第11話 生命の大樹と総体変異

「――【総体変異マイトクリエイシヨン】?」


 四人の声が唱和する。


「そうじゃ、お主達は肉体を捨て高位精神体に昇華したと云った方がいいかの。それを【総体変異マイトクリエイシヨン】と呼ぶ」


「そうか。俺は精神からなる生命にでもなったようなものか、うん」


 ユミルが言わんとすることを、シュランはひとりごちって解釈する。


 今のシュラン達は肉体から抜け出た精神が、特大のマイトエネルギー精神体というものに変化したもの。

 そのため、六千キロの身長もある精神体が蚤つぶサイズの自分の遺体を目撃してしまうと云う現象が起きてしまったのだ。


「まあ、そんな所じゃ」


 それから、ユミルが雄弁に語ったのは次のようなことだった。

 まず、精神体は大まかに分け四段階の高低があること。


 低い順から幽体や霊体などの、低位精神体。

 星体や思念体などの、中位精神体。

 思念聖体や超意識体などの、高位精神体。

 波動神体や魂魄神体などの、至高精神体。


「低位精神体は残留思念や散り散りになった粉末のような精神。お化けや幽霊と云った方が理解しやすいじゃろ。【総体変異マイトクリエイシヨン】が起きる前のお主達の精神が、低位と中位の間ぐらい。現在のお主達は高位精神体の超意識体じゃ」


「科学的に考慮すれば、私達は密度の高い低いがあるエネルギー体なのね。強力なエネルギー体。エネルギーの消失や補給はどうなっているの?」


 科学者の端くれであるマーシャは神や霊などの言葉に拒否反応を覚えたものの、独自の解釈で自分を納得させた。


「クッキーじゃないのか?」


 シュランは手を伸ばし、クッキーを取るとほおばった。ぼりぼり。


「そんなこと……」


 マーシャが馬鹿馬鹿しさに眉を顰めた。


「いや、糞ガキの云うことは強ち間違ってないぞ。森羅万象全てに満ちる【マイト】で補うからの。そこらにある林檎や菓子は高密度のマイトが形をなしたものじゃ」

「用は、食の取り方は前と変わってないだね」


 ミャウが黄金色の林檎をかりっとひと噛りしした。


「他にも方法はあるが、今は知らんでもいいじゃろ。それと消失の方じゃが、これもあまりかわらん。特にお主達は肉体からの【総体変異マイトクリエイシヨン】上がり。前の肉体があった状態に、今の精神が縛られやすい。躰を酷使すれば疲労し、斬られれば血が噴き出す。そうやってマイト放出現象が起こり、致命傷を受ければ消滅する」


「死に方も変わってないのですな。しかし、先ほど、高熱の太陽に手を入れて火傷がほとんどなかった。かなり強靱な躰になったと考えて宜しいので?」


 ゲオルグが尋ねた。


「その通りじゃ。もちろん、限度はあるがな」

「あと、触れるものと触れないものがあるみたいだけど?」


 ミャウが飲みかけのティーカップを掲げた。


「存在する次元が少しずれてるんですよ」


 甲斐甲斐しくルオンはシュランが飲み終えたティーカップに茶を注ぎながら答えた。

 その話をユミルが棒杖ワンドを振るい、映像を交えながら補足する。


「世界には幾つもの次元と階層で分断され、プレーンと云うものが存在するのじゃ」


 シュラン達の周囲が蒼い宇宙と転じた。


 万の水泡が旋風のように翻る宇宙空間だ。


 水泡を掻き分けながら、逆さの黄金の大樹が目前にせり上がってくる。大きな果実を十個付けた輝く大樹である。神秘思想の知識をかじったものならば生命の樹セフィロトを思いだすような大樹であった。


「まず、基本となる十個の大きなプレーンがあり、それに幾つもの独立した小さなプレーンがまるで数兆数億の葉っぱのようにくっ付き、または離れた小島のように――或いは重なるように――存在している。用は十個の大きな果実を付けた逆さの樹木を想像すればよい」


 ユミルは杖で、実の一つを指し示した。


「そして十個ある果実。この果実である大界一つ一つに銀河系など大宇宙全域が存在し、葉っぱに当たる小界には小宇宙や海岸だけなどの、空間的一部分が存在する」


 この十の大界を至高精神体が治め、時には至高精神体が世界そのものとして存在しているらしい。次に大樹の根元を示す。逆さの大樹なので、ユミルは一番上を指すことになる。


「この、一番上の根っこの部分には創造主様がおり、十個の果実を繋ぐ二十二のルートをつたい、至純奔流というものが下方へ流れていっておる。そのエネルギーとも想いともいえるものによって、全世界の全ての生きとし生きるものは、創造主さまと繋がっている訳だ」

「繋がっている? 人間も、じーさんも、どんなもの?」

「そうじゃ。糞ガキも、わしも、どんなものでもな。精神の源泉みたいなものじゃ」

「心の奥にある全世界共通の意識。ユプシロンだとマテリアルエア。スピカだと語りかける森の大樹の主。地球だと心理学者ユングが唱えた普遍的無意識にあたるのかしら。私は唯物論を支持したいけど……う~~~ん」


 マーシャが苦悩する。


「この至純奔流は下方へ向かうほど、薄くなる。水底に沈殿物や泥があり、水の透明度がなくなっていくように……下にいくほど肉体的になるといってもいい」


 ユミルは一番下にある果実を指す。


「そのため、最下層にある、この大界に住んでいたお主達は、創造主様から流れる意識を感じにくいのだ」


 その奔流の濃さによって世界は階層分けされるのだ。シュラン達が死ぬ前にいたのは質料アシヤー階層の主物質界。高位精神体以上の精神生命体が存在する世界が形相ベリアー階層以上の世界となっている。


 上世界ほど精神的な存在がおり、下世界ほど肉体的な存在がいるのだ。


 これは地上と海底の関係と似ている。地上の人間が海底にそのままでいけば息ができず水圧で潰される。逆に、海底の生物は地上では生きられない。

 その世界の成り立ちに合わせた生命が存在するように、精神的と肉体にもそういう関係で成り立つ世界構造があるという訳だ。肉体的な濃さ、精神的な濃さで棲み分けがあるのである。


 古来より人は天上の世界に、神がいると妄想してきた。根源的で本能的ななにかで、世界がそういう仕組みだと察知していたのかもしれない。


 そして、神は精神的なエネルギー存在で、ユミルが天地創造したように、基本としてマイトエネルギーというものを消費し創世をおこなう。

 シュラン達はその神。神というよりは精神体――神体になったのだ。


「へえ~。そこが、あたい達がいた世界だったんだ。今いる場所はどこなんだい?」

質料アシヤー階層と形相ベリアー階層との隙間空間。精神世界面アストラルサイドのかなり下よりに重なる感じですよ!」


 ミャウの発言に、ルオンが屈託なく答えた。


「下よりに重なる感じ?」

「うん。大木がうかつにも下に伸びてしまう感じですよ!」


 シュランは……よく解らなかった。ルオンは事柄を抽象的に捉えることがある。おそらく、生粋の精神体と云うのは観念的な思考が強いのだろう。人が把握不可能な、宇宙規模の空間の広がりなどを漠然と把握可能なのだ。


「あれか。おならがでない、でもでそうな感じ?」

「違うですよ。お目々がくるくるして、こうー指を二つたて……」


 ルオンが白目をし、ダブルピースをしそうになった


「やめてー! それは女の子がしちゃいけない」


 シュランは慌ててルオンをとめた。


「ん-? どうしたですか?」


 ルオンがきょとんとした顔で見詰めてくる。


「天然は怖いな……」

「私、怖くないですよ。ぶーぶー」


 ルオンはちょっと不機嫌になって頬を膨らました。


「どれ。かわりにワシがお目々くりくり、ピースを……!」


 ユミルがソレをしそうになった。

 四人が冷ややかな目線を向ける。


「こほん。失礼。説明を続けよう……なにか質問はあるかのー」


 ユミルは咳払いして続けた。人類史上最悪なものを見ることは回避できたようだ。創造神のそんな顔を見たくない。この件を信仰あつい牧師などが知れば原子炉にでも飛び込みそうだ。  


「んーと、あれだ」


 ミャウが髪をかき上げ、微妙な空気感を破るようにいう。


「なんで、あたい達は、こんな事になっちまったのさ。マイトうんたらやんたらは、皆に起きることなのかい?」


 マーシャが猛然と机を強打し立ち上がった。 


「そうよ! 何故、私の半分こうなのよ!」

「いたたっ! いきなり立ち上がるな!」


 マーシャの左身ゲオルグが引っ張れて顔をしかめた。


「ほほほ……死すれば、大概は創造主様の元へ帰り、再び、新たな生命として生まれ変わるのが常じゃ。しかし――」


 ユミルは右目だけを見開き、杖を振るった。

 風景が宇宙から殺風景な荒野に変わる。叩き付ける豪雨を受けながら、青年が遺体となった女を抱き立っていた。激しい形相で天を罵っている青年へ、突如、雷が落ち――


「死んだ妻との再会求めたこちらの世界へ来た男……」


 またもや風景が変わった。屈強な男が夜陰の山の頂きで火葬壇の上から羊使いに松明を渡している。言われるがままに羊使いは、その男に火を付ける。生きたまま人間松明と化した男は、苦痛の声すらあげず、悠然と天へ仰ぐと、落雷が――


「羊使いに己の身を焼かせ、雷鳴とともに精神体に転移した英雄……」


 周囲が土星の宇宙空域に変わった。


「古来より中位なった例は幾つかあり、この【総体変異マイトクリエイシヨン】が起こる要素は莫大なエネルギー奔流を浴び、激しい感情の迸りがあって死んだ時に発生する。思いだしてみい、あの事故現場を!」

「あ! すごい爆発があったみたいなのに、皆の亡骸は無傷に近かった!」


 シュランは仲間の亡骸を集めようと掻きむしった苦い瞬間を思いだした。


「そう。あのとき、二つの力の均衡があったのじゃ。破壊と再生。躰は粉々に破壊されも、忽ち躰が再生するという!」


 コロニーを包んだ爆発の力に反抗して、物質を復元させる白き光があったのである。

 何千もの遺体が一気に炭化しながらも、逆戻りの映像のように水膨れした皮膚がめりめりと再生してゆくと思えば、また黒ずみと炭化してゆく、稀に見る力場が形成されたのだ。


「最もその中心近くにいたお主達は魂魄ソウルまで復元され、余剰の奔流が高位精神体へ昇華させてしまった訳じゃ。二股オカマは不足を補うため、偶然、くっ付いたのじゃろうの~」

「偶然? 偶然! 最悪!」


 じゃ、よ、と語尾を括り、真似をするなと叱咤があったと思うと、ゲオルグがあうん! と甘い息を、マーシャがいたーい! と叫び、同時にうな垂れて溜息が漏れた。

 そんな二人に笑いつつ、ミャウが言った。


「再生の方は『卵』が原因だね。あの『卵』は……」

「はい、私が生まれました。たぶん、その余波です。すみません」


 シュランが動きを止めた。他の三人も驚きをもって、ルオンを見詰める。


「あの、なにか……」

「生まれた!? あれはルオンちゃんだったのかい」

「はい。私が生まれた『卵』ですよ」

「――ルオ、歳幾つだ?」


 シュランが訊くと、ルオンは微笑みを崩さず言い放った。


「えーと、あの辺の時間。検索検索。地球でいいかな。0歳五日ですよぉ」

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