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「あ~! あおりんとの間接ちゅー横取りしたぁ」
「うるせぇ、アンタが俺の女に手を出すからだ」
唇を尖らせる桜季に、聖夜が口を拭って言い放った。
その言葉に「え?」と幸助の目がさらに大きく見開く。
聖夜は気にすることなく続けた。
「コイツは俺と付き合ってんだよ。だから手を出すな」
聖夜は威嚇するように桜季を睨んだ。
もちろん嘘だが、桜季の暴挙を止めるにはこれくらいしか思いつかなかった。
いや、他にも術はあったが、散々目の前でベタベタされ敵愾心が煽られたことでそういった嘘が出て来た。
「お前もちゃんと嫌って言えよ」
幸助の方を見て、この嘘に乗るよう視線で促す。
幸助もようやく聖夜の嘘の意図をく掴んだようで口を開いた。
「あ、あの、決して嫌というわけではないんですが、わ、私はこの人とお付き合いしていまして、その、他の男の人とあんまりくっつくのはよくないかなぁと……」
幸助は曖昧な笑みを浮かべながら頭を下げ、桜季の膝の上から立ち上がろうとした。
しかしその腰に巻かれた手に、逃がさないとでもいうようにぎゅっと力がこめられる。
戸惑いの視線を向ける幸助に、桜季はにっこりと嫌な予感を孕んだ笑みを返した。
「やめときなよぉ。あんな嫉妬剥き出しの男ぉ。おれだったら他の男とべたべたしたからって絶対あおりんに怒ったりしないよぉ。まぁ、相手はどうなるか分かんないけどぉ」
「お前の方がヤバいだろ! つーか、彼氏の前で口説くな! お前もこっち来い!」
聖夜は桜季たちに近づき、幸助の腕を引っ張った。
しかし桜季も腰に巻いた手を放そうとしない。
「放せよ」
「そっちこそ放してよぉ。あおりんが痛そうじゃん~」
「お前が放せばいいだろ!」
「そっちが放すまで放しません~」
まるで小学生のような平行線なやりとりが続く。
その間も幸助の体は悲鳴を上げていた。
「~~~~っ、す、すみませんでした!」
二人の間から幸助が声を張り上げた。
聖夜と桜季は目を丸くして幸助を見る。
「僕、青葉幸助です! この格好が恥ずかしくて思わず嘘をついてしまいました! 紛らわしいことしてすみませんでした……っ」
頭の上のキャップを取って幸助が土下座でもするような勢いで頭を下げた。
誰もそんな嘘を信じてはいないので見当違いな謝罪なのだが、当の本人は真剣だ。
(……まぁ、これで桜季の野郎もこれ以上悪のりできないだろう)
聖夜は小さく息を吐いて、幸助の手を放した。
しかし、桜季は手を放すどころか、左手は腰に据えたまま、右手で幸助の顎を掴んで上を向かせた。
「へぇ……、青りんごこんな格好をする趣味があったんだねぇ」
にやにやと笑う目は、新たに幸助をからかうネタを見つけて嬉々としている。
幸助の顔が青くなる。
「ち、ちがいますよ! これには深いわけがありまして……」
「えぇ~、でもさっきまでノリノリでメイドになりきってたじゃん~」
「ノリノリじゃないですよ! これは桜季さんに僕だとバレないために仕方なく……」
「えぇ~、おれを騙そうとしてたのぉ。ひどぉい~!」
「いや決して悪い意味で騙そうとしていたわけじゃなくて……」
「でも騙そうとしてたことに変わりないよぉ。おれ、青りんごとは仲良しのつもりだったのにショックだなぁ」
しょんぼりとなる桜季だが、どこからどう見てもわざとらしい。
しかし、幸助は慌ててその顔を下から覗き込んだ。
「す、すみませんっ。嫌な気持ちさせてしまって」
「謝られただけじゃこの傷ついた心は癒えないよぉ。……ということでぇ」
桜季はグイッと幸助の腰を引き寄せて自分の体に密着させた。
「傷ついたご主人様を今日一日優しくご奉仕してね~、あおりん」
つん、と鼻先を人差し指でつつく。
泣きそうな顔で固まる幸助。
聖夜が桜季の顔に右ストレートを打ったのはこのすぐのことだった。
―了―
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