召喚術師と召渾士 5

「ふぁぁぁぁぁっ……」


 その時、ナレージャがのんきに大あくびをしながら目覚める。

 皆に注目されていることに気づくと、少し顔を赤らめ、慌てて髪や服を整え始めた。それから、はっと結界の方を見る。


「『魔王』、消えちゃったんですね。やっぱり皆さん、すごいです!」

「いや。消したのはナレージャちゃんだぜ」

「はい?」


 再び同じ言葉を口にした才が、カメラに収めた映像を、部屋の壁へと投影させる。映像は、カリニが最後に横になったあたりから始まっていた。

 急いでカメラを出したせいか、画面は大きくぶれる。それから、カリニの後方に寝ていたナレージャを大きく映し出した。


「指先が動いてる。何か術を使っていると言われれば、そうなのかも。……ナレージャ、あなた本当に寝てたのよね?」

「ほ、本当ですよ! ぐっすり寝てて、朝ごはんとお菓子を美味しく食べる夢を見てたんですから!」

「それはそれで、ちょっと腹が立つような……というか、リサの呼びかけの影響、しっかり出てるのね」

「微量だが、魔力の反応もちゃんと出てる。ナレージャちゃんが無意識でも術を使ったってのは確かだ」

「微量、ね。だから、あの騒動に紛れて誰も気づかなかったのかも。たぶん、召渾士しょうこんしの術は、渾櫂石こんかいせきの力によるところが大きいんだわ」

「じゃあさ。カリニは何をしたんだろ?」


 ぽつり、と祥太郎の言葉。今度はカリニへと視線が集まった。


「よきにはからえ、か……もしかして」


 マリーはしばし考え、再び顔をあげる。


「ねぇカリニ、ちょっとナレージャに向かって、『魔王』を呼び出せって言ってみてくれないかしら?」

「えええっ! また呼び出さないといけないんですか!?」

何もしなくていいから、とにかく言ってみて」


 何を言われているのかが理解できず、カリニも戸惑う素振りを見せたが、やがて観念したように、ナレージャへと呼びかける。


「さぁ、『魔王』を呼び出すがいい」


 ――その途端。

 すっかりクリアになっていた結界の中に、黒い『影』が生み出され始めた。


「うわっ、また出てきちゃったよ! っていうかまだ杖、結界の中に置きっぱなしじゃん! 今度は僕、取りに行かなくていいよね!?」

「カリニ、『魔王』を消してって言って」

「……『魔王』を今すぐ消せ」


 今度はカリニの言葉に応えるかのように、『魔王』は静かに消えていく。


「『魔王』は!? 皆さん大丈夫でした!?」


 ナレージャもあっという間に目覚めた。


「えっ、どういうことこれ? 結局カリニが『魔王』を消したってこと?」

「違うわショータロー。消したのはやっぱり術者のナレージャなの。でも、カリニは彼女の術に強い影響を及ぼしてる」

「どうしてですか……?」

「それは恐らく……カリニが、あなたの召喚主マスターだから」

「何だってぇ!?」


 そこで何故か大声をあげる才。

 彼はつかつかとカリニへと歩み寄ると、耳元で何事かをささやいた。


「……は? 何を申すのだ貴様は!」

「いいからいいから、早く!」


 それからしばらく揉めたのち、カリニはあからさまに嫌そうな顔でナレージャへ、ぼそりと告げる。


「この男のことを好きと言え」


 一瞬、室内が静まった。


「えっ? わ、私ですか?」


 言われたことをようやく理解すると、ナレージャは顔を赤らめ、わたわたと手を振る。


「その……才さんにはお世話になってますし、いい人だとは思ってるんですけど、そういうのとは違うっていうか、気軽にそういうこと、口にできないっていうか……とにかくごめんなさい!」

「うはぁっ! なんか普通にフラれるよりショック!」

「サイ、あなたバカじゃないの? 何やってるの?」

「いやー、もしかしたら言ってくれるかなーと。やっぱダメだったかー」

「わぁ、才さんサイテー」

「理沙ちゃんもいつになくストレートに辛辣!」

「なんで僕らは、才がのたうち回る姿を見せられてるんだ……」


 すると、何とも言えない微妙な空気を打ち払うかのように、マスターが手をぽんと叩いた。


「ただこれで、カリニ君の指示は、術以外には特に影響なさそうだということが分かったんじゃないかな」

「そうそう! 俺は、それを証明しようとしてたってワケです!」

「才はすごいなぁ。皆に白い目で見られてるけど、平気だもんなぁ」

「祥太郎くん、そういうこと冷静に言うのやめてもらえますか……」

「もう『魔王』がうっかり出てきちゃったとしても安心ですね! あとは、ナレージャさんが帰れる方法をみんなで頑張って探しましょう! ――あ、カリニさんの記憶もですかね」


 理沙が明るく言ったのと同時に、何かの振動音が響く。それはマスターのジャケットから聞こえていた。

 彼は一言断りを入れると、ポケットからスマホを取り出し、応答する。


「はい。ああ、お疲れ様。……うん。やはりか。どうもありがとう」


 短い通話を済ませたあと、マスターは言った。


「カリニくんの『ミュート』の出どころを調べてもらってたんだ」

「出どころ? 検診受けてつけてもらったんじゃないってことですか?」

「通常は、祥太郎君の言うように、検診でつけることがほとんどだね。ただ、全てをカバーしきれるわけではないし、意図的にすり抜けようとする者もいる。だから、パトロールをする担当者もいて、そういう人物を発見次第、装着させる場合もある」

「その場合の『ミュート』だと何か違いが?」

「モノは同じだよ。ただ、『ミュート』に記録されているデータが異なってくるんだ。――今回は、『異世界ゲスト』になっていた」

「『異世界ゲスト』って――」

「考えてみれば、それが自然なのよね」


 マリーが納得したようにつぶやく。


「召喚術で無意識につながってしまうのも、故郷ならば」

「じゃあ――じゃあ、カリニさんって、アーヴァーの人なんですね!」


 ナレージャの目が、心から嬉しげに輝く。

 しかしカリニはただ戸惑い、視線を泳がせた。


「違うんですか? そういう話の流れかなーって思ったんですけど、私の早とちりでした……?」

「いや、そういう話の流れだったよ。ただ推測の域は出ないし、カリニ君は記憶を失ってるから戸惑うのは仕方がないだろうね」

「ええっ! カリニさんって記憶喪失なんですか!?」

「そういえばナレージャは、そういう話が出た時に立ち会ってなかったわね……。同郷だったとしても、別の国出身かもしれないけれど、それでも異世界人同士よりは、今回みたいな術のリンクが起こる可能性は高まるんじゃないかと思うの」

「ま、とにかく、これで次の一手は決まったな!」


 言って親指を立てる才に、祥太郎は浮かんだ疑問をぶつける。


「次の一手って、カリニがもしアーヴァー出身だったら、それがカギになる……みたいなこと?」

「いやいや祥太郎、よく考えてみろよ。ナレージャちゃんはカリニが召喚しただろ? じゃあカリニは一体どこから来たんだよ」

「あ。――いや、でもだよ? カリニも誰かに召喚されたかもしれないじゃん」

「そうだとしても、だ。記憶喪失のカリニから情報を引き出すよりかは、まだそいつを探し出す方が楽なんじゃね? 何だかんだでデータも取れたし、もうひと頑張りしますか!」

「やっと、あたしたちの得意分野になってきましたね!」


 漠然としていたアーヴァーへの道が、次第に現実味を帯びてきた。

 マスターは皆の顔を見て、いつものように穏やかに告げる。


「では、『ゲート』の捜索を始めようか」

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