黄金連休の洋菓子

一条 灯夜

プロローグ

 五月ってどういう季節なんだろう?

 五月の異名は、皐月以外にも、雨月とか梅月とか五月雨月なんかがあって、それは旧暦の五月が梅雨に当たることに由来している。もっとも、風情のあるその名は大好きだけど、現在に即しているかと訊かれれば、首を横に振らざるをえないけど。


 じゃあ、現代の五月は?

 季節的には、夏ほどまでは行かないけど、暑さがうっとおしくなり始める時期で――。

 中二の僕達にとってソレは、クラス替え後の浮ついた気持ちにはとっくにけりをつけて、余程何かが無い限り、クラス内の分相応コミューンに落ち着く時期だ。余程何かがあったヤツの場合も、クラスに見切りを付けて、他のクラスの同じ部活のメンバーなんかとホールやグラウンドなんかでそれなりの安定を手にする。

 多分、そういう小康状態が、中学生にとっての五月というものなんだと思う。

 ……しまったな、今の状態を論理的に考察するために始めた思考だったのに、真逆の結果に行き着いてしまった。


「さいとうくん?」

 呼びかけられて、自分の前後の席の間を視線で行ったり来たりさせる。前の席の斉藤くんも、後ろの席の西藤さんも、どちらも留守らしい。

 まったく、昼休みになったばかりなのに、忙しいことで。

「斉藤 修平くん! ここ、いいですか?」

 委員長は、僕の態度を深読みはしてくれなかったみたいで、残念ながらフルネームで呼び掛けられてしまう。

 僕が少し目を細め、うっすらと口を渋い色にしたのをはっきりと認識したにもかかわらず、委員長は更に同じ台詞をもう一度口にした。しかも、上品な微笑まで浮かべて。

「ここ、いいですか?」

 二回も言われて、よろしくないです……とは、流石に言えない。断るにしても、それなりの正当性と合理性の説明責任が生じてしまう。相手が女の子だから、尚更。しかも、このクラスの最初のロングホームルームで、誰もがやりたがらない学級委員長に立候補した、才色兼備……は、言い過ぎか。ともかく、容姿が並以上で、勉強は結構上の方の女子生徒からのお誘いは、断るにも受け取るにも、それなりの覚悟と面倒が付きまとう。

 正直なところ、嫌いじゃないけど、関わりたくないタイプの人間なんだよな。良くも悪くも彼女は目立ち過ぎる。

 そして――、これが一番問題なんだが、社交的過ぎる。

 別に、僕、誰とでも仲良くなんてしたくないんだけどな。めんどくさいし。

「……その席の斉藤 なにがしくんがいいなら、いいんじゃない?」

 唇の端に皮肉たっぷりの笑みを軽く乗せて、僕は渋々答えた。委員長が僕をフルネームで呼んだことの仕返しに、前の席の男のフルネームを口にしようとしたんだけど、下の名前が出てこないから、やや迫力不足だったかも。

 なんか、古風のような……それでいて今風のような名前……だったような?

 どうでもいい人の名前を考えるのが馬鹿らしくなって、頬杖ついて視線を落とせば、セーラー服の上着とスカートの境目が目の前にある。丁度、臍ぐらいの位置だよな、なんて考えてしまうと、捲れて見えてたりはしないのに、それでもなんだか見てはいけないような気がして、つい視線を更に横へ逃がしてしまった。

 逃がした先でぶつかった幾つかの好奇の視線が、弾かれたように方々へと散る。

 ふん……下らない野次馬共め。

 誰かと誰かが付き合っただの、誰が好きだの、仲良くしてただの……そういう噂、聞くのも、されるのも凄く嫌なんだけどな。

「名前ぐらい覚えてあげましょうよ。もう一ヶ月経つんですし」

 ちょっと困ったような声が頭の上から降ってきたから、そっぽ向いたまま僕は問い掛けた。

「もう少ししたら、LHRでまた席替えするのに?」

 委員長からの返事は、苦笑いだけだった。


 気付かれない程度の小さな溜息をついてから、鞄から弁当とペットボトルの麦茶を出す。その間に、委員長は、僕の目の前の机の向きを変えて、僕の机とくっつけた。

 待つ理由はなかったけど、先に食べ始めていたら文句を言われる気がして、ボーっと委員長を見る。

 委員長は椅子を左手で引いて、ちょっと上体を屈め、僕の方に微かに顔を突き出すようにして椅子に座った。近付いた瞬間に、微かに……甘いような爽やかな香りがした。香水っぽさは少ないからシャンプーかもしれない。委員長の髪は、長いとも短いともいえないから、はっきりは届かなかったのかも。背中側は肩甲骨ぐらいまでの長さで、前髪は……若干パッツンぎみ。だからなのか、細めのはっきりした眉に緩和され、一重瞼の目なのに、あまり目が小さくは見えない。

 しかし、どこかでかいだことのある香りなんだよな、これ。

 知っているのに思い出せない中途半端な感覚は、結構気持ち悪い。

 僕自身、わりと執着する性格な自覚はある。気をとられると、それだけしか見えなくなるような悪癖は、直したいところだけど……。

 委員長が椅子に座ったのを見届けて、さっきよりも不機嫌な顔で自分の弁当の包みを解く。今朝姉貴の分と併せて自分で詰めた弁当だ。

 ふと、端っこに塩水で軽くさらした林檎が目に留まった。

 そうだな、委員長の髪からした香りは、林檎みたいな――ああ、これはカモミールだ。

 もしかすると、姉貴と同じシャンプーなのかも。風呂上りの姉貴も、こんな感じの香りがする。

 分かると、どうしてすぐに気がつかなかったのか疑問に思う。都合のいい頭だよな、と、我がことながら苦笑いして、勝手に納得していると、委員長にとてつもなく怪訝な目で見られていた。

 無言のまま首を横に振って、なんでもない、と、態度で告げる。

 委員長は納得していない様子だったけど、僕を問い詰めるようなことはしないで、不承不承といった顔で弁当の包みを解き始めた。

 ふ、と、鼻で笑って食事を始めようとした僕。だけど、箸を取る手は、委員長に抑えられてしまう。箸を弁当の方に持っていこうとすると、手に掛けられている委員長の力が増す。……表情だけは、完璧な笑顔で。だからこそ、漫画とかにあるあの怒りマークが乗っているようにも見える。

 少し冷たいけどしなやかな指ですね、とか、感想が欲しいのか?

「なに?」

 嘆息し、箸を一度置いて、きつくなり過ぎないように委員長を睨む。

 委員長は質問に口では答えずに、行儀良く両手を合わせて期待する目を僕に向けた。

 真面目っていうか、良い子ちゃん過ぎてなんかヤだな、コイツ。

 もっとも、このまま周りの顰蹙を買うようなイチャイチャをしていても仕方が無いので、委員長に合わせて手をあわせてやると、よくできました、とでも言うように穏やかな目を向けられた。

「いただきます」

「……ます」

 ハキハキした元気な声で言った委員長と、恥ずかしくて最後だけ合わせた僕。

 委員長からは咎めるような湿度の高い視線を向けられたけど、僕は気付かないふりして食事に取り掛かる。

 委員長の不満は、僕がミニトマトを飲み込むまで向けられていたけど、さすがに無駄だと悟ったのか、委員長はもう一度改めて小さく独りでいただきますをして、自分の食事に取り掛かった。


 僕が箸を動かすと、委員長が箸を止める。

 口に物を入れて噛み始めると、委員長が箸を動かし始め、僕が飲み込む頃に委員長が噛み始める。

 ……なんなんだろうな、この変なリズムは。

 最初で狂った歯車は、回っているうちに噛み合わせが重なることなんて無い。不協和音だと分かっていても、そのリズムが崩せない。

 いや、まぁ、分かってはいるけど、いざそういう状況になると……。

 目を細めて委員長を見る僕。

 フリなのか、それとも本当に僕の心の機微を全く察せていないKYなのか、不思議そうな顔を返した委員長。

 なんていうか――。

 はっきり言っていいなら、とてつもなく気まずい。

 更に、僕だけが気まずそうな状態だというのが、なんだか腹立たしい。

 委員長は、仲良くも無い異性と、会話もなく差し向かいで飯を食っていて楽しいんだろうか?

 昔っから姉貴にべったり……というか、姉貴が僕にべったりだったから、同い年の他人との接し方がいまいち分からない。同級生をひとくくりに子供っぽいとか断じる気は無いけど、自分と近いような感性や落ち着きは持っていないと思う。……その善し悪しは別として。

 長い人生、たった二歳の差で大きく変わるもんか、と、大人は言うだろうけど、十四年しか生きていない僕らにとっての二年間は、人生の七分の一だ。パーセンテージで言うなら、十四とちょっと。政治家共が増やそうとしてる消費税以上に高くつくそれは、決して安いとは言えないだろう。


「そういえば――」

 気まずさに耐えかねて口を開くけど、台詞が続かない。

 普通の中学生って、どんな話をするものなんだ?

 自分が普通じゃない自覚はあるので、自分にとっての普通の話題――好きな帝国海軍のエースは? とか、小型船舶操縦士の免許欲しくない? とか、そういうのを除外していくと……まずいな、なにも思いつかない。

 勉強の話、か? 中の上の僕が、上の中の委員長に? 釈迦に説法だな。

「うん?」

 妙案が浮かぶ前に、無常にも僕の呼びかけに応えた委員長。

 きょとん、とした無防備な顔が目の前にある。

 頑張って意図的に解釈するならば、キラキラした瞳は、小粋なトークを期待しているようにも見える。

「僕等の学校みたいに、給食が無い中学校って珍しいみたいだね」

 無難に時事問題? を絡めた自分の機転に拍手。

 まぁ、流石に天気の話題とかは、会話に困っているテンプレート感が否めないし、五月晴れの青空で、どれだけ会話を広げられるか甚だ疑問だしな。

 ほんの少し得意げに委員長を見る僕。

「あー、うん、そうだよね」

 僕の意見に同意しつつ、にっこりと明るい笑顔を浮かべ、無常にも会話を打ち切った委員長。

 半ば呆然とする僕を尻目に、委員長は焼きつみれっぽい何かを口にして――想像以上にはそれが美味かったのか、目をちょっと大きく開いて、二つ目のつみれに箸を伸ばしている。

「…………」

「…………」

 様子を窺うつもりで黙った僕と、特に自分から話題を向ける気は無いのか、ほんわかした表情で昼食を続ける委員長。

 ――これ、逃げたら駄目なのかな?

 無言で向き合って食事するだけなら、別の場所で食えばいいのにと思うのは、僕が小さい人間だからか? それとも……、ああ、委員長に対するなにかの罰ゲームで、ちょっとアイツからかって来なよ、とか命令されてこうしているとか?


 うわ、すごいありそうだな、ソレ。

 となると黒幕は、窓際列中央を陣取る頭と尻の軽そうな女子グループの連中か?


 食事半ばで一度箸を置いて、ジッと委員長の目を見てみる。

 二拍ほど置いてから、僕の態度に気付いた委員長が佇まいを直して一度箸を降ろした。ピンと伸ばされた背筋。

 目線の高さは、ほとんど変わらない。

 姿勢良いよな、委員長は。

「目的はなに?」

 雰囲気だけはオブラートに僕が首を右に傾けて訊いてみると、委員長は僕と反対側に首を傾けて、同じような調子で質問を返してきた。

「嫌でした?」

 うっかり頷きかけて――物凄くムッとした目で委員長に威嚇され、不承不承、僕は首をミリ単位で横に振った。

 普通におしとやかそうで丁寧な言葉遣いの割には、プレッシャーは半端無い。姉貴で慣れているとはいえ、女ってこれだから。


 僕が屈服したことで、どこか満足そうな顔になった委員長に、皮肉もこめて自虐的な笑みで告げる僕。

「いやなことなんて、まったくあるわけないだろう? こんなにもすてきないいんちょうと、いっしょにおひるがたべられるんだから」

「本音は?」

 委員長は誤魔化されてはくれなかった。さっきよりも温度の下がった声が、敢えてふざけて返した僕を非難していると、受け取れないことも無い。

 チラ、と、委員長の目を覗いてみると、視線の温度も下がっていた。

「目の前で黙っていられるのは好きじゃない」

 嘆息して、素直な感想を口にする僕。

 まったく、結局最後には本音が気になるんなら、最初から意思表示の邪魔をしなければいいものを。

「騒がしいのは平気なんですか?」

 委員長は僕の態度に更に気を悪くすると思っていたから、楽しそうな声で逆に問い掛けられても咄嗟には答えられず、目を瞬かせてしまった。

 驚く僕を、してやったり、という勝気な笑顔で見た委員長。

「……それも好きじゃない」

 一拍間を空けてから少し渋い顔で答えると、委員長はやれやれといった顔になった。

 ほっとけ、と、口にしない代わりに、再び箸を取って俯く僕。

 もう委員長になんか、話しかけてやらない。

「虐められてるってわけでも無いんですよね?」

 ささくれた気持ちで飯を掻っ込もうとした瞬間、顔を近づけた委員長がこっそりと耳打ちした。

 ……は?

 飯を入れる前の大口のまま、一瞬固まった僕だったけど――理解は唐突に訪れた。


 ああ、委員長は元々そういうタイプの人間だった、か。

 御節介。

 納得してしまえばこれまでの行動の理由も明白で、要は良い子として、クラスで特定の誰かとべったりしていない僕を単純に気遣ったとかなんだろう。部活が帰宅部だとか、他のクラスにも親しくしているヤツがいないとか、そういったことを誰かから聞いてるのかも。

 ただ、これはこれで……正直ウザい。

 悪いけど、正義の味方はお呼びじゃないんだよな。

「今、委員長に虐められている」

 委員長がそうしたように、僕も少し顔を近付けていった。お互いに詰めた危険な――鼻がぶつかりそうな距離で、見詰め合う。というか、向けられた委員長の睨む視線を、暖簾に風と僕が微笑で受け流している。

 これは勝ったな、と、いい気になったのも束の間、委員長は真剣そのものの表情で目を潤ませた。

 ――げ。

 これはまずいという気持ちと、これだから女は、という苛立ちが交錯する。まぁ、マジ泣きだとは思えなかったけど、この辺が落とし所なんだろう。被害を防ぐためにも、僕が大人になってやるしかない、か。

 納得は全く出来ないけど、な。

 やれやれと肩を竦め、軽く両手を挙げて降参する。

「ったく、冗談だよ、冗談」

 ……半分程度は。

 心の中で悪態をつく僕を他所に、「驚きましたか?」とか、悪びれもせずに訊いてくる委員長。これ以上翻弄されてはたまらないので、いいや、と溜息で答え、最初に訊かれた質問に答える僕。

「クラスの皆と、適度な距離感を保っているだけ」

 台詞と合わせる様に、仰け反って一気に委員長との距離を開ける。

 腕一本分くらいの間合いが、僕等の間に横たわる。

 その隙間に、もう少し深い溝があれば完璧なんだけど、無いものねだりは出来ない。

「遠すぎません?」

 ずい、と、委員長にとっての適切な距離を示すように、机の上に身を乗り出して掌分程度の距離まで近付く委員長。

 そんな睫毛がはっきり見える距離の、どこが適切なんだか。

「個人の自由だよ。必要なイベントとかは、ちゃんとしてるし」

 呆れているのを隠さずに言った僕に、委員長は少し頬を膨らませる。

 そう、合唱会の練習も体育祭の練習も参加したくないけど出てやっているんだし、特に人付き合いについて非難される謂れはないはずだ。クラスの仲良しこよしの雰囲気だって、混ざらないだけで邪魔もしていないんだから。

「もう少しクラスに馴染んでは?」

「それじゃあ、委員長は、僕にあんな風になれと?」

 箸でチンピラ予備軍の、窓際の机に座って大声で騒ぐ馬鹿丸出しの低スペックを指して訊いた僕。

「もしくは、アッチの方が好み?」

 教室の隅っこで縮こまりながら車座に座って、携帯でゲームかなんかをしている大人し過ぎな一群に視線を向けてから、どう? と、返事を促すように瞳の奥を覗き込む。

 瞳の揺れ方から、怯むのが分かった。

 まぁ、僕の様子からどちらとも思われたくないのは分かっただろうし、委員長は返事を出来ないだろうけど――。

 ……強いて分類するなら、根暗系の方が近い……のかな?

 少しだけ気になってどうでもいいことを考え、いや、やっぱり、どっちに分類されるのもゴメンだな、と、自分で始めた思考を打ち切る。ラベルってのは、他人が勝手に張るものであって、自己申告ほど当てにならないものも無い。ついでに言うなら、どっちと自己主張しても、ちょっとイタイし。


 しかし……普段より、どうでもいい方向に良く回る思考は、緊張のせいかも。

 良く知りもしない他人に接するのは、どうも苦手だ。

「どうしてそう極端なんですか?」

 案の定、苦笑いで優等生な回答を口にした委員長。

 普通です、とでも言いたいのかもしれない。

 心にも思っていない癖に。

「真面目な話さ、ほっといてくれた方がありがたい人間もいるんだけど?」

 ほんの少しだけ真剣な顔をして、そういうの分かるよな? と、同意を求めてみる。委員長は決して馬鹿じゃない……馬鹿じゃなかったと思う、多分。だから、委員長の行動を否定するのではなく、あくまでライフスタイルの違いだと伝える。

 くわえ箸で考え込む委員長――あまり行儀が良くない行動なのに、そういうのが可愛く思えるから、美人って得だと思う。

 もっとも、その美人に手を出そうという意思が湧かない僕は、随分と枯れているのかもしれないけど。草食? 絶食? どうなんだろう?

 まさか、姉貴がブラコンだからシスコンになったとか?

 ……止めてくれ、性質の悪い冗談だ。


「お弁当、美味しそうですね」

 随分長いこと考えていた委員長は、形勢不利を悟ったのか、全然別の話題を持ち出してきた。

 処世術まで使えるとは、想像以上には腹黒いのかも、この女。

「ああ、まぁ、そうだね」

 あからさまな話題転換に付き合う必要もなかったけど、斬り捨てるタイミングを外されたのは事実だった。

 それに、さっきと逆の状況っぽくなったのは、少し可笑しい。わりと気の利いた皮肉みたいで。

「冷凍食品も少なくて、健康に良さそうというか……」

 僕がなにを面白いと思っているのか分かっていない委員長は、ニコニコした顔のまま、尚も僕の弁当の中身に対して賛辞を送っている。もしかすると、弁当を褒められて気を良くしていると思っているのかもしれない。

 ふと、これを自分で作って詰めていることを言ってみようかと思った。

 でも、どうせ『すごーい』とかなんとか、ありきたりな反応が返ってくるだけだろう。そんなのは、つまらないし、意味の無い反応を見るためだけに個人情報を口にするのは無防備だ。

 このまま放って置いても良いんだけど……。普段しないことをして気力を消耗したせいか、相槌程度も喋る気力がなくなったから、黙ってじーっと委員長を見る。

 委員長は、僕が再びなにか話題を振る前触れだと思ったのか、嬉々とした忠犬状態で待機した。

「悪いけど――」

 うんうん、と、頷き期待する目で催促する委員長。

 ってか、この切り出しから内容を類推できないんだろうか?

 まぁ、別に、どうでもいいけど。

「キミ、喧しい」

 軽く溜めを入れてから、はっきりきっぱり言った。聞こえないフリは出来ないぐらいの声色で。

 ニコニコした顔を凍らせた委員長は、一瞬遅れて、捨てられた子犬のような顔になる。

 助け舟は出してやらない。

 そういう気分じゃない。

「すみません」

 少しは自覚があったのか、シュンと項垂れた委員長。

 なんていうか……。

 普通の人の気持ちって、慮るのが難しいな。

 些細なことでしょげるかと思えば、随分図太いところ――いきなり飯に誘ってきて、話題も振らずに飯を食うとか、アンバランスな所が多すぎる。

 火加減の利かないコンロで、筑前煮でも作ってる気分だ。


 もう一言ぐらいは何かあるかな、と、構えてはいたけど、がっくりと落ちた委員長の肩は、もう戻りそうになかった。


 ……ま、静かになったからいいか。

 こういう苦くてイタイ状況には慣れているから、別段、罪悪感を感じることも無い。

 自分が冷たい人間だって自覚はあるけど、どうでもいい他人に優しくする必要性を感じていないし。

 明日から始まる連休に思いを馳せつつ、向かい合いながらも、果てしなく遠い距離を隔てて食事する僕等。


 ちっぽけなプライドだったのか、誘ったことに対する義務のつもりだったのか、委員長は鐘が鳴るまで、くっつけた机も離さず、正面の席からも離れなかった。



 変な女。

 それが、僕が委員長に抱いた最初の印象の全てだった。

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