新人発掘オーディション

新人発掘オーディション 1

「新人発掘オーディション!?」


 ミーティングルームに広がる驚きの表情を見て、さいは満足げに頷く。今日は何故か黒ぶちのメガネをかけ、白衣を着ていて、さながら化学教師のような出で立ちだった。


「そ、新人発掘オーディション」

「それってつまり、新しく人を雇うってこと?」


 祥太郎しょうたろうの問いに、彼はまたうんうんと頷き、マスターへと視線を向ける。


「いいっすよね? マスター。メンバーが一人減ってるわけだし、戦力を補強すんのは」

「それは、恐らく問題ないとは思うが……」

「サイ、それ本気で言ってるの?」


 だがマリーはそれを聞き、あからさまに嫌な顔をした。


「トーコがいなくなって、まだ一週間なのよ!? あんまりじゃない?」

「戦力の補強って言っても、本当の遠子とおこさんはすごく強かったですけど、それまではほとんど前線に出なかったですし、そんなに急がなくてもいいんじゃないですかね……?」

「僕も、まだそんな気にはなれないよ」


 理沙りさと祥太郎も同様に、難色を示す。


「才君、何か考えがあるんだね?」


 だが、マスターはあくまで穏やかに、先を促した。才は「流石マスター!」と指を鳴らし、皆へと向き直る。


「んーと、何から話すかな。……そうそう、実は遠子さんが居なくなってからしばらく、俺の予知の範囲に遠子さんが『視えてた』――つっても分かんねーか。つまり、遠子さんが戻ってこれる未来があったってことだ。それが、ようやく消えた」

「ダメじゃん!」

「まーまーまー待て祥太郎。慌てるな、こっからだ」


 自らの中でも情報を整理するかのように一呼吸おいてから、話は続けられた。


「それはあくまで可能性の一つだ。でも、それを俺たちは選んじゃいけねーんだ。遠子さんがやった事が、全部無駄になっちまう」

「無駄……なのか? どういうことだよ?」


 遠子はあの時、自らの身を挺して『ゲート』を破壊した。だが、その後に戻って来られる手段があるならば、それを選ばない意味が祥太郎にはどうもピンとこない。


「んー、そっかー……じゃあ祥太郎くん、そもそも『ゲート』ってどんなものでしょうか?」


 すると才が突然、教師のような口ぶりで聞いてくる。


「え? えーと……異世界とつながっちゃう扉? みたいなもんだろ? エネルギーが不安定だったりすると、発生しやすいとかそんな感じの」


 祥太郎はマリーから聞いたことなどを思い出しながら、何とか答えを返した。


「ま、悪くはないな。『ゲート』は突如発生して、世界Aと世界Bをつなぐ。んじゃ、そのままほっとくと、どうなる?」

「消える――というか、移動するんだよな、確か。また別の場所で開いたりするんだろ? その時って、また別の世界とつながったりすんの?」

「いや」

 

 才はいつの間にか取り出した指し棒を左右に振る。


「今のところ、そういう例は見つかってねぇ。世界Aと世界Bをつないだ『ゲート』は、また現れても同じ世界同士をつなぐ。場所が変わることはあるけどな」


 遠子が危惧していたのもそれだった。次に開く場所によっては、大惨事になるからだ。


「……でも、開かないこともある?」

「まー、それはあるな。この前はどちみち、向こうの奴らがこじ開けただろーけど。とにかく『ゲート』には、それぞれ固有の性質があるってことが分かって来てる。だから、魔法生物説を唱えてる学者もいるな」

「マジで!?」

「生物……という言い方をすると違和感があるが、私が使用している捕縛術も、ただの自然現象というよりは、ある種の意思を持った存在を相手にするようなイメージで組み立てられてはいるね」

「へぇ……」


 マスターの捕捉に、祥太郎はまた曖昧な相槌を打った。転移をする時は自身の経験やカンによるところが大きいので、術を組み立てるという話はいまいち想像がしづらくはある。


「で、それと遠子さんの件と、どう関係があるんだよ?」

「変……よね」


 繰り返される問いに応えるかのように、マリーがぽつりと言った。視線が集まったことに気づくと、彼女はそのまま言葉を続ける。


「あれだけ大変な思いをして、わざわざ『ゲート』の破壊までしたのに、トーコが戻ってくるというのは。サイの予知って、映像を眺めるように『視える』のよね? 本当にトーコだったの?」

「遠子さんの偽物ってこともあるのかもしれないですよね。あの白い煙の人たちに乗っ取られちゃったとか」


 すると才は腕を組み、小さくうなった。


「ああ。遠子さんだったな。もちろん理沙ちゃんの言うような可能性もあるけど、どっちにしても遠子さんの姿だったのは間違いねぇ。何かやべー感じがしたし、そっからは出来るだけ意識を逸らして、そっちのルートに行かねーよう、様子を見てたんだ」

「……そういうことだったの」


 マリーのつぶやきは、会話の中へと埋もれていく。


「そっかー。だけど、もし遠子さんが自分の意思で戻ってこれるとかだったら、やっぱもったいなかった気はするなぁ。『ゲート』を破壊した後、別の安全な場所で、また新たに『ゲート』が開いたのかもしれないじゃん?」

「んー……それは、ないと断言はできねーけど、可能性としては極めて低い」


 才は指し棒を手の中でくるくるとやりながら、説明を続けた。


「普通『ゲート』が開いたとか閉じたとか、出たとか消えたってのは、『ゲート』が『生きてる』状態だ。生きてる『ゲート』は、あっちこっちに移動しながら、異世界同士をつなぐ。それは皆、同じ『ゲート』だってことが分かってる。だから『ゲート』を捕まえとくっていう、『アパート』の仕組みが成り立つわけだ。たまーに分裂したりとか、やっかいな輩もいるらしいが、一箇所に留めておけば、他で悪さする確率がグンと下がるからな」


 祥太郎の脳裏に、ゲートルームで見た様々な景色が浮かぶ。あれもそれぞれのゲートが持つ、『個性』なのかもしれない。


「んで、ナワバリみてーなもんがあるのかどうかは知んねーけど、別々の『ゲート』が同時にAとBをつなぐってのは、今までの解析だと、無いってことになってるわけだ。正直今回みたいに破壊するなんて、並みの能力者じゃできっこねーし、危険もデカいから、サンプルも少ねーけど、『ゲート』消滅後、即復活ってのも無いって言っていいと思う」

「じゃあ、もしかしたら、あの時点では完全に消滅していなかったってこと……?」


 マリーの言葉に、才はパチンと指先を鳴らした。


「俺も同意見だな。多分、予知の範囲から消えた時が、完全に『ゲート』が消えた時だ」

「そういえばあの時、向こうで何かあったっぽかったよなぁ」

「だけど才さん、そのことと、新人発掘オーディション? と、どういう関係があるんですか?」


 理沙が尋ねると、才はよくぞ聞いてくれたとばかりに、何度も頷く。


「そう。あの『ゲート』の影響は、もうなくなったと思われる。だが、異世界同士をつなぐ方法って、俺たちが『ゲート』と呼んでるものを通ることだけじゃないだろ? 例えば『悪夢を招く者ファントム・ブリンガー』だってそうだ」

「つまり、何かの能力を使って、遠子さんを呼び戻せないかってことか?」

「祥太郎君、正解!」

「でも、一体何の能力で? 僕みたいな転移能力者でも、すごい人になれば出来そうな気もするけど」

「……わたし、分かったかもしれない」


 そこで、マリーが小さく手をあげる。


「はい、マリーちゃんどうぞ!」


 才が指し棒を向けると、マリーは小さく咳ばらいをし、発言をした。


「召喚術師ね」

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