第12話

「……で、幸助をたぶらかすとは一体どういう了見かな?」


威圧感を放つ笑顔に怯みながらも、何とか気丈を保って答えた。


「たぶらかすなんて変な言い方しないでくださいよ。ただ昔の先輩が仕事がなくて困っていると言うので仕事を紹介しただけですよ。純粋な善意ですよ。それより、あんたの方がどうなんですか? いい歳して友人を囲うなんてどうかしてますよ」

「うわぁ、悪意剥き出しだね。自分ができないからって僻みはよしてよ」

「別に僻みじゃありません」


七橋はムッとして答えた。

一緒に住んでいると知った時、羨ましく思わなかったと言えば嘘になるが、僻みという優越感を持った響きが何とも腹立たしい。


「僻みだよ。だから僕らの間を裂くために、社員寮の話なんかも出したんでしょ。全く、円満に同棲生活が続いているっていうのに、横入りしないでくれるかな。せっかく顔と胸と感度だけが取り柄のいい女を追い出してまで、幸助を招き入れたのに無駄になっちゃうじゃない」

「……あんた本当に最低だな」


肩を竦めながらつらりと最低な事を口にする吉井に、七橋はげんなりとなった。

自分も女性関係については人のことを言えないが、ここまでひどくはない。


「それで、あんたが直々にうちでの就職をお断りに来たんですか」


吉井の高校時代から変わらない過保護ぶりにうんざりしながら、ほぼ確信して訊いたが、返ってきた言葉は意外なものだった。


「いや、違うよ。社員寮の件は、幸助と話し合ってなしになったけど、ここの就職の件はお願いすることになったよ」

「え!?」


思わぬ返答に素っ頓狂な声が飛び出た。


「どうしたんだい、そんなに驚いて。好きな子を自分の会社で囲おうと目論んでるむっつりスケベな七橋君には朗報だろう?」

「あんたに言われたくねぇ!!」


語弊と悪意が剥き出しの称号に思わず大声で突っ込んだが、しかし、当惑は隠せなかった。

てっきり吉井に言い包められ、就職の話はなかったことになると思っていたので、まさかの展開だった。

故に、疑心が拭えない。


「なんか変なことを企んでいるんじゃ……」

「あはは、ひどいなぁ」


じとり、と疑惑の目を向けるが、吉井は爽やかに笑うだけだ。

……怪しい。

何か絶対裏がある、と確信させてしまうのが、吉井晴人である。


「別に、大したことじゃないよ」


にっこりと笑みを深める口元に、仄暗い影が落ちる。


「ただ、もう一度くらい大きな挫折をしたら、いくら愚鈍でがんばり屋の幸助でも、心が折れてもう立ち上がれないでしょう? 僕はその時を待っているんだよ」


言葉が出なかった。

幸助の親友を自称する男の口から出てくる言葉とは到底思えないその悪辣な言葉に、自分の耳を疑った。

そんな七橋など気にせず、吉井が嬉々として続ける。


「だってホストだなんていかにも幸助に向いていない仕事ナンバーワンじゃない? 心が折れるのも時間の問題って感じだよね。あー、絶望してお先真っ暗な幸助が早く見たくて今からうずうずしてしまうよ」


まるで恋に心をときめかせる少女のように弾む声でありながら、そこに入り混じった歪な愛情が、聞く者の臓腑の底を凍らせた。

瞳から溢れる、暗い恍惚が狂気すら感じさせる。

肌を粟立たせ硬直する七橋など気にも留めず、吉井が立ち上がった。


「まぁ、そういうわけだから。就職の件は進めてくれていっこうに構わないよ。ただね……」


ガンッ!

突然、二人を挟んでいたローテーブルが揺れた。

テーブルの上には黒い革靴を履いた吉井の足。


「今度、僕らの間を裂くような真似をしたら、その時は、覚悟してね?」


それは誰もが好感を抱く爽やかな笑みだった。

しかし、その笑みに七橋は心臓を凍らせた。

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