監視カメラと手紙の十二日目

今日から七月になった。朝から晴れて空がくっきりと青く美しい姿を見せていた。昼過ぎには暑さを感じる天気になった。その夜大田は、毎日の習慣であるかのように朝霞台探偵事務所の応接室に来て、時哉と学に事件の話をしていた。


「市役所の立体駐車場はですね、こないだ行かれたから知っているでしょうが、一階の管理人室に居る管理人は監視カメラの映像を見て異常がないかチェックしています。しかし、自動車の窓越しですし、顔をはっきり見ているとは言いがたいです。また、昼間車が停まっているときなら車の影に隠れて監視カメラに映らないようにビニール袋を捨てることができます。ビニール袋を棄てた犯人を捕まえるのはそう簡単ではないでしょう」


「それから三戸里レディースクリニックというのは、三戸里市の北西部にある産婦人科の医院です。評判の良い病院で私の息子二人もここで生まれました」


「病院は三階建てで病床数は十九床、スタッフは常勤の医師二人に、非常勤の医師二人、助産師八人、看護師十人です。この内非常勤の医師はこの日医院に来ていませんでした。また、看護師三人と医師一人は一階の外来にいました」


「事件当日、胎児の母親は朝八時半に三階の手術室に入りました。九時を少し回ったところで中絶手術が始まり、手術は十二時半頃終わりました。母親は休息するために、前日から使用していた三階の別の病床に移りました」


「一方、胎児は看護師によって綺麗に洗われ、胎児の母親が看護師に渡していた黄色いベビー服を着せられました。実はこの胎児は妊娠してから十二週間たっています。日本の法律では十二週経った胎児は役所に死産届けを出して埋葬する義務がありますが、母親は亡くなった胎児をいったん家に連れて帰りたいと要望したためそのような処置がとられました。看護師がその作業をやりおえたときに時計を見ると、一時を過ぎたところでした」


「それから少しあと、午後一時半を過ぎたところで、二階のブレーカーが突然落ちました。当然すぐに自家発電装置に切り替わりましたが、ブレーカーを戻しに看護師が廊下を行ったり来たりしたため、病院内は一時騒然となりました。犯人はその隙をついて胎児を盗み外に出たと考えられてます」


「その病院には監視カメラは設置していなかったのですか」


「それがですね、監視カメラは病院の電源を使っていたので、病院の電源が落ちると同時に監視カメラも使えなくなったのです。もちろん自家発電装置に切り替わるのと同時に監視カメラも復活しましたが、そのわずかな間に胎児の遺体は盗まれたと考えられています」


「また、病院はその時間昼休みでした。一階の外来でも診察を終え、受付の二人三人の看護師と医師一人は外に食事に行っていました。二階と三階にいた看護師も交代で食事を取っていました」


「ですから絶対的なアリバイを持っている者はおりません」


「病院の面会時間は何時からですか」


「一時からです。胎児が盗まれたときには面会時間は始まっていました。二階の受付兼ナースステーションにいた看護師によるとまだ誰も来ていなかったそうです」


「すでに警察の方で行っているでしょうが、医師や看護師以外の病院に出入りしている人がいないかを探すことが大事でしょう」


「そうですな。次に明和商事の件ですが、とんでもないことがわかりました。昨日身元がわかっている被害者の名前を報道したところ、警察で詐欺事件などを扱っている部署から連絡があり、被害者の一人、金田章夫かねだ あきおさんはかつてオレオレ詐欺に関わっていたことが判明しました。その他の被害者も何らかの犯罪に関わっている可能性が高いそうです」


「彼らの中にオレオレ詐欺などの犯罪に加担していた者が多いとすれば、明和商事がまともな会社ではなく、何らかの犯罪を行っているグループの隠れ蓑だった可能性がありますね」


「ええ、警察で会社の書類を押収して調査をしていますから、まもなく結果がでるでしょう」


「逃げた社員が居なかったか、他に支社や友好関係を結んでいたグループが居なかったかも捜査する必要がありますね。最もこれは警察ですでに調査しているでしょうが」


「また、彼らの死因はエアコンユニットと換気扇から流れて来た有毒ガスを吸ったことによる中毒死の可能性が高いそうです」


「明和商事は地下一階にあり、物理的な空気の出入り口は玄関のガラスドアしかありません。ですからエアコンユニットを押さえられれば、彼らにはなすすべがありません」


「それにしても彼らは全く逃げていないですね。換気扇をつけるなど空気を入れ替えようとはしなかったのでしょうか」


「警察ではその点から、犯人は最初に催眠ガスを使って被害者を眠らせたあと、有毒ガスを送りこんだ可能性があるといっています」


「それから、被害者の一人、川松剛士かわまつ たけしの机の中に書類にまぎれて、高さ五センチメートル程のぼんぼりが置いてありました」


「ぼんぼりというとお雛様の飾りに使うものですね。なぜそれが、あっ。灯りですね」


「警察でも先生と同じ意見でした。これは犯人が置いていったものだと」


「しかし、犯人が置いた物だとすると、立体駐車場の胎児の側に灯りがなかったのが気になります」


「それは警察も気にしているようですが、深い意味はなく、犯人が置くことを忘れたのではといっていました」


「この犯罪は、一人ではなく多人数で行っているようなのでそれは当然ありえますね」


「まあこちらは警察の方に任せて、先生には他にやっていただきたいことがあります」


大田は黒い鞄から白い封筒を取り出した。


「斉果県の他の市と同じく、我が市でも市長に直接手紙を出すことの出来る縦五十センチメートル、横二十センチメートル、幅二十センチメートルの段ボール箱で作ったポストの横に『市長への手紙』と印刷された封筒と縦線の入った専用便箋が置いてあります。以前は月に二、三通しか来なかったのですが、このごろは毎日山のように手紙が来て箱がすぐいっぱいになります。ですので午後一時と、午後五時の二回箱のそこ蓋を開いて手紙を出すと、私か、市の職員が手紙を読みます」


「以前は建設的な意見の手紙が多かったのですが、今来る手紙の多くは市長に対する暴言を書きつらねた手紙がほとんどです。本当のことを言えばやめたいのですが、このポストがあることで市政への不満のガス抜きになっていると思うとやめられません。今日の午後一時にそのポストを開けたところ、気になる手紙が一通入っていたのです」


大田は時哉に封筒に「市長への手紙」と印刷された白い封筒を差し出した。時哉は中の便箋を出し手紙を読み始める。


「拝啓 安江市長様

市役所の駐車場に放置されていた男の赤ちゃんも、三戸里市で今起こっている事件で亡くなった方も全部あなたが殺したのです。後始末が大変そうですが、自己責任ですから仕方ありません。頑張ってくださいね。 三戸里市白山町二の六の三十五 笹谷芹香ささや せりか


「どうです。その手紙の変な点がわかりましたか」


「市役所の駐車場に放置されていた男の赤ちゃんと書いてあることですね。マスコミなどでは胎児と報道されていて胎児の性別などは報道されて居ません。それを知っているのはおかしいです」


「そうなんです。ただ、知人に三戸里レディースクリニックのスタッフがいて、そのスタッフから話を聞いたのかもしれません。胎児の性別までは警察も口止めしていなかったでしょうし」


「だから別に深い意味はないのかもしれませんが」


「何か気になるのですね」


「ええ、他の嫌がらせの手紙とは何か違う気がいたしまして」


「わかりました。調べてみます」


















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