第29話


****


二十一時、店内はお客様やホストの甘い賑わいで満ちていた。

指名のない僕はホールと厨房で料理の盛り付けの手伝いをしたり、料理やお酒を運んだり、ヘルプとしてテーブルに入ったりと店内を慌ただしく動き回っていた。


お客様が帰られたテーブルを片付けていると、


「コウさん、五番テーブルのお客さん、今オンリーだから入ってもらっていいですか?」

「あ、はい! 分かりました!」


先輩ホストの人に頼まれ、僕は急いでテーブルを拭き上げ、ソファやテーブル下のゴミチェックを済ませて五番テーブルに向かった。


「こ、こんばんは~。コ、コウです」

「どうも……」


五番テーブルに来ていたお客さんは、痛んだ前髪の隙間から僕を軽く一瞥してぼそりと返事をした。

初回の方らしく、まだ指名はないようだ。

そういった場合、空いているホストが交代でテーブルにつくようになっている。

だから指名なしの僕でもヘルプ以外でこうしてテーブルに入ることができるのだ。

初めてで緊張しているのか、表情が固い。

何か思い詰めているような雰囲気さえある。


「お名前聞いてもいいですか?」

「……ユキ」

「ユキさんですね。僕はコウです、よろしくお願いします」

「……よろしく」


会話が続きそうにない気配にへこたれそうになったけれど、何とか気持ちを持ち堪えて話を続けた。


「い、いやぁ~、みんなかっこい人ばっかりだから緊張しますよね」

「……そうね」

「まぁ、僕は息抜きだとでも思ってお付き合いお願いします」


ははは、と笑ってみたけれど、ユキさんの表情は一ミリも動かなかった。

空回った笑いをどこに着地させるべきか思いあぐねながら、目を泳がせていると、


「……聖夜はまだ来ないの?」


突然聖夜さんの名前が出たので少し驚きつつ「今日はまだ来ていません。もう少しでくると思いますよ」と答えた。

ミーティングで聞いた今日のスケジュールでは、確か今日は愛良さんと同伴で来るはずだ。


「何時になったらくるのよ」

「えっと、もうそろそろとは思うんですが……」


苛立ちを含んだユキさんの声にたじろぎながら答える。

彼女はその曖昧な答えに苛立たしげな溜め息を吐いて、脚を組み直した。


「……分かった。来たらすぐに教えて」

「あ、はい、かしこまりました。指名をご希望ですか?」

「……まぁ、そんなものね」


ユキさんは話を打ち切るようにグラスのお酒をあおった。

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