3×4‼ ―― 3 slots × 4 for wars ――

音寝 あきら(おとねり あきら)

【1】星見の山

【プロローグ 港の公園にて】

港の公園にて、遠塚 文緒は、この宇宙(ストーリー)を、聞いた

 水は、人を引き込む魔力がある。海を見ていると、時々そう思います。空をゆらゆらと映す水面に人は魅入られ、吸い寄せられそう……

 今、わたしは公園の片隅、海に張り出したテラスにいます。今日は高校の卒業式、お友達と待ち合わせをしているのです。海と言っても『内港ないこう』と呼ばれる、三方を港に囲まれた小さな水の領域、すぐ目の前には桟橋、そして桟橋の先には向こう岸が見えます。ここは『内港北ないこうきた公園』という、文字通り港に面した細長い公園です。桟橋を離れたタグボートが一隻、港を出ていく。遊歩道ではおじいさんが散歩している。朝のすがすがしい中に、水だけが妖しい光をたたえている。眺めているわたしに、風が吹き付ける。もう春だというのに、風はまだ冷たい。


 思い起こせば、平穏無事に済んだ高校三年間でした。平穏と言っても何もなかったわけではなく、ささやかながらも日常にはいろんな出来事が起こって、とても楽しく過ごしてきました。

 だけど、時々思う。


 ―― 本当に、そうだったのでしょうか ――


 わたしは何か忘れている……?

 仲良しのお友達が、誰も傷付かず、転校せず、留年せず、退学せず、入院せず、殺されず、殺さず、そして愛し合っているのに、親友なのに、憎み合ったりしなかった?

 違う、気がする。

 わたしとお友達にはそのような、いろんなことがあったから、親友をゆるし、仲間を助け、励まし合い、信じ合って、他の誰にも負けない強い絆を作った。―― 何故かそう思えるのです。

「あまり水を覗き込むと、引き込まれてしまうぞ。

 水は、そういう衝動に逆らえない存在なのだ」

 突然声を掛けられて、そんな、お伽話とぎばなしめいたことを言われました。でも、わたしの空想と同じだ。

 振り向くと、そこにいるのは凛とした雰囲気の長身の黒づくめの女性。顔は分かりません。だって闇に覆われているから。凛とした雰囲気だなんて、わたしはどうしてそう思ったのでしょう? 体型? 姿勢? 違う気がする。多分、容貌と表情。顔が見えないからそんなはずはないのに、どうしてもそうだとしか思えませんでした。この人は一体……?

 長く慣れ親しんだ人のように感じました。でもきっと初対面なのでしょう。

文緒ふみおくん、何か想うことでもあるのか?」

「わたしには……忘れてしまった記憶があるのかな?」

 どうしてこの人にそんなことを打ち明けたのか、自分でも分かりません。でも、そうすることが自然であるように思えたのです。

「『忘れた』か。言い得て妙だな」

 何故かその人、『スクールマシュ』さんはおかしそうに笑いました。

  ……あれっ? わたし、どうしてこの人の名前を知っているの?

「しかし、それは間違いだ。この宇宙には、そのような過去はない」

「『この宇宙』? それって別の宇宙があるってこと? 平行世界パラレルワールド?」

平行世界パラレルワールドではない。別の宇宙だがな。そして異なる宇宙の同一人物は別人だ。別人と記憶が連結リンクすることはあり得ない」

「そうなの? もう一人の自分と同じ記憶とか、あってもよさそうなのに」

「ないな。別の宇宙の同一人物カウンターパートあるいはかつて同一存在アイデンティティから分岐したもの。それらの間に因果律の糸が繋がっている。そういう発想を『呪術的思考』というのだ。『非合理的』とはっきり言った方が早いか。西洋魔術に多いが、日本の『丑の刻参り』も典型的な例だ。


『人形は人の形、つまり呪う相手の形をしている。そして相手の髪の毛、かつて相手の一部で、今はそこから別れたもの。ならばその藁人形に五寸釘を打てば、同じ形をした相手は、その髪の毛が分かたれる元だった相手は、同じ影響を受けるに違いない』


 そういう発想が『呪術的思考』だ。だが実際にはマンションの七〇五室の住人が引っ越ししても、別のマンションの七〇五室の住人も引っ越しするわけではない。一つのりんごを二つに割り、一方を焼きりんごにしても、もう一方も焦げるわけではない。過去の時代や別の宇宙でもう一人の自分に会ったとて、それを起因とする消滅など起こらない。

 とにかく、同一人物だからと言ってそれを原因として別の宇宙の君の記憶を、ここにいる君が持つことはない。

 そして君は『忘れた?』と聞いた。『忘れる』とは記憶を『失った』のではなく『見失った』のだ。失ったものは戻らないが、見失ったなら見付ける=思い出すことも可能だ。もっとも『忘れた』というのはあくまで比喩メタファー。具体的に言うと、私は親友の頼みで一つの宇宙を創った。それを別の宇宙に同期させてコピーとした。双子の宇宙になったわけだ。実を言えば、この宇宙の方がコピーだ」

 大変です! わたしのいる、この世界、スクールマシュさんが創ったそうです。

 後、全然具体的じゃないです。漠然としすぎて分かりません。

「とは言え、わずかに違いがある。この違いこそが重要なのだが。そしてこの世界の君の周り、藤林ふじばやし 茅汎ちひろ喜屋武きゃん 美依乃みいのたちにはもう一つの宇宙での記憶を持たせている。彼らはあの宇宙ストーリーでの役者プレイヤーだったからな、当然の権利だ。そして残りは君や藤林ふじばやし 優弧ゆうこ、山田 桜など数人だ」

 わたしと優弧ちゃんと桜ちゃん?

「君の周りの九五人は役者プレイヤーだった。しかし君たちだけは違った。観客リーダーだ。だからこれはある意味、読者リーダーである君たちのための物語ストーリーなのだろう。だから君たちにも、あの宇宙ステージでの記憶を持つ権利がある。だから君たちの脳にも向こうの宇宙ステージでの物語ストーリーを書き込み、それを閲覧するための検索鍵を半ば壊したのだ。つまり、物語ストーリーは君の脳の中では『忘れた』のとほぼ同じ状態になっている。思い出しそうで思い出せないのは、そのためだ。

 さあ、どうする? 君が望むなら検索鍵を修復し、役者プレイヤーたちと同じ物語ストーリーを共有させよう。ちなみに、優弧くんと桜くんは物語ストーリーを得ることを選択したぞ」

「わたしは……」

「今、結論を出すことはない。私がここを去った後、君は私と経験した一切の出来事を忘れることになる。次に私と逢った時、そのすべてを思い出すことになろう。その時、結論を出せばいい。とりあえず、少し見てみないか? では、検索鍵を一時的に修復しよう」

 途端に周囲が暗くなりました。無数の星々が輝いています。これ、夜空じゃない。宇宙だ!

 小惑星のような天体の上に、わたしの友達がたくさん乗っています。立っている人や座り込んでいる人、みんなボロボロで疲れ果てています。


「もう、無理……」

 小惑星の上、へたり込んだように座った詩愛しあちゃんが弱々しくつぶやきました。

「さすがにこれは……私も打つ手が思い付かないな」

 いつもしっかりしている雪玲シュエリンさんまで、仁王立ちしたまま否定的な意見。

「やっと、ここまで来たのに!」

 紗依さよりさん、悔しそう。誰もが打ちひしがれています。動く気力もないようでした。

「ぷっ」

 誰かが突然、吹き出しました。ここの雰囲気に、あまりにも場違い。

「あっはっは!」

 笑っているの、茅汎くんだ! 一体どうしたの?

「どうした茅汎、大丈夫か?」

 怪訝な表情で陸堂りくどうくんが訊ねました。そりゃあ、そうだよね。

「なんだよ、そういうことか!」

 茅汎くんだけが、みんなと違って明るい表情です。

「何だ茅汎、もしかして奴を倒す方法が見付かったのか?」

 実啓琉みけるくんが、期待を込めて茅汎くんに声を掛けます。

「日本には素晴らしい言葉がある!」

 実啓琉くんの顔が、希望から懐疑に変わりました。

「『諦めたら負けだ!』 逆に言えば『諦めない限り負けじゃない!』」

 途端に実啓琉くんも、他のみんなもガッカリ。

「ここに至って精神論か? お前はアホか!」

 実啓琉くんの言い分もごもっとも。

「ふっ」

 茅汎くん、怒られたのにドヤ顔? 何だか楽しそう。茅汎くんが頼真らいまくんみたい。

「茅汎、状況が分かっているのか?」

 雪玲さんが厳しい表情でとがめました。

「ああ、ごめんごめん。言い方が紛らわしかった。俺が気付いたのはもちろん精神論じゃない、戦術タクティクスだ。これが勝敗を決する『鍵』だってこと。あいつはずっとゲームを続けているのに、俺たちが投げ出しちゃ駄目だよな?」

 そう言って茅汎くんは虚空に浮かぶ『敵』、すべての始まり、そして元凶に向き合いました。

「『3×4』か。三つのキーと戦争の四、なるほどな。それじゃ、今から三つの問いをする」

 茅汎くんの言葉を受けて『敵』が答えます。

〈良かろう。問うのはなんじの自由。だが答えるか否か、それを決めるは我なり〉

「違うな。答えるかどうか、決めるのはお前じゃない。俺だ。答えるべき問い、答えるべきじゃない問い、どちらかは俺が決める」


 ああ、そうだ。

 これは絶望と、

 そして希望の物語ストーリー


 みんなの中心になった茅汎くんがあの宇宙ステージで、この物語ストーリーを始めて、

 そして、この物語ストーリーを終わらせた。

 すべては茅汎くんがパートナーの少女と出逢った公園から。

 そう、今わたしがいる、この内港北ないこうきた公園から……

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