公と私の悲劇の三十一日
三戸里市では地方官庁と個人の情報が、いまだにとめどなく流失する騒ぎが続いていた。
国はこの事態を受けて、ただちに優秀なIT技術者を三戸里市に派遣した。民間の大企業からも、多くのIT技術者がボランティアとして三戸里市に入った。
そのおかげで、マイナンバーの流失は、三戸里市市民と、斉果県の一部の県民にとどまった。
流失したマイナンバーが載せてあるサイトやblogなども、レンタルサーバーを管理する会社や、blogを管理する会社などに連絡して、削除することに成功した。
その影で、三戸里市の税務署から流失したと思われる、三戸里市市民の高額納税者番付を公表するサイトが、海外の有料レンタルサーバーに多数作られた。
こちらも自分のノルマのマイナンバー関連業務を終えたIT技術者たちが、完全削除するために動き始めている。
しかし、サイトが置かれているのは、海外のレンタルサーバーであるため、連絡に時間がかかる。
その間に、面白半分に情報を色々な場所に転載する不届きものと、面白半分にその情報を見る者が少なからずいるので、情報の完全消去には時間がかかりそうだ。
一方、個人の情報の流失は様々な悲劇を生んでいた。
昨日の朝四時半に「三戸里市市役所二階情報政策課勤務原田多加志の女性コレクション」という名前のサイトが公開された。
そのサイトのアドレスは、三戸里市の市役所職員、加藤清彦さんのTwitterに紹介されると、たちまちたくさんのTwitterにリツイートされて拡散する。
今、三戸里市はインターネット上でも注目されていて、三戸里市の話題となれば、なんでも食いついてくる者たちが、数多くいる。
そのようなわけで、このツイートはすぐに目ざとい者たちに見つかった。
そのサイトには、三戸里市市役所の二階の政策情報課で勤務する原田さんが駅の中で撮った、階段を上がる若い女性のスカートの中身が少し見える写真や、電車の長椅子で若い女性が寝ている姿などが、なんの説明もなしに載せられていた。
それだけでなく、どこかのサイトから原田さんがダウンロードした女性のふしだらな姿の写真が、多数載せられていた。
すでにインターネット上では、市役所職員のいけないコレクションというあだ名で話題になっている。現実世界で話題に上がるのも、そう遠くない未来であろう。
さらに昨日の午前八時半、県立樹下成山高等学校に勤務する日高秋夫さんが一ヶ月前に投稿したツイートが、新たに画像を添付して、再投稿された。
日高秋夫
『子育て支援が日本を救う 政策効果の統計分析』という本を読む。日本の将来を考える上で政治家を志す人にぜひ読んでいただきたい一冊だ
pic.twitter.com/kmoefghqrc
日高秋夫
都議会議員が、私立高校授業料の無償化を都知事に提案したと、昨日の新聞に書かれていた。多くの子どもたちが安心して教育を受けられるようにとのことだ。
pic.twitter.com/hfedqgpixz
日高秋夫
東京で実現した政策は、数年後地方でも実現することが多いので、都知事にはこの提言に真剣に耳をかたむけて頂けたら、と思う
pic.twitter.com/tishmdeqsg
この三つのツイートに添付された写真は、県立三戸里北高等学校の制服を着た少女が、同じ学校の制服を着ている少年と並んで写っている写真、キスをしている写真、抱きしめあう写真という、日高のツイート内容とは全く結び付かない写真だった。
ふだんならこのミスマッチなツイートが発見されるのには、もう少し時間がかかっただろう。
しかし、今や三戸里市民のSNSは、何か事件が起こるのではと不謹慎なことを期待する人々の注目の的である。よって、日高さんのこれらのツイートもたちまちそのような人々に発見され、その日の午後にはインターネット上で話題になり、写真に写っている人物がすぐに特定された。
それは、県立三戸里北高等学校二年生の佐々木奈々見さんと、県立三戸里中央高等学校二年生の相川和也君だった。
二人は違う高等学校に通っているが、同じ塾に通っていたことで知り合いになったという。
それだけなら、佐々木さんと相川君が恥ずかしい思いをするだけで、何も問題はなかった。しかし、佐々木さんが今付き合っているのは、相川君ではなく、同じ学校に通う二年生の神田友幸さんだったのである。
問題の写真は、昼休みに保護者からかかってきた電話により事態を知った日高さんの手で削除されたが、噂はあっという間に広がり神田君の耳にもこの噂は届いた。
神田君は、放課後佐々木さんを呼び出し、近くの公園で話し合った。そこで佐々木さんが謝らず、ちょうど良いからと神田君との別れ話をしたことによって、逆上した神田君は佐々木さんの首を絞めた。幸いにも近くを通りかかった男性によって神田君は取り押さえられた。幸いにも佐々木さんの命に別状はないという。
このように情報の流失で公も私もバタバタしている隙をついて、おれおれ詐欺のグループや、スリ、泥棒などの集団が三戸里市に入り込んでいた。
彼らは以前から 三戸里市に流れる不穏な空気に乗じて悪の限りを尽くしていたが、市民がパニックを起こしているのをいいことに、今まで以上に活躍している。
そのせいで全国の警察が三戸里市に応援に来ているというのに、人手が全く足りなかった。
この状況を面白がるユーチューバー、主に動画共有サイトYouTubeに頻繁に独自製作した動画を継続して上げる人たちの一部は、三戸里市にやって来て、ふざけた態度で動画を撮った。
また彼らの一部は、三戸里市から流失した個人の映像をまとめたものを瞬く間に作った。
そのなかには、公共の場で見ることがはばかられるような、裸に近い写真が多数あり、消される前に保存しようと言う書き込みが、インターネットに多数見られた。
テレビ局も負けてはいない。以前から朝や昼の情報番組において三戸里市を精力的に特集して来た。が、この情報流失を受けて、夜のニュース番組でも特集が組んで放送している。
合わせて、ある民放のテレビ局は、ゴールデンタイムである午後七時から十時までの時間帯に、有名な解説者の小池氏が解説する三戸里市事件の特番を放送した。
このような状況に嫌気がさして、三戸里市を脱出する市民が続出した。また、必要な外出以外は部屋に閉じ込もる市民も続出した。よって、外に出ているのは、三戸里市の外から来た人間の方が多いと言う現象が起きていた。
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