Imitation War
つばグリ
第1話 プロローグ
青天の霹靂。まさにそうであったに違いない。ルーロ連邦極東部に位置するカムチャッカ半島。そこから悪夢は始まった。
「レッドアローリーダーから各機へ。侵犯機を敵性と断定。各機、直ちに割り振られた目標に対して攻撃せよ」
ルーロ空軍第十一航空軍に所属するガロフカ少佐は、躊躇なく自機に搭載された空対空ミサイルを発射した。
数時間前。
基地で待機中にスクランブルがかかり、いつも通り相棒の大尉と共に飛びだった。
管制の指示のもと、順調に指定されたルートを消化。
空は晴れ渡り、天気は予報通りの快晴である。
日の光でうっすらと暖気がさし、スクランブルだというのに思わず陽気になってしまう。
暫く相棒の大尉と他愛もない話をしていると、不意に通信が入った。
『領空侵犯機の機数が判明した。約五十機だ』
耳を疑った。
軍用機の偵察や民間機が迷い込んできたとするには機数が多すぎる。
「侵犯機の機種は?」
『不明だ。しかし大型機だと思われる』
「護衛機はいるのか?」
『不明だ』
不明慮な解答に思わずイラついてしまう。
しかし異例の事態で混乱しているのだ。一概に責められない。
『間もなく早期警戒管制機(AWCS)が現場の空域に到達する。詳しい情報は追って連絡する』
「了解」
通信を切ると、先ほどまでとは一転、強い不安が駆け巡る。
自分が何かとんでもない事に巻き込まれているのではないか。
思わず引き返したくなる衝動に駆られる。
『少佐、大丈夫ですか?』
自機のすぐ横を並んで飛ぶ相棒の大尉が、いたわるように声をかけてきた。
声色から大尉も同様の気持ちらしい。
「あぁ、問題ない。それより大尉の方は大丈夫か?」
自分を棚に上げて聞いてしまったことに若干の後悔を覚えるが、意外にも大尉は素直に返答してきた。
「大丈夫・・・と言いたいですが、正直不安です・・」
本来は強がる大尉が今回は素直に不安を訴えたことに、事態の得体の知れなささを改めて思い知らされる。
ただの警告と監視で終わるような楽なものでは終わらない。
そんな予感に駆られ、操縦桿を握る手がじんわりと汗をかいてしまっている。。
「大丈夫だ。俺も不安で一杯だが、訓練通りのことをこなすだけだ」
最後は半ば自分に言い聞かせる感じで言った。
「・・・そうですね。少佐、頼りにしていますよ」
部下に頼られ、今一度自分の責任を自覚した。
何があっても無事に仲間を連れて帰らねばならない。
『AWCSからの報告だ。敵は中型の爆撃機。速度はおよそ350km/h前後。レシプロ機だと推定される。詳細はデータリンクで確認せよ』
言われてすぐに、自機が新たなデータを取得して反映させ始めた。
報告通り、ノロノロと動く光点がおおよそ五十機ほど確認できた。
『侵犯機への対応に万全を期すため、そちらに一個小隊増援を送っている。合流次第、直ちに目標へ向かえ』
『了解』
増援が来ると聞き、幾分か肩の荷が下りる。
たった二機で五十機を相手にするなど不可能だからだ。
見れば大尉の機体の挙動も軽くなったようだ。
自機のレーダーで目標を捉えてから数分。
視界の先に黒い点が見え始めた。
「レッドアローリーダーから各機へ。正面に侵犯機を視認。確認したか?」
『レッドアロー2、確認』
『レッドアロー3、確認』
『レッドアロー4、確認』
『レッドアロー5、確認』
『レッドアロー6、確認』
間髪いれずに答える僚機が頼もしく思える。
増援を受け一個中隊規模になった味方だが、未だに敵はその八倍を有している。
「侵犯機を完全に視認出来たのち、通常の手順を踏んで対処する。だが・・」
一拍の間を置き
「最悪の事態に備えておけ。今回は事態がどう転ぶか分からん」
気を引き締め直し、みるみる大きくなっていく黒点を睨んだ。
「所属不明機に告ぐ。そちらはルーロ連邦の領空を侵犯している。所属と飛行目的を明かし、指定する方位へ転進せよ。応答なき場合は撃墜する」
これで五回目の警告。前例のない事態のため、通常より多めに発している。
『少佐。そろそろ・・』
言われるまでもない。
機体の右斜め前、少し先に飛ぶ侵犯機の編隊。
双発の低翼単葉機のそれは、確か大戦期に我が国が運用した「IL-4」爆撃機だったか。
既に半世紀以上前に全機退役した骨董品が編隊を組んで飛んでいる。
ふざけたジョークだ。
「各機、警告射撃を実施せよ」
僚機が復唱のあと、間髪入れずに警告射撃を始めた。
機体の機関砲が唸り、曳光弾が侵犯機の鼻先をかすめる。
通常ならこの後、侵犯機は進路を変更するなどのアクションを起こす。
誰もがそう思った。
だが現実はその斜め上をいく。
『侵犯機発砲!』
僚機の悲鳴が響く。
『ブレイク!ブレイク!』
蜘蛛の子散らしたように散開していく僚機。
「全機無事か?!被害報告せよ!」
想定外の事態にパニックを起こしそうになる。
『こちらレッドアロー2、少し舵の効きが悪いですが戦闘には支障ありません』
どうやら運悪く相棒の大尉が被弾したらしい。
大事をとって被弾した疑いがある僚機の翼を見ると、端の方に小さな被弾痕。
「くそっ・・」
想定外とはいえ、味方に被害を出してしまった自分に毒づく。
少々距離が離れたせいか、侵犯機は沈黙している。
しかしジリジリと編隊の密度を狭めており、我々への迎撃態勢を整えようとしているようだ。
冷静に現状を分析し、最後の一手を口にする。
「レッドアローリーダーから各機へ。侵犯機を敵性と断定する。各機、直ちに割り振られた目標に対して攻撃せよ」
MiG-31から撃ちだされたミサイルが寸分違わず命中していく。
黒煙と炎を吐きながら墜ちていく敵機。
正直なところ、一発が高価なミサイルは旧式の相手に対しオーバーキルが否めない。
味方六機で合わせて三十発以上のミサイルを撃ちつくし、残った少数の敵を固定武装の機関砲で駆使。
敵は盛んに対空機銃を撃ってきたが、いずれも圧倒的なスピードを誇る我々を捉えることはなかった。
勇敢なのか無謀なのか。
残弾数の関係で幾らか打ち漏らしてしまったが、国境外への逃走を図っているのが確認出来た。
あとはバックアップに任せるしかない。
しかし一方的な展開ではあったものの、終始緊張と恐怖に押しつぶされそうだった。
「作戦完了だ。全機、基地に帰投せよ」
敵機からの応答が一切なかったたことや、国籍や所属を示すマークや記号も確認出来なかったため、ついに正体を知り得ることは出来なかった。
塗装や機体が半世紀前の代物であるということが唯一の手掛かりか。
初めての戦闘で震えが止まらないが、平和を取り戻した青空を見て安堵の息を漏らす。
『こちらAWCS。レッドアロー応答せよ』
緊迫した声色に緊張が走る。
「こちらレッドアローリーダー。AWCSどうした?」
『まず兵装の残弾を報告せよ』
言われた通り、僚機と共に残弾チェックを行う。
「ミサイルは0。機関砲は2秒ももたない」
『直ちに基地に帰投し、燃料・弾薬を補給してくれ。君たちには次の任務が控えている』
「了解した。次の任務の詳細は聞けるのか?」
『任務は領空侵犯機への対処だ』
僚機から動揺の声があがる。
「その任務は他の隊に回してもらえないか?我々は戦闘を行い、疲弊している。更に機体に損傷を受けている者もいるのだが」
任務に逆らう気はないが、嘘でも誇張でもなく、確かに消耗している。
『悪いがそれは認められない』
何故?と、問う暇もなかった。
『総勢五百機以上・・。各方面から侵犯中だ。更に侵犯する疑いのある機体は増え続けている』
時が止まった。
状況を理解することを拒む自分がいる。
『すまない。たった今、上から命令が来たので訂正する』
任務の撤回なんて楽天的な思考すら許されない。
『任務は敵機の速やかなる排除。既に全軍に戦闘態勢が敷かれている』
目の前が真っ白になる。
『戦争だ』
悪夢の始まりだった。
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