第12話
聖夜さんが凄まじいスピードで僕の元に駆け寄ってキーホルダーを取り上げた。
そして手の中のキーホルダーを凝視した後、体中の気が抜けるような大きなため息を吐いた
「よかったぁ。マジ見つからなかったらどうしようかと思った。あーマジ心臓に悪いわ。あー、やべぇ。二十四時間ぶりの紅葉たんマジかわいい」
「せ、聖夜さん……?」
恍惚とした表情でキーホルダーを見つめる聖夜さんに恐る恐る声を掛ける。
聖夜さんはそこでようやく僕の存在を思い出したようにハッと顔を上げた。
しん、と沈黙が舞い降りた。
しかしその沈黙はすぐに破られた。
聖夜さんの顔に張り付けられた王子様スマイルによって。
なぜだろう……。
無表情よりも笑顔の方が怖いと感じるのは。
「……コウさん、でしたっけ? いやぁ、ありがとうございます。僕の捜し物を見つけてくれて」
「い、いや、僕はたまたま見つけただけです。でもよかったです、持ち主が見つかって。安心しました」
「僕も安心しました。ふふ」
「あ、あははは」
「ふふふ……」
このまま和やかな笑い声でフェイドアウトしていくものだと思っていた。
けれど世の中はそんなに甘くなかった。
ダンッ!
僕の横をかすめて聖夜さんの拳が背後のロッカーに直撃した。
「……ところでコウさん。あなたは何か見ましたか?」
「え?」
目をしばたかせる僕に、聖夜さんはさらに威圧感がにじみ出る笑みで迫ってきた。
「見てないですよね? 僕の落とし物も、僕の言動もすべて。というか、そもそも僕はここに来ていなかった。そうですよね?」
「え、えっと……」
え? え? どういうこと?
聖夜さんは現にここにいるのに……え? どういうこと?
頭の中がはてなマークでいっぱいになって返事にまごついていると、聖夜さんがおもむろにロッカーにあてていた拳をずるずるとおろした。
そして、拳を自分のポケットにおさめた瞬間、長い脚でガン! とロッカーを蹴った。
「ひっ!」
「いいか? よく聞けよ。俺は今日ここには来てない、そうだよな?」
目が全く笑っていない笑顔で詰め寄られ、僕はただコクコクと頷くしかできなかった。
それを見て、聖夜さんは静かに脚を降ろした。
「……よし。口止め完了」
「口止めって……。そのキーホルダー持っていることそんなに知られたくないんですか?」
素朴な疑問を口にすると、聖夜さんはギロリと僕を睨んだ。
「あぁ? 当たり前だろ。こんなこと知れたらホスト生命絶たれるわ」
「別に恥ずかしいことじゃないですか。姪っ子さんとかへのプレゼントでしょう? むしろ子供好きな面が垣間見えていいんじゃないですか」
「……俺のだけど」
「え?」
「だから俺のだって言ってるだろ! ほら、そういう反応になるだろうが!」
「え、あ、す、すみませんっ」
急いで謝ったけれど、むすっと口をへの字に結んだまま聖夜さんはそっぽ向いてしまった。
機嫌を損ねてしまったようだ。
確かに自分が好きなものが子供向けと断じられてしまうのは気分のいいことじゃないだろう。
「気を悪くしてしまって、すみませんっ。僕よく流行のものとか知らなくて……。でもフラキュアって面白いんですよね? 桜季さんが言っていました。それに今映画も公開されてるみていですね」
少しでも仲良くなってもらえればと思い、精一杯自分が知っている情報を言い連ねてみた。
すると、聖夜さんの眉間の皺が少しだけ緩んだ。
「……なに、アンタ、フラキュアに興味あんの?」
「あ、はい、そうですね。子供向けの番組なのに大人もはまっちゃうなんて、どんな話なんだろうって思います」
「ふぅん……」
聖夜さんはまるで真偽を確かめるように僕の目をじっと見つめた。
な、なんだか緊張する……!
言っていることは決して嘘ではないけれど、疑いを含んだ視線を向けられるのはなんだか落ち着かない。
「……じゃあ、今度映画観に行く?」
「え?」
思いも寄らない言葉に目を丸くする。
「……っ、だからっ、今度の休み、一緒にフラキュア観に行ってやろうかって言ってんだよ!」
理解の悪い僕に苛立ったのか、聖夜さんが大きな声で言った。
「え、い、いいんですか?」
仲良くなれたらいいなとは思っていたけれど、まさか一緒に出かける約束まで漕ぎ着けられると思っておらず、嬉しさと驚きで困惑した。
少し顔を赤らめながら顔を背け、聖夜さんはフンっと鼻を鳴らした。
「嫌だったら言うわけないだろう。それに初心者がフラキュアを一人で観て勘違いした解釈されても嫌だしな。フラキュア好きとして解説してやるよ」
「ほんとですか! それは有り難いです」
あまりフラキュアについて詳しくないので、知っている人がいると心強い。
それに、どの分野でもそうだけれど、詳しい人が説明してくれると分かりやすいだけでなく、その魅力がすごく伝わってくる。
それは例え今まで興味がなかった分野だとしてもとても楽しいことだ。
「で、アンタ、次いつ休み?」
聖夜さんがポケットから携帯を取り出しながら訊いてきた。
「えっと、次は……明後日が休みです」
「あ、俺も休み。よし、じゃあこの日の十一時のやつでいい?」
「あ、はい」
「じゃあセントラルの映画館に十時半待ち合わせでいいな?」
「は、はい!」
考えてみれば、職場の人と休みの日に出かけるなんて初めてだ。
そう思うとわくわくした。
頬を緩ませながら、ロッカーの中の鞄から手帳を取り出して予定を書き込んでいると、「……変な奴」とため息を吐くように聖夜さんが笑った。
でもその顔は優しかった。
「それじゃあ、僕、トイレ掃除があるので失礼しますね」
「じゃあ俺は同伴の約束まで時間あるしここでゲームしとくわ」
聖夜さんはソファに横になって携帯をいじり始めた。
「お疲れ様です。それじゃあ同伴がんばってくださいね」
「まぁ、がんばるわ」
そう言うと、画面から目を逸らさず手を僕に手を振った。
たぶん僕のことは見えていないだろうけど一応頭を下げて、更衣室を出た。
更衣室を出た時、小さな物音がした。
誰か僕ら以外にも早くきていた人がいたのだろうかと廊下を見渡したけれど人の姿はなかった。
なんだ、気のせいか。
歳のせいかもしれない。
以前同じようなことがあって桜季さんに話したら「それはもしかすると昔売れずに自殺したホストの幽霊かもぉ」と言われたことを思い出して慌てて頭を振った。
大丈夫、大丈夫、幽霊なんていない、と言い聞かせつつも、トイレに行くのは何となく憚られて、店の前の掃き掃除から始めた。
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