第3話保育園襲撃の三日目
「ただいまー」
玄関で声をかけて学は家に入る。廊下を歩いてリビングに入ると母親の
「お帰りなさい。危険な目に会わなかった」
「別に探偵事務所でアルバイトしているからって、危険な目に会うわけないだろ」
学が呆れたように言うと待子は真剣な目で「でもあなた今日三戸里市に行ったんでしょ」と言った。
「行ったけど、それが」
「今日三戸里市で大事件があったのをあなた知らないの」
「大事件って、どんな」
「保育園が襲撃されて園児が一人連れ去られたのよ」
「ええっー‼」
「本当にわずかな隙をついて連れ去られたらしいわよ。怖いわよねえ」
学はそのまま延々と話を続けそうな母親を無視してテレビのチャンネルを回してニュース番組に変えた。すると母親の言葉通り「保育園襲撃! 園児一人誘拐‼」というショッキングな見出しがついたニュースが流れている。画面には白いシャツと黒いズボンを身につけて走っている男の子の元気な姿が写し出されていた。
そのあと学がご飯と麻婆豆腐と野菜炒めを食べ豆腐とネギの味噌汁を飲みつつニュースを見たところ得た情報によると、今日の午後四時二十分頃、市立三戸里西保育園の出入口付近の道路に停まった黒のワンボックスカーから出て来た、麦わら帽子に黒のサングラスをした男が出入口の鉄のドアが開くわずかな時間に乱入し、入り口近くで遊んでいた園児の
次の日の午後四時。
講義を終えた学が朝霞台探偵事務所に顔を出すと、佳珠乃が出迎えた。
「いらっしゃい。ねえ、ちょっとテレビ見てかない。あの子が見つかったのよ」
「あの子?」
「ほら、昨日保育園から誘拐されたあの子よ」
「えっ、昼間はまだ見つかっていないとか言ってネット上でも大騒ぎになっていたけど見つかったの」
「うん、三時半頃三戸里市内の林を見回っていた警察官が林の中に生えている太い大木に男の子がロープで縛り付けられているのを発見したってテレビで報道されているわよ」
佳珠乃の言葉を聞きテレビの画面を見ると、そこには確かに「保育園男子無事発見!」の文字が踊っていた。うっそうとした林が映っているがあそこが男の子の発見された現場なのだろう。学はしばらく半狂乱になった母親が男の子を抱き締める映像、男の子を発見した警察官の話、専門家による解説などを興味深く見た。そこでわかったことは、男の子が少し脱水症になっていてぐったりしているが、命に別状はないこと。男の子が縛られていた木のある林は普段は人気のない場所であること。男の子が縛られていたくぬぎの木の下に犯人の遺留品と思われる白い円筒形のLEDランタンが置いてあったこと。犯人が乗っていた車が斉果県の県境を越え隣の
「犯人はまだ捕まっていないみたいだね」
「うん。犯人の乗っていたワンボックスカーは昨日警察に盗難届が出されていた物だから、車からは犯人にたどり着け無いしあれだけ目立つ犯罪をした割りには意外と捕まんないかもしれないね」
そんな会話を佳珠乃とかわしたあと学は応接室に行き時哉の隣の机で書類を整理をしている時哉を手伝う。そして、今日は迷子になったペットを探す依頼も浮気調査の依頼もなくて暇だからもう帰ろうかと学が思っていると、自分の机の上の電話が鳴ったので取る。
「お電話ありがとうございます。朝霞台探偵事務所ですがなにかお困りでしょうか」
「三戸里市市長、安江興作の第一秘書の大田信造です。朝霞台先生はいらっしゃいますか」
「はい。在席しています。今変わりますので少々お待ちください」
冷静に振る舞いつつ学は激しく興奮していた。あの大田信造から電話とは。横沢家の事件に新たな進展があったのかもしれない。学は時哉に電話を渡すともどかしげに時哉の様子を見る。しかし時哉はええ、はいなどと相づちを打つだけなので何を話しているか一向にわからないと学が思っているうちに電話は終わった。
「大田さんはなんと言って来たんですか」
興味津々という風な学に苦笑しつつ時哉はこれから大田が事務所に来るので話を聞きたいなら待っているようにと言った。
「いやあ、全く大変でしたよ」
しばらくたってやって来た大田は応接室のソファーに座ると、時哉に向かって愚痴をこぼし始める。
「保育園から園児が誘拐されるという前代未聞の事態ですからね。保育園にお子さんを通わせている親御さんたちは保育園の警備は大丈夫なのかと不安に駈られて市に問い合わせの電話をかけてこられますし、マスコミからの取材はたくさん来ますし、市内はどこもかしこも警察官が見回っているしたまったものじゃありませんよ」
「それは大変でしたね。でも、児玉夕輝君が無事に見つかって一安心されたでしょう」
時哉が穏やかな声で言うと、大田の顔は曇った。
「そうですね。今日は仕事しながらもこの事件のことが気になってテレビを頻繁につけてしまいましてね。テレビの速報で夕輝君が見つかったときは本当に安心しました。しかし、それも夕輝君が縛られていた場所に白いLEDランタンが落ちていたと報道されるまででした」
「白いLEDランタンがどうかしたのですか」
「思い出してください。横沢真央さんのお亡くなりになっていた場所にもフロアライトが一つ置かれていたいたでしょう」
「つまり横沢真央さんを殺害した犯人と夕輝君を誘拐した犯人は同じ犯人による事件だと言われるのですか。でも、横沢家にあったのはフロアライトでこちらランタンと違います。また、横沢真央さんの事件と違いこの事件現場は昼間でも薄暗い場所ですからランタンを使うことは極めて自然です。これだけで二つの事件が同じとは言い切れないのではないですか」
「警察官の方も同じことを言っていました。でも、私にはどうしても二つの事件が無関係とは思えないのです」
「わかりました。では、二つの事件についての共通点を探って行きましょう。まず、児玉夕輝君のお母さんは三戸里市を訴える行政訴訟の原告団のうちの一人ですか」
「いいえ、違います。あとテレビでの報道で、夕輝君は一人っ子と報道されていました。テレビに出ていた父方のお爺さんがたった一人の孫と言われていましたからおそらく確かかと」
「それから、横沢真央さんの長女の美央さんは三戸里中央保育園に通っていました。母親の真央さんは行政訴訟を起こすにあたり市内の保育園を回って裁判への支援を訴えていたそうなので、児玉夕輝君の母親は横沢真央さんを知っていた可能性はありますが、個人的に親しかったという情報は今のところ入っていません」
「なるほど、今のところ二つの事件の共通点は横沢さんの長女の美央さんと、児玉夕輝君が同じ2歳ということだけなんですね」
「そうですね」
大田はそう返事をすると目の前のテーブルに置いてある緑茶を一気に飲み干した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます