召喚術師と召渾士 4

「えええっ!?」


 ナレージャはそれを聞き、大きな声を出した。


「い――イヤですよぅ! 皆さんにご迷惑をおかけしたばっかりじゃないですか! それに、私がアーヴァーに帰るのと、『魔王』を呼び出すのには、全然関係が……」

「ナレージャ、ちょっと考えてみて」


 マリーは彼女の言葉をさえぎり、諭すように言う。


「わたしたちも今のままじゃ、あなたを元の世界にどうやって帰してあげたらいいのか、さっぱり分からないの。だけど、あなたが『魔王』を呼び出せるってことは、この世界と渾界こんかいはつながってるってことでしょう?」

「あっ……た、確かに」

「だから、まずはそっちから攻めてみようと思うの」

「だ、だけどですね、やっぱりまた皆さんを危険な目に遭わせちゃうのは、ちょっと気が引けるというか、心の準備が……」

「そこのあたりは、こうやってきちんと対策を立ててるから大丈夫。不意をつかれたあの時とは違うから」


 示された方向には、光の柱。部屋に入ってきた時も圧倒されたそれを見ていると、大丈夫そうな気はしてくる。


「……わ、わかりました。ありがとうございます。やってみます!」


 ナレージャは自らを奮い立たせるように大きく何度かうなずくと、柱が囲む中心へと歩みを進めた。


「こ、ここで呼び出せばいいですか……?」

「ええ。――ショータローは、ナレージャが眠ったらすぐこっちへ連れ出してね」

「ああ、分かった」

「じゃあ……行きますね」


 彼女は召渾士しょうこんしの杖を握りしめ、一つ大きく呼吸をする。

 そして、その言葉を発した。


「グロウザの火よ。深淵を覗く目よ。――来たれ、『魔王』」

「『観察者の小箱オブザーバーズ・キャスケット』!!」


 そこへ、マリーの『綻びの言葉ヒドゥン・スレッド』がぶつかる。

 一つの柱から、隣の柱へと橋渡しをするように、光が押し出されていく。それは次の柱へ、次の柱へと、猛スピードでつながっていき、赤く光った石から『魔王』がはっきりと姿を現した頃には、巨大な多角形の光の箱とでもいうべきものが出来上がっていた。


祥太郎しょうたろう君、ナレージャ君を!」

「了解です!」


 マスターの指示と同時に、待機していた祥太郎がナレージャを救出する。その間にも、『魔王』の姿は立ち上る噴煙のように『箱』の中へと広がっていく。


「ナレージャちゃんOKだな! よし祥太郎、分析のためにデータ取るから、『魔王』の周りを適当に飛び回ってくれ」

「……いや飛び回れって言ったって、転移したあと普通に落ちるんだけど」

「落ちる前にまた飛びゃーいいだろ」

「落ちそうな時は、理沙りさ君がサポートしてくれるから大丈夫だよ。いざとなれば私と雨稜うりょうさんも居るしね」

「うわぁ、メチャクチャ言うなぁ」


 だが、文句を言っている暇はなさそうだ。祥太郎はすぐに意識を集中させた。

 景色は一瞬にして変わる。すでに二人の体はドーム状になった天井近く、『魔王』の真上に浮かんでいた。 才が小型のカメラでデータを取る間、祥太郎はこまめな転移を繰り返す。


「よし! 次」


 次は斜め後方から。マスターによって強化され、分厚い色ガラスのようになった結界の中、『魔王』が動いている様子が見える。

 まだ気力体力にも余裕があったが、続けていけば観察する余裕もなくなるかもしれない。一番高い所から作業を始めたのもそのためだ。


「それで、この後どうするの? マリーちゃん、何か思い当たることがあるって言ってたよね?」


 一方の地上。

 理沙は飛んでいる二人から目を離し、結界の維持をしている彼女の背中へと問いかけた。その際にを送り込み、エネルギーをチャージするのも忘れない。


「ええ。――時間よ」


 マリーは背中を向けたままで答える。


「ここは召渾士たちのいる世界じゃない。この世界での『魔王』の活動は制限されるんだと思うの。だから、消えてくれるまでしばらく耐える。その間に出来るだけのデータを取っておきたいわね」

「なるほどー!」


 理沙も言って、『魔王』の方に視線を向けた。『箱』の中で拡がる黒々としたものは、見ている者の不安を煽るかのようにうごめく。

 うごめく。

 うごめく。

 うごめく。

 30分経っても、1時間経ってもうごめき続ける。


「……あら?」


 流石に違うんじゃないだろうかという空気が、皆の中に漂い始めた。

 結界には、みっしりと『魔王』が詰まり、すでに向こう側が見えなくなっている。さながら巨大な一本の黒い柱が、部屋のど真ん中にそびえ立つかのようだった。


「て、適材適所おそるべし……」


 そして転移を繰り返しまくった祥太郎は、片隅でぐったりとしている。


「マリーちゃん、あのね……」

「わかってるわ、リサ。わたしの仮説が間違っていたのよ」

「そうじゃなくて――いや、そうかもしれないんだけど、あたし、ひとつ気づいちゃったことがあって」


 理沙の視線は、寝息を立て無邪気に寝ているナレージャへと向かう。


「ナレージャさんの杖、たぶん結界の中に置きっぱなしだと思うんだけど、それって関係あるんじゃない?」

「えっ?」


 マリーも振り向き、ナレージャの近辺を確認する。確かに、召渾士しょうこんしの杖が見当たらない。急いで祥太郎の方を見ると、やっちまったという表情が返ってくる。


「関係、あるかも……」


 前回は、こちらが結界に入る側だった。それにより、『魔王』と渾櫂石こんかいせきは分断された状態となったはずだ。


「よしドジっ子太郎。今すぐ取り出せ」


 才が祥太郎を見ながら、結界の方を指差す。


「でも、中なんにも見えないし……」

「んじゃ、中に入って探してこい」

「そんな~! ――ってまさかマジで言ってる?」

「マジなわけないでしょ、死んじゃうわよ。それに、結界も強化したから、簡単には出入りできないし」

「だけど、このままだとヤバいよなぁ……ごめん。ナレージャ起こすのはどうかな?」

「そうですよ! まずはやってみましょう!」


 理沙が元気よく言って、ナレージャの近くへと歩み寄った。


「ナレージャさーん! 起きてください! 朝ですよ! ごはんですよ! お菓子もありますよ!」


 呼びかけながら、最初は優しく、徐々に強めに体をゆすってみるが、目を覚ます気配は全くない。


「ダメかぁ……ちゃんと『気』を込めたんだけどな。師匠はどうですか?」

「うーん、私も同じタイプだからねぇ。マスターさんも。他のみんなだって、そういうの得意じゃないだろうし」

「トーコなら、簡単に起こせたかもね」


 ふとこぼれた言葉で、少しだけ、しんみりとした空気になる。


「まあ、とにかく、別のことも試してみようじゃないか。――才君、何か『視え』ないだろうか」


 マスターに言われてうなずき、才は宙に目を向けた。


「そっか……あれ、俺の勘違いじゃなかったんか」


 そして、答えはすぐに返ってくる。

 彼は振り返り、皆の背後にいる人物へと指を突き付けた。


「カリニお前、何とかしろ」

「な、何とかしろとは、どういうことだ」


 矛先が急に自分へと向き、戸惑いを隠せないカリニに、才は指をぐいっと近づける。


「トボけてもムダだかんな。前の『魔王』騒動の時も、お前が何かしらして収まったってのはバレてんだよ」

「だから、その何かしらというのは何なのだ」

「それは……俺が知るかよ! さっさとやれバカ!」

「才君、ひとまず落ち着いて」

「ってかマスターも、気づいてたフシがあるよなぁ?」

「まぁ、あの時も才君がカリニ君のことを気にしてたしね。一つの仮説としては考えていたよ」

「それなら早く言ってくださればいいのに……お人が悪い」

「いや、でもね。他の仮説も検証してみなければ分からなかったからね」


 才とマリーに睨まれて引きつった笑みを浮かべつつ、マスターは話を続ける。


「カリニ君自身に全く覚えがないならば、この前の行動を再現してみよう。そうすることで、同様に『魔王』が消えるかもしれない」

「じゃあ、早速やってみましょう! もう結界がパンパンですし」


 理沙の言うように、もうはち切れて破れるんじゃないかというくらいに、結界は膨れ上がっていた。


「見た目よりは大丈夫だよ。こうなるのを見越して、結界も広がるような仕掛けを施したんだ。いっぱい食べ過ぎた時でも、ゴムが伸びるズボンだと安心だろう?」

「相変わらず説明がすごくないけど師匠すごーい!」

「いいからさっさとやろうぜ! ――まず、カリニは寝たフリしてたな」

「あれは……瞑想だ」

「何でもいいから、そこ横になれ」


 才に言われ、カリニはしぶしぶ横になった。


「わたしはあの時も、結界の維持をしてたわね」

「えっと、あたしとマスターと師匠と祥太郎さんは、ナレージャさんを起こしたらどうかって話し合ってましたね」

「その後マスターが、何か視えないかって俺に言ってきて……はい! カリニがどーん!」

「……?」

「何やってんだよ! ほらもっかい立ちあがって、決め台詞どーんだよ!」


 カリニはしばらく考えていたが、小さな声でぶつぶつと言葉を繰り返し始めた。

 それから咳払いをし、がばりと起き上がる。


「ふはははは! 我の力を欲するか!」


 その急なやる気に反して、静まるテストルーム内。

 呆気に取られている才に、カリニは何度も目配せをする。


「へ? ――ああ、そっか。えーと……そうそう。あれ何とかしてくれ」

「…………事態の解決を我が許す。よきにはからえ」


 立ちあがった彼が、再び横になってしばらく。


「本当に『魔王』が消えてくわ!」


 結界と対峙していたマリーが真っ先に声をあげる。

 それからはあっという間だった。あれだけ存在感を示していた黒い色は跡形もなく消え去り、金色に輝く半透明の『箱』が残る。その中には、ナレージャの杖が落ちているのも見えた。


「へぇ、あれカリニが消しちゃったのか。すごいな」

「いや、違うぞ祥太郎」


 いつの間にか才は、カメラを起動させていた。

 その先には、この騒動の中でも眠りこける無防備な姿。


「消したのは、ナレージャちゃんだ」

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