GKA

GKA 1

伊村祥太郎いむらしょうたろう君、18歳……と」


 担当者だという初老の紳士は差し出された履歴書を確認し、丸眼鏡越しに祥太郎を見た。


「物体の転移が得意だとか」

「はいっ、それはもう得意です! 引越しのバイトをした際、上司に『君の転移は一味違うねぇ』とまで言われましたし!」

「ふむ」


 紳士が再び履歴書に目を落として黙ったので、何気なく周囲に視線をやる。

 しっとりとしたピアノ曲が流れる、古い洋館のようなエントランス。オレンジに光るシャンデリアに花模様のテーブルランプ。アーチ窓からは、よく手入れされた庭が見えた。

 つやのある木のテーブルには香り立つコーヒーが置かれ、カフェでなければホテルのロビーといった雰囲気だ。

 しかし、建物の入り口も確認したが、やはり『GKA』と書いてあるだけだった。


「では早速、能力のテストをしたいのだけれど、良いかな?」

「はい、もちろんです!」

「あら、面接ですの? マスター」


 二人が席を立ち、移動しようかとしたその時、現れたのはゴージャスなショートラインのドレスに身を包んだ人影。

 つややかな亜麻色の髪を編み込んだ色白の美女――というには幼い。

 青みがかった瞳もあって人形のような可愛らしさがあったが、手にした和風の扇がちぐはぐな印象だった。


「ああマリー君、ちょうど良かった。手伝ってくれるね?」


 笑顔で言う紳士に、マリーと呼ばれた少女はぷいと横を向いた。


「嫌ですわ、わたし」

「それは困ったね。ここでは君が一番結界を張るのが上手だから」

「面接に結界なんて必要ないでしょう?」

「でも、万が一ということがあるからね」

「わたし、ここのところお仕事続きで疲れてしまいました」


 彼女もここで働いている能力者らしいということに、祥太郎は驚く。

 紳士は腕を組み、心底困ったようにうなった。


「お給料、ずいぶんと前借りしているよね。全額、今すぐに――」

「ももももちろんやりますわ!」

「助かるよ。――祥太郎君、ここで働いてもらってるマリー・フォンドラドルード君だよ。マリー君、こちらは伊村祥太郎君」

「よろしくお願いします。えっと……フォンドラドラさん」

「マリーで結構よ」

「マリーちゃん、それ、ジョルジュ・ディーのドレスじゃない? 新調したの?」


 そこへ、おっとりとした声が割って入ってくる。

 そちらを見ると、今度は祥太郎より少し年上だろうか、落ち着いた雰囲気の女性が立っていた。

 かなりの美人ではあるが、控えめなメイクとアースカラーでまとめられた無地の服が、マリーの後だと恐ろしく地味に見える。ゆるくウェーブのかかった黒髪が、より印象を柔らかく見せていた。


「ええ、素敵でしょう?」


 得意気に披露されるドレス。そのデザイナーの名は、ファッションにうとい祥太郎でも耳にしたことがあった。


「そうやって無駄づかいばかりするから、お金がなくなるんじゃない?」

「ムダ……!?」

「あら、こんにちは。こちらは新人さん?」

「ええ――いや、これから面接で」

「そう。私は赤根遠子あかねとおこって言うの。よろしくね」

「トーコこそ、少しは働いたらいかが? あなたがお仕事してる姿、わたしほとんど見たことないんだけれど」

「そう? みんなにお茶出したり、お掃除手伝ったりしてるじゃない」

「そんな誰でも出来る仕事じゃなくて!」

「薬草のスープを作ったりとか」

「あんなマズイもの、飲めたもんじゃないわよ!」

「じゃあ私、理沙りさちゃん呼びに言ってくるわね」

「もう、トーコ、またそうやって逃げる!」


 マリーの大声を背に、遠子はそそくさとどこかへ行ってしまった。


「まあいいじゃないか。とにかく移動しよう」

「マスターって、やけにトーコに甘くありません?」

「そんなことはないと思うがね」


 三人は、二階へと続く大きな階段の前を通り、建物の奥へと向かった。そこから二手に分かれる通路を右へ。


「あの、マスターっていうのは……」

「ああ、ここの皆は私のことをそう呼んでいるんだよ。ニックネームみたいなものだね」

「へぇ」


 そんなことを話しながら、しばらく歩いた先に見えてきたドアの中へと入る。


「えっ……?」


 祥太郎は思わず、小さく声を上げてしまった。

 そこが予想していた以上に広い空間だったからだ。ドーム球場くらいはあるだろうか。

 建物の規模から考えて、こんな大きさのスペースが確保できるとは考えられない。明らかに亜空間建築あくうかんけんちくと呼ばれるものだった。

 災害時の避難場所としても活用されることがあるが、政府の許可を得ることが必要なため、普通の建物の中にあることはまずないと言っていい。

 違法でなければよいのだがと願いつつ、促されるままその先へと進む。


「ではマリー君、頼む」

「かしこまりまして」


 彼女は言って片手で扇を開き、軽く振った。

 すると、そこから起きた光の波が床へとぶつかり、そのまま部屋の中へと広がっていく。

 数分と経たないうちに部屋全体が淡い光に包まれ、それから何事もなかったかのように元の景色へと戻った。


「これで問題ありません。何があってもビクともしませんわ」

「ありがとう」

「こんなに広いのに、もう終わったんですか!?」

「マリー君は優秀な結界師だからね」

「へぇ……」

「では、君のも外しておこう」

「あ、はい。――えっ?」


 人は見かけによらないなどと考えているうちに、左腕を掴まれる。顔を向ければ、腕からあっさりと外される『ミュート』。そういえば、マリーの腕にも見当たらない。

 これを着け外しするには当然、政府の許可が必要だ。ならばそういうことなのだろうと腹をくくる。能力者検診のうりょくしゃけんしん以外では外すこともない代物なので、新鮮な気分だった。


「マリーちゃん、中に入れてー」


 その時、開いたままのドアからかかる声。遠子だった。

 マリーは溜め息をつくと、扇を先ほどとは違う動きで振る。


「トーコ、もう少し早く連れてきてくれればいいのに」

「マリーちゃんも待っててくれれば良かったのに」

「わたしは早くお仕事を済ませたい一心だったの」

「ごめんマリーちゃん、あたしが準備に時間かかっちゃったから」


 遠子の後ろにいた、彼女より頭一つほど背が高い少女が、申し訳なさそうに頭をかく。

 白いシャツにデニムというシンプルなスタイル。そこから覗く小麦色の肌と短めの髪は、アスリートのような爽やかさがあった。彼女は大きな目で祥太郎を見ると、人懐っこい笑みを浮かべ、ぺこりとお辞儀をする。


「はじめまして! 榎波理沙えなみりさです。ええと」

「どうも、伊村祥太郎です」

「伊村さんですね、よろしくお願いします! あたしのことは理沙って呼んでください」

「じゃあ、僕のことも祥太郎で。こっちこそよろしく」

「早く始めましょうよ」

「そうだね。――では二人とも位置についてくれるかな」


 マスターの指示により、祥太郎と理沙は距離を置いて立った。ちょうど、ピッチャーとバッターのような位置関係だ。


「理紗君が色々な物を投げるから、祥太郎君はそれをあの――光る球の下に転移させて欲しい」


 広い部屋の隅のほうに、淡く光を発しながら浮いている球が見える。

 祥太郎はうなずき、ソフトボールを片手に立っている理沙を見据えた。制限を外され、かつてないほどの力が体中にみなぎる感覚に、興奮を抑えきれない。


「了解です」

「じゃあ祥太郎さん、いきますね!」


 ボールが投げられた。野球の経験者かと思えるほど綺麗なフォームだ。球はうなりを上げ、あっという間に目前へと迫る。

 この程度なら簡単だった。軽くにらむだけで、次の瞬間には目標の場所へとボールが現れ、何度か跳ねてから動きを止める。


「すごーい! じゃあ、次ですね!」


 続いて理沙が手にしたのは花瓶。やや大きめのそれは、ずっしりと重そうだった。

 だが彼女は同じく綺麗なフォームで、それを投げる。


(飛べ)


 今度は軽く意識を集中させた。花瓶は難なく光球の下へと移動した。

 着地にも気を配ったので、大きな音を立てることもない。


「コントロールもいい感じ。それじゃ次は……」


 少し迷った後、手にされたのは自転車。

 その様子を見ていても、全く重さを感じさせない。それが彼女の能力なのだろう。

 ――となると、背後に見える自動車や飛行機、戦車らしきものも投げるつもりなのだろうか。


「祥太郎君」

「はい? ――え、ちょっと!?」


 突然名前を呼ばれて振り返る。マスターがかざした手のひらから発生した光の玉が、こちらへと飛んでくるところだった。

 あわてて意識を集中すれば、それは別の空中へと現れ、壁に当たって爆発を起こす。


「いきなり何するんですか!?」

「ちょっとね、霊的なものでも移動できるかどうかを試したくて」

「それなら言ってくださいよ! あれ当たって死んだらどうするんですか!?」

「まさか、死んだりはしないよ。少々焦げるだけで」

「嫌ですよ、そんなの!」

「祥太郎さん!」


 そこに鋭くかかる理沙の声。慌てて振り向けば、宙を舞いながら向かってくる自動車と戦車。


「のわっ!」


 祥太郎は驚きの声を上げながらも、二つを確実にその場から消した。これが試験だということも忘れてはいない。きちんと指定の場所へと着地させる。

 それを見た周囲から感嘆の声が上がった。マスターも満足気に笑む。


「素晴らしい。――合格だ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「ああ。早速これから仕事にかかってもらいたいんだが、いいかな?」

「はい、もちろんです!」


 高揚した気分のまま、満面の笑みで答える祥太郎を見て、マリーが何故か眉をひそめた。


「ショータロー。あなた、ここがどこだか理解して来てるの?」

「どこって……『ジー・ケイ・エー』だろ?」


 先に部屋を出たマスターのほうを気にしつつ答えると、彼女は大きく溜め息をつく。


「……呆れた」

「あ、ごめん。僕も行かないと。じゃあ、これからよろしくお願いします!」


 急いでドアへと向かう祥太郎。

 あっという間に見えなくなった背中には、挨拶ではなく溜め息交じりの言葉がかけられた。


「"Gate Keeper's Apartment"よ。――お気の毒さま」

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