第26話 暗黒星雲十字架
《――削げよ……!》
そして、シュランの右手がブラックホールを刈り取った。マイトを乗せることを意識して活用すれば、その量に応じて削げるもの段階があがっていくようだ。
巨獣アンリは構わず、多重次元にも響く波動を放った。ミクロブラックホールなど、アンリにとってフェイントだ。
《――――――――――――――!》
人間のメンタリティでは知覚不可能な、邪悪な波動。
「シュランさん、よけてーぇ!」
緊迫感を帯びたルオンの叫びに反応し、シュランは姿勢をひねった。避けきれず、尻尾と共に背の表皮一部を削がれた。
シュランの削がれた背から雨となって血が噴出した。
「シュラちゃん! ああ、やっぱり次元壁まで!」
ルオンは顔面蒼白で下の次元壁の裂け目を凝視する。
「シュラちゃん、血が……あの、シュランさん、大丈夫?」
《……もう少し力あれば……受け止められる……傷はいい》
シュランは苦痛を押し殺し問う。
「でも……そう、じゃあ。私、与えるのは得意だから」
《……弱るんだろ、いい》
シュランは時流速で後退する。二度目の知覚不能波動が襲いかかった。外壁を裂いたのみ。裂け目より、次元泡がぼわっと入ってきてしまった。
「シュランさん。お願い……!」
ルオンが真摯な瞳で見詰めてきた。ルオンは顔に掌をのせたままは失礼だと思ったのか、手をのけようとした。
シュランはルオンの誠実な思いを感じその手を押さえ、答えた。
《わかった……》
「うん! いくよ!」
ルオンは明るい声で返事し、その右手をシュランの胸元にそえた。薄紅色の光があると、何か慈愛にも似た感覚がシュランの心に広がり、全身にマイトが行き渡った。
シュランは回避し機会を窺う。
二度三度と躱し、ルオンから与えられたマイトエネルギーを意識する。膨大ともいえるこの満ち溢れたマイトエネルギーがシュランの右手をより発熱させ赤くした。
凄まじく純度の高いマイトエネルギーがシュランの右手の威力を格上げする。
《――――――――――――――!》
シュランは見極め、
強烈な衝撃が空間を震わせた。掴んだ。アンリの黒い角だった。互いに反発し合う。削ぐ力が互いに均衡している。
シュランは絶好の機会とアンリの角を握った。あの怪力を行使する。
――【運性神力】
《……!》
シュランは片手だけでアンリの巨体を軽く引き上げ、ぐるぐると回しつけた。
《シュラちゃん、すごいです!》
超越の域に達した怪力を目にしてルオンがやや心酔しきった声をあげる。
あの超重量、絶対的破壊神とも思える巨獣がシュランの怪力、それも片手だけたやすく、軽く、振り回されているのだ。ルオンにとっては二度目のこってんであろう。
シュランは勢いをつけ逆さに巨獣アンリを叩きつけた。
即座、シュランは足元についたままの影を狙い、アンリに接近。
だが、アンリの巨躯上下がにゅるりと反転した。身を翻すなどではない。このレベルになると、身を動かして上下を入れ替えるなど鈍重な行為はしない。躰の変形で、そういうことをしてしまうのだ。
《我らを投げるとは!》
壮絶な
《滅ぼしてくれる! 炭素物め――ッ!》
アンリは躰から散開星団を取り出すと、掌の上でこねて数十の球にしてばらまいた。
《
アンリの躰から、女性の機械的な波動があった。特別な儀式を行使する人格意識ユニットの波動が洩れていた。
上空に、輝く巨大な恒星が十字架の列にきゅいんと並んだ。
突如、眼を奪う光量が暗黒の世界を赤々と照らしだす。
誰もが赤く染められ、背筋に冷たいものがぞわっと走ったような悪寒を感じた。
《滅しよッ!
アンリの知覚不能の言語が混雑した波動が拡散した。
星の十字架。
それぞれの巨大恒星から黒の波長が放射され、隣の波長ときんきんと反響する。
反響し合う波長と波長の空間がたわみ、黒き光波弾が降り注ぎ始めた。
光波弾の猛連射――
それにまだ生き残っていた海鞘や蛆、全ての
頭に氷塊を打ち込まれふらふらとしていた百頭部のグラシャラボラス。
その、たった一発の光波弾に直撃するとグラシャラボラスは、
《ぎゃあああああああああああぁぁぁぁ!》
二度目の断末魔をあげ真っ黒となり、
「みんな、にげてぇー!
血の気を失ったような顔でルオンが絶叫した。ミャウやマーシャが印を結んだのは胸元の空間のみ。
「太陽系の広さで、幾つもの印を結んだー! 逃げて!」
広大な空間を使った広域空間印である。太陽系にある地球や木星などの星を並べて、星の十字架を創ったようなもの。恒星と恒星の空間位置関係による共振、反響が圧倒的な破壊力を生み出す。
もちろん実際に太陽系という広大な広さで儀式を行うには困難。
それを補うため、最初に、距離や大きさを圧縮と縮小する亜空間を展開する。
その亜空間の中で太陽系の広さ、大きさで、十字架の空間印術を組み上げていくという高度で難解、複雑な、恐るべき空間印式なのである。
アンリはそのための人格を持つほどだ。
すなわち、太陽系の広さで産み出された圧倒的、超空間印術が、シュラン達に襲いかかろうとしている。
それを知っている巨人達が蜘蛛の子を散らすように逃げだした。
シュラン達も逃走しようとした。
《アンリ様のご慈悲だ……何故、逃げる……》
赤エイ・フォルネウスの触手が乱れ、シュラン達を捉えた。腹に大穴を開けられていたが、最後の命を振り絞っているのか、まだまだフォルネウスはしぶとい。
《しつこい男は嫌いだよ!》
直ぐ様、ミャウは雷電棒で触手を――
シュランは右手で触手を――
切断しようとしたが斬れない。
《私の、
赤エイ・フォルネウスが愉快に笑う。
《フォルネウス! 全て滅ぼしてやるのだぁ!》
炭素物如きに投げつけられた怒りが、ルオンを捕らえることすら忘れさせている。巨獣アンリは死の宴に愉悦を浮かべ、哄笑の波動を流す。
シュラン達は触手につかまれも、光波弾から逃げていたが――
《その慌てざま、実に心地が良い。絶望の引導を渡してやる! 見よ、完成した! くくくくっ………ははああああああああああっ!》
大空が暗黒の一色と染まっていた。
あの黒き光波弾が壁となっている。
暗黒の空が大壁面となって押し寄せた。
見るだけで存在が潰される圧迫感。鈍い鉛色の輝きを放つ暗黒の大壁がどっと落ちてくる。
終わりだ――
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