GKA
GKA 1
「
担当者だという初老の紳士は差し出された履歴書を確認し、丸眼鏡越しに祥太郎を見た。
「物体の転移が得意だとか」
「はいっ、それはもう得意です! 引越しのバイトをした際、上司に『君の転移は一味違うねぇ』とまで言われましたし!」
「ふむ」
紳士が再び履歴書に目を落として黙ったので、何気なく周囲に視線をやる。
しっとりとしたピアノ曲が流れる、古い洋館のようなエントランス。オレンジに光るシャンデリアに花模様のテーブルランプ。アーチ窓からは、よく手入れされた庭が見えた。
つやのある木のテーブルには香り立つコーヒーが置かれ、カフェでなければホテルのロビーといった雰囲気だ。
しかし、建物の入り口も確認したが、やはり『GKA』と書いてあるだけだった。
「では早速、能力のテストをしたいのだけれど、良いかな?」
「はい、もちろんです!」
「あら、面接ですの? マスター」
二人が席を立ち、移動しようかとしたその時、現れたのはゴージャスなショートラインのドレスに身を包んだ人影。
つややかな亜麻色の髪を編み込んだ色白の美女――というには幼い。
青みがかった瞳もあって人形のような可愛らしさがあったが、手にした和風の扇がちぐはぐな印象だった。
「ああマリー君、ちょうど良かった。手伝ってくれるね?」
笑顔で言う紳士に、マリーと呼ばれた少女はぷいと横を向いた。
「嫌ですわ、わたし」
「それは困ったね。ここでは君が一番結界を張るのが上手だから」
「面接に結界なんて必要ないでしょう?」
「でも、万が一ということがあるからね」
「わたし、ここのところお仕事続きで疲れてしまいました」
彼女もここで働いている能力者らしいということに、祥太郎は驚く。
紳士は腕を組み、心底困ったようにうなった。
「お給料、ずいぶんと前借りしているよね。全額、今すぐに――」
「ももももちろんやりますわ!」
「助かるよ。――祥太郎君、ここで働いてもらってるマリー・フォンドラドルード君だよ。マリー君、こちらは伊村祥太郎君」
「よろしくお願いします。えっと……フォンドラドラさん」
「マリーで結構よ」
「マリーちゃん、それ、ジョルジュ・ディーのドレスじゃない? 新調したの?」
そこへ、おっとりとした声が割って入ってくる。
そちらを見ると、今度は祥太郎より少し年上だろうか、落ち着いた雰囲気の女性が立っていた。
かなりの美人ではあるが、控えめなメイクとアースカラーでまとめられた無地の服が、マリーの後だと恐ろしく地味に見える。ゆるくウェーブのかかった黒髪が、より印象を柔らかく見せていた。
「ええ、素敵でしょう?」
得意気に披露されるドレス。そのデザイナーの名は、ファッションにうとい祥太郎でも耳にしたことがあった。
「そうやって無駄づかいばかりするから、お金がなくなるんじゃない?」
「ムダ……!?」
「あら、こんにちは。こちらは新人さん?」
「ええ――いや、これから面接で」
「そう。私は
「トーコこそ、少しは働いたらいかが? あなたがお仕事してる姿、わたしほとんど見たことないんだけれど」
「そう? みんなにお茶出したり、お掃除手伝ったりしてるじゃない」
「そんな誰でも出来る仕事じゃなくて!」
「薬草のスープを作ったりとか」
「あんなマズイもの、飲めたもんじゃないわよ!」
「じゃあ私、
「もう、トーコ、またそうやって逃げる!」
マリーの大声を背に、遠子はそそくさとどこかへ行ってしまった。
「まあいいじゃないか。とにかく移動しよう」
「マスターって、やけにトーコに甘くありません?」
「そんなことはないと思うがね」
三人は、二階へと続く大きな階段の前を通り、建物の奥へと向かった。そこから二手に分かれる通路を右へ。
「あの、マスターっていうのは……」
「ああ、ここの皆は私のことをそう呼んでいるんだよ。ニックネームみたいなものだね」
「へぇ」
そんなことを話しながら、しばらく歩いた先に見えてきたドアの中へと入る。
「えっ……?」
祥太郎は思わず、小さく声を上げてしまった。
そこが予想していた以上に広い空間だったからだ。ドーム球場くらいはあるだろうか。
建物の規模から考えて、こんな大きさのスペースが確保できるとは考えられない。明らかに
災害時の避難場所としても活用されることがあるが、政府の許可を得ることが必要なため、普通の建物の中にあることはまずないと言っていい。
違法でなければよいのだがと願いつつ、促されるままその先へと進む。
「ではマリー君、頼む」
「かしこまりまして」
彼女は言って片手で扇を開き、軽く振った。
すると、そこから起きた光の波が床へとぶつかり、そのまま部屋の中へと広がっていく。
数分と経たないうちに部屋全体が淡い光に包まれ、それから何事もなかったかのように元の景色へと戻った。
「これで問題ありません。何があってもビクともしませんわ」
「ありがとう」
「こんなに広いのに、もう終わったんですか!?」
「マリー君は優秀な結界師だからね」
「へぇ……」
「では、君のも外しておこう」
「あ、はい。――えっ?」
人は見かけによらないなどと考えているうちに、左腕を掴まれる。顔を向ければ、腕からあっさりと外される『ミュート』。そういえば、マリーの腕にも見当たらない。
これを着け外しするには当然、政府の許可が必要だ。ならばそういうことなのだろうと腹をくくる。
「マリーちゃん、中に入れてー」
その時、開いたままのドアからかかる声。遠子だった。
マリーは溜め息をつくと、扇を先ほどとは違う動きで振る。
「トーコ、もう少し早く連れてきてくれればいいのに」
「マリーちゃんも待っててくれれば良かったのに」
「わたしは早くお仕事を済ませたい一心だったの」
「ごめんマリーちゃん、あたしが準備に時間かかっちゃったから」
遠子の後ろにいた、彼女より頭一つほど背が高い少女が、申し訳なさそうに頭をかく。
白いシャツにデニムというシンプルなスタイル。そこから覗く小麦色の肌と短めの髪は、アスリートのような爽やかさがあった。彼女は大きな目で祥太郎を見ると、人懐っこい笑みを浮かべ、ぺこりとお辞儀をする。
「はじめまして!
「どうも、伊村祥太郎です」
「伊村さんですね、よろしくお願いします! あたしのことは理沙って呼んでください」
「じゃあ、僕のことも祥太郎で。こっちこそよろしく」
「早く始めましょうよ」
「そうだね。――では二人とも位置についてくれるかな」
マスターの指示により、祥太郎と理沙は距離を置いて立った。ちょうど、ピッチャーとバッターのような位置関係だ。
「理紗君が色々な物を投げるから、祥太郎君はそれをあの――光る球の下に転移させて欲しい」
広い部屋の隅のほうに、淡く光を発しながら浮いている球が見える。
祥太郎はうなずき、ソフトボールを片手に立っている理沙を見据えた。制限を外され、かつてないほどの力が体中にみなぎる感覚に、興奮を抑えきれない。
「了解です」
「じゃあ祥太郎さん、いきますね!」
ボールが投げられた。野球の経験者かと思えるほど綺麗なフォームだ。球はうなりを上げ、あっという間に目前へと迫る。
この程度なら簡単だった。軽くにらむだけで、次の瞬間には目標の場所へとボールが現れ、何度か跳ねてから動きを止める。
「すごーい! じゃあ、次ですね!」
続いて理沙が手にしたのは花瓶。やや大きめのそれは、ずっしりと重そうだった。
だが彼女は同じく綺麗なフォームで、それを投げる。
(飛べ)
今度は軽く意識を集中させた。花瓶は難なく光球の下へと移動した。
着地にも気を配ったので、大きな音を立てることもない。
「コントロールもいい感じ。それじゃ次は……」
少し迷った後、手にされたのは自転車。
その様子を見ていても、全く重さを感じさせない。それが彼女の能力なのだろう。
――となると、背後に見える自動車や飛行機、戦車らしきものも投げるつもりなのだろうか。
「祥太郎君」
「はい? ――え、ちょっと!?」
突然名前を呼ばれて振り返る。マスターがかざした手のひらから発生した光の玉が、こちらへと飛んでくるところだった。
あわてて意識を集中すれば、それは別の空中へと現れ、壁に当たって爆発を起こす。
「いきなり何するんですか!?」
「ちょっとね、霊的なものでも移動できるかどうかを試したくて」
「それなら言ってくださいよ! あれ当たって死んだらどうするんですか!?」
「まさか、死んだりはしないよ。少々焦げるだけで」
「嫌ですよ、そんなの!」
「祥太郎さん!」
そこに鋭くかかる理沙の声。慌てて振り向けば、宙を舞いながら向かってくる自動車と戦車。
「のわっ!」
祥太郎は驚きの声を上げながらも、二つを確実にその場から消した。これが試験だということも忘れてはいない。きちんと指定の場所へと着地させる。
それを見た周囲から感嘆の声が上がった。マスターも満足気に笑む。
「素晴らしい。――合格だ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ああ。早速これから仕事にかかってもらいたいんだが、いいかな?」
「はい、もちろんです!」
高揚した気分のまま、満面の笑みで答える祥太郎を見て、マリーが何故か眉をひそめた。
「ショータロー。あなた、ここがどこだか理解して来てるの?」
「どこって……『ジー・ケイ・エー』だろ?」
先に部屋を出たマスターのほうを気にしつつ答えると、彼女は大きく溜め息をつく。
「……呆れた」
「あ、ごめん。僕も行かないと。じゃあ、これからよろしくお願いします!」
急いでドアへと向かう祥太郎。
あっという間に見えなくなった背中には、挨拶ではなく溜め息交じりの言葉がかけられた。
「"Gate Keeper's Apartment"よ。――お気の毒さま」
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