第3話 留守を守る者達
館の主寝室、奥の間に座標を置いて転移した。
「ふむ、成功だな」
聖域からの転移はどうしても術式が複雑になってしまう。
ほぅっと息を吐きながら室内を見渡す。
清潔な寝台、暖炉の炎、飾られた生花。まるでこの部屋の
「アレクには、すっかりお見通しなのかね」
暖炉の前の寝椅子でひと休みするかと一歩踏み出した時、ノックの音が聞こえた。
「アレクかい?」
「はい、
家令、アレクサンテリの落ち着いた声だ。
「ああ、お入り」
私の了承を得ると静かにドアが開いて、懐かしい家令が姿を現した。ワゴンのティーセットが実によい香りを漂わせている。
「やぁアレク、いま帰った」
「
「世話をかけたね。ありがとう」
アレクは私が腰掛けた寝椅子の前に小卓を出し、お茶をセッティングしてくれる。
「ふむ、よい香りだ。帰って来たと実感するよ」
お茶を一口含み香りを楽しむ。
「ほお、この香りは龍眼だね。」
龍眼はレイシーと同じムークロジ科の丸い実を乾燥させて使う生薬で、淡い香りを上手く活かすと柑橘系の爽やかなフレーバーとなる。効能としては、心と体を補い補血、滋養強壮に効果が有る。疲労、不眠、貧血、病後、産後の肥立ち、また胃腸にもよく効く生薬だ。
「うむ、これだね。これが今の私には何よりだ」
「恐れ入ります。今年は南の薬草園が気候も整い、良い実を付けてくれたようでございます」
「ああ沁み入るようだ。もう
「はい、その間にはお湯殿の仕度も調いましょう。ごゆっくりなさいませ」
ふむ、湯浴みも良いなぁとお茶が入るのを待ちつつふと見ると、アレクのお茶の仕度を手伝う少年が居る。おや、あれは誰だっけ? どこかで見たようだけど……そうか、リュリュだ。
「そこにいるのはもしかして、リュリュかい? ずいぶんと大きくなったね!」
リュリュも私が造り出したホムンクルスの一人だ。しかしホムンクルスでありながら成長する。アレクサンテリと同じ系譜の
「はい、
「やはりリュリュか! あの幼子だったリュリュがこんなに大きくなって!」
年の頃は12、3歳ほどか。柔らかな栗色の巻毛が可愛いらしい少年が、緊張からか頬を真っ赤に染めて私の前に進みでる。
「リュリュにございます。お仕え出来る日をお待ち申し上げておりました」
「ただいまリュリュには、近侍の仕事を覚えさせておるところでございます。熱心に励んでおりますれば、
「ああ、もうそんなにお仕事もできるようになったんだね。勉強はどうしているの? アレクに教わっているのかな?」
「はい。アレクサンテリ・ヴィッリラさんにいろいろと御教授頂いております」
はきはき答える様子も頼もしいし申し分ないな。それに小姓として仕えてくれるなら私も勉強を見てやることもできるだろう。
「リュリュの
「私も身内と思い育ててまいりました」
アレクも目を細めてリュリュを見つめている。おじいちゃんと孫のようだね。
「そうだ、私が眠っている間に成長してきたということはそれなりの年月を生きたわけだね。それならば見た目はまだ少年とはいえ、きちんとした名乗りを与ねばなるまい。愛称がリュリュだから、リュシアンはどうだろう?
アレクサンテリと同じ系譜だから、ヴィッリラの家名を継ぎ、リュシアン・ラヤラ・ヴィッリラと名乗りなさい。アレク、いいよね?」
「もちろんですとも。リュリュ良かったですね」
リュリュは頬を染めて名前を復唱している。
「リュシアン……ヴィッリラ、ラヤラ……」
「リュリュ、リュシアンというのは『光が満ちる』という意味の古語だよ。ラヤラはアレクサンテリの前に私の父に仕えてくれていた、言わば君のおじい様に当たる方の名前だ。アレクにとっても私にしても大事な名前なのだよ。どうか大切にして欲しい」
「はい!ごぜんさま、ありがとうございます。賜った名前、リュシアン・ラヤラ・ヴィッリラに恥じぬよう精進してまいります」
リュリュが誇らしげに名乗る。良かった。いい子に育ってる。
「ところで、リュリュは何歳になったの?幼子だった君がこんなに大きくなってるところを見ると、 私は随分長い間眠っていたようだね」
アレクやリュリュは特殊なホムンクルスだ。ホムンクルスでありながら成長する。成長するということは素晴らしい。自分で学び経験し新しい物を産みだすことさえ可能とする。
しかし元々彼らは、永い時を一人で過ごすことの多い仙人に仕え、共に生きるという目的で造られたホムンクルスなのだ。一般的なホムンクルスに比べ遥かに長命でもあるし、その身体の成長は極めて遅くなるように設計されている。幼子だったリュリュがこんなに成長したということは……
「そのことでございますが、
いつになく硬い表情でアレクサンテリが話しをはじめた。
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