第11話
菱田が電話のため席を立ち、残された七橋はソファにもたれながら煙草を燻らせた。
幸助に雇用が正式に決まったことを早く伝えたくてむずむずする。
今なら電話やメールで伝えることはできるが、しかし、どうせ伝えるなら直接伝えたい。
自分の話を聞いて安堵と喜びの表情を浮かべる幸助を直に見たい、というのが大きな理由であるが、それとは別に、ただ単にまたゆっくり会いたいというのもある。
再会したあの日、幸助と別れた七橋はその足で電気店に向かい、ホームシアターを購入した。
七橋自身はそこまで映画が好きなわけではない。
そんな彼がホームシアターを購入したのは、幸助のために他ならない。
いくら再会を果たしたとはいえ、何もないのに頻繁に会う約束を取り付けるのは難しいし、少し不自然だ。
しかし、映画を一緒に見ようということであれば誘いやすい。
つまりは、幸助を家に招くための単なる口実だ。
下心がないわけではない。
だが、吉井晴仁よりはマシだろう。
吉井晴仁――。
その名前を思い出しただけで、思わず身震いしてしまう。
高校時代、あの男は常に幸助の横にいた。
幸助の横にいるのは当然自分であるという節すらあった。
一見すると、単なる友人関係にしか見えないが、しかし、吉井から滲み出ていた幸助への執着は、友人の域を優に超えるものであった。
その彼が、幸助を自分の家に住まわしているのだ。
下心がないはずがない。
いや、下心なんてかわいいものでなく、もっと深く、暗い、何かを感じる。
そんな危ない男の元から一刻も早く幸助を引き離したく、社員寮の話も提案した。
幸助はぜひ使わせてほしいと返答したが、吉井はそれで納得するだろうか。
まさか、自分の家を出ていくと切り出され逆上して監禁するなんてこと……――。
突飛な妄想だが、完全に否定はできない。
彼ならやりかねない。
吉井晴仁はそういう人間だ。
そう考えると、幸助の身が心配になってきた。
安否確認のためメールだけでもしようかと思った時、
「七橋さん、お待たせしてすみません」
菱田が戻ってきた。
「いやいい。俺も考えごとをしていたからな。そういえば、社員寮のことで話があるんだが……」
「あ、すみません、その前に、七橋さんに青葉幸助さんの件でお会いしたいという方が来られているんですが、お通ししてもいいですか?」
心臓が跳ね上がった。
幸助絡みで自分を訪ねてくる人物など一人しかいない。
「うわ、ちょっ……!」
「やあ、久しぶりだね、七橋君」
菱田を押しのけ笑顔で入って来たのは、言わずもがな、吉井晴仁である。
吉井の姿を認めた途端、顔から血の気が引く。
「あ、あんた、なんでここに……っ!」
「幸助から聞いたんだよ」
幸助に自分のことを口止めするのをすっかり忘れていた。
自分のうかつさに後悔する。
しかし、来てしまったものは仕方がない。
「……菱田、すまないが少し席を外してくれ」
「あ、は、はい」
突然現れた強引な来客と、顔色を悪くする雇い主に、怪訝の視線を交互にやりながらも、菱田は大人しく部屋を出ていった。
七橋の前に足を組んで座り、吉井が口を開いた。
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