第9話 俺達の闘い②

 掃きそう……。

 掃き掃除…………。


 もとい、吐きそうだ。


「………………………………」


 しばし絶句。俺と武藤さんとミエラと。

 そして、ドアの陰から見守る市ノ瀬と。

 エルーシュは、そもそも魔導機関の姿を知っていて俺達の精神的ショックを和らげようとしてくれていたが。


 それでも、数瞬の間……時を忘れた。


 魔導機関。

 それは、低級の魔族を元に生み出されたという。

 本当の作り方はそうではないとは思うが、俺の頭に浮かんだイメージはこんな感じだった。


 雪山で雪玉を転がすように。

 地面に魔物を敷き詰める。隙間なく。その表面には粘着力のあるなにがしかを塗布しておく。

 そこにコアとなる球状の物体を転がす。


 核に魔物が張り付き、多少の溶解をもって次なる核となる。

 核は、魔物の平原を転がり続けて肥大化していく。

 まさに雪だるま式に。


 出来上がった巨大な球状は、その表面に多くの悪魔や魔物を張りつかせ……。


 天井まで届きそうな直径のいびつな球体。

 元々は別の個体であった魔界の住人たちの頭や、腕、下半身がそこかしこから生えている。

 無数の目を持ち、それが俺を射ぬく。

 これが……魔導機関の姿。

 おぞましいを数段飛び越えたところにその存在はある。


「ちょ、ちょっとタンマ!!」


 口ではそう言いつつも、俺の体は俺の意思とは無関係に魔導機関へと向かっていく。


 結末を急ぐのならば、そのまま高く跳躍し、剣から気を放ち、長大なエネルギーの刃で一刀両断。


 であれば、話は早いし体も楽なのだが。


 魔導機関が、無数の触手を伸ばしてくる。

 単に触手としか言いようのないものもあれば、その先に魔物や悪魔の顔が付いていたり、上半身――ものによってはほとんど全身――を生やしたものもある。


 武藤さんの指揮下におかれた俺の体は触手を次々と切断していく。

 触手を踏み台に跳躍して、さらに上方の触手を切り裂く。


 さらには、肩のキャノンから、氷塊が、吹雪が、火炎が放射される。


 武藤さんの腕(コントロール)がいいのか、俺の性能がいいのか。

 無数の触手の全てを俺は切り落とした。


 ラスボスは早くも丸裸だ。


 肩から魔法を連発しながら、俺の体は魔導機関の本体へと向かう。


「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

 という自然に出た叫びは体を蝕む激痛を多少でも誤魔化すためと場の雰囲気を盛り上げるため。


 が……。


「この気配!!」


 武藤さんが叫ぶと同時に、俺の体が急制動を見せた。

 足の関節と言う関節がきしむが、歯を食いしばって悲鳴を堪える。


 全身を鳥肌が襲った。


 まさに無数。

 無数とは、数えきれないほどという意味であり、第一波の触手も短時間に区切れば無数。ざっくりいうなら十数本と言ったところだろう。

 すぐには正確に数え終えることはできないという意味では誤用ではないが、スケール感においては多少の誇大表示であった。


 が、第二波として伸び来る触手は、真の意味での無数。魔導機関の体中からくまなく伸びて、体育館を埋め尽くさんばかり。


 圧倒的窮地。

 距離的に近い触手から順に対応していくが、間に合わない。追いつかない。

 数が多過ぎる。

 剣一本と二門の魔法砲だけでは……。


 触手は俺の体を追い越して武藤さんやミエラに向けてもその魔手――文字通り魔の手だ――を伸ばす。


 ふいに、俺の体を操っていた武藤さんの意識が消える。

 体に自由が戻る。


 俺の操作と魔法の両方は同時に行えないのだろう。

 自らを危険から遠ざけるため、少しでも相手の戦力を奪うために。


 しばし、俺の操作を中座して、魔法を唱えて放つ戦術。


 武藤さんの放つ強大な魔法で、触手の一画は崩れたが、空いた空間は新たに生えた触手で埋め尽くされる。


 まさに、削ってなんぼの死闘模様。


 俺も傍観しているわけにはいかなかった。

 不器用でも、恰好悪くても。

 剣を振るう。ただひたすらに。ただ、ひたむきに。


 もはや、武藤さんには俺をコントロールする余裕はなくなっていた。


 自らも触手と杖で切り結び、魔法で迎撃する。


 ミエラは、そんな激戦を繰り広げる武藤さんの陰から、俺の体を介して魔法を放ち続ける。


 触手は後から後から生えてくる。


 無理ゲー。なんて言葉が頭に浮かんでは消える。


「か……、勝ち目なんかあるんかいな!!」


 遠くで、市ノ瀬の悲痛な叫びが聞こえる。


 市ノ瀬が、安全に観戦していられるのも、武藤さんが自分の居るその場所を。

 直背にミエラを従え、その後ろには市ノ瀬やエルーシュが控えるその場所を。

 絶対防衛線として、護り通しているからだ。


 ただ一人、前線に放り出された俺は、やみくもに剣を振りまわす。

 攻撃をすり抜けて、触手が俺の体に激突する。

 痛み、衝撃が走る。

 が、俺の身に付けた鎧が致命傷を防いでくれる。


 乱戦。激戦。アーマゲドン。


 体の痛みを忘れ、時のたつのを忘れ。


 ただひたすらに……。


 戦いの最中に身を置きつつも。


 俺の中で新たな何かが目覚めるのを感じていた。

 さして運動センスに恵まれたわけではない俺の体が。

 武藤さんのコントロールを受けているわけではないのに。


 対応している。数多の触手の攻撃に。


 応戦している。触手の先端に居る魔物たちの牙に、爪に。


 応えている。力を欲する内なる心の叫びに……。




 気付くと俺は一歩、また一歩と前進していた。

 猛攻にさらされながら、それを凌ぎ、切り裂き、薙ぎ棄て。

 過密する悪魔たちの壁を、削り、魔導機関の本体へと近づいていく。

 

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