最終話 俺の戦い

 俺の知覚は人間の持つそれを遙かに凌駕していた。

 目線に魔導機関を捕えながらも。その意識は体育館全域を見通す。理解する。


 ミエラが、本人の言葉通りに最後の力を使い切り、触手に囚われている。


 エルーシュも、多数の触手に取り囲まれて捕縛されようとしている。


 武藤さんも、最後の力を俺に託して。

 もはや立っているのもやっとと言う状況に違いない。

 俺との接続リンクチェーンを解き放ってしまった今、武藤さんには魔力なんてほとんど残っていないはずだ。そして、あれほど絶対的な体さばきを見せていた体力さえも。


 逡巡する。

 このまま、魔導機関の本体を叩いて。それに全霊を賭けて。


 間に合うのか?

 

 ミエラやエルーシュ、武藤さんへ触手の魔の手が到達するのが先か。


 俺が、魔導機関を討つのが先か。


 ……………………。


「迷わないで!

 本体を!!」


 武藤さんが叫ぶ。


「あたしにかまうな!」


「いきなさい!!」


「そのままぶったぎったれ!!」


 仲間が背中を押してくれる。


 ならば!!


 討つまで。

 切り裂くまで!!

 悪意を!!!!


 断ち切る!


 俺の手で。この剣で !


 魔力を剣に込める。俺は知っていた。この剣の持つ本当の力を。


 知っていたはずだった。遠い過去に……、ずっと使っていた剣だったんだから。

 あの時も、俺は武藤さんを、マリア=ファシリアを護るために戦い。そして共に命を散らした。


 だが……、同じ轍は踏まない。


 あの時に足りなかった決意が。迷いを振り切るために声を張りあげて、力を与えてくれる仲間がいる。

 魔法使い、魔族、人間。この世に生きる三種の魂。

 その全てから勇気を貰い、真の力を発揮する。


 剣が輝く。刀身から光が伸びる。

 それは、魔導機関の巨大な身体の直径をすらも凌駕する長大な刃となった。


 振り上げた刃が天井を切り裂く。が、まったく抵抗は感じない。

 俺の意思の沿ってその刃は輝く軌跡を残す。

 後は、これを振り下ろすだけだ。


 全身全霊を賭けて。もてる力を全て込めて !




「うううううぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅおぉぉぉぉぉおぉぉぉらぁぁあああああああ!!!!!」




 魔導機関の巨躯が左右に別れて沈んでいく……。


 ゆっくりと床へと舞い降りた俺はそれを――崩壊し行く魔導機関を――眺めていた。


 ふとその光景の中で違和感を感じる。不穏な記憶。眠っていた過去の心的外傷。


コアを外した!?」


 エルーシュの叫び。

 その意味するところを俺は知っている。

 魔導機関の中核をなす”魔核”。

 魔導機関の根源。


 黒く――それでいて鈍く輝く――結晶。

 魔核こそが、魔導機関の本丸。

 無傷で残った悪の凝縮。


 それは、放置すれば新たに魔族、魔物を取り込み復活を目論む。

 それが、無理であるならば……。

 魔核を晒すにいたった経緯が。それを為さしめた対象が。つまりはこの俺の力が脅威であると感知したのなら。


 それまでに蓄えた魔力を全て解放して爆散する。周囲を巻き込んで自爆する。そのはずだ。


 その爆力は魔界だけでなく、そこと通ずる人間界にすら到達する。


 斬れば――刺激を与えれば――その衝撃で。

 そうでなくても、数瞬の間をおかずに爆散するはずだ。


 考えながらも俺は疾走はしっていた。


「石神君!!」


 武藤さんの声が聞こえた。

 それが、俺がこの世で聞いた最後の声になるだろう。


 背中で武藤さんが俺に向って走ってくる気配を感じた。

 武藤さんと俺とが再び鎖で繋がれたのを感じた。


 だが、俺はその鎖を自らの意思で断ち切った。

 武藤さんとの絆を永遠のものとするために。


 魔核を抱きしめ、飛翔する。十二枚の翼を広げて空高く。






 見下ろすと、既に体育館の屋根は豆粒以下の大きさになっていた。

 ここまで昇れば、爆発の余波は地表へは到達しないか、しても甚大な被害には結びつかないはず……。


 抱きかかえた魔核がドクン……と脈打つのを感じる。


 最後にやるべきこと。最後の瞬間にしかできぬこと。

 十二翼を俺の体を包むように折りたたむ。

 爆発の威力をさらに少しでも抑え込むために。


 ドクン……ドクン……。


 舞い上がる力を、宙に留まる術を失った俺の体は魔核と共に墜ちていく。

 もう何秒も時間は残されていないはずだ。


 落下の感覚に身を委ねながらも、武藤さんを、仲間を護りきれたことを誇る。


 為すべきことを為せた。ただそれだけ。

 だが、俺が繋いだ武藤さんの未来は、新たな平和への一歩となるはずだ。




 その時が来たのを悟る。

 魔核を抱きしめた腕が熱く燃え上がる。


 この高度なら……。みんなを……、護りきれた。



 後は……、任せたから……

 ありがとう、武藤さん……


 魔核の爆発が俺の体に伝わった……

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