第五章 決着……そして
「逃げるつもりですか?」
ブリュンヒルデも同じ穴から外に出ると、そこにはリリトの姿があった。
「どういうつもりですか?」
「ブリュンヒルデ、最後の勝負です。これだけは使いたくなかった。はああぁあああ!」
リリトの黒髪の一部に白いメッシュが入る。
その姿に恍惚の表情を見せるブリュンヒルデ。
「やっぱり、貴女もワルキューレの力を使えるのですね?」
「これはワルキューレの力なんかではないです。命を削り、兵器になる為の力です」
そう言うと、リリトは腕の傷を再生させ、ブリュンヒルデに突進した。
「パンツァー・ファウスト!」
ブリュンヒルデの腹部に高速の掌底を叩き込む、以前は一撃必殺の如く、ブリュンヒルデを追い詰めた技だったが、今の彼女は口元から余裕が見れた。
空に浮いた身体に、さらに追撃をかけた。
「ケーニッヒ・ティガー! ティガーツヴァイ!」
二連撃の正拳突き、その手を引き両手で抜き手を放つ。
「ミドガルド・シュランゲぇ!」
ブリュンヒルデを突き飛ばし、リリトの髪は黒髪に戻っていた。
自身の力の限界、今の攻撃では、ブリュンヒルデを倒しきれていない事は攻撃をしたリリトが確信していた。
リリトは周りを見渡し、近くにブリジットの単車を見つけた。
そこにあるRPGを取り出し、狙いを定めた。
「この一撃で、全てを決めます」
いくら自己再生出来る能力があったとしても、対戦車ロケット弾の火力で、生き残れる生物はこの世にはいない。
最悪、レギンレイブに対抗する手段として残していたが、人間に使う事は出来なかった。
だが、今は生き残る為ではなく、ゼッハを守る為に、人間を止めたブリュンヒルデを殺す決意をした。
自分が死ねば、間違いなくブリュンヒルデはゼッハを殺す。
それだけは止めなければならない。
リリトは目を見開き、引き金を引いた。
大きな爆発、一瞬にして周囲の音をかき消す。
別館の一部を中破させ、炎が燃え上がり、黒い煙が上がった。
「終わった……」
色んな事を考えた。
これからどうしようか?
そうだ。ゼッハに何か暖かい物を作ってやろうと思った。
そして、竜巻のような風が巻き起こり、炎と煙がかき消される。
リリトは涙が出た。
(……どうして?)
もう生きてゼッハと会えない事を覚悟する。
近代兵器を破壊する為の火力を受けきるタフネスを持ったブリュンヒルデを倒す方法をリリトは持ち合わせてはいなかった。
それでも、少しでも、ゼッハ達が逃げる時間を稼ぎたかった。リリトは捨て身の突進をする。
「うわぁああああ!」
七本の触手を失い、鎧を大破させながらも、ブリュンヒルデは笑っていた。リリトの攻撃を受けながら、残った触手でリリトに攻撃をしかけた。
刺さった触手からおかしな感触があった。
「力が……抜ける……」
ブリュンヒルデはリリトの血液を吸収していた。
「これは……これは、すごい」
リリトは最後の力を振り絞り、触手を引き抜いた。
ブリュンヒルデは、鎧と触手を再生させ、完全な姿を保っていた。
「力もスピードも以前を遙かに越えている。これが、第三帝国の力」
ブリュンヒルデは触手を使わずに、自らの手でリリトを攻撃した。
「リリトさん、せめて私の手でヴァルハラに送って差し上げます」
リリトの左目にブリュンヒルデは指を突っ込み、かき回した。
「うぁあああああ!」
リリトも我慢できない激痛に悲鳴をあげ、再生する体力も失われていた。
リリトは死ぬ事より、ゼッハを守れない事が悔しかった。
こんな時に、もう一度ゼッハを見たかった。
会いたかった。
抱きしめたかった。
そして……諦めた。
「さようなら、リリトさん」
「やめろー! リリトをこれ以上いじめるなぁ!」
リリトの目の前には、ゼッハが両手を広げて、自分を守ろうとしていた。
「ゼッハ……いけません! 何で?」
遠くからアーベルが、何か叫びながら走ってくる。
「リリトはずっと一緒、いつも守って貰ってたもん。次は私がリリトを守るんだ!」
リリトはゼッハに手を伸ばした。
全てがスローモーションのように見えた。
手が届くその時、ゼッハがブリュンヒルデの触手に突き飛ばされた。
「あっ……ゼッハ……嫌っ…」
リリトはゼッハの元にゆっくりとかけより、ゼッハの手を取る。放心するリリトに、到着したアーベルもゼッハの脈を取り、首を横に振った。
「ダメです。ゼッハ、死んではダメです!」
自分の手首を噛み切り、その血をゼッハに口移す。
「起きてください。嫌です。私を独りにしない、で……嫌ぁああああ!」
叫ぶリリトに、優しくブリュンヒルデは言った。
「その娘は勇気ある行動を見せました。ヴァルハラに逝けた事でしょう」
リリトは力なく立った。
小刻みに震えるリリト。
「ブリュンヒルデェエエエ! お前は、お前だけは殺す。アオオォォォォオン!」
獣のような叫び声を上げリリトの髪は真っ白に染まり、褐色の肌から色素が抜ける。
潰された左目は蒼い色で再生した。
「神の領域に到達したのですね。リリトさん?」
リリトは自我を失い、ブリュンヒルデに攻撃した。
「私の攻撃は貴女に届きます。そして、貴女の攻撃もまた、私に届く。さぁ、どちらがヴァルハラに逝くのか決着をつけましょう」
リリトは理性を失った中で、違う物が見えていた。
倒れたゼッハに黒いもやがかかる。
それは何か危険な物のような気がした。それを取り払わないといけない。だが、ブリュンヒルデをどうにかしないと、ゼッハの元にはいけない。
その時、ゼッハの黒いもやが散る。
『メイド長、お嬢様は私達が見てるから』
『大丈夫!』
そこには、もうこの世にはいないハズのブリジットとレギンレイブがいた。二人は笑っていた。そこでリリトは意識を取り戻す。
そして、攻撃する手を止める。
「ブリュンヒルデ、私はお前が許せない……」
「だからこうして戦っているのでしょう? 天使と悪魔、元は同じだけど、違う者」
「ブリジットが命を捨てて、ゼッハの為に道を開き、レギンレイブが命をとして、ゼッハを守ってくれた。そんなゼッハを、私は守れなかった。そんな私が一番許せない。お前の言う通りだ。私は人になる為に化け物になった。お前は化け物になる為に人を辞めた。私達は似て非ざる者だろう。だが、私とお前が逝くのはヴァルハラじゃない!
リリトは右の中段突きの構えを取った。
「リリトさん、貴女から凄まじい力を感じます。最後の一撃というやつですか? それなら、私もこの一撃に全てを込めましょう」
八本の触手を束ね。巨大な槍を作り上げた。
「我、ジークフリートを持ちて宵闇の魔女を討たん!」
リリトはそれに合わせるように、槍に自身の拳を重ねた。
「私が悪魔や魔女だと言うのならそれで構いません。お前を殺す力があればそれでいい。だから私はカノン砲になります。これが私の最後の、命を込めた一撃です! グスタフ・シュべーレ!」
ブリュンヒルデの槍にヒビが入る、八本分の硬度を持つ槍を粉々に砕き、ブリュンヒルデの胸にリリトは拳を叩き込む、地面に大きな溝ができ、大地が揺れた。
ブリュンヒルデはステンドグラスに月の光で映った自分とリリトの影を見た。
「……美しい。リリトさん……貴女……ワルキューレみた…」
ブリュンヒルデの肉体が、乾いた土のように崩れていく。
「ブリュンヒルデ、これが、その力を使った者の末路です。いくら血の補給をしても、半日持たないんです。人間がその力を使うと……」
リリトはゆっくりと、ゼッハの元に戻る。
「リリト君、手当を……」
「アーベル様、私はもう長くありません。数年か、数ヶ月の命です。ですが、ゼッハだけは、私が助けます。屋敷にある
「それでは……」
「私に永遠に明日が来ない事で、ゼッハが明日を生きれるなら、私は明日なんていらない」
アーベルは、ゼッハを抱えるリリトの前に立った。
「ゼッハが生き返っても、君がいなければ、ゼッハは悲しむぞ?」
優しく笑い、リリトは頭をかいた。
「ゼッハは私をお母さんみたいって言ってくれたんです」
「えっ?」
「お母さんみたい。ふふっ、それだけで十分です。でも、泣かせてしまったら、かわりに謝ってください」
アーベルは崩れ落ちた。
「私のせいで……心の弱い、私の……」
リリトは別館の穴を通ると、階段を登った。さながら生贄の祭壇に向かうように……
レギンレイブの亡骸。
そして、カプセルの前に誰かの血の跡があるが、そこには死体はなかった。
「ゼッハ、貴女に貰ったこの命、貴女にお返しします。シンゲン様、まだゼッハを貴方の元へは逝かせません。代わりに私が逝きます」
機械を起動させる。
壊れているのか、全く反応しない。
「くっ、神よ。たった一度でいい。奇跡を起こしてみろ。頼む……シンゲン様、エリー様」
動かない機械を軽く叩いたその時、青い光を放ち、機械は起動した。
左のカプセルにゼッハを入れ、右のカプセルに産まれたままの姿で、自分が入った。
「次、産まれ変わっても、貴女の犬でいたいです。そしたら……沢山甘えますからね」
ゼッハを愛おしく見ながら、リリトは青い光の中に吸い込まれていった。
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