恋をしようよ(めかしこんで)
※ ※ ※
やはり、人の心など、わかりようがない。
手を伸ばしても、届きはしない。
触れたいと願うたび、その手には傷が増えるだけ。
でも、伸ばさずにはいられないのだ。
自分の心だって、わかりはしないというのに。
※ ※ ※
「納涼浴衣祭ライブ熱帯夜」当日。観客の八割ぐらいが浴衣姿で集まっていた。正確には甚平や作務衣、
オープニングはピンクアブラウオ。プログレとスラッシュメタルの影響を色濃く感じさせるバンドで、執拗なまでに繰り出されるリフの嵐と、変態的な変調と転調を繰り返すことが特徴だった。しかし、楽曲自体はキャッチーでメロディアスな曲が多く、一部の熱狂的なファンには強烈に支持されていた。「ポップとはわかりやすいこと」を信条とするシーナにとって、複雑で難解な展開を好むピンクアブラウオは対極に位置する存在かと思いきや、意外にもシーナは彼等を気に入っていた。今もフロアから興味津々の熱視線をステージに送っている。
変幻自在なボーカルと切れ目のない重低音、鋭く尖ったノイジーで図太いギターサウンド。観客のボルテージは跳ね上がり、バンドのパフォーマンスはさらに冴え渡る。ジャズやフュージョンを思わせるテクニカルなナンバーを演ったかと思えば、スリーコードの爆音爆速ナンバーを織り交ぜてきたりと、とにかく多彩なレパートリーを披露していく。
「相変わらず凄いねぇ、アブラウオは」
バーカウンターで一緒に観ていた辰生が独り言のように呟いた。続けて「全員変態だけどな」と口の端を少しだけ吊り上げてみせる。
「変態度合いではウチも負けてないって」
隣に座って指でリズムをとっていたユージが、にやにやしながら応じた。
「まぁ、俺はそこに含まれませんけどね。熊猫パンチドランカー唯一の良心ですから」
晶良はふんっと得意げに鼻を鳴らす。
「一番のヘンタイがよく言うよ。アッキーはバンドに関わる女子へのセクハラをいい加減やめたまえ。まったく」
「いや、どっちがですかっ!? 辰生さんなんて、仙波の胸をどうやったら揉めるかとか、この間からずっとそればっかじゃないですか!? さっきだって触る寸前でしたよね!?」
開場前に行われたリハーサルの時に、燈子にちょっかいを出していた辰生の姿を晶良は思い出す。
「当然だろ。あんなエロいのスルーできるわけがないっ! どうにかしたいと思うのは極めて正常だっ! 健全だっ! 本能だっ!」
「あー、変態度合いって性的な意味じゃなかったんだけどねぇ……。まぁ、いいか。って、ちゃんと観てろよ二人とも」
やれやれとユージがため息混じりに顎をステージの方へとしゃくる。
フロアは凄まじい熱気に満たされて、黒い人の塊が絶え間なく蠢いていた。ピンクアブラウオのライブパフォーマンスは完成度が高く、終わりまでテンションを保ったまま一気に駆け抜けていった。フロアのあまりの盛り上がりぶりに、晶良はこの後はちょっと演りづらいと、思わず苦笑を洩らしてしまった。
楽屋では既に着替えを終えた熊猫パンチドランカーの全員が、今や遅しと出番を待ち
シーナは銀髪のサイドテールに、青地に琉金が描かれた涼やかな浴衣姿。辰生は黒地、晶良は紺地の浴衣で、足回りがプレイに影響するユージは作務衣姿だった。全員、揃いのたすき掛けで、準備は既に万端だった。
シーナは缶のエビスビールをグイッと煽ると、一拍おいてゴクリと静かに飲み込んだ。さすがのシーナでも緊張するのだろうか。晶良はミネラルウォーターのペットボトルを唇に当てたまま、その様子を眺めていた。同じくビールを煽っていた辰生はまったく緊張の気配もなく、楽屋の出入り口の隙間からフロアの女の子を物色している。
「アッキー、アッキー。あの一番前のピンクの浴衣の娘、かわいくねぇ? んー、C!? いやDはあるか!? どー思う? アッキー隊員?」
「……隊員ってなんですか? あ、ホントだ、かわいいですね」
「我々はおっぱい探検隊だろ? アッキー?」
「……ちがいます」
「Eだ。間違いない」
ユージが晶良の背中に乗りかかりながらフロアを覗き込んで断言する。
「燈子ちゃんと同んなじだよ、アッキー」
そう付け加えるとユージは晶良に優しい笑顔を向けた。
「いや、なんで仙波が出てくんですか!? ってか、なんで知ってんですかっ!?」
「いやー、彼女、脱いでも凄いんだよねぇ――」
「えっー!?」
晶良と辰生が目を見開いて驚愕の声を上げる。
「――たぶん」
ユージが真顔で平坦にそう付け加えると、
「おまえが言うと冗談に聴こえねぇーんだよっ!」
辰生がキレ気味につっこむ。それと同時に、晶良も無意識のうちに安堵の胸を撫で下ろしていた。
「ほら、あんたたちー、そろそろ出るわよぉ」
三人の恥態をよそに、どこから持ち出したのか、狐の面を手にしたシーナが呆れた様子で促してきた。
「おしっ! いっちょいきますかっ!」
辰生が自分の頬をぴしゃりと叩いて気合いを入れると、その場の空気が一気に引き締まる。
「んじゃ、みんな。ショーのはじまりよっ♡」
熊猫パンチドランカーのステージのはじまりだった。
SEが鳴り止むとフロアがざわめきはじめ、期待感が高まっていくのを肌で感じられた。照明は暗いままシーナのレスポールが鳴り響きだす。
ピロピロピロピロー! チュユーン! チュユーン!
おもちゃの光線銃だった。ギターに押し付けられた光線銃の電子音を、ピックアップが拾ってスピーカーが鳴らす。同時に光線銃の赤青黄色をしたチープなライトが暗いステージに点滅する。徐々にフィードバックが始まり、音圧が高まっていく。空気が震えだしたその時、照明が一気に煌々とステージを浮かび上がらせた。
ステージの中央。狐面を被ったシーナが光線銃をフロアへ投げ捨てると、ユージのタム回しが始まった。その間にシーナは狐面を斜めに被り直すと、にこっとあざとい笑顔をフロアへ向ける。そして、ギュイーンとピックをギターの弦に滑らせてピックスクラッチをすると、続いてクラッシュシンバルのカウントが鳴り響き、オープニングチューンが溢れ出るようにはじまった。
ピンクアブラウオのお株を奪うような重厚なリフがユニゾンで繰り出されると、細かい止めギメを挟んでボーカルが流れだす。無為に過ごす日常への苛立ちを、シーナの甘い声音が歌うギャップと違和感。グロテスクな感情を糖衣で包むかのようなキラキラしたポップさ。一曲目から観客をバンドのペースに引きずり込んだ。
ユージが手数の多いフレーズを繰り出して、攻撃的なサウンドを一気に盛り上げる。そのリズムと二本のギターの音色を縫い合わせるように辰生のベースが這い回る。バンドのサウンドが、ライブハウスの空間全てを水のように満たしていく。
浴衣の動き辛さなど意に介さず、シーナがぴょんぴょん跳ねながら右腕を大きく回す。そして着地と同時に叫んだ。
「カモン! ふぁっきん晶良のギターぁっ!」
晶良がクライベイビーのペダルをグイッと踏み込む。情感たっぷりの晶良のエモーショナルなプレイに、フロアの熱気がさらに高まる。すると、シーナが晶良の側に屈みこんで膝立ちになった。そして、そのまま晶良の弾いているフライングVへ顔を寄せていき、腰下にさげられたギターに顔を
そんな淫猥な行為を連想させる体勢になると、シーナは前歯で晶良のギターを弾きはじめた。歯が弦に当たるタイミングに合わせて、晶良がチョーキングを絡めたフレーズを奏でる。シーナの歯が弦に当たる度、『キャリー』のエンドピンにぶら下がった真鍮の鈴が、ゆらゆらと怪しく揺れる。その様子に、観客たちはさらにテンションを上げ、腕を振り上げてフロアを跳びはね回る。バンドが完全にフロアのエネルギーを掌握していた。
そんなセクシャルなパフォーマンスに区切りをつけると、シーナは勢い良く立ち上がり、晶良とのツインリードでハーモニーをプレイしはじめた。HR/HMへのオマージュのように、一糸乱れぬメロディックなフレーズを奏でていく。すると、そこへ辰生も加わってきて一緒にハモりはじめる。三人はギターとベースのネックをフロアへ向けて立てるように構えると、揃ってヘッドバンギングをしながらハーモニーを重ね合わせた。
そんな三人のパフォーマンスによって、観客は一層沸き立ち、同じようにヘッドバンギングをしはじめる。そして、最後のキメがくると、シーナはバスドラムに脚をかけて高く飛び跳ねた。大きく身体を反らして、しなやかに滞空するシーナ。響き渡る歓声。煌めく照明の光り。次の瞬間、シーナが着地するのと同時に、バンドの音が一斉に打ち鳴らされる。興奮の一曲目が盛大に終わりを迎えた。
次にシーナがシンプルなギターリフを激しく掻き鳴らして、チープトリックの『He's a Whore』をはじめる。リズムに合わせてフラッシュするライティングが、更に観客の興奮を煽る。
激しいリフにポップなメロディを乗せて『あいつは男娼、俺は淫売』と、シーナが宙空の一点を睨みつけてシニカルに歌う。リズムの間を埋めるように晶良と辰生がフィルインを交互に挟み、ユージのストレートなドラミングが独特のグルーヴを生み出す。
演奏が狂気を孕んだアウトロを迎えるころには、観客のテンションはピークに達していた。
そして、フロア中に熱を残したまま曲が終わると、間髪入れずにシーナが百円ライターをスライドバー代わりにしてブルースを弾きはじめた。
愛らしいキャッチャーな見た目に反して、円熟したブルースマンのような渋い枯れたプレイをシーナが披露すると、フロアの観客もダイブを止めて自然とクールダウンしていった。熱狂が静かなものへと変わると、シーナは手にしていたピックを親指で弾いて真上に跳ね上げた。ピックはキラキラとライトを反射させて頂点から落下をしはじめる。次の瞬間、シーナは落ちてきたピックを唇ではむっと受け止めると、そのままフロアへ向けて、ぷっと勢いよく吐き飛ばした。そして、オーディエンスに語りかける。
「それじゃ、リクエストを教えてもらっちゃおーかな?」
言うと、シーナは小型のハンドマイクをフロアに柔らかく投げ入れた。
「あたしが弾いてる間はどんどん隣の人に回して。ギターが止まった時にハンドマイクを手にしていた人が当たり! んじゃ、はじめるよー!」
そう宣言するとシーナは『カルメン組曲』のメロディーを独りで弾きはじめた。ハンドマイクは観客の手から手へ渡っていく。そのうちピタッとギターが止まり、手にしていた女の子が歓喜の声を上げた。彼女のリクエストにより、ディスコティックなオフビートのナンバーが演奏される。
その後も『カルメン』は続き、リクエストも続いていった。4曲目が終わり、次がリクエストの最後だった。シーナのギターが止まる。
「はい、んじゃ、いまマイクを持ってる人!」
シーナがフロアを見渡すと、後ろの方で手を挙げている女の子がいた。今日は女子率が高めだな、と晶良がそう思いながら目を凝らすと、それは見覚えのある人物だった。
浴衣姿の連雀薫が手を挙げていた。
薫にスポットライトが当てられる。周りにいた観客たちがスペースを空てくれたおかげで、ステージからも薫がよく見えた。白地に撫子柄の浴衣を着て、髪をおさげに結った薫が、ハンドマイクを構えてステージを真っ直ぐに見据える。
「……アッキーさん。いえ、烏頭晶良さん――」
薫の普段とは異なる雰囲気に、晶良は何事かが起こることを理解した。ハンドマイクにより増幅された薫の声が、隅々にまで響き渡る。
「――知らないと思いますけど……」
晶良は心臓を素手で掴まれたかのように息を飲むと、身を強張らせた。何かが来る。
異変を感じ取ったのか、フロアは水を打ったように静まり返って、さっきまでの騒音が嘘のように物音ひとつしなかった。
「わたしは晶良さんが……」
頭が痺れて視界が白んでくる。呼吸は止まったままだ。
「――好きです」
薫が言い終わると同時に、重低音の振動が臓腑を震わせた。辰生がベースで『 La Marseillaise』を弾きはじめたのだ。ユージもドラムロールで合わせてくる。ワンフレーズを弾いてお約束の箇所で演奏が途切れると、観客が一斉に歓声を上げはじめた。
指笛を鳴らし、手を打って足を踏み鳴らす。野次る者もいれば、Love、Love――と歌っている者もいた。
騒然とする周囲をよそに、晶良は事態をうまく理解できずにいた。すると、呆然と彷徨う視線の先、暗いキャットウォークに光るモノを認めた。
ビデオカメラのレンズだった。そして、それを手にして微笑を浮かべているのは――浴衣姿の仙波燈子だった。目が合うと、彼女の口が言葉を形作って動く。「がんばって」そう言うと、燈子は楽しそうに目を細めた。
――スポットライトが当たり、薫が晶良に向かって話しはじめた瞬間、シーナも心臓を素手で掴まれたかのように息を飲んでいた。何故こんなに焦燥感に駆られるのだろう。薫が言葉を紡ぐたびに、胸が締め付けられるように苦しくなる。
気が付くと晶良の横顔から目が離せなくなっていた。そして、薫の口から想いが告げられる。――あぁ、これはきっと自分も同じなのだ。どうして今まで気付こうとしなかったのだろう。全身を虚脱感が包んでいく。
――遂に思いの丈を解き放ってしまった。口から心臓が飛び出しそうだという比喩があるが、今の自分を言い表すのに最も適した表現だと思う。薫は深く息を吐き出しながらそんなことを思った。
達成感と高揚感、そして恥ずかしさが入り混じった複雑な感覚に捕らわれていた。こめかみの血管が激しく脈打っているのを感じる。でも、これで終わったわけじゃない。まだ言わなければならないことがあるのだ。
ドラムロールが終わり、歓声が一際大きくなる。一息ついて、フロアの盛り上がりが少しトーンダウンしたタイミングで、再びハンドマイクを握りしめる。すると、耳障りなハウリングノイズが響き、観客の注意がまた薫に集まった。
「――アッキーさん。……わたしが一方的に想ってるだけなのは知っています。わたしも、今は気持ちを知ってもらえれば、それで十分なんです。だから、応えて欲しいだなんて言わないので、好きでいてもいいですか? それじゃあ、ダメですか!?」
薫がステージ上の晶良を真っ直ぐに見つめる。そして、フロア中の視線も晶良に注がれていた。そんな状況にも関わらず、呆然として身動きひとつしないでいる晶良の頭を、辰生がぽんっと軽く叩く。
「ダメなのかって薫ちゃんが訊いてるぞ? 答えてあげなよ」
はっとして晶良は顔を上げると、マイクスタンドへと近づいていく。
「あー、えっと……」
晶良の答えを、ライブハウス中が固唾を飲んで見守る。
「正直、何がいいとかダメとか、よくわかんないんだけど、薫ちゃんの気持ちは……その、嬉しいです」
フロアはそのまま静まり返っている。全員が晶良の続きを待っていた。
「あー、俺も……薫ちゃんのことを、もっとよく知りたいと……思います――って、こんなんじゃあダメですかね?」
すると、一斉に沸き起こるブーイングと野次。でも、それは冗談めかした、からかうようなものだった。脚が踏み鳴らされ、手が打ち鳴らされる。指笛が鳴り響き、歓声が絶え間なく続く。
そんな中、辰生がマイクを通してフロアへ語りかける。
「あー、みんな。気持ちはわかるけど、今日はこの辺で勘弁してやってよ。生暖かく見守ってやろうぜ? 薫ちゃんもそれでいいかな!?」
薫が大きく頷くのが見える。
「んじゃ、薫ちゃん。リクエスト、訊こうか」
薫はゆっくりとハンドマイクを口に当てると、リクエストの曲名を告げた。それは、いつも見ているあの子への想いを歌った、バンドの持ち曲の中でも数少ないスローバラードだった。曲名を聴くと、観客たちからまた歓声が沸き上がる。
辰生がメンバーを振り返ると、シーナが晶良へと近寄って行くのが見えた。
「……あんたが歌いなさいよっ!」
シーナは大声で耳打ちすると、晶良の肩を軽くパンチした。
楽屋のパイプ椅子に座ってシーナは
終盤に起こった予定外の告白イベントによって観客は大盛り上がりだった。薫のリクエスト曲は晶良がボーカルを取り、それなりにまとまったのだが、ラストナンバーにおけるバンドのパフォーマンスは精彩を欠いていた。フロントマン二人の息が合わず、ちぐはぐ感を引きずったまま終わりを迎えてしまったのだった。
戻ってくるなり、シーナは弱々しくごめんと言うと、それっきり黙りこんでしまった。晶良も同様に一言も発することなく壁にもたれかかったまま動かない。反対にユージはまったく気にしていない様子で、ビールを美味そうに飲んでいる。
こんな時にムードメーカーの辰生は行方をくらましてしまい、楽屋の空気はひりつくほどに淀んでいた。
すると突然、
「意外と面白かったけど、最後の曲は正直、最低だったわ」
浴衣姿の
「瑠璃……あんた何でここに……?」
「俺が呼んだんだよねー」
瑠璃の後ろから顔を出しているのは、姿が見えなくなっていた辰生だった。
「この前の代々木の時さ、瑠璃ちゃん、俺らの場所探すのに手間取って、ぜんぜんライブ観てなかったらしいんだよね。だからさ、今回呼んでみたわけよ」
辰生が得意気に続ける。
「やっぱり何でもリアルに試してみないうちは、批評する権利なんてないからねぇ。だからさ、まずは観てみなよってね、声かけたんだわ」
そう言うと辰生はちらっと瑠璃の方へ視線をやった。
「脇田くんがうるさいから一回来てみたの。ちゃんと観たことなんかなかったし」
少し唇を尖らせながらそう言う瑠璃の姿は、先日の冷淡な印象とは違って親しみやすさを感じさせた。
「まぁ、これが遥ちゃんのやり方なんだってことはわかったわ。それに……思ったほど悪くなかったし」
そう、ぶっきらぼうに言い捨てると、瑠璃はちらりとシーナを見やった。
「なんだかんだ言ってもさ、ちゃんと浴衣で来てくれちゃったり、かわいいとこあるよね、瑠璃ちゃんも。ホントはシーナちゃんのこと好きでしょ!? このあと打ち上げあるからさ、一緒に行こうよ? シーナちゃんも行くよ?」
辰生が若干はしゃぎ気味に瑠璃を誘うと、瑠璃はムスッとしながら辰生の肩をグーで叩く。
「うるさい」
「素直じゃないなぁ、瑠璃ちゃんも。さすがは姉妹っ!」
そんな二人の仲よさげな様子を、シーナは無言で眺めていた。
ピンクアブラウオの面々と関係者、熊猫パンチドランカーと薫、瑠璃で総勢二十五名ほどの大所帯で居酒屋に来ていた。ピンクアブラウオの関係者がやたらと多い。
晶良は何となく薫と顔を合わせづらかったのだが、当の薫は離れた席でピンクアブラウオのギターの娘と話し込んでいた。確か以前一緒に飲んだ時に、ピヨちゃんと名乗っていたはずだ。金髪のショートカットで、ヒヨコみたいだからと由来について語っていた。本名は知らない。
シーナも離れた席で、ピンクアブラウオのボーカルたちと小難しい音楽論を戦わせている。辰生は瑠璃の隣で身振り手振りを加えながら熱心に話しをしていた。どうやら辰生は瑠璃に個人的な興味関心があるようだ。
さらにぐるりと見渡してみると、最も遠くの席でユージが女の子数人を相手に談笑している様子が見えた。あれは間違いなく口説いているはずだ。
なんとなく居心地の悪さを感じた晶良は、一息つきたくて席を立つと、洗面所へと向かった。すると、その帰りの廊下で燈子に出くわした。
晶良に気付くと、燈子はすぐさま二の腕に抱きついてきた。
「晶良くんさぁ、薫ちゃんに告白されちゃったね。どーするの?」
晶良の耳元に唇を寄せると燈子が艶っぽく囁いた。ぐっと押し付けられてくる柔らかな弾力に注意が奪われる。
「どーするって言われても……」
「薫ちゃんのこと――好き?」
絶対にこの状況を面白がっているに違いない。
「――わからないよ……」
「ふーん」
密着した格好のまま、燈子は上目づかいに晶良を見上げてくる。
「薫ちゃんにフラれちゃったらさぁ、わたしが慰めてあげるから安心しなよ」
晶良の二の腕をさらにぎゅっと抱きしめる。
「え? 告白されて何でフラれるのさ? こっちが?」
「晶良くんはお子ちゃまだからねぇー。男女の機微に疎いもんね」
「――仙波にはわかんのかよ」
「ふふ、晶良くんよりはおねーさんだからねぇ」
「同い年じゃん」
そんなやり取りをしながら場に戻ってくると、一座は薫の告白劇の話題で盛り上がっているところだった。
「あ、色男のお帰りですよ!」
「薫ちゃん、アッキーくんなんてやめて俺にしとこうよ!?」
「あー! あっちゃん、腕なんか組んじゃっていけないんだー! 早くもドロドロ!?」
その後も散々茶化されて、晶良はこの上ない居心地の悪さを味わわされた。
ようやくお開きになると、完全にできあがった面々が賑やかに三々五々と駅へ向かって移動していく。
途中、薫が晶良のところへやって来て、
「明日、部屋へ行ってもいいですか?」
もじもじと身を
「……うん。別にいいけど」
断る理由もないので了承するが、なんとも照れくさくて恥ずかしい。晶良は思わず目を逸らしてしまった。
「じゃあ、明日。です」
そう言うと、薫は前方を歩いているピヨちゃんを追いかけて小走りに行ってしまった。走るたびにピョンピョン揺れる薫のおさげ髪を、晶良は立ち止まったまま見つめていた。
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