第3話 そんなわけで従者の見習いをすることになったのだが③
魔女と一般市民。そこで取り交わされた契約。
俺の人生はここから歯車が狂いだす。いや、狂ってしまったのかと自問すると、はいそうですと自答できるが、そのインパクト足るや狂うどころの騒ぎではなく、ギアがバックに入り逆回転したぐらいの方向転換っぷり。
ちなみやちなみ。その時に俺が絞り出した返答は保留。
なんでいきなり記述が述懐っぽくなったのだろう? それは簡単だ。この後に起こる出来事が生涯忘れられない一代イベントだったからだ。
結婚式や葬式に次ぐ、下手をすると超えかねないターニングポイント。分岐点。チェンジングザワールド。
とりあえず、「考えさせてくれ」と言ったのは、武藤さんの話について詳細を突っ込む気にもならなかったら。俺が武藤さんから得た知識は少ない。少なくて異端。異常で以上。
そんな手持ちのインフォメーションがたかが知れてる段階で、おいそれと「はい」なんて言えない。
いったん保留し、家に持ち帰る。問題の棚上げとも言う。ゆっくり考えて結論の出る問題とそうでない問題があるとしたら、どちらかというとこれは後者であるような、ただ単に断るのであれば、今でも良かったが、そこは相手が武藤さんだというのが俺に貧乏くじを引かせた。
無下に断って、あまり気分を害してほしくない。断るにしろ、筋道立てて説明するなり、なんせぶっちゃけ嫌われないように上手い言い方を考えたいってのが頭にあったんだろう。
なんせ、安全策だ。結論の先送り。現状維持を尊ぶ主張だ。何が起こるのかわかないなら余計なことは始めない。美しい、事なかれ主義よ。
そういう意味を十二分に、波動エネルギーは臨界を超え、はやく発射しないと砲身が焼け付くぐらいのパーセンテージを込めた俺の精一杯の拒否権発動。
が、武藤さん側の受け取り方は違っていた。
彼女はこういったのだ。
「じゃあ、仮契約だけしとくね」
仮契約? それと……本契約の間にはどれだけの差が……? いや待て、契約ってなんですか? 魂とか売っちゃわなくっていいですよね? ちなみに幾ら貰えるの? いや、冗談はジャパニーズオーシャンスープレックスでもジャーマンスープレックスでも有名どころの技でたとえるならバックドロップでもブレーンバスターでもいいから投げつけて、いったい何がはじまるの?
たくさんのクエスチョンと数えきれない不安で頭の中がいっぱいになった俺の目の前で武藤さんはぶつぶつと呟きだした。明らかに俺に聞かせようとしているのとは違う。
独り言? フランス語? いや、この場面でもっとも相応しい単語を俺は知っている。意味が分からない言葉を誰に聞かせるでもなく唱え続ける作業。ただ、結び付けたくないだけなんだ。それと確信したくないだけなんだ。
呪文。そう、呪文だ。あれ? 意味が一部聞き取れるや、日本語じゃんって呑気に喜んでいる場合か!
「……ファシリアの御名において……我……契約せり…………を寄り代とし、彼、石神響平を……ここに……を……結ぶ……」
ちょ、冗談だよね? 練習したんだよね? 上手いよ、お芝居。リアリティありすぎて、信じちゃうよ。ねえ、武藤さん。わかったから、負けです俺の負け。騙されました。手が込んでんだもん。
ねえ、危うく信じそうになったよ。でもこの世に魔女なんていたらまずいでしょう? 科学者たちに申し訳が立たないよ。がんばってリンゴ落としたり、光の速さを比べてみたりしてるんだから。科学が一番。科学で解明できないことなんてない。そんなものは無価値。論評にも値しない。俺の価値観ではそうだ。親父にもお袋にも基本的にはそう教えられた。じいちゃんばあちゃんぐらいだよ。お化けが出るとか閻魔様がどうとか、それだって、幼稚園くらいまでだよ。
だって、リモコンのボタンを押したらチャンネルが変わるんだよ。赤外線っていう目に見えない光のお蔭だぞ。科学の産物だぞ。電池がね、電力が必要なんだ。それだけは科学は負けを認める。エネルギー保存の法則だかなんだか知らないけど。光らせるのにはパワーが必要なんだ。
で、いったいなんなんだ? 武藤さんと俺の周りを取り囲みだしたこの光。見たことあるよ。漫画で。アニメだったかな。魔方陣って言うんでしょ? まあるくて、呪文とか記号とかわけわかんないデザインの。
それがなんであるのさ! 光の魔方陣って、洒落になんないでしょ。
俺も俺だよ。こんな不可解な幻を目にして一瞬にして、これは俺と武藤さんの契約を成就させるための儀式のための、必要な手続きのための魔法陣って気づくあたり……センスいいね。なんてことを言ってる場合じゃない。
が、時既に遅し。周囲を埋め尽くす光は徐々に収縮し、魔方陣の姿を失いつつある。そして集まったその光は明らかに俺の方へ向かってくる。
げ、げげえぇ。避けた方がいいのか? そりゃそうだよね。いや、体が動かねぇ。恐怖心からくる、俺の小心ハートが生み出した自業自得の金縛りなのか、それとも魔法の効果?逃げたくても逃げられそうにない。
と、とりあえず、害は無いよね? 少なくとも痛くはないよね……。痛いのやだかんね……。
俺の希望が叶ったのか、もともとそういう仕様だったのか、集まった光は筋状になり、光の筋は、お手の首の周りをぐるぐるとまわり、光の螺旋を生み出した。そのまま徐々にその円周を小さくして、痛くも熱くもなんとも感じないままに、俺の首に同化するようにして消えていった。
あっけにとらえて呆然としてしまった俺。
「…………」
無言のまま、首に手をやるが、特になんの異常もない。肌のただれもなければ、何かが巻き付いたようでもない模様。
「ありがとう。これで終わったから。じゃあ、考えといてね、契約の話」
どういたしまして。じゃない。何が起こったんだ? 考えますとも。ふかーく考えます。己の身が何より大事ですから。とはいえ、もう遅いんじゃね? という不安が斜め四十五度からよぎりまくる。
そんな俺の戸惑い、不安、心配、懸念、その他もろもろのマイナス感情を意に介さずに武藤さんは、軽いノリで付け足した。
「あ、そうそう、これ大事なこと。私の名前なんだけどね。魔法を使うときは武藤フアじゃなくて、武藤=ファシリア=マリアだから。覚えておいてね。忘れたら大変なの」
と、去り際のこれも意味不明の説明不足のそれでいて非常に重要かつ意味深な情報を付与すると、俺を一人残して、さっさと屋上から退出なされた。
何が大変なことなんだ? ファシリア? マリア? 変なミドルネームが付いてた。もちろん自己紹介では聞いていないし、クラスの名簿にもそんなことは載ってないだろう。戸籍上も、呼称上も、そして一般大衆の認識上も武藤フアでいいはずだ。
俺にだけ伝えられた、謎めいた名前。それが無いを意味するのか? それ以前に俺の人生は大丈夫か? とんでもない厄介ごとに巻き込まれたんじゃないのか?
まあ、気にするな。気にしたって始まらない。武藤さんとのバラ色の学園生活が始まるんだ、その為の通過儀礼だったんだと、無理やり良い方向へ主観を捻じ曲げ、ほのかな期待に胸を躍らせつつも、やはり俺の心は後悔で満たされてしまう。気を抜けば後悔。気合を入れれば、まっピンクのラブコメ路線への突入。
そんな相反する二つの未来を戦わせつつ、原点回帰への薄い道筋を手探りで手繰り寄せるべく思考をすすめる。
明らかに早まった。早まったつもりは無かったが、早められた。リセットするなら今のうちでは?
冒険に出て、ある程度レベルも上がって、いい感じになってきて、やれパーティの職業が気に食わないだの、メンバーの名前をもっとこうすれば良かったなどと不満が出たところで、後の祭りだ。アフターカーニバルだ。後夜祭だ。
こういうのは、開始直後に覚悟を決めるか、真っ新に戻すのが一番。
だが、肝心の、当の武藤さんはもういない。まあ、明日詳しい話を聞くとして……。それで遅くないか? 遅くないことを祈ろう。まだまだやり直せるはずだ。ホワイトぺーばー、つまりは白紙に戻せるはずだ。
白紙は無理でも原稿用紙のマス目だけの状態に復帰できるはずだ。
しかし……、実際のところ、事実遅いのだった。とは後で思い知らされることになる話。
この決断の遅さが、近い未来、ごくごく近い未来に迫りくる厄介かつ恐ろしい事態から逃れるタイミングを完全無欠に逸してしまっていたこと。
武藤さんの従者(仮契約の身分)、いやさ下僕と化した俺の人生は、とりあえず人生がギアで回っているのならトップギアで、風力で動いているのなら、風速四十メートルを超える暴風にさらされて、軸から外れんばかりの勢いで高速回転を始めた。
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