に向けて足早に去って行く。
「そうだ、夕菜君。この前お願いした講義の手伝いの件、打ち合わせをしたいから明日の朝いつもの時間に私の研究室まで来てもらえるかな?」
「はっはい、わかりました先生」
「助かるよ。ではまたな夕菜君、実君も」
手をひらひら振ると、蛍も白衣を翻し、瑠璃の後を追う。
たちまち廊下に静寂が戻った。
「夕菜さん、蛍先生と仲が良いんですね」
遠ざかる白衣を眺めながら僕が何の気なしにそう言うと、夕菜はどういうわけかびくっとした様子だった。
「そ、そう? ボクはクラスの実験器具係だから、生物の授業を受け持って下さってる蛍先生のお手伝いをすることが多いだけだよ。ま、まあ蛍先生は優しいから、手の空いた時間にボク達の進路の相談とかに乗ってくれたりもするけど……」
なるほど、蛍は年長者の風格があり、DOLLとしては異例の出世を遂げた有名人でありながら気取ったところがなくて、明るく面倒見の良いお姉さんといった感じだ。生徒達から慕われて、人生相談のようなものを受けたりもするのだろう。
そう思いながら夕菜に視線を戻すと、僕に何かを言いたそうにモジモジしている。
「あ、あのね、糸川君」
「どうしました、夕菜さん?」
「いやその……ボクが蛍先生や瑠璃と会ったりしてること、できれば朝菜には言わないでくれると嬉しいなって。いや、別に内緒とか、そういうのじゃないんだけど」
「構いませんが、理由を訊いてもいいですか?」
「うん……瑠璃は一年の時、最初はボクと朝菜と同じ園芸部のメンバーだったんだよ。でも、途中で朝菜と考え方が合わなくなって、結局園芸部を抜けて、蛍先生が顧問をしている生物部に移ったんだ。他の部員の子達も瑠璃について行っちゃって、以来園芸部は部員が足りなくなってね。朝菜はその時のことを今でもとても怒っていて……蛍先生のことも、瑠璃をそそのかした、みたいに思ってるみたいなんだ」
朝菜と瑠璃は、昔は本当に仲の良い親友だったんだと、夕菜は最後にそう呟いた。あの、懐かしさと寂しさの入り交じった小さな声で。
「なるほど、そんなことが……」
夕菜の話を聞いて納得しかけた、その瞬間だった。
『足りない部員』。夕菜の発したその言葉で、まるで作りかけのパズルの絵に最後のピースがはまるように、僕の頭の中である考えがまとまった。
「そうか、その手があったのか!」
「わわっ、糸川君、どうしたの急に」
驚く夕菜に会心の笑みを浮かべてみせる。
「僕達も法人格を取得するんですよ」
僕達の置かれた状況を整理しよう。
朝菜と夕菜の園芸部は、部員数が今のままでも環境技術特例があるから部としては存続できるが、後2名入部しないと部室を失うことになる。
一方、桜(と僕)の探偵部は、後2名入部希望者がいないとそもそも部として認められない。
どちらか一方が部を諦めて相手の部に合流すれば部員数の問題は解決するのだが、朝菜も桜も、一歩も譲る様子は無い。
「そこで提案です。まず、園芸部の朝菜さんと夕菜さんには、探偵部を兼部してもらいます。これで探偵部の入部希望者は4名になり、部活動新設願いも受理される」
部室に戻ってから数分後。どうにか一時休戦してもらった朝菜と桜に、夕菜もまじえて僕の話を聞いてもらう。
「兼部?」
桜がキョトンとしている。案の定こいつは知らなかったようだ。
「二年生以上の生徒は、兼部が認められているんだよ」
「ちょっと待ちな! あたしは、たとえ兼部でも探偵部なんかお断りだ! それに、あたし達のメリットは何があるんだ? 赤いのと眼鏡は一年生だから、園芸部を兼部することはできないはずだぜ」
朝菜がかみついてくる。その通り、確かに一年生は兼部を認められていない。
「まあまあ、話は最後まで。朝菜さん達は要するに、園芸部は存続させたままで、かつこの部室を使い続けられればいいわけですよね。そして、部室を使える条件は4名以上の団体であること。ここが重要なポイントです。『団体』であって、必ずしも部活である必要はない」
「ん? そういえば、環境研究団体連合会とかエコプロダクツ実行委員会とかは部活じゃねえのに部室棟に事務所を構えてるな……あっ!」
朝菜も気がついたようだった。
「そう、園芸部と探偵部、2つの部が加盟する構成員4名の団体を新しくつくればいい。そうすれば園芸部はその団体の名義で、この部室を使用し続けられる」
これが、廊下での瑠璃達との立ち話から思い付いたことだった。
無論、本物の法人格は国の法務局に登記する必要があるが、こっちはあくまで学園の中での公認団体だ。
「ふふっ、さすが我が探偵部の部員ね実」
ふんぞり返る桜。なんでお前が偉そうなんだよ。
「そうと決まればさっそく新団体の名前を決めるわよ」
「よしきた、あたしは『放課後ガーデニングタイム』がいいと思うぜ!」
ノリノリで挙手する朝菜。
いや、それはちょっと……この先輩、フィクションに疎いんじゃなかったのか?
「センスのかけらも感じられないわね、それより私に名案があるわ。『志戸子学園を大いに盛り上げる桜の団』、略してSO…」
「却下だ。お前はラノベから離れろ」
「あの、みんな……」
皆でわいわいと騒がしくしているところに、夕菜が小さく手を挙げる。
本人は勇気を出して手を挙げているつもりなのだろうが、手が机から5センチほどしか浮いておらず、誰も気付かない。仕方なく僕が咳払いをして、夕菜への注目を促した。
「その、植物探偵団っていうのはどうかな」
「植物探偵団?」
朝菜、桜ともに目を丸くする。
「うん、両方の部の間をとって。それに園芸というのは、植物の探究でもあると思うから」
夕菜の発言からしばしの沈黙の後、先に頷いたのは桜だった。
「まあ、悪くないと思うわ。植物というのが頭につくのは気に食わないけど、探偵団というのは良い響きだわ」
残るは朝菜だ。探偵にかなりの偏見をもっている様子だが、果たして。
「しゃーねえ、それで良いぜ。勘違いすんなよ、探偵なんて胸糞悪いが、夕菜がせっかく考えてくれた名前だから反対できねえってだけだ」
思ったよりあっさりと認めてくれた。
「それに、眼鏡のアイデアも人間にしちゃあ上出来だぜ。ま、『ユグドラシル』を発表するまでの短い間だが部室を確実に使い続けるために、せいぜいお前達を利用してやる」
「ふふふ、名探偵桜様の伝説が始まるわ……」
こうして植物探偵団という、異なる目的のために二つの勢力が一時的に手を取り合う同盟が成立した。
今風の言葉だとウィン・ウィンだが、このメンバーだと呉越同舟という言葉の方がしっくりくる。
「じゃあ次に申請用紙にどう書くかを詰めるわよ。申請がすんなり通るよう新団体の活動の基本は表向き園芸部と同じにして、活動内容に『情報収集』を加えることで、探偵部の部室利用もオーソライズされるように……」
「はあ? なんで探偵部とこの神聖な園芸部の部室をシェアしなきゃならねえんだよ! 植物探偵団はあくまで書類の上だけの話だろ? てめえはどうせ寝っ転がって下らないアニメ見てるだけなんだから、部室なんて便所か屋上で十分なんだよ」
船出から既に転覆しそうな呉越同舟だった。
「ところで糸川君、ちょっと気になったんだけど」
非建設的な口論の様子をうんざりしながら眺めていると、夕菜がまた恐る恐る声をかけてきた。
「どうしました、夕菜さん?」
「あのね、新しい団体なんだけど、顧問の先生はどうするのかなって」
「……あ」
やばい、すっかり忘れていた。『部室の使用には、4名以上の団体である事と、監督する顧問が付いている事が必須だと自治規約で定められています』という瑠璃の言葉が、脳内で再生される。どうするか考えないと……。
「『名探偵ポアロ』を下らないという発言を、今すぐ撤回しなさい!」
「何度でも言ってやる、ポアロだかピエロだか知らねえが――」
不毛な喧嘩を止めることの方が先のようだった。
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