第六章 亡霊 ガルム・ワーゲン

 ガタン! リリトはベットから落ちた。

 いつのまにか寝ていたようだった。

「痛っ……ナナぁ」

 リリトは辺りをきょろきょろと見渡すが、ホテルの部屋には自分しかいない。

 髪の毛を後ろに括ると、リリトは制服に袖を通した。出された宿題をしながら、 バイキングで朝食を食べる。

 パンケーキを二十枚くらい食べると、エスプレッソを飲んで、ホテルを後にした。

「リリトちゃん、行ってらっしゃい」

「行ってきまーす」

 明るいリリトはフロント、清掃のおばちゃん、ホテル内にいる人々に好かれていた。

 朝の7時にホテルを出て、リリトは学校へと向かった。今日は陸緒と学校へ行く約束をしていた。

「あっ、陸緒! 陸緒ぉ! おはよー」

 陸緒の家の前で、陸緒を見つけると、リリトは名前を呼びながら、陸緒の元へ走った。

「おはよう。リリト」

 リリトは陸緒の腕に両手で抱きついた。

「へっへぇ」

 べったりと陸緒に寄り添って、リリトは正門から学校に入った。それはもう彼氏にベタ惚れの彼女のようにまわりからは見える。

「あっ、リリトさん! バスケやってく?」

「今日はいーい!」

 リリトはそう返答すると、陸緒を音楽室に誘った。

「音楽室? ここに何があるの? リリト?」

「いいから、いいから」

 リリトは音楽室の扉を開いた。

「めぐ!」

「リリトさん、来てくれたんだ」

 めぐは陸緒を見て会釈した。

 陸緒も慌てて頭を下げる。

「リリトさん、今日は何が聴きたい?」

「トルコ行進曲!」

 リリトは自分と陸緒の分の椅子を用意すると、高槻めぐのピアノに聞き入った。陸緒がふと、リリトを見ると、リリトはバイオリンを弾くような動きを見せていた。演奏が終わると、二人は拍手した。それに頭を下げるめぐ。

「めぐの演奏を聴くだけでも学校に来る価値があるな」

 リリトは目を見開くとそう言った。

「リリトさん、褒めすぎだよ」

 腕を組むリリトに笑うめぐ、ホームルームの時間ギリギリまでめぐと話した。

「それじゃあ、時間だから」

「うん、また聴かせてくれよな!」

 手を振り、リリト達はめぐと別れた。

「二年生の先輩ともリリト知り合いなんだ」

「二年生? めぐは年上なのか?」

 陸緒は頷くと答えた。

「ほら、僕達の校章は赤でしょ? 高槻先輩の校章は青だったから」

 リリトは自分の校章を見て、成程と頷いた。教室に向かうと、リリトは大きな声で挨拶した。

「おはよー」

「リリト、おはよー、伊万里くんも」

「リリトちゃんおはよう!」

 他の生徒達にとってはなんでもない一日、リリトにとってはかけがえのない一日がスタートした。

 四限が終わるとリリトは陸緒に学食へ行こうと誘うが、リリトの前にお弁当箱を二つ置いた。

「お母さんがリリトの分もお弁当作ってくれたから、一緒に食べよ! 口に合うか分からないけど」

 教室で昼食を取るリリトの所に複数の生徒が集まる。

 リリトは陸緒の母が作った弁当を開けた。

 綺麗に盛られ、見た目でも楽しめるそれに、リリトは声を上げた。

「おぉ、すごい! 食べるのが勿体ないな」

 楽しそうにしているリリトに、一人の女子が一枚のチラシを出して話しはじめた。

「ねぇねぇ、今年の花火大会は、夏休み前の土日なんだよ。皆で行こうよ。男子も連れてさ」

「花火大会?」

 リリトは不思議そうに、そのチラシを見つめると呟いた。

「お祭りだよ。色々、出店も出て楽しいよ。浴衣着てさ」

 日時は一週間後の夏休み、5日前だった。

 生徒達は楽しそうに花火大会の話しをしていた。

 授業が終わり、陸緒を家に送るとする事もないのでリリトもホテルに戻った。

「リリトちゃん! 荷物届いてるよ」

 ロビーの女性がそう言うと、リリトに大きな荷物を渡した。

「ありがとう」

 リリトは部屋でそれを開けると、黒いヴァイオリンが中には入っていた。

 学校でめぐと演奏をしようと思ってゼッハに送ってもらうよう手配していたものだった。音を確かめて頷くとそれをしまう。


                    ★

 

 五日という時間が経つのはあっという間で、リリト達は今晩の夏祭りの事で盛り上がっていた。

「リリトの浴衣は私が貸してあげるね」

 クラスメイトの女子にそう言われ、陸緒に他の女子が言った。

「伊万里くん期待しててよね。リリトすっごく可愛くしてあげるから」

「うん、期待しててくれよな陸緒」

「えぇっ、ははっ」

 苦笑する陸緒。

 その時、教室の扉が開いた。

「リリトちゃんはいるか?」

 背の高い上級生が、リリトを尋ねに来た。

「若槻先輩じゃん」

 学校でも人気の先輩が、リリトを今日の花火大会に誘いにきた。

「しょーた。すまんな。今日は、私は皆と花火大会に行く。だから、お前も一緒に来るか?」

 リリトと二人っきりになりたかった翔太は曖昧に頷くと戻っていく。

 みんな今日の夏祭りの事で頭が一杯で、殆ど授業を聞いていない。

 就業のチャイム。

「やっと終わった」

「じゃあリリトは私の家で浴衣に着替えてから神社で合流ね。伊万里君達は先に待ってて」

 何人かの男子がリリトと一緒に神社まで行きたいと言うが、女子が笑って我慢しろと言い、しぶしぶ諦める。

「んじゃあ先帰るか」

 陸緒も家に帰って着替えようと足早に下校する。

 リリトと何を食べようかなとか、浴衣姿のリリトは可愛いんだろうなとか、そんな事を考えていた時、陸緒の前に黒い大きなバイクが停車した。

「伊万里陸緒だな?」

 精錬された楽器のような綺麗な声、されど感情を感じないような寂しい声だった。

「うん、そうだけど」

「お前はゴーレムを釣る餌だ」

 そう言うと陸緒の水月を突き気絶させる。

「んっ……」

 陸緒が目を覚ますと、そこはカビの匂いがする鉄臭い建物の中にいた。この空間内に気配を感じる。

 同時に陸緒は自分が今誘拐されたという事を感じ取っていた。

「誰? なんでこんな事をするの?」

 カツカツとブーツの音が響く。

 フルフェイスのヘルメットに黒いボディスーツ。身体のラインからそれが女である事が見て取れた。

 ゆっくりとその人物はメットを取る。

「……リリト?」

 メットから露わになった顔は陸緒の知るリリトそのものだった。ただ全く違う点が二つある。肌の色が濃く、両眼とも琥珀色。

「そうだ。俺のこの顔は忌々しいゴーレムの顔だ。そしてお前はあのゴーレムをおびき出す為の餌だ。それまでは殺さずにいておいてやる」

「リリトに何か怨みでもあるの?」

 そう言う陸緒の首を片手で絞める。

「うっ……」

「あるさ、俺のパパは俺を作って、俺にゴーレムを破壊する事を願って死んだ。俺には姉様達がいたらしい。それもみんなあいつが殺した。これは復讐だ」

 美しい顔を歪めてそう言うリリトにそっくりな人物に陸緒は聞いた。

「君は誰?」

 その一言にリリトに似た人物は答える。

「俺は合成有機生物、オレイカルコス。その名をガルム・ワーゲン」

「ワーゲンって、科学者の?」

 陸緒の反応に驚いてガルムは言う。

「パパの事を知っているのか?」

「昔話だけどね。三人のワルキューレを作った人だって」

 陸緒が子供の頃の入院中にゼッハに聞いた人物の事だと確信した。

 ゼッハの話ではワーゲンはブリュンヒルデに襲われ倒れたと聞いたが、それ以降の事はゼッハは語らなかった。

「おいお前、パパの知っている事みんな話せ!」

 陸緒は深呼吸をすると頷いた。

「分かったよ。僕の知っているリリトの話を教えてあげるよ」

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