覚悟はなかった、はずだった。

 事態の深刻さとは裏腹に、画面に映る空は抜けるように青かった。

 正面にホテルを映していた視界が右にスライドする。横を向いたカメラは待機している迷彩服の米軍兵士たちをしばらく捉え、再びホテルに視線を戻す。

 ホテルの入口から一組の男女が現れた。男はダークグレーのスーツとネクタイ、女もオフィスカジュアルな純白のブラウスに、男のスーツと同じ色をしたタイトスカート。どちらも東洋人に見えるけど違う。リイェイッカだ。二人は両腕の肘から先に何かの装置を取り付けている。女性の方はミアのようなチョーカーを付けていた。貴族ということか。ミラーシェード型のサングラスのようなものを掛けているから容貌の一部が隠されてしまっているけど、それでも二人とも美しく整った顔立ちをしていると分かる。リイェイッカって美男美女ばかりなのか?

終了したウィヴダニット

 サングラスを双眸から額に上げて男の方が叫び、米軍兵士たちは一気にホテルに突入した。

 録画VTRである映像は、すぐにホテル内部に切り替わる。ホールに様々な国籍の大勢の人たちが集まっていた。女性や小さな子どもたちもいる。そして部屋の隅には拘束された男たち。部屋の中央に集められて座っていた人質たちは、疲れているけど安堵した表情をしていた。彼等は米軍兵士たちの誘導で列をなしてぞろぞろと部屋を出ていった。

 また画面が切り替わる。テロップによれば少し遡ってホテル突入前のシーンらしい。ホテルの廊下を天井近くから見下ろした映像だ。カメラは廊下を一気に奥まで高速移動し、突き当たりのドアの前で停止する。ドアが爆破され、カメラは部屋に入った。さっきの映像のホールだ。ロシア製突撃銃アサルトライフルAK―74を持った数人の男たちが一斉にこちらに振り向いて射撃する。カメラの背後から幾つもの何かが視界に飛び出した。その『何か』は広いホールの天井近くを、一瞬で往復するほどの超高速で飛び回る。全長二〇センチほどの薄緑色ペールグリーンの楕円形の円盤ディスク。合計二個、いやカメラで映像を捉えているのも同じもののはずだから三個か。素早いので姿を捉えにくいけど、斜めにスライスしたフランスパンを二枚、重ね合わせたようなフォルムをしていた。

「あれは何?」

 俺の問いに、隣に座っているミアが答える。

「フーイメア。小型無人戦闘機」

 ここは午後九時前の俺の部屋。俺はミアと二人でテレビのニュースを見ていた。ミアはこれを見るために、わざわざ俺の部屋に来たのだった。

 アフリカ西部のある国で欧米人の宿泊客が多い高級ホテルがテロリストによって占拠された。最近存在が公開されたばかりの米軍特殊部隊『ブラックバード』はただちに三人のリイェイッカと共に人質救出に向かった。事件は今から一時間近く前の、現地時間で午前一〇時過ぎに解決。ブラックバードが到着してから、たった一四分だった。日本人宿泊客がいなかったのにニュースで大きく取り上げているのは異星人エイリアンの軍事行動があったからだ。

 テロリストたちは小型戦闘機を目掛けて撃つけど、その速さに追い付かない。それでも、ばらまくように連射フルオートされた何発かは命中してカメラが一瞬ブレたけど、全くダメージがないようだ。そして彼等は飛び上がって銃を落とす。何かをされた様子だけど、俺には見当が付かない。

「何の攻撃を受けたんだ?」

「レーザー銃で手を撃ち抜かれたんだわ」

 レーザー銃、何かSFだな。まあ宇宙人だし。

 見ると確かにミアの言う通り、みんな手を押さえている。彼等の周囲に血が飛び散っていた。テロリストが全員戦闘不能になるとリイェイッカたちが部屋に乗り込んで彼等を拘束した。リイェイッカたちの両腕に取り付けた装置から棒状のものが伸びていて、彼等はその棒を握っている。

「腕から伸びている棒みたいなの、あれでフーイメアを操作しているのか?」

「うん。眼に掛けたスクリーンが『ヴォーガン』、これに情報が表示されて、両腕の操作棒『ネルース』で操作するの」

「あんなに素早く動き回っているのに、よく操縦できるな」

「操縦なんてしていないわ。プログラムを入力しているの。フーイメアは与えられたプログラムに従って自律行動しているの」

 自動操縦オートパイロットか。プログラムの即時リアルタイム入力ってのも難易度が高くないか? そう言えばヴァルカートワさんも人間が乗り物を操縦するなんて信じられない、って言ってたな。

 三人のうち一人の男が部屋に残り、二人の男女は出ていく。ここから最初の映像に繋がるのか。リイェイッカたちは三人でテロを制圧、人質を全員救出してみせた。それもわずか一四分で。

 米国とリイェイッカとの国交樹立発表はマスコミによって大いに喧伝され、『新太陽系時代ポストソラリスエイジ』という言葉が言われるようになった。『異星人との第一次接触ファーストコンタクト以降の時代』という意味だ。地球しか知らなかった人類が宇宙の一員になる。しかも異星人の科学技術によって文明が飛躍的に進歩すると予想されている。彼等の科学技術のレベルは不明だが、ある英国の科学者によれば『いかに低く見積もっても途轍もないレベルの開きがある』らしい。有人飛行だけを比較しても人類はたった三九万キロメートル先の、まだ地球の周辺である月までしか行ったことがないのに対して、彼等は三〇〇兆キロメートル先の天体から来ている(彼等はLHS 311から来たと主張している)。この距離の差、七億六千万倍というのは一二.六ミリメートルと東京〜ロンドン間ほどの差に相当する。しかも光でも三〇年掛かる距離を三〇年以上掛けてやってきたと考えるより、超光速で飛来した可能性の方が高い。だけど人類には光を超える技術を発見していないどころか現在の人類の科学理論では『全ての物理現象は光速を超えない』とされている(唯一の例外として情報が瞬時に伝わる『量子クォンタムテレポーテーション』が量子力学で予言され実験で証明されたが、この理論と相対性理論との整合性が未解決だ)。少なくとも単純に加速をしても、喩え加速のエネルギーと時間を無限大にしても人類には光速を超えられないのだ。つまり人類の科学理論を根底から覆す正しい理論を異星人たちは知っていることになる。これだけを考えても、どれだけ科学力に差があるかは容易に想像が付く。提供された科学力で俺たちの生活が徹底的に変わる面は多岐に渡るだろうけど、他の星系に行けるだけでも大いに世界が拡がる。大航海時代ディスカバリーエイジどころじゃない。

 だけどそういう説明を聞くと、真実を知る俺はゾッとする。かなりの過小評価だ。本当は三〇光年というのは彼等にとって単に近い星系までの距離でしかなく、アルタイマトリ聖帝崇国アーナサイデクは実に六,三〇〇光年もの領域に拡がる。彼等と人類との差は、一二.六ミリでなく六〇マイクロメートル(〇.〇六ミリ)と東京〜ロンドン間ほどの差なのだ。

 そんな超高度な科学技術の恩恵を受けた人類の文明は、世界中の科学者とSF作家が誰一人想像することができなかったものへと様変わりするだろう、とのことだ。『ヴェルム氷河期以来一万年に渡る人類の文明史は、たった二つに区分される。すなわち地球しか知らなかった太陽系時代ソラリスエイジ、そして新太陽系時代ポストソラリスエイジだ』なんて発言をするジャーナリストまで現れた。

 あれから一ヶ月近く経ち、明日から七月に入ろうとしている現在、異星人に対する人々の驚きと関心は静かにトーンダウンしていた。人間の生活は何も変わっていない。日本のメーカーは『落日らくじつ』と言われているけど日本の台所では未だ存在感があるし、一方でAV機器、パソコン、ケータイでは韓国と米国と台湾、そして最近では中国のメーカーが台頭してきている。そんな状況に変化は訪れなかった。リイェイッカがもたらした衝撃は最初の登場だけだ。以降は新たな話題も科学技術も人類に提供していない。

 最近注目を浴びているものはケンタウルス座LHS 311だ。『リイェイッカ』の出身地だと米国と接触した者たちが騙っているせいで現在最も有名な星になりつつあり、お陰で近頃は小学生でもケンタウルス座の星図スターマップを見せればLHS 311がどの星か指差せるほどだ。『宇宙の基準』に合わせて『リイェイッカ星』に改名しようという提案さえも出ている。彼らの領域が単一の星系じゃなく、『アルタイマトリ聖帝崇国』が六,三〇〇光年も拡がっているという事実を知ればどう思うだろうか?

 LHS 311は二連星バイナリスターだけど、一つの星系スターシステムに複数の恒星がある『連星』という言葉も一般常識になりつつある。宇宙には単星シングルスター二連星バイナリスターが最も多いけど三連星トリプルスター以上も珍しくなく、七連星セプチュープルスターなんかもあるらしい。かつて物語フィクションでよくあった『複数の太陽がある世界』では空に幾つかの太陽が昇っている様子が描写されるけど、現実には惑星は全ての恒星の周囲じゃなく一つの恒星の周囲を公転するケースがほとんどだ。そして公転軌道の中心となる恒星までの距離と他の恒星までの距離の差は数百倍〜数万倍にもなる。光の強さは距離の二乗に反比例するから、例えば二〇〇倍離れると光の強さ(『明るさ』とは少し違う)は四万分の一になる。その結果、『空には一つの太陽が昇っている。他の太陽は明るい星にしか見えない』となる(『空に幾つかの太陽が昇っている』ケースもまれにだが存在する)。一方で『空に幾つかの月が昇っている』ケースは珍しくなく、むしろ月が一つのケースが少数派だ。こういった知識も誰もが知るようになった。

 また最近では世界中の天文台とアマチュアの天文観測家がLHS 311を熱心に観測し始めた。異星人の都市が見えるんじゃないか、とミアに話して俺がいかに無知なのかを思い知らされた。直径一〇万光年の天の川銀河ミルキーウェイの中で三〇光年というのはかなり太陽系ソラリスに近い。とは言え、その三〇〇兆キロメートルという距離では、都市や地形どころか惑星さえも観測することはほぼ不可能だそうだ。よく考えれば三〇〇兆キロメートル先の地球(直径一.二万キロメートル)の大きさって、一〇〇キロメートル先の四マイクロメートル(〇.〇〇四ミリ)の微生物と同じだ。

 実は人類最大の望遠鏡でも太陽系外の惑星を見るのはほぼ不可能らしい(一部例外あり)。でも発見する方法があって、例えば公転する惑星の引力で恒星もわずかに動くので恒星の運動から惑星の存在が推理できる。もちろんよほど大きな惑星じゃないと無理だ。太陽系の場合だと一兆個以上もの天体のうち、太陽だけで全質量の九九%も占める。次に大きい木星でも太陽の千分の一しかない。太陽の百万分の一の地球なんて、きっと太陽系外から観測できないだろう。

 もう一つの方法は地球から見て惑星が恒星の前を横切った場合。もちろん『恒星の光に影が映る』とかじゃない。そんな影の形と大きさまでは流石に分からない。ただ、遮られた分だけ暗くなるので、弱まった輝きの割合と周期リズムから、光を遮った惑星の大きさと公転周期が分かる。木星の断面積は太陽の百分の一だから木星が前を横切れば一%だけ暗くなるので、どこか太陽系外から見た時に木星の存在が分かるかも知れない。これも観測者のいる地球と恒星の間をちょうど惑星の公転軌道が横切る場合だけで、よっぽど運が良くないと起こらない。百万を超える恒星が見えるのに惑星が一千あまりしか発見されていないのは、そういう理由からだそうだ。

 ミアがいたのはLHS 311Aの方の第二惑星だということは以前にミアに聞いていたけど、実は第一惑星は人類が九年前の二〇一一年に発見している。第一惑星の質量は地球の一六倍の九.五×二五桁キログラムで第二惑星の一四〇倍、恒星までの距離は太陽から水星までよりちょっと遠い六八八二万キロメートルで、生命が存在可能な第二惑星よりも近すぎた。だけど人類はLHS 311A/Bにいくつの惑星があるのかを知ることはないだろうな。

 ということで、テレビでは今までに何度もLHS 311の特集が組まれたし、そのたびにクラスでも話題になっている。人類が唯一知る異星人の星だから話題の中心になるのはある意味当然かも知れない。だけど、これはリイェイッカが新たな話題を提供しないことの裏返しだとも言える。メディアは数少ない情報を繰り返し扱うしかないわけだ。

 そんな状況で今回の軍事行動だ。今やリイェイッカの話題はテレビに関して言えば、来月から始まる東京オリンピックに匹敵するほどの視聴率を稼げる、と言われているらしい。マスコミが飛び付くのも無理はない。聖帝崇国は『武力』という脅威を専らテロリストに向けることで人間の警戒心をあまり刺激しないようにすると同時に、人類、特に国家に対して彼等の軍事面での圧倒的優位性をさり気なく示しているのではないか? 俺にはそう思えた。

 彼等の小型戦闘機は何も知らない人々には頼もしく感じるだろうけど、彼等と対立するミアたちの立場に立ち、彼等が異種族を支配する侵略者だと知っている俺には恐怖でしかない。地球のテロリストごときでは敵にならない。米国の戦闘機だったら対抗できるのか? いや、米国よりも俺の問題が先だ。殺し合いに関わりたくはないけど、せめてミアを危険から遠ざけたりする程度のことはしたい。だけどこの映像を見る限り、俺には何もできそうにない。

 そう言えば『フーイメア』って、ミアが闘ってた奴だよな。無人戦闘機だったのか。

「これがこの前の『フーイメア』ってことは、姿を消したりできるのか?」

「ううん、同じ『フーイメア』でもこれは第三型の『デールポリン』、姿は消せないわ。私が闘ってたのは第五型の『フゥアイリヒン』、性能が全然違う」

「とんでもない速さだけど、これでも第五型より遅いのか?」

「うん。デールポリンは一気圧で最高速度マッハ八.七、静止状態からは秒加速三一〇〇メートルくらい。ここは狭いから時速六〇〇キロメートルくらいしか出ていないみたいだけど」

「マッハ八.七ってどのくらいの速さなんだ?」

 俺の問いにミアは首をかしげた。

人類ヒューマンの単位で言ったつもり、だけど?」

「知ってる。悪いけど、それがどの程度か知らないんだ」

 ミアは不思議そうな顔をした。が、答えてくれた。

「気温によるけど時速一万キロメートルくらい。比較として、人類の軍用機で特に飛行性能の高い制空戦闘機ファイター巡航速度クルージングスピード(通常飛行)では音速前後アラウンドソニックで、後部再燃焼アフターバーナーを使えば瞬間最高速度がマッハ二〜二.五まで出せる。それ以上だとエンジンのタービンブレード等が空気吸入口エアインテイクから入った圧縮空気の温度上昇に耐えられなくて無理だけど。ミサイルだったらマッハ四くらい」

「速度では全く勝ち目がないのか」

「空気抵抗がないから速度に上限がない宇宙探査機を別にすれば、……人類の兵器でこれより速いのはほとんどないけど、ICBMなどの長距離弾道弾バリスティック・ミサイルだったらマッハ二三を出せる」

「マジかよ⁉ こんな小さなのを倒すのに、長距離弾道弾まで必要なのかよ」

「ううん、長距離弾道弾は命中精度が低過ぎて当たらないわ。至近距離で核爆発したら機能に支障をきたす程度のダメージは出るけど、ダメージのない距離までは確実に逃げられる」

「人類の兵器で勝てるものはないってことか?」

「うん」

 即答だった。

 科学者さんよ。異星人は技術提供をする様子がないけど、俺は既に『いかに低く見積もっても途轍もないレベルの開きがある』ことを実感したぞ。

 いや、

 俺は更に恐ろしい可能性に思い至った。

「この第三型とミアが闘っていた第五型とじゃ、性能が全然違うんだよな。第五型の性能を教えて欲しい」

 ミアは暫く目をつむり、それから話し出した。

「一気圧ではマッハ三二、静止状態では秒加速二四.五キロメートル。ただし静止状態から四秒で最高速度になって、強い空気抵抗で加速できなくなる」

「悪い、数字がピンと来ない」

「じゃあ、最高速度は大体時速三万九千キロメートル、秒速一〇.九キロメートル。静止状態から〇.〇一五秒で音速=時速約一一〇〇キロメートルまで加速する、って言えば分かり易い?」

 大丈夫かな?という表情でミアは俺の顔を覗き込む。三万九千キロメートルってどのくらいだ?

「北海道から沖縄まで何キロメートルぐらい?」

「知床から沖縄本島までで二五〇〇キロメートル。時速三万九千キロメートルなら四分弱。赤道一周が四万キロメートル」

 四分‼ ジェット機で何時間も掛けてる人類の苦労は何なんだ? しかも一時間で地球一周か。時速一〇〇キロメートルの自動車を基準に考えれば、……速度は三九〇倍、静止状態から〇.〇一五秒で自動車の一一倍まで加速か。凄いことは分かるけど凄すぎてかえって実感が湧かない。

「そう言えば姿が見えないんだったよな。レーダーで索敵するのか?」

「ううん、あらゆる電磁波を迂回させるから光学的オプティカルには観測できないの」

「それって敵をとらえる方法はあるのか?」

「一応。推進装置は音がしないけど、極音速ハイパーソニックの空気抵抗でどうしても音が発生してしまう。減音装置サプレッサーを使ってるけど、それ以上に高感度の音響索敵装置で敵を探すの」

「なるほど、潜水艦のソナーか。というか飛行機のレーダー代わりだな」

「どちらともかなり違うわ。レーダーだと時間差タイムラグはほぼ零だし、水中の音は時速五千キロメートルなのと比べて潜水艦は時速六〇キロメートル程度だから。それに対して第五型は音の三二倍の速度だから、一キロメートル先の音が届いた時には元の位置から三二キロメートル、進路変更で座標予測の誤差は最大二八キロメートルになるもの。しかも五五〇〇メートル先までが索敵限界なの。五五〇〇メートルって最高速度なら〇.一四秒で通過してしまう距離なのよ。だから操作者とコンピュータで敵の行動と位置を推論して接近、音を捉えたら更に接近して予測進路にルンセを散布するの」

「ルンセ?」

「それが付着すれば極音速の飛行物体は空気との摩擦で発光するわ」

 あの火の玉か。そういう仕組みだったんだ。

「それで姿をさらして撃墜するんだな」

「うん」

「攻撃手段は何なんだ?」

「レーザー銃。でもレーザーはほぼ無効化されるの。あらゆる電磁波がすり抜けて八七万分の一ほどの光しか吸収しないから」

「結構厄介だな。だったらミサイルだったらそれはないだろう?」

「無理。レーザー銃で撃ち落とされるから絶対に当たらない」

 無敵なのか。第五型よりも長距離弾道弾の方が遅いけど、速度と命中精度を高めても無理そうだな。人類は全く勝ち目がないのか。

「じゃあ、どうやって撃墜するんだ?」

 俺の問いにミアは困惑し、

「えっと、……工夫するの。色々と」

 上手く説明できないみたいだ。

「ありがとう、大体分かったよ。

 アルタイマトリ聖帝崇国って本当に軍事国家だな。こんな凄い兵器で戦争してるんだ」

 俺がそう言うと、ミアが驚いた顔をした。

「これ、兵器じゃないわ?」

「兵器じゃない? 兵器じゃないなら何なんだ? 一体何に使うんだよ?」

「武器。これで戦争はしないわ。第三型は対凶悪犯用、第五型は要人警備に使われるの。ただ、そういう任務は地球では警察がするけど聖帝崇国では軍がするわ。警察と軍の線引きというか、役割の範囲が地球とは違うの。地球では通常の警察では手に負えない凶悪犯はあくまでも警察であるSWATなどが対応するけど、聖帝崇国では軍が担当するの。人間ヒューマンの犯罪者って携行できるサイズの火薬式の銃を使うけど、宇宙船から荷電粒子砲で砲撃とかしないから」

 う〜ん、聞けば聞くほどヤバいのが次々と出てくるぞ。聞かなければ良かったのか?

 だけど、これが最後だ。これだけは聞いておこう。

「これが犯罪者との戦闘なら、戦争ってどうなんだ?」

 ミアは目をつむった。いつもしているこの行為、宝玉窓トレッグとか準結晶器ミエニキアーファとかで脳に書き込まれた情報を見ているのだろうか。地球の知識も既に結構あるみたいだけど。

「今、アルタイマトリ聖帝崇国はユグネト・ブレス・ディヴィカ粘蛮賊徘徊中宙域ドヴィタエ・ウォリンス・アマーズと戦争中にあるのだけど、えっと、……何て言うか、」

 また説明に苦心している。ミサイルか? レーザー砲? さっき荷電粒子砲って言ったから兵器(武器?)として実在するんだよな。でもそれは犯罪者用で戦争では使用しないのか? だけどそれ以上って何だよ? 俺には思いつかない。

「お互いに石、じゃなかった岩をぶつけ合ってる。上手くけられるか、上手く当てられるかが勝敗を決めているわ」

 どんな高度な戦術を駆使するかと思えば、いきなり原始的になった⁉ 俺の頭には北欧神話に出てきそうな、毛皮の服をまとった巨人が巨岩を持ち上げているイメージが浮かんだ。俺は何か思い違いをしているのか? いや待てよ、まさか、

「地球みたいな惑星をぶつけ合っているのか?」

「えっ、そんなの無理よ」

 俺の問いにミアはびっくりしていた。違うのか。

「大体数百メートルから十数キロメートルの岩をぶつけ合うの」

 数百メートルから十数キロメートル、これはこれで凄いとは思うけど、『想像を絶する』というほどでもなかった。巨大軍艦の体当たり、それを岩に置き換える感じか。

「そういう戦争って、俺たち人類の戦争とはだいぶ違うのか? 例えば、」

「ごめんなさい、ちょっと待って」

 ミアが俺の言葉を遮り、テレビのニュースに集中した。

 テレビカメラは救出された人々と米軍兵士を映した後、右にスライドして、その横にいた男女一組のリイェイッカを視界に収めた。二人はカメラを気にせず何か話し合っている。

 いや、何かがおかしい。

 男が女に何かを話した。音の響きがリイェイッカ語であることだけはこれまでの経験から分かる。もちろん話の内容は分からないけど。

 それに対して女が何かを答えた。ここで俺は違和感を感じたが、それが何かはまだ分からなかった。でも女の言葉に男が返した言葉で気付いた。

 最初に男が何かを言った。次に女が返した言葉は、男と同じことを言ったように聞こえた。それで注意して聞いていたが、更に男が言った言葉は、明らかに同じ台詞セリフだ。二人で同じ台詞セリフを繰り返している?

 会話の内容は分からない。例えば『こんにちは』に対して『こんにちは』と返すことはあるだろうが、それに更に『こんにちは』と言うだろうか? 或いは『今日はいい天気だ』でも『作戦は成功した』でもいい。それともこれはリイェイッカ語と日本語の違いなのか?

 場面が変わり、米軍兵士の隊長らしい男が今回の救出作戦についてインタビューに答える。ミアがもうテレビに集中していないことを確認して訊ねてみた。

「さっきのリイェイッカの男女、何の会話をしていたんだ?」

「会話じゃなかったわ」

「えっ?」

「『この星に逃げ込んだ抵抗組織ヴァランデノータへ』って言ってた」

 ミアのことか。『抵抗組織ヴァランデノータ』は知ってる単語だけど、うっかり聞き逃していた。

「二人は会話じゃなくて、わたしに向けて同じメッセージを何度も繰り返してた」

 カメラを無視している振りをしながら、カメラを利用してメッセージを送ってきたのか。

「彼等は言っていたわ。もう私の潜伏場所は突き止めたって。一規日タエグ以内に投降すれば、刑に服するだけでゆるす。そうでなければ殺害する、って」

「一タエグってどのくらい?」

「約一日。二四時間と四三分一八秒」

 答えた後でミアは立ち上がった。俺の部屋のドアを開ける。

「闘うのか?」

「うん。ここにいるみんなを巻き込みたくないから」

「待ってくれ!」

 深夜に大声を出したのは不味かったと気付いたが、気にしている余裕がなかった。

「俺も行く」

「危ないわ」

 制止を受けて、言葉を返せない。確かに俺は足手まといだ。何より戦争に命を懸ける覚悟がない。『行く』と言ってしまったが、実はまだ迷いがあった。

 それでも、ミアを一人で行かせたくなかった。俺にできることはないのか?

「だったら、ミアが護ってくれよ」

 我ながら格好悪いと思ったが、喩えそんな台詞セリフでも言わずにはいられなかった。

「どうせミアはまたぶっ倒れるんだろ? 俺が何度でも運んでやるよ。ミアを海岸で放置なんてできねえよ」

 俺の言葉にミアは少し逡巡する。だけど心はすぐに決まったようだ。

「分かったわ」

 そしてやや眼を伏せ、小さな声で恥ずかしそうに言う。

「……ありがとう」

 その言葉だけで、俺は迷いが消えた気がした。

「行こう」

 玄関を開けるとミアが俺の体を抱いて浮き上がる。

 俺たちは真夜中の海岸に飛び出した。


    ♦ ♦ ♦


 家の近くは海岸沿いに家々が並んでいるけど、そういった場所を離れて山のある方面へ向かう。海が目の前にある木々の下に降りると、例の蜘蛛のようなロボット『ムクスレイト』が海の中から現れて俺たちの姿を隠した。偽物の映像を俺たちの周囲の空間に展開しているそうだ。

 ヴァルカートワさんたちに連絡しようと思い立ってケータイを掛けたけどアンテナが立っているのに繋がらない。ミアが言うにはムクスレイトによる『隠された領域』から外側へは電磁波がほとんど出ないらしい。アンテナが立つのは電磁波が出ないけど入るからだ。家を出る前に連絡しない自分の手際が悪いなと後悔したけど、ミアの場合はどうやら他人に頼るという発想がないようだ。

「見付けた!」

 ミアがそう叫んだのは、眼をつむってすぐだった。俺には何も見えないが、ミアはすぐに戦闘が始まったことを告げた。


    ♦ ♦ ♦


 水平線の彼方で火の玉が爆発した。これで一三回目だ。ケータイの時計を見ると午前零時過ぎ。三時間近くも続いているのか。前回よりも長く掛かっているな。爆発は五分くらいの間隔で続けて起こったり、三〇分くらい何もなかったりする。少なくとも前回よりペースが遅いのは確かだ。ミアも敵と同じくフーイメアを使用しているそうだけど、ミアはあのサングラスや腕に付ける操作装置を持っていない。どうやって操作してるんだ? 超能力なのか?

 何も見えない状況で三時間近くも闇の中、木の下に座り続けるのは退屈どころか、 ―― 俺は相当れていた。ミアが苦しそうなのが夜目にも分かる。フーイメアを超能力か何かで操ることが体に負担を掛けているのか? しかも状況が見えないだけに、これがいつまで続くのか見当も付かない。

 苦しむミアを見ながら俺はただ傍にいて、何もできずに見守り続けている。

「うぅ、」

「ミア! 大丈夫か?」

 無理するな、と言ってはいけないのか? どうしても闘わないと駄目なのか?

 ミアは俺の言葉には答えず、ヨロヨロと立ち上がった。不安な俺も一緒に立つ。途端にミアはよろめいた。咄嗟に俺が支えて転倒を防ぐ。

「どこに行くつもりだ?」

「海に。……ヨーアサーファが、」

 息も絶え絶えといった調子でミアが答える。玉になった汗が額から流れ落ちる。ミアの動きに合わせてムクスレイトも移動していた。ミアの姿を隠すためだろう。

 俺にしがみついていたミアから急に力が抜ける。ミアは俺の腕をすり抜け、地面に倒れた。

「ミア!」

 ミアの両肩を揺すったけど返事がない。意識を失っているようだ。フーイメアの操作ってそんなに大変なのか? 第一、どうしてそこまでして闘うんだ?

 俺はミアの体を抱き上げた。こうして彼女を運ぶのはこれで何度目だろう。だけど甘い雰囲気だとか思春期の照れだとか、そんなものを状況が許さなかった。

 海に向かえば、いいのか?


 俺の正面には半月が昇っている。

 そして半月の真下、水平線の少し上にはメンケント。


 最初の出逢い以来、俺は調べてみた。メンケント、つまりミアが生まれたという星を。夜空を見た時に、どの星か分かる程度には位置も覚えた。惑星ジュヴィト=ムナを数十億年も照らし続けた光が、広大な宇宙を六〇年も旅して地球にも届いている。故郷の惑星を照らす光が今もミアに届く。それは慈愛の光明か、それともミアを捉えて放さないいましめなのか?

 俺は海に向かって歩いていく。ヨーアサーファとかいうのが事態を打開してくれるのか?

 突然バンと音が響き、視界一杯に汁気の多い果物のような何かが破裂した。深夜で色彩を欠いた暗い視界で、真っ黒い飛沫しぶきが飛び散る。俺の顔にベトベトしたものを浴びる。ツーンと、刺すような匂い。……血の匂い⁉

 思わず恐怖を感じ、慌てて後退あとずさる。黒いので分かりにくいけど、ミアの体のあちこちに血飛沫ちしぶきが付いていた。そして彼女の右手が手首から先がなくなっている‼ 俺は横を向いた。ムクスレイトの姿がない。後ろを向く。ムクスレイトは元の位置から動いていなかった。急いで引き返す。ミアに合わせて移動し、ミアの姿を消していた蜘蛛型ロボットはミアが気絶してから移動せず、俺たちは姿が隠される領域から出てしまったようだ。俺のミスだ。

 このまま、ここに隠れていた方がいいのか? でもミアの怪我の治療は?

 いつの間に攻撃を受けたんだ? 周りを見渡す。敵の姿はない。いや、見えないのか。

 闇に慣れた俺の眼に、海岸に波が寄せては引いていくのが見える。その波の一部がおかしいことに気付いた。別の風景を切り取ってそこに貼り付けたように、何か不自然だ。でも、波が引いた後の砂浜は何もおかしくない。

 再び波が寄せる。今度はさっきと違う場所が奇妙だ。近付いている⁉ そしてもう一つ気付いた事実。眼をらしてようやく見える砂浜には、細い棒で作ったような足跡があった。足跡は奇妙に見えた場所から俺たちの反対側へとまっすぐ延び、途中から斜めに折れ曲がっていた。これを逆に辿ると……? 見えない何かは俺たちを捜して浜辺を歩き、俺たちが見えない領域から出た時に発見・攻撃した後は方向修正してまっすぐこちらに向かっている!

 敵には俺たちの姿は今も見えていないのかも知れない。だけど浜辺を歩く何かはこのままだとここに来てしまう。急がないと! 時間がない中で咄嗟に思い付いたのは、あまりにも最悪なアイデア。

 ミアを地面に降ろし、一か八か、俺は見えない領域の外に出た。俺の作戦、つまり俺が囮になって敵をミアから離す。もちろん、俺もやられるつもりはない。一気に全力疾走ダッシュ、そのまま全速力で海に向かって走った。海に潜って逃げれば敵は俺を追うだろう。でも水中なら簡単に見付からない気がする。その後、逃げ切れるかどうかは分からないが。


 うおおおおおおぉぉ〜〜‼


 俺の人生でこれほど必死で走ったことはないだろう。次の瞬間にも殺されるかも知れない恐怖に押し潰されかけるも、強引にそれを押し退け、ただ走った。ミアを救うために。

 目前もくぜんに海が迫る。その中に身を投げ出す。

 目の隅に無数の飛礫つぶてが見えた、ような気がした。


    ♦ ♦ ♦





 それが伊佐那 潤が最期に見た光景だった。

 直径三ミリ、全長四三ミリ、質量五.八五グラムの極小の円筒。タングステンを主な素材とするその弾丸は時速六千キロメートルで飛来して潤の側頭部に命中した。拳銃で最も一般的な弾薬9ミリ・パラベラムの運動エネルギーの一七倍、軍用の突撃銃の標準的な5.56ミリNATO弾の四.五倍(ただし運動エネルギーはあくまで参考。破壊力は単純に数値化できない)。点のような断面積に掛かる高速・高重量は、人類の防弾チョッキバリスティックベストを易々と貫通する。弾丸は頭蓋骨に大きくひびを拡げて貫通、脳細胞をえぐりながら反対側に抜けた。

 そして二センチ上に二発目が命中、新たなひびと穴を開けて貫通。

 三発目、次の四発目で頭蓋骨が砕けた。この時点では既に脳細胞はぐちゃぐちゃになっていた。更に五発目、六発目、最終的に二四発全弾が彼の頭に命中。バラバラに飛び散った脳漿や脳細胞、頭蓋骨は、首から下の屍体と共に海の藻屑と消えた。

 死の瞬間に苦痛を感じなかったのは不幸中の幸いだろうか。彼にはおのれの死を自覚する時間さえも与えられなかった。伊佐那 潤がプミアィエニを護ろうとした行為は人道的には正しかったかも知れない。しかし冷徹な現実は、道義とは異なる答えを出した。これが身に余るリスクを犯した、そんな人間の蛮勇の末路だった。

 五月に誕生日を迎えた伊佐那 潤がこれまで生きてきた年月は、わずか一七年と五一日。リイェイッカの一/二の平均寿命である人間の中でも、その人生はあまりにも短かった。

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