第30話


「いらっしゃいませー」


ほどなくして聖夜さんが店にやって来た。

その横には頬を甘く緩ませた愛良さんがいて、密着するように腕を絡ませていた。

ピリピリとした空気を醸し出していたユキさんとの会話は続かず、気まずい思いをしていたので僕はほっとした。


「あ、聖夜さん来たみたいです! よかったですね。もう少ししたらたぶんこっちのテーブルにも来られると……」


ガタン!


突然、僕の話を遮るようにユキさんが立ち上がった。

そしてバックを持って席を立った。

迷いのない強い足取りでズンズンと進んでいく。

明らかに様子がおかしい。

いきなりのことで反応が遅れたけれど、僕も慌てて彼女の後を追った。

ユキさんはVIPルームに続くホールの中心にある裾広がりの階段を駆け上り、一番上の段でホールの方へくるりと振り返った。

階下の、ちょうどVIPルームに向かおうとしていた聖夜さんを冷たく一瞥すると、次の瞬間、口の端を嫌な感じで吊り上げた。

そして深く息を吸い込んで口を開いた。


「みなさーん! お聞きください!」


さっきまでボソボソと喋っていたのが嘘のように通る声で叫んだ。

音楽や談笑で賑わうホールにその声が響いたのは、声の大きさだけでなく、悪意を孕んだ歪な気配が感じられたからかもしれない。

みんなの視線が自分に集まったのを認めて、彼女の笑みは一層不穏な気配を濃くした。


「ここホストクラブのナンバーツーホストの聖夜は王子なんかではありません! みなさん! 騙されてますよ!」


そう言い放つと同時に、ユキさんはバックから手の平ほどの紙を大量に取り出し、階上からばらまいた。

ヒラヒラと落ちてきた紙は写真だった。

それを一枚拾い上げて僕は目を見開いた。

その写真は、メイド喫茶に行った僕と聖夜さんが写っていた。


「え……なにこれ……」

「うそ、これ聖夜!?」


辺りにどよめきが広がった。

お客さんもホストたちも驚きを隠せずにいた。

聖夜さんは拾い上げた写真を見て唖然としている。

その様子に満足したかのようにユキさんは口元の笑みを深めた。


「みなさん! 騙されないでください! こいつは、メイド喫茶に行く気持ち悪いただのオタクです!」


ユキさんに指差され聖夜さんの顔が強ばった。

その表情は傷ついたようでもあった。


「オタクがホストとかやってんじゃねぇよ! 気持ち悪い! ホストやめろ!」


とどめを刺すように言い放つと、ユキさんは不気味な笑い声をまき散らしながら階段を駆け下り、他のホストの制止を振り切って店を後にした。

残ったのは、困惑と疑惑に満ちたざわめきだった。


「……せ、聖夜! こ、こんなの嘘よね!」


隣に立つ愛良さんが聖夜さんに詰め寄る。

その表情は鬼気迫るものがあり、そのせいか聖夜さんは言葉を詰まらせていた。

失望と軽蔑を含んで膨張するホールのざわめきに、僕は聖夜さんに向けられる女性達の理想や期待がどれだけ大きいものかを痛感した。

そしてそれを一身に受ける聖夜さんの苦悩も……。


--フラキュアが大好きだという聖夜さんの気持ち。それが何より大切で、大事にするものだと思います。


僕はなんて浅はかなことを言ったのだろう。

メイド喫茶で聖夜さんに言った言葉を思い出して自分の思慮のなさを悔やんだ。

そんなことはきっと聖夜さんだって分かっていたんだ。

それでも、彼はお客さん達の期待を裏切るわけにはいかないのだ。


僕は自分の不甲斐なさに拳をぎゅっと握りしめた。


このままでは聖夜さんが、期待を裏切られたお客さん達の憎悪をその身に受けることとなる。

でも幸いにも、まだ彼女たちの中にはこの不都合な事実を信じたくないという気持ちが見られる。


そこに賭けるしかない。


僕は手元の写真を握りしめて、さっきまでユキさんがいた階段を駆け上った。

自然、みんなの視線が僕に集まる。

聖夜さんも目を丸くして見ている。

思わずごくりと唾を飲み込んだ。

人に注目されるのは苦手だ。

でも、それでも、僕はここで言わなければならない。

深く息を吸ってから口を開いた。

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