異文化交流(森を旅立った直後)

「ソラトは火を、連れてこれるの?」

 火打ち石と火打金を打ち合わせていると、目覚めた少女がおずおずと問いかけた。

 森を出て三日目の夕方、控えめで口数の少ない少女から出た貴重な問いかけである。が、ソラトの頭に浮かんだのもまた疑問符だった。

「『連れてくる』……?」

「ソラトがそうやって石を鳴らすと、火がやって来るから」

 なんとも不思議な表現であるし、彼女からすると自分は石を打ち「鳴らして」いるように見えるらしい。

「違う。ちょっと、よく見てて」

 火種になるほぐした縄の上で、一度、二度、石と金属を強く早く擦り合わせる。まだ日は暮れていないが、目視に足る明るい火花が二、三散った。あ、とハフリが驚いた声をあげる。一つがうまく着火し、小さな炎になった。消さないように、手で空気を送り込みながら説明する。

「これは火を『起こし』てんの」

「起こす」

「そう」

「目覚めさせる、ってこと?」

「んー……」

 どうにも、ソラトにとっての火とハフリにとっての火には、何かしらの認識の違いがあるようだった。ソラトにとっての火は、光や暖を得たり物を焼いたりするための「道具」だ。しかしハフリは、どうにも火を人や生き物のように扱っているような気がする。ソラトは勢いを増した炎に木の葉をくべ、頭をひねった。

「歌鳥の民は、火が必要な時にどうしてるんだ」

「お連れするの、洞窟から」

「お連れする?」

 お互い目を合わせてまばたきする。ここでようやくハフリも、自分とソラトの違いに気が付いたようだった。彼女は目を伏せてしばし考え、ぽつぽつと言葉を紡いだ。

「ずうっと昔から、火は洞窟にあるの。火守の人たちが、絶やさないよう守ってる」

「へえ」

 まったく想定していなかった答えに、ソラトは思わず身を乗り出した。ハフリの表情は真剣そのものだ。

「火は太陽の欠片なの。森が温かくて実り豊かなのは、洞窟の火の加護のお陰。火は儀式の時と……病気の時だけ、特別に分けていただく」

「それって、肉とか食べる時はどうしてんの」

 遊牧の民である山烏の食事は圧倒的に肉が多い。火は必要不可欠だ。

 にく、とハフリは意味をたどるように音を転がして、

「ええと…赤い血の通うものはお祭りの時だけ食べるよ」

「え。じゃあ普段なに食べてるの」

「果実とか、木の実とか」

「果実」

 それこそ草原ではめったにお目にかかれない食料だ。森の豊かさを実感すると同時に、不安にもなる――この少女は緑の失われた、実りの乏しい草原で生きていけるのか。自分は、彼女を森から連れ出した選択を、取り返しの付かない形で悔いることにならないか、と。ぶかぶかの外套からのぞくハフリの華奢な手足が、さらに不安を駆り立てる。

(今からでも、返した方が)

 ふいに、ひそめた、けれども軽やかな声が耳をくすぐった。たき火に手をかざしたハフリは、まなじりをゆるめてほほ笑んだ。

「火って、近寄りがたくて怖いものだと思ってたの。でもこんなに、やわらかくあったかいんだね。森より空気が冷たいから、わかるのかな。きれいだね」

 ハフリの白い肌を火の橙が縁取り、淡い金髪があかがねの色に染まる。大きな深緑の瞳の中で、炎が花のように揺れている。

「ソラト?」

 首をかしげるハフリにソラトはただ「ああ、きれいだな」と呟いた。そんな夜の一幕。

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