第28話
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蓮さんが泊まった翌日。
いつも通り更衣室で着替えをすませ厨房に行くと、そこには桜季さんの他に珍しい人がいた。
「え! 蓮さん!?」
普段、厨房に来ることなんて滅多にない蓮さんに、僕は目を丸くした。
「あ! 青りんご、いらっしゃい~」
調理台でサラダを準備している桜季さがいつも通りあたたかい笑みで迎えてくれた。
けれどその横に立つ蓮さんは、こちらを振り返って僕の姿を見るなり舌打ちをした。
「テメェ、遅いんだよ。新人ならさっさと来いよ」
「え、あ、す、すみませんっ」
僕が慌てて頭を下げると、桜季さんが野菜を切る手を止めてフォローに入ってくれた。
「いやいや、青りんごは十分早いよぉ。というかぁ、いつも同伴で遅れてくるレンコンには言われたくないよねぇ」
「うるせぇ! 俺は仕事だからいいんだよ!」
一発触発な空気を醸し出す二人の会話に、僕は慌てて割って入った。
「そ、そういえばいつも同伴で忙しいのに、今日は先にお店にきてるって珍しいですね! 何か用事でもあるんですか?」
人気引っ張りだこの彼が、まだ他のホストも来ていないこの時間に来るなんて初めて見た気がする。
何気ない疑問だったのだけれど、なぜか蓮さんは困ったような、苦虫を噛んだような、複雑な顔をして言い淀んだ。
「あ、言いたくないことだったら別に言わなくていいですよ」
触れてはいけないことだったかもしれない。
僕としては気を遣っての言葉だったのだけれど、蓮さんは舌打ちをして乱暴に自分の頭を掻いた。
「ああっ、もうっ! 察しが悪いなテメェは! 普通、俺がわざわざこんな時間にこんな所に来てるんだから分かるだろう!」
「す、すみません……」
分かるだろう! と当然のように言われても申し訳ないことに全然見当もつかない。
どうしようかと思いあぐねていると、蓮さんは苛立ちの滲んだため息を吐いた。
「だから……っ、この間は一応世話になったからその礼を言いにきたんだよっ。……余計なお世話とはいえ、まぁ、その助かったというか……」
落ち着きなく自分の髪をくしゃくしゃと掻きながら、視線を逸らす蓮さん。
不承不承とした言い方だったが、それは紛れもなくお礼の言葉だった。
まさか早く来て僕に礼を言うため待っているとは思ってもいなかったので、僕は面食らった。
「……っ、こんなこと言わせんなよ! 三十五にもなるなら察しろよっ! この鈍感野郎!」
顔を赤くして暴言を吐く蓮さんだが、怒っているというよりもらしくない自分の言動に自分自身戸惑っているようにも見えた。
僕は何だか彼が初めて歳相応に見えて微笑ましくなった。
「何へらへら笑ってんだ!」
「あ、いや、すみません! あ! そうだ、昨日汗かいてシャワー浴びた時、脱いだ服忘れてましたよ。今日持ってきているので後で更衣室に取りに来てもらっていいですか?」
せっかくシャワーで汗を流したのに、また汗で濡れた服を着ては意味がない。
なので買い置きしていたシャツを蓮さんに貸したのだけれど、脱いだ服はそのまま忘れていた。
だから洗濯して今日持って来た、それだけの話なのだけれど、なぜか空気がピタリと固まった。
「えぇ!! それ、青りんごどういうことぉ?」
野菜切りを再開していた桜季さんが手を止めて顔を上げた。
「え、いや、あの、一昨日蓮さんがうちに泊まった時に、汗をすごくかいて、それでシャワー浴びてもらったんです」
「ちょ、ちょっと、汗をかくって何をしたのぉ!? 青りんごは清純派だと信じてたのにぃ……!」
せ、清純派ってアイドルでもあるまいし……。
三十五の男にはあまりにも不釣り合いな言葉だ。
「おれは泊まらせてくれなかったのにひどいよぉ! 一人で寝るの寂しいからってレンコンなんか呼ばなくてもいいじゃん! おれの方が青りんごと仲良しなのにショック~」
桜季さんは大袈裟に目元の涙を拭う仕草をした。
「いや、あの、具合が悪そうだったので、僕が無理矢理家に連れて帰ったんです」
「本当にそれだけ~? 一緒に寝たりなんかしてないよねぇ?」
疑わしげに訊かれてどきっとする。
疚しさは全くないが、一緒にベッドで寝たのは事実でどう答えていいのか戸惑っていると、すべてを察したような桜季さんの目が鋭くなった。
「……どういうことか説明してくれるぅ? レンコン~」
「誤解だ! つーか包丁をこっちに向けんな!」
笑顔で包丁の切っ先を向ける桜季さんに、蓮さんが怒鳴った。
「まさか青りんごの優しさにつけ込んでいやらしいことしてないよねぇ?」
「するかっ! こんな色気も何もないしかも男に手をだすわけないだろっ!」
「えぇ~、でも青りんごは魔性だからねぇ。ついクラっとなりかねないし……」
「なるか!」
しばらく疑惑と弁明の応酬が続いたが、きりがないと思ったのだろう、蓮さんが僕の腕を掴んで厨房を出た。
桜季さんも追ってくると思ったけれど、料理途中でガスコンロもつけていたので、「後でじっくり話聞かせてもらうからねぇ!」という声だけが背中を追ってきた。
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