第10話 神様になったわけ

《ダーリン! 見っけ!》


 喜びの波動を発し、突入してきのは聰明さと活発さを兼ね揃えた赤い人影である。どこか素行不良なお嬢さまのようでもあった。


 一本の尻尾と水牛の角を生やした美人の赤い影は、縦に立てた円環のようなものに股がって乗っていた。騎乗する円環は蛇が自らの尾をくわえ円の形をなしたもの。半透明をした胴体の中にある赤や緑の飛礫の輝きが美しい天蛇である。


 長い髪を振り乱し、まるでバイクのように天蛇のつきでた角を握り締め、操ると、空間を斬りつけ急停止する。


《なんだ、アウズちゃんか……》


 ユミルは興味がないとばかりに、寝ころんでいた安楽椅子の上で背を向けた。


《あ! つれないぜ。混沌の海で隣あったもの同士なのに! 幼なじみ属性大事にしろ!》

《はいはい。で、何か用?》


 白い面を眺めやりながら、ユミルは素っ気無く尋ねた。


《うち、寂しいから会いにきてやった! 感謝しろ!》


 アウズは胸をそって、誇るような波動を放った。その態度に、ユミルは呆れたような波動を発した。


《六日前。顔、会わした》

《そうだ! 六日も会ってない! 寂しくないのか!》

《別に……》

《なっ! うちのこと嫌いになったのか!》

《別に……》

《な、なんだ、それは! うち、泣くぞ!!!》


 アウズは尻尾をびんとおったて、空間すらも裂いた波長を発した。対してユミルはうざったそうに身を捩る。


《ああ! もう、俺は今、お仕事中なの! 忙しいの!》

《仕事?》


 アウズは瞬間移動テレポートして、ユミルが眺めていた白い面を横からかさらった。


《あっ! なにする!》


 ユミルが取り返そうと追い掛けてきたが、アウズはあっちこっちに短く瞬間移動テレポートし、なんなく躱した。


《ダーリン! 凄い! 創世、任されたんだ! プルシャの阿呆も、なよなよアフラも、自惚れブラフマーも、みーんな、まだなんだぜ! 大出世じゃん! やっぱ、うちに、惚れてることはある!》

《誰が惚れてるんだか……》


 追うのを諦め、悪態をつくとユミルは安楽椅子マキアを呼び、ペン軸に変形させた。

 胡座をかき座ると、ユミルは球に韻を書き付けていく。時間が惜しくなり、五日目に行う天と水から発生する生命マイト造りを始める。

 しかし、瞬間移動テレポートしてやってきたアウズは、一秒すらも間をあたえず、その尻尾でユミルの片頬をぱんぱんと叩き、邪魔をする。


《あのさ、うちに惚れてないの? やっぱり嫌いになったの?》


 アウズはユミルの頬をぱんぱんと叩く。


《おい、きいとるのか? しばくぞ! 泣かすぞ!》


 無視するユミルをしつこくぱんぱん、叩く。


《たった六日会わんで、コレかい? うちの気持ち、宙ぶらりんだぞ! 切ないぞ!》


 執拗に、続ける。


《……》


 ぱんぱんと鳴っていた音が、バシッバシッ! とのそれはそれは格調高く、痛そうな音に変わった。


《お前は!》


 ユミルが堪らず、アウズを睨んだ


《嫌いなったの? うちはべた惚れなんだぞ! どうにかしろ! 責任とれ!》

《邪魔するなーっ!!》


 ユミルの激しい剣幕に、アウズは驚き尻尾をしおらせた。寂しげな波動が溢れる。


《……ごめん、帰るわ》


 しょんぼりと肩を落としたアウズは背を向け、頼りなさげにとことこ歩きだした。

 すると――


《――あ!》


 と、ユミルの波動があった。アウズは跳びはねるような想いで振り返った。が、それは球に韻を焼き付けるのに失敗した波動であった。


《時間ないのに、もう!》


 失敗作を捨て、ユミルがぼやいた。

 もうアウズは、没頭するユミルの姿に堪らなくなり、走り出した。


《アウズ……》


 アウズが天蛇に脚をかけたそのとき、


《――――アウズ!!!》


 空間を振るわせるほどの強烈な波動だった。


《……側にいてくれ。同じ想いだよ……》


 ユミルは強烈な波動を発してしまったことを、その科白を言うことを恥じるように球を創るふりをしながら、低い波動で続けた。


《この莫迦! 泣く所だったぞ、早くそう言え!》


 瞬間移動テレポートして出現したアウズが、ユミルの胸に飛び込んできた。


《おお!》

《へへ……ベタぼれか……ダーリンが創っていた世界プレーンに八つ当たりしようかと思ったぜ》


 この発言にはユミルも絶句した。危ないところであった。


《よし、ダーリン! うちが創世を手伝ってやる! 感謝しろ! ウロー!》


 アウズは先程のっていた天蛇を呼び寄せ、ばたんと横に倒れさせた。丁度、倒れた天蛇の円環の真中に、ユミルとアウズがいる形だ。


《魂にかえても、ここにうちら以外、誰もいれるんじゃないぞ!》


 アウズが指示すると、蛇の輪が広がって、すっと消えた。天蛇の円環の空間にある、一種の亜空間に二神は転送されたのだ。


《ありがたいけど、何を手伝う気だ》

《へへっ……一日で生命マイトの種を創ってたら、間に合わないって! ここ、普通、千年とか一万年とか時間かけて創るところ! ダーリン、さぼって用意してないだろ》


 アウズが白い面を尻尾で指差し告げると、まあ、そうなんだが…とユミルは頷いた。


《やっぱり、即興でやるつもりだったな。だから、うちとつくろ》

《へっ?》

《わからないかな。なんかより、いい子が生まれる方法あるだろ》

《――まさか》


 ユミルは逃げ腰になった。いや、逃げようとした。


《おっと! 今度は逃がさないぜ!》


 アウズは目にも止まらぬ早さで尻尾を繰り出し、ユミルに巻き付けた。


《知ってるよね。うちの家系はエインガナばーちゃんに、ジョカねーさん……下半身とか、蛇だ。まあ、うちの姿は違うけど……でも、時々思うんだ》


 薄く笑い、アウズは巻き付けた尻尾をぎゅと強め、ユミルを引き寄せる。アウズはするすると背中に手を回し抱きしめると、ユミルの肩に顎をのせ、囁いた。


《その性格とか、性質はうちが一番、強く引き継いでるって。うち、ダーリンのこと思うと時々、おかしくなる。自分を失いそうになるぐらい……》


 アウズは蛇にみたいに肢体をくねらせ、すりよる。妖艶なしぐさで、蠱惑的だった。一瞬、気を取られたユミルだったが、我に戻ってもがく。


《最初から、その気だったな……! 俺はまだ若いんだ、所帯持ちなんて!》


 逃れようとするユミルの背に、アウズは指をつきたてた。


《……さっきの、うちと同じ思いって嘘なの?》

《嘘じゃないっ! けど……》

《なら……ダーリン……うち、こういうこと……初めてだから……》


 一瞬、アウズは恥じらうようにして、


《優しくしてね……》


 尻尾を万力のように締めると、躊躇なくユミルを押し倒した。


《うぎゃぁ――――!!》


 それはそれは、激しい愛の共同作業であった。


「五日目、わしは未来を奪われた……こほん、失礼。五日目、わしは天や水より出ずる生命マイトを創った。次の六日目。神の似姿を模した、そう、お前達のような生命が生まれるための種を創らされ……いや、創ったのであった……」


「それで、天地万物が完成し、七日目は仕事を離れ休養、安息なされたと……」


 ゲオルグがユミルの話に付け加えた。


「いや、ぎっくり腰で動けなくなっただけじゃ」

「ぎっくり腰?」

「ほほほっ……それは、激しいものじゃったんじゃ。何度、死にかぶったことやら……」

「わかりますぞ。森羅万象を創るような仕事です。苛酷で、厳しいものじゃったのでしょう。わしも建設現場で何度も危険な目にあいましたが、ご老体には及びません」

「……あれだったらマイトで創った方がラクだったの……若さとは怖いものだ……」


 ユミルは遠い目をして呟いた。


「おおっ! 手抜きはせず、難儀であるが卓越した巨匠の業で……素晴らしい!」


 ゲオルグは勝手に解釈し、畏敬の念を込めてユミルを見た。


「ってことは、俺達……」


 遠き日を追想するユミルを引き戻すと、シュランは考える間をおいてから言った。


「炭素からなる蛋白質型生命とか、珪素からなるシリコン型生命とか――」

「そうだよ。古代火星人なんかも――」


 ミャウが追従すると、マーシャも付け加える。


「ユプシロン系。いいえ、太陽系や銀河系。宇宙全域も――」

「――創ったものなってしまった訳か……」


 ゲオルグが何気無い調子で語尾をくくる。


 ふいにシュラン、ミャウ、マーシャ、ゲオルグは互いの顔を見合わせた。寒気が背筋に踊って、俄には信じられない事実が一同の頭に浸透してゆく間があった。

 その荒波みたいな想いが頂点に達すると、


「じゃあ、俺達――」

「あたい達――」


 四人はユミルに猛然と叫んだ。


「神様になったわけ――――――!?」



 とんでもないことであった。


 これは『神様転生』ともいうべきことか。シュラン達は神体――高位精神体に進化、いや昇華進化していたのである。


 地球の上で人々を支配し、あるいは敬われ、信仰を集める神様程度ではない。


 そう、星の上で人間の都合と解釈で、矮小化された神でない。


 生命を、星を、空間を、宇宙を、太陽系を、銀河系などを創るほどの神様――神体だ。


 これは、二億光年×九兆キロの広さがある、かみのけ座や乙女座銀河団を創る側なのだ。


 神様が人魂をどこぞやに【転生】や【蘇生】させる話はごろごろあるが、いずれシュラン達もそういう存在なるのであろう。


 シュランなどその性格ゆえ【蘇生】させてやる人物をうっかり、二千年後に蘇らしてしまうなんて、神話をシリウスの星域に残すかも知れない。


 もちろん、それは何百年か何千年か先の話だ。


 シュラン達は今やっと己が何になったのかをぼんやりと自覚しつつあるところなのだから……

 言わば、神の見習い、神の卵だ。


 神卵生活が今、はじまるのである。

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