第30話 星々を破壊するもの

 破壊の暗黒十字架に対して、即座と反応したのは、アールマティだった。迷いがない。


「――浄化の槍よ!」


 アールマティが念じ叫ぶと、その美しき手の甲の宝珠より、光の円盤が飛び出す。円盤内の十字部分を握ると、上下に、緑の光子槍が飛び出た。

 千年の長きに鍛えられた悪神対浄化神具【浄化光神槍アーマスランス】である。


 アールマティは高く飛翔――


 暗黒星の十字架の星一つに向け、浄化光神槍アーマスランスを力強く一振りする。無数の光矢じりが発射され、巨大恒星を穴だらけに穿つと、爆散させた。


 だが暗黒の十字架を構成する星一つを破壊するのみ。


 空間印大儀式ヒユージ・ライチユアルの【暗黒星雲十字架サザンクロス】は術の一部が欠け、完全とは云えぬ状態となった。


《恒星破壊を確認。現状の構成から二八のルーチンで術起動に修正。強制発動を開始――》


 しかし術式人格ユニットがすぐに修正をかける。優秀であった。広域空間を前提とした術のため、多少の被害を受けても術が起動できるよう二十、三十の構築プログラムが組まれており、破損部分があっても、なにかしらの破壊の空間印術が起動するようになっている。もはや止まらない。


 暗黒星雲十字架サザンクロスは存在感を際立たせ、星の十字架が稲光すると、暗黒の光波弾を降り注ぎ始める。


「く! 間に合わ――」


 アールマティが口元をきつく噛みしめた。

 次の刹那――

 計り知れぬ憎悪が戦場を駆け巡った。

 世界が悲鳴を上げて裂けたようでもある。


 アールマティは身を硬直させた。浄化の騎士たる、戦場に特化した神体すら、その場に縫い止めた濃密な憎悪の発露だった。


 獣の咆哮である。

 魔神の黒い波動である。

 暗黒の右手。

 黒いオーラのようなものが、星の十字架の領域において右から左に走ってゆく。


 星々は黒いオーラに接触すると、反発して、火花を散らしたが、圧倒的な力に屈服し簡単に削がれていった。

 ごく僅かな時間で、あの暗黒星雲十字架サザンクロスは消失した。


暗黒星雲十字架サザンクロスを一撃で? な、なにやつ!」


 アールマティが驚き見るは、右手の爪が凶暴までに足下まで伸びたシュランだ。全身から瘴気を放出させ、顔の亀裂が顎まで広がっていった。


「きゃ!」


 ルオンが転がり落ちていた。


 凶眼とも言うべき双眸が光り、シュランの全身の筋肉がバケモノじみてみしりみしりと拡張している。彼の中で膨れあがる憎悪がそうさせていた。


 異獣の魔神シュランは両手を広げ、天を怨み、世界を憎悪し、咆哮する。


《ウオオオオオオオオオオオォォォォ――――ン!》


 まるでそれは荒れ狂う獣の神。

 シュランは、遂にその一手のみで、暗黒星雲十字架サザンクロスを削ぐまでに到達した。

 もちろん、その代償は人間性。

 感情を対価にして到達した常軌を逸した極限の域。


《ウオオオオオオオオオオオォォォォ――――ン!》


 異獣の魔神シュランが獣如し咆哮を再びあげる。ぞっとする冷たい魔性の波動であるが、それでいて、そこまでたどり着いてしまった、どこか孤独な狼が寂しく叫んでいるようでもあった。


 危険と察知したアールマティは浄化光神槍アーマスランスを無言で構える。


 シュランの相貌の亀裂から――

 なにかが出ようとしていた。 


「ダメ! 正気に戻って!」


 ルオンが悲鳴に近い叫びをあげ、シュランの首に飛びついた。必死に縋りついたルオンの体が白桃色に発光する。


「シュラちゃん! シュラちゃん! シュラちゃん!」


 ルオンは咆哮するシュランに声をかける。懸命に懸命に。ルオンの光がより強くなって、シュランの全身を優しく包む。


「シュラちゃん!」


 穏やかな白光が一帯を包んだ。これほどの優しい光を発する神体がいるのかと、アールマティは光を浴びて思った。

 溢れた光が収束すると、咆哮がやんでいた。


「シュラちゃん?」


 ルオンが心配そうに問いかける。

 闇の亀裂で嗤笑していた、ぎざぎざ口がふいに消えた。

 重くなるほどの沈黙があってから、シュランは口元に悪戯っぽい優しげな笑みを飾り付けた。


《大丈夫……俺、だよ。ちゃんは……子供みたいだから止めてくれって言ったろう》


 瘴気がおさまり、意外にもしっかりとした返答があって、ルオンは安堵のあまり、ぽろぽろと泣いてしまった。


「知らんですよ。知らんですよ……」


 ルオンは顔をシュランの胸元に埋め、ぐりぐりとして泣いた。


 アールマティは緊張を解いていなかった。彼女はそれを目撃していた。

 シュランの闇の亀裂から魔の指三本がぬっと、一瞬、現れていたのだ。

 まるで外にでようかとした、ソレ。

 何者かの指――それは――


《……失敗したか》


 アンリが鼻で笑い残念がる。


 光子槍と神炎塊アータルの猛攻を受けていたが、アンリは意に介さず波動を続けた。


《聞け、シュランよ! 人の身でありながら我らに触れた貴様には、陰毒とも呼ぶべき、我らの波動が残留している! それゆえの力もあろうが、それは全身を蝕み、最後には貴様を死に誘うだろう!》


 アンリに数百の光子槍がどすどすと突き刺さる。


《くくく……逃れる手段は一つ! もう判っているな!》


 アフラの浄化念球から放たれた流線の数本が接触し、アンリの身を徐々に真っ白と変色させる。


《古き神々にも告げよう! 我ら、ジグラットの神は必ず、シェキナーを奪い、貴様らの計画を砕く! バベルは必ず立てる!》


 純白となった巨獣から身を千切り、アンリは影男となり一度高く跳躍すると、


《ジグラットの誇りにかけ!》


 身が黒い粒子と霧散して、かき消えた。


「逃がすな! 追え!」


 アールマティが空間跳躍し、続いて下級騎士達が消えていった。

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