学園天使としがない魔力タンク
東利音(たまにエタらない ☆彡
第一部 戦え! 武藤さん
プロローグ
ここはどこだ?
ああそうか、子供の頃よく遊んだ公園だ。引っ越しする前の家の近くにあった公園なんだ。
誰かいる。ふたり。小さな男の子と女の子。
あれは……、一人は俺だ。俺の小さい時の姿だ。あの野球帽に見覚えがある。そういえば半ズボンばっかり履いてたな。暑いときはもちろん、冬場だって。お袋が言ってたな。子供は”風”の子って。意味わかんなかったけど。
「でね~わたし、大きくなったら魔法使いになるの」
女の子が男の子――つまりは幼少時代の俺だ、幼稚園くらいだったかな――に話しかけている。
「そうか! すごいじゃん!! でも魔法使いってどうやってなるんだ?」
当時の俺が、女の子に返事を返す。
そうだ。これは、忘れかけていた俺の想い出。この女の子を俺は知っている。幼稚園が一緒だったか家が近かったか、名前も思い出せないけど、よく遊んだし……あの子のことが好きだった。いうなれば初恋の相手。
小学校に入ってからはあの子に会った記憶はない。理由も思い出せないが、引っ越ししたか、私立に入ったか。一緒に居たのは幼稚園までだ。
女の子が俺に向かって話を続ける。
「大丈夫よ。わたし、おばあちゃんに魔法の使い方教えてもらってるの。まだうまく使えないけど、大きくなったら絶対に魔法使いになれるんだって。おばあちゃんが言ってた。百年に一組のイツザイだって。それでね、悪い魔法使いとか、怪物とかやっつけるの」
「悪い奴と戦うんなら僕だって一緒だよ。ヒーローになって、ロボットに乗って戦うんだ。僕がもちろんリーダーのレッド!」
そういえば、そんな夢を持っていた気がするな。まあ、誰でもそうだろう。現実と、テレビの区別がつかずに、ヒーローになれるって信じていたあの頃。
「うん。一緒に戦えるといいね」
女の子が俺に微笑みかけた。
「一緒に~? 怪人とかなら戦うけど、魔法使いなんて、ヒーローは相手にしないよ」
その俺の言葉で女の子は少しうつむき、悲しそうな表情になる。
「で、でも、……ちゃんがピンチの時は、助けてやるよ。相手が魔法使いなら、ビームはなしかな。そうだ! 剣で戦う。剣で戦って、護ってあげる!」
女の子が、顔をあげにっこりとほほ笑む。それを見て俺も笑い返す。当時の俺と、今現在の高校生の俺がひとつになる。
俺の目の前には、あの女の子が立っている。屈託のない嬉しそうな表情を浮かべながら……。
突然、風景ががらりと変化する。
夕暮れの公園はもう目の前には存在しない。あの女の子も。ブランコも、滑り台も。
俺は、空から見下ろしている。古めかしい洋館が見える。周囲を塀で囲まれ、庭には木々が茂っている。噴水まではないが、年季の入った立派な庭付きの一戸建てだ。庶民には手が出ないほどの。
俺の意識は、どんどん舞い降りていく。洋館の屋根のすぐそばまで降下する。屋根をすり抜けて、長い廊下を抜けてやがてある一室にたどり着く。
そこで、気が付いた。
そうか、夢を見てるんだ。だからこんな突拍子もなく場面転換する。体が宙に浮く。意識だけで世界を感じ取れる。甘酸っぱい幼少時代の思い出に浸りながらも、俺は部屋の奥に目をやった。
大きな机が置かれている。その上には、占い師が使うような水晶玉。
その水晶球に向かって一人の少女が、なにやら手をかざし、ぶつぶつ言っている。
「やっぱり……
少女が着ているのは、俺が通いだした高校の女子用の制服。セーラー服姿。
セーラー服と、洋館の小部屋。周りにびっしりと本が詰まった書架で埋め尽くされた部屋がミスマッチしている。さらには水晶玉。なんの共通項も見いだせない。まあ、夢だから仕方ないか。
でもって、なんで、こんな夢を見たんだ。
俺はこの少女を知っている。クラスメイトだ。まだ入学して一週間ほどしかたっていないから、ほとんど喋ったことはないが、武藤さん。たしか武藤フアとかいう変わった名前だった。
そんでもって、武藤さんは、その他大勢のクラスメイトとは違って、既に男子生徒の間で話題になっている。学年で一番の美少女だの、いやいや学校ナンバーワンの容姿の持ち主だのと、俺も彼女は可愛いと思う。できることなら、付き合いたいと。中身はそれほど知らなくとも、その美貌だけで、そこまでの思えるだけの魅力的な人物。
そんな彼女が『石神君』、つまりは俺の名を呟いた。
都合いいね。実際彼女は俺のことなんてなんとも思ってないだろう。それこそ路傍の石ころ、単なるクラスメイトの男子生徒その他大勢、エキストラ、群衆、村人A。
だが、俺の名を口にした。
夢っていいよね。自分の思い通りになる夢もある。もちろん悪夢だってあるが。どっちかって言うとこれは、良い方の夢に相当するだろう。なんたって、全校生徒の憧れをたった一週間で勝ち取った舞い降りた天使とも敬称付けたい武藤さんが、俺に関心を持ってるんだから。
でもって俺は夢うつつのまま、この夢について分析しようとして止めた。流れに身を任せよう。とりあえずは、武藤さんを見守ろう。どうやら、俺の姿は武藤さんには見えていないようだ。ぶつぶつとつぶやき――どちらかというとぼやきだな――続けている。
「はあぁ~、やんなっちゃうわね。魔法使いも楽じゃないわ。どうして限りある魔力しか持って生まれてこなかったんだろう?」
そう言いながら、武藤さんはそれまで眺めていた水晶玉を弾き飛ばした。台座代わりの布きれに鎮座していたそれは、机の上から転がり落ちて、そのまま割れることもなく床の上をごろごろ転がった。
俺の足元まで。
とはいえ、夢の中の話。俺の体はどこにも存在しない。透明人間のごとく、意識だけがこの屋敷、この部屋に存在している。体を動かそうにも動かすべき手足が存在しない。そんな状況の夢だ。もし体があったとしたら、という仮定の俺の足元へ転がってきたと思ってくれればいい。
「誰? そこにいるのは?」
だが、武藤さんはそんな実態を持たないはずの俺に反応した。その視線はまっすぐ俺の意識の所在する場所へ向けられている。
そして、俺と武藤さんを隔てていた大きな木製の机を回り込み、俺の元へと近づいてくる。
武藤さんは俺の目前まで迫り、そっと俺に向かって手を出してあたりを、空中をまさぐる。
ってとこで目が覚めた。素晴らしい朝の始まりだ。今日はあいにくの月曜日。一週間で最も気の重い日だ。
下らん学校に行って、責め苦としか思えない授業を今日を含めて5日間も受け続けなければならない。
どうしようか、もう一度寝てしまおうか? そういえば今いったい何時なんだと時計に目をやろうとした俺の頭の中で、
「気のせい……じゃないわね」
と武藤さんの声が響いた気がした。
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