偽物の進展の二十八日目

「おはよう。昨日はお疲れ様、学君。練習時間がなかった割には、なかなか良く踊れていたよ」


どこまでも青い空とうだるような暑さが、昨日に続いて今日も延々と続く。そんな予感がする今日の朝九時に学が朝霞台探偵事務所に顔を出すと、時哉が笑顔で出迎えた。


「昨日のことは言わないでください!! と言うか、まさか見ていたんですか」


学は昨日のことを思いだし、顔が熱くなるのを感じる。みんな大丈夫と言ってくれたが、ダンスも手話もめちゃくちゃで、思い出したくない。


「ああ、見に行ったよ。ここから遠くないしね」


「なにやっているんですか! そんな暇ないでしょう。昨日は三戸里警察署が不発弾が盗まれたことを発表、三戸里市に追悼の灯火を灯す会が使用したパソコンが見つかるなど事件に大きな進展があった日だったじゃないですか」


学が勢い込んで言い立てると、時哉は難しい顔をした。


「進展、ねえ」


「どうしたんです。何か間違ったことを言いましたか」


「学君は間違っていないよ。間違っているとまでは言えないけど、やり過ぎなのは警察の方だね」


「何が、やり過ぎなんです」


「今報道されているパソコン。あのパソコンがnanaminchan225、澤野卓人と松島恵介、横沢さんの死に関係ある二人のTwitterに、犯罪をそそのかすツイートを書き込んだアカウントが使っていたパソコンであることは、間違いないと私は思う」


「更新がしばらく滞っているサイトや掲示板に、道路に雪をまく事件や、エアコンの室外機を壊してエアコンを使用できなくする事件を手伝う人間を募集する書き込みを書き込んだのも、そのパソコンだった可能性は極めて高い」


「でもだからといって、そのパソコンの持ち主、マスコミには氏名が出ていないが、菅田次郎さんという方が、犯罪に加担しているとは言えないだろう」


「先生はパソコンは第三者が勝手に使ったもので、その菅田さんは、犯人ではないと考えているのですね」


「数年前に他人のパソコンを遠隔操作して幼稚園などに脅迫状を送り付けた有名な事件があったのを覚えているかい」


「覚えています」


「あのような事件のあとでは、犯罪に利用されたパソコンを所有しているからといって、犯人であるとは言えない」


「こんなことは、警察の方でも良くわかっているだろう」


「しかし、パソコンが見つかったことを、まるで犯行に加担したグループの一人が見つかったような大きな話として、すべてのマスコミが報道しているところを見ると」


「何も進展がないと市民から叩かれることを避けるために、警察がマスコミに大げさな情報を渡しているのだろう。そんなことしなくても、本物の進展があったというのに」


「何か、わかったんですか」


「玉川保育園の保育士たちの証言で、伊藤さんが玉川保育園に二回ほどクレームの電話をかけたことがあると判明した。内容は保育園の駐車場での、子どもを迎えに来る親御さんの話し声がうるさいということだったそうだ」


「他にも玉川保育園にクレームの電話をかけた人はいないか、警察が保育士たちに聞き込みをすると、加藤勇太郎さん、中川三郎さん、鈴木太郎さんの名前が出てきた。警察によると、皆独り暮らしの高齢者だそうだ」


「そして」


時哉は、何かを痛ましく感じているようだった。


「もうすぐマスコミでも報道されるだろうが、警察が彼らの所在を確認すると、中川三郎さん、鈴木太郎さんが、自宅でお亡くなりになっていることが判明した。


「まだ正式な鑑定結果が出ていないが、二人の死因は伊藤さんと同じ有毒ガスを吸ったことだと警察は見ている」


「さらに二人とも伊藤さんと同じく、両足をきれいな結跏趺坐に組んで座禅をしている姿で亡くなっていたと聞く」


「二人がお亡くなりになった正確な時間はわからないが、二人は伊藤さんが亡くなった日と、同じ日に亡くなっていると見ていいらしい」


「残る一人の加藤勇太郎さんの行方はいまだにわかっていない。しかし、聞いた話では、加藤さんの家を家宅捜索したときに一階の風呂場から見つかった繊維片に、ジメチルブタン等の成分が染み込んでいることがわかったそうだ」


「何ですか。そのジメチルブタンって」


「ガソリンの主成分のうちの一つだよ」


「ガソリン、ですか。風呂場を利用した誰かが、セルフガソリンスタンドにでも行ったんでしょうか」


「確かにセルフガソリンスタンドで給油するとき、間違って服の袖がガソリンにつくことも考えられる」


「しかし、玉川保育園で発見された焼死体から、ガソリンの臭いが強烈に漂っていたと聞けば、別の想像ができるだろう」


「犯人が、伊藤さんたちと同じくエアコンユニットから部屋に入れた有毒ガスによって加藤さんを殺したあと、加藤さんのご遺体にガソリンをぶっかけて玉川保育園に運び、加藤さんのご遺体を燃やしたとか、ですか」と、学は不快な表情で言う。


「その見方が今は一番有力だね。ついでに加藤さんのものではないかと疑われている焼死体のそばに、金属製パイプの細かい欠片が落ちていたことが判明している」


「それはもともと保育園にあったものではなくて、犯人が使用したものですか」


「火災が起こる前保育園にあったものはわからないが、火災現場でパイプと言えば、パイプに黒色火薬を入れて作る発火装置が現場に置かれていたと見て、間違いないだろう」


「自分達の手で火をつけずに、わざわざ発火装置で火をつけたということは、そこにあったものは時限式発火装置と呼ばれる、設定時間になると炎上する装置だったと思っていいですか」


「そのように考えて良いだろう。自分で火をつけるなら、わざわざ発火装置を使う意味はないからね」


「玉川保育園の周囲に、防犯カメラはなかったんですか」


「玉川保育園の周囲には警備会社の遠隔装置カメラが設置されてい」お」にどうやって入ったのか防犯カメラに映って


「そう言えば、玉川保育園の火災は近所の人が通報しましたが、玉川保育園には、火災報知器はなかったのですか」


「火災報知器は、玉川保育園に、スプリンクラーと共に設置されていた。しかし、それらは火事が起こったときには、作動しなかった」


「玉川保育園の園長は、火災報知器と、スプリンクラーのスイッチを切ったことはないと言っていた。保育士たちも同じ事を証言している」


「何より、玉川保育園の周りには警備会社の遠隔操作カメラが設置されていたのだが、その映像が、通常の日の夜の映像に差し替えられていたんだ」


「そんなことできるんですか」


「個人の設置したカメラの隙をつくことは残念ながら、できないことではない」


「だが、警備会社の防犯カメラは個人の防犯カメラと違い、付け入る隙などあるはずないのだが。全く、すごい技術だよ。こんなすごい技術を持っていながら、それを使用するのが犯罪とは。本当に悲しく、残念なことだ」


時哉はため息をつく。


「なぜ玉川保育園にクレームを入れた人が、全員殺されたんですか」


「これに関しては、いろいろなことが考えられる。例えば、玉川保育園の園長が、保育園が古くなったので建て替えたいと思っているが、三戸里市から予算がおりなくて保育園を建て替えられない状況だったとしたら」


「保育園に放火して燃やしてしまえば、市は保育園を新しく建て替えるだろうと考えるかもしれない」


「ついでに、保育園にクレームの電話を入れてくる迷惑なクレーマーたちを殺して、彼らが犯人ということにすれば、一石二鳥だ、とか」


「とんでもない理由ですね」


「可能性だけなら、なんでもありだよ。例えば、世の中が突然嫌になったので、伊藤さんをはじめとする四人は死ぬことにした。その際近所迷惑なうるさい保育園を巻き添えにしようと考え、それを実行した、とか」


「その場合、なぜ四人は座禅をしたんです」


「座禅をして、悟りを得た状態で死にたいと願った、とかはどうだい」


「保育園に火をつけておいて悟りですか。まあ、いいですけど。それはともかく、犯人はなぜ四人に座禅をさせたと思いますか」


「それに関してだけど、実は、中川三郎さんのご遺体を司法解剖した結果、中川さんは死んだあとではなく、生前に座禅をしていたという事実が出てきた」


「ここから考えると、中川さんが他の三人を殺害したあと、自分の部屋の中に有毒ガスを発生させ自殺したという仮説が成り立つ」


「一人では、加藤さんのご遺体を玉川保育園に運ぶことは無理だと思いますが」


「知り合いに手伝ってもらうことは可能だろう。あるいは」


「中川さんは実は三戸里市に追悼の灯火を灯す会の協力者で、三人殺しを彼らに手伝ってもらったあと、自殺したということも考えられる」


「俺は、三人が加藤さんを殺して、そのご遺体と時限式発火装置を保育園の中に運び入れあと、自宅にて有毒ガスを吸い自殺した。と、三戸里市に追悼の灯火を灯す会のメンバーが見せかけようとした説を取ります」


「中川さんが犯行に加担したという確実性のある証拠が出てくるまでは、それが一番良い仮説だと思う」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る